第29話 侵入
二人の十日分の食料調達に、五十万ゴルドかかった。
何もかもに相場の五倍から十倍の値がついており、大変な金額になってしまった。
市民であればここまで高額な金額を払う必要はないようで、旅人からは可能な限りむしり取る、あるいは旅人を排斥する形になっている。
必要な買い物を済ませたところで、火猿たちは宿に戻ることにする。さっさと領主を殺しても良いのだが、その後にはすぐ町を出発する必要もあるので、決行は朝の方が良い。
「おい、お前」
ティリアに衛兵から声がかかる。二人組で、口元には嫌な笑みを浮かべている。
「……なんでしょうか?」
「お前、余所者だよな? 冒険者か? 冒険者証を見せてみろ」
「わかりました……」
今度こそ、他人の冒険者証を使っていることで問題が起きただろうか。
ティリアがリナリーの冒険者証を提示すると、衛兵二人がニヤリと笑う。
「Eランクの冒険者ねぇ」
「おかしいな。Eランクの冒険者にしては羽振りが良すぎないか?」
「えっと……」
「Eランクなら、せいぜい月の収入は十数万ゴルドだろ。それなのに、この町で大量の買い物をしている」
「Eランク冒険者がそんな大金を持っているわけがない。この冒険者証、さては盗品だな?」
「あ、その……」
「怪しい奴だ。詰め所に来い」
「大人しくしろ。さもなくばこの場で処刑だ」
衛兵二人がティリアの腕を両サイドから掴む。
(ちっ。余計なところで頭の回る奴らだ。まだ騒ぎを起こしたくはなかったが、仕方ない。……流石にここで殺しちまうのは短気過ぎるか? まぁ、まだ何もされちゃいないし、殺さないでやろう。風の鬼術、弐)
「かっ」
「い、息が……っ」
呼吸を止められて、二人の衛兵が喉を押さえて苦しみ始める。
一分もしないうちに、二人はティリアを解放。ティリアは二人から離れる。
火猿はティリアの手を引き、その場を後にする。
「ありがとう、カエン。こういうときにはやっぱり助けてくれるんだね」
「悩みに悩んだ上で、仕方なくだ」
「素直じゃないなぁ」
「そんなことはないさ。俺は自分の心に素直になって、人を殺し回っている」
周りからすると、ティリアは見えない誰かに手を引かれて走っているように見える。奇異の視線が集まっていた。
「目立ちたくなかったが、こうなったらもうさっさと用事を済ませよう。領主の屋敷に行くぞ」
「うん!」
火猿はティリアを抱えて走り出す。いわゆるお姫様抱っこの形。
「……こういうことするなら、カエンの顔が見たかったな」
「俺の顔なんぞ見ても面白くないさ」
「面白さを求めてるんじゃないの」
「へぇ。あ、そう」
「興味なさそうな反応! わたしが女の子だってわかってる!?」
「まだ女ではないな」
「もう! バカ!」
領主の屋敷は町の中央部にある。距離にすれば一キロもない。
火猿は建物の屋根に飛び乗り、一直線に屋敷へ向かう。衛兵に限らず、町の人たちが少し騒ぎ出すが、気にしない。
領主の屋敷は、高さ三メートル程の鉄柵に囲まれていた。一般人では通り抜けられないところだが、火猿はそれも軽々と飛び越える。
(戦闘力が四万越え。身体能力も格段に上がってる。単純に殴るだけでも、鉄柵くらい壊せたかもな)
火猿たちが侵入すると、屋敷を守る兵士たちも動き始める。
「なんだありゃ!? 人が浮いてる!?」
「隠密スキルか何かだ! 二人ともぶっ殺せ!」
「侵入者に容赦はいらねぇ!」
火猿たちを、十人以上の兵士が囲む。
(悪徳領主に仕える兵士は悪人か? まぁ、必ずしもそうではないんだろう。悪徳領主じゃなかった頃から働いている奴もいるはず。
だが、俺は悪党なんだから、細かいことを考えず、敵は殺せばいいさ)
火猿はティリアを下ろし、剣を作り出して、やってくる兵士たちの首を片っ端から切り落としていく。兵士たちの力量はEからDランク程度。隠密状態の火猿を見つけることすらできないので、全く敵ではない。
火猿はドアを蹴破りつつ、強引に屋敷内にも侵入。やってくる兵士たちをまた屠っていく。
(領主はどこだ?)
