第43話 装備

 翌朝、火猿はライカンに入る前に、リシャルに町を偵察させることにした。


 気配遮断のローブを使って姿を隠せば、密かに情報を探るのもそう難しいことではない。



「町の連中が俺たちのことをどう思っているのか、兵士たちの件で何か騒ぎになっていないか、なんかを調べてみてくれ」



 森が途切れる場所で、リシャルにローブを預けながら、火猿は言った。



「はいはい。わかったわよ。ま、そんな慎重に行動しなくても、私とあなたなら町一つ相手にしたって勝てると思うけどね」


「勝てるとしても、無闇に人を殺すつもりも、争うつもりもない」


「一体どこでその妙な倫理観を身につけたんだか」



 リシャルは不満そうにしながらも、単独でライカンに向かっていった。



「……こういうとき、やっぱりカエンが頼りにするのはリシャルだよね。何かあっても一人で切り抜ける強さがある……」



 リシャルが去って、ティリアがどこか寂しそうに呟いた。



「俺はティリアに戦闘力を期待していないと言ってるだろ……。そんなに強くなりたいか?」


「うん。いざというときにカエンに頼られるようになりたいの。悔しいじゃん」


「それぞれの得意分野をこなせばいいだけの話だ」


「わたしの得意分野、旅暮らしだとあんまり役に立たないんだもん。豊富な食材と調味料があれば、美味しい料理でも作ってあげられるけどさ」


「俺からすると、ティリアはそこにいるだけで十分なんだがな……」



 火猿にとって、ティリアは唯一まともに話ができる相手。


 リシャルは性格破綻者なので、理解し合えないことばかり。


 他の人間は、魔族である火猿を恐れて近づかない。


 ただ普通に会話ができる相手は、火猿にとって貴重だ。おかげで孤独ではないし、ただ強くなるだけの単調な日々を過ごさずに済んでいる。


 ティリアがいなければ、人間だった頃の倫理観などさっさと捨て去って、普通の魔族と同じように人間を狩りまくる外道に成り下がっていたかもしれない。


 火猿は、ティリアにちゃんと存在価値を見いだしている。


 しかし、本人からすると不満かもしれない。ただそこにいるだけで価値があると言われても、まだ十四歳の子供には納得しがたいものはある。もっと自分の価値を示したいと思うのは自然なことだ。



(だからって、ティリアに何をさせれば良いのかは、俺にはわからん。結局、弓もまともに使えそうにない)



 ティリアの戦闘能力は低くく、上がる見込みもない。以前、弓を使わせようとしたが、それも上達しそうにないのでやめさせた。


 戦闘ができないなら頭脳を鍛えるという手もあるが、残念ながら頭脳を使う場面もあまりない。 



「……わたしは、もっとカエンの力になりたいよ」



 ティリアはまた寂しげに呟いた。



「そう焦るな。とりあえず、また町に入れるようだったら、魔法が付与された武器でも見てみよう。金ならある」


「……ん。わかった」



 それから三時間ほどして、リシャルは火猿たちのところへ戻ってきた。



「町に入っても問題はなさそうだわ」



 リシャルは開口一番そう言って、詳細も話した。


 まず、火猿たちを警戒している風ではあるけど、対抗できる手段が町になく、どうにもできない。


 冒険者はもちろん、兵士でも倒すのは難しそうなので、町の連中は様子を見るだけで済ませるつもりでいる。火猿たちが暴れれば対抗してくるだろうが、何もせずに去ってくれるなら見過ごされる可能性が高い。


 また、兵士たちはライカンから派遣されたのではなかった。


 そのため、兵士たちがなんの目的で陰鬼の森に入ったのかも、その後どうなったのかも情報が入っていない。もし全滅の情報が入ってきたとしても、火猿たちの危険度が周知されるだけ。やはり、今すぐ火猿たちを討伐しようという話にはならない。



「私たちの情報が共有されているのは、冒険者ギルド関係者と、一部のお偉いさんたちみたいね。他の市民には、混乱を避けるために情報を流していない。普通に町に入って、普通に数日過ごすくらいはできそうよ」


「なるほど。ちなみに、俺たちに対抗できる冒険者なんかが町にやってくるとしたら、いつぐらいになる?」


「さぁ? わからないけど、まだ警戒されているだけの段階だから、一日、二日では来ないでしょうね」


「悩ましいところだな……」


「いざとなれば市民を人質にして逃げるっていう手もあるわね。人間は同族を守らなければいけない呪いにでもかかっているみたいだし」


「……リシャルらしい発想だ。町に用事もあるし、いざとなれば迎え撃つとして、今日は町に入ってみよう」



 火猿はそう決めて、ライカンの町に行ってみることにした。


 仮の冒険者証も問題なく使用できて、すんなりと中に入れた。その後、監視がついている気配もない。


 早速、武器の店に行ってみる。


 剣、槍、斧、その他の武器が並ぶ様に、火猿は密かに高揚。



(こういうので盛り上がるんだから、俺も男子って感じだな……)



