第32話 抵抗

 * * *



 ティリアはカエンが動けずにいるのを見て、とっさに腰に差した短剣を抜いた。


 火猿の側には剣を持った領主。すぐにカエンを殺してしまうだろう。



「カエンに触るな!」



 ティリアは短剣を構えて領主に向かって走る。領主は軽く振り向き、ティリアに向けて剣を振るう。ティリアの手にしていた短剣が折れた。



「あ……」


「邪魔をするな。魔族は人類の敵。こいつは殺す」


「カエンは魔族だけど敵じゃない! カエンを傷つけることは許さない!」


「許さないならどうする? 見たところ、お前には戦う力がないようだ」


「それでも、わたしはお前を殺す!」


「……お前がこの魔族とどういう関係かは知らん。だが、大人しくしていられないのなら、お前も死ね」



 領主が再び剣を振るう。領主はティリアを両断するつもりで剣を振ったのだろうが、黒剣の魔法使いから奪った紫狐しこのローブが刃の威力を軽減。ティリアは鈍器で腹を殴られたような衝撃を受けたが、両断まではされなかった。



「かはっ」



 ティリアはその場に膝を突く。切断はされなかったが、ダメージは大きい。



「私の剣を防ぐか。そのローブ、かなり上等なものだな。まぁ、動けないならそれでいい」



 領主は剣を振り上げる。



「ダメ!」



 ティリアは領主に体当たり。小柄な体で力もないので、軽く領主のバランスを崩す程度で終わってしまった。ただ、そのおかげで、火猿の首を切り落とすはずだった剣は、床に突き刺さるにとどまった。



「邪魔をするな!」


「あがっ」



 領主は裏拳でティリアの頬を殴る。ティリアは床に倒れ、転がった。



(痛い……っ。けど、このままじゃカエンが……っ)



 痛みなどどうせ後で引いていく。怪我も治る。ここでカエンを失ってしまえば、もう二度と元には戻らない。



「カ、エン……っ」



 ティリアが痛みをこらえて立ち上がろうとしたとき。


 カエンの体から雷撃が放たれた。それが直撃した領主は全身を硬直させた後、床に倒れた。



「カエン!」


「……悪いな、ティリア。回復する時間を稼いでくれて助かった」



 カエンがよろよろと立ち上がる。まだふらついているが、魔法は使える様子。



「おい、領主。俺だけじゃなく、ティリアにまで手を出したこと、後悔して死にな」



 カエンは火球を生み出し、領主の足に火をつける。



「あ、熱い! 足だけが燃えている!? なんだこの炎は!」



 意識は残っている領主が慌てる。



「カエン、性格悪いなぁ……。わざわざ長く苦しむ場所に火をつけるなんて」



 ティリアはふふと微笑む。もちろん、カエンの性格の悪さが愉快だったわけではなく、自分を傷つけたことをカエンが怒っているのが、嬉しかったから。



「人間だけを燃やす特殊な炎だ。死にたくなければ、足を切断すればまだ助かる」


「せ、切断だと!?」


「ま、体が動かないんじゃ、切断も何もできないがな。その炎は次第にお前の全身を焼く。肺が燃える頃には死ねるだろう。そう長く苦しむことはないから、安心しな」


「待て! 火を消してくれ! 欲しいものがあるなら渡す!」


「俺はお前を殺してレベルを上げたいんだ。俺はお前を殺したいだけ。他のものもいただいていくが、それはついでだ」


「貴様! やはり魔族など生かしておけぬ!」


「そうかもしれないな。まぁ、そこのリシャルも魔族だが」



 何かをわめく領主を無視して、カエンがティリアの側に来る。



「顔が腫れてるな。痛むだろ。早く治せ」



 カエンがティリアのポーチから小瓶に入った回復ポーションを取り出す。



「わたしより、カエンの方が痛そうだよ……血も一杯……」


「俺はまだ大丈夫だ。問題ない」


「ふらふらしてるくせに……」



 カエンがティリアの頬に回復ポーションを垂らす。痛みがすっと引いて、ティリアはほっと一息。



「腹も斬られてたな。まぁ、そっちは俺が服を脱がすのも良くないだろうから、自分でやれ」



 カエンはもう一本の回復ポーションをティリアに手渡す。



「うん……。わかったから、カエンもすぐに使って」


「ああ、わかって……うっ」


「カエン!?」



 カエンが急に苦しみ始める。



(どこかに酷い怪我が!? あ、でも、この感じは……)



 ティリアは以前、カエンが進化するところを見ている。そのときにも、同じように急に苦しみ始めた。



「たくさん人を殺して、レベルが上がったからかな……。カエン! 少しだけ耐えて!」



 ティリアは腹部の痛みも忘れて、カエンの手を握った。

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