三階建ての広々とした立派な屋敷で、領主がどこにいるのかはわからない。気配察知でどこに何人いるかはわかるものの、個人の認識は不可能だ。
(片っ端から調べていくか。いや、兵士が集まっているところが怪しいな。守るべき領主がいるってことだろ)
火猿は三階の一室に向かう。立派な木製のドアの前に、十人の兵士が集まっている。
(邪魔だ)
兵士たちを殺し尽くすのに、一分もかからなかった。そして、火猿は兵士たちを踏んづけ、部屋の扉を再び蹴破る。
即座に何か攻撃されるかと警戒していたが、それはなかった。
室内には二人の人間がいた。
一人は四十代くらいの男。執務用の机の奥で悠然と椅子に腰掛けている。肥え太った醜い容貌を火猿は想像していたが、それに反して存外精悍な顔に、がっしりした体格。
その側に二十代半ばの女が立っている。
(……なんだ? あの女)
どこか陰気な雰囲気を宿す紫の瞳。同色の髪は腰まで伸びていて、艶やかな印象。端正な顔立ちは作り物めいており、空恐ろしさがあった。黒のローブは魔法使いのもの。
「侵入者か。少女一人と、姿が見えないが、もう一人いるようだな」
「領主様の前よ? 顔ぐらい見せたらどう?」
火猿としては、この領主をサクッと殺してさっさと逃げるだけで良かった。
しかし、領主はともかく、側にいる女が気になり、少し話をしてみたくなった。
火猿はローブを脱ぎ、隣のティリアに渡す。
「魔族か。その赤い容貌、最近噂になっている赤い死神か?」
残念ながら、反応したのは領主の方。
「赤い死神? 俺はそんな呼ばれ方をしているのか?」
「レンギフで五十人以上の兵士をあっさり殺してみせたのだろう? 他にも、大勢の冒険者を殺している。そんな異名もつくさ」
「へぇ……。赤い死神なんて洒落た呼び方はいらない。ただの悪党で十分だ」
「お前が望む望まぬに関わらず、人は勝手に名をつけるものだ」
「そうか。それで、俺はお前を殺しに来たんだが、何か言い残すことでもあるか?」
「まぁ、待て。お前はなんのために私を殺そうとしている? 何か恨みでもあるのかね?」
「恨みはない。ただ、俺はレベル上げのために悪人を狩ってるだけだ。お前、非合法に女を買っただろ?」
「……ああ、実験に使ったあれのことか。たまたま良い素材だったからな。しかし、魔族が悪人退治だと? 英雄でも気取るつもりか?」
(実験? ただ欲望の捌け口として買ったわけじゃないのか……。実験についても気になるが……訊いても素直には答えないか)
火猿は一旦実験について忘れる。
「俺は悪党だと言っているだろ。英雄にも勇者にも正義にも興味はない。殺すなら悪人の方が気安いと思っただけさ」
「魔族であれば、見境なしに殺せば良いだけだろう?」
「他の魔族はどうか知らん。俺は無闇に殺すつもりはない」
「奇妙な信条を持つ魔族だな」
「かもしれん。さぁ、もう話は終わりにしよう。さっさと死ね」
火猿は火の鬼術で火球を作り出す。
「リシャル。こいつらを排除しろ」
「殺してもいいかしら?」
「構わん。殺せ」
「わかった」
リシャルがすっと動き、次の瞬間には火猿たちの前に現れる。
(速いっ)
火猿が一瞬困惑する間に、リシャルはニィッと歪な笑みを浮かべる。
「吹き飛べ」
火猿はとっさにティリアを押し、遠ざける。
それとほぼ同時、火猿は強力な風によって後方に吹き飛ばされた。
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