 軽く三人で見て回るが、どれが求めているものなのかはわからない。


 ティリアは、受付で書類を見ていた中年男性に声をかけた。



「あの、戦闘能力の低い人が、それを持つだけで強くなれるような武器ってありませんか?」



 店員は苦笑。



「そんな武器を作れれば理想だがね。流石に世の中はそんなに甘くないよ」


「ですよね……。えっと、魔力が高くなくても、強い攻撃魔法を使える魔法の武器みたいなのもありませんか?」


「うーん……あるといえばあるが、かなり高額だぞ? お嬢ちゃん、払えるかい?」


「……たぶん、払えます」


「ほぅ。予算はいくらだい?」


「……具体的には決まっていませんが、だいたい払えます」



 店員は思案顔になる。そして、火猿とリシャルをチラリと見た。



「ふむ……。お嬢ちゃんにも色々事情がありそうだな。うちで最高品質のものだと、二千万ゴルドの魔剣が一本ある。剣自体に魔力が蓄積されていて、使用者の能力とは関係なく雷撃を放てる。十発も撃てば蓄積された魔力は空になるが、誰かの魔力を充填すればまた使える」


「それ、見せてください!」


「ああ、わかった」



 店員は受付奥の部屋に下がり、一本の剣を持ってくる。柄頭に黄色い宝石のようなものが埋め込まれ、意匠も洗練された細身の剣だ。


 店員がそれをティリアに手渡す。



「実のところ、これはちゃんと剣として使える奴が持つべきものなんだがな。雷撃はその補助として使う」


「……そうですよね。わかります。あの、試しに使ってみたいんですけど……」


「裏庭にそのためのスペースがある。ついて来な」


「はい」



 男は他の店員に声をかけつつ、ティリアたちを外に案内。


 狭い庭には、巻き藁のようなものが立っている。



「使い方は難しくない。鞘を抜き、狙いを定めて、魔力を込めるだけ。少しでも魔法が使えるなら、感覚はすぐに掴めるだろう。威力の調整は三段階くらいでできる」


「や、やってみます」



 ティリアは少し手間取りながら、剣を鞘から引き抜く。慣れない動作で剣を構え、一呼吸。



「こう、かな?」



 雷鳴と共に、雷撃が放たれる。巻き藁が破裂し、黒こげになった。



「わ、すごい! わたしでも攻撃魔法が使えた!」


「今のよりもう一段威力は上げられる。その辺の魔物を倒すには十分な威力になるぞ」


「そうですね。これ、買います! カエン、いいよね?」


「ああ、いいぞ」


「わかった。こっちとしちゃ思うところはあるが、金を払ってくれるんなら売ろう。ちなみに、うちにある他の魔剣なんかはそれよりも劣ってしまうが、他にも見てみるかい?」



 ティリアは首を横に振るが、火猿が店員に言う。



「短剣が欲しい。持ち運びしやすくて丈夫ならそれでいい」


「丈夫な短剣か。ちょっと待ってな」



 店員が店内に戻り、すぐに戻ってくる。


 あまり装飾のない、無骨な短剣だった。



「折れにくい、切れ味が落ちにくいっていうだけの魔剣だ。これでも五百万ゴルドするが、払えるかい?」


「問題ない。俺も軽く使ってみていいか?」


「ああ、いいぞ」



 火猿はその短剣を受け取り、鞘から引き抜く。


 外見上はただの短剣。リーチは短いが、使い勝手は良さそうだ。



「試し斬りをしてみても?」


「ああ、いいぞ。鎧でも斬ってみるか?」



 店員は巻き藁ではなく、鎧を固定した台を設置。鎧は鉄製らしいが、何度も試し斬りされてきたのかボロボロだ。


 火猿は軽く短剣を振るい、鎧を切り裂く。


 作り出した刀の方が切れ味は鋭いが、短剣も使えないことはない。また魔法を妨害されたときには、代用として十分な切れ味。



「……鉄の鎧もあっさり斬っちまうとはな。少年、何者だ?」



 店員が驚いている。一般的には難しいことらしい。



「ただの旅人だ。それより、これも買っていこう」


「……わかった」



 装備を調え、町を散策しているとき。



「やっと見つけた! 約束、果たしに来たよ!」



 いつか見た緑髪の少女、ファリスが火猿たちの前に現れた。

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