第27話 呪詛

 * * *


 レンギフの兵士五十人が、一人の魔族に惨敗した。


 夜、宿の一室でその知らせを聞いたとき、ファリスはとても信じられなかった。魔族は確かに強い者が多いのだが、一人で何十人も相手に出来るものではない。


 そもそも、あの兵士たちだってただの烏合の衆ではないのだ。個々の戦闘力はDからCランクでも、集団としてならばBランクの魔物と渡り合う力を誇る。それが統率の取れた兵士の力だ。


 それなのに、兵士たちはカエンに全く刃が立たなかったという。


 相性の問題もあるだろう。大型の魔物を大人数で囲むのではなく、人間大の魔物一人を相手にするのは勝手が違う。魔法具で姿を隠した敵と戦うのも容易ではない。もしかしたら、カエンは対人戦に特化した力を有しているのかもしれない。


 それでも、総合的に見て、やはりカエンの戦闘能力は高い。性格も特殊だったが、その能力も普通ではないらしい。


 また、逃げてきた兵士たちによると、赤い魔族は、逃げる兵士をあえて追いかけて殺すことまではしなかったという。無闇に人を殺し回っているわけではない、という話も本当のようだ。



(とても善とは言えない存在。だけど、ただの邪悪でもない。今はレベル上げのために悪人を狩ると言っていたっけ……。それなら、もしかしたら……)



 ファリスは呪詛使いとして、悪人を呪い殺すこともある。人に誇れる仕事ではないけれど、それで救われる人もいる。


 仕事をしていく中で、ファリスには手を出せない悪人もいる。ファリスの力は強力な魔法使いの守りを突破できないし、そもそも呪いの発動条件を満たせないと何もできない。


 カエンが悪人殺しを率先して行うというのなら、それに関する情報を渡せば、カエンはファリスに手を出せない悪人さえ、殺してくれるかもしれない。



「自分の安全を第一に考えるなら、あたしはあの二人から距離を取るべき。でも、あたしの心残りを払拭できる可能性が、あの二人にはある」



 名前だけは何度も聞く極悪人も、とある危険極まりない悪の組織も、ファリスは知っている。


 そいつらを殺したり、壊滅させたりできるのなら、魔族に協力するのも悪くないのかもしれない。



「……追いかけよう。たぶんこの辺りにはもういないけど、あたしなら、居場所はわかる」



 ファリスはカエンとファリスの髪の毛を数本ずつ保管している。呪詛使いのサガと言うべきか、髪の毛一本あれば呪詛による攻撃が可能なので、縁がありそうな相手の髪を密かに採取し、保管するようにしているのだ。


 そして、呪詛の応用で、髪があると相手のいる方角がわかる。方角さえわかれば、いつかは行き合うだろう。



「追いかけるにしても、身を守るための手段は必要か。うーん……あまりやりたくない方法だけど……仕方ないか……」



 ファリスの戦闘能力は低い。そのせいで、あの人攫いにも捕まってしまった。


 しかし、少なくとも旅の安全を確保する方法はある。



「自分に呪詛をかける、か……。あれに耐え続けるの、大変なんだよな……。でも、それしかないか……」



 ファリスは様々な呪詛を扱う。その中に、自身を蝕む代わり、他者を排除するものもある。


 本来は標的を孤立させつつ、苦しめる目的で使う呪詛。それを自分にかけ、苦しみに耐えながら制御すると、魔物も人間も打ち負かす力となる。


 積極的に使うのはためらわれる力。しかし、他に方法がない。


 ファリスは深い溜息をつきながら、カエンたちを追いかける準備を始めた。



 * * *



 ティリアは、カエンの戦闘を遠くから眺めていることしかできなかった。


 戦闘力の低さを考えるとそれは当然のことなのだが、やはりそれは寂しいという気持ちもあった。


 一ヶ月以上をカエンと共に過ごし、ティリアの中で、カエンと共に生きていきたいという気持ちは高まっている。それが自分にとって一番良い道だとも感じている。


 気持ちだけは強いのに、いつも一緒というわけにはいかないのが悔しい。



「……わたし、もっと強くなりたいなぁ」



 夜、火猿と並んで魔法の敷物に寝転がっているとき、ティリアは呟いた。



「お前、戦闘の才能ないだろ」


「そうだけどさぁ……。カエンが必死で戦ってるとき、わたしはほぼ何もできないんだよ? 寂しいじゃん」


「お前はお前のできることをやればいい」


「わたしはカエンと一緒に戦いたいの」


「だとしても、俺はお前を強くする方法など知らない」


「魔族にそういう力ってないの? 人間を魔族に変えて強くするとかさ」


「俺には無理だ。諦めろ」


「そういうスキル、隠してない?」


「隠してない」


「そう……。何か魔法の武器を使うとかかな……。いくらかかるんだろ……」


「武器があっても、お前、武器の使い方下手だろ」


「わかってる! わかってるけど、わたしはカエンの力になりたいの!」


「あまり思い悩むな。悩んで解決する問題じゃない」


「むぅ……。カエンは冷静すぎるよ。もっとわたしと一緒に悩んでよ」


「そんな無駄なことはしない。お前は戦う力より逃げる力を身につければいい。俺が側にいられないときにも、ひとまず生き延びられるように。今日は魔物の少ない平原だったから良かったが、場所によっては危ない」


「むぅ……」


「不得意なことを無理矢理鍛えるのは無駄が多すぎる。諦めるのもときには重要だ。……じゃ、俺は寝る」


「……バカ」



 カエンはもう返事をしない。ティリアはその態度が不満で、カエンの耳を引っ張った。



「……なんだ」


「なんでもない。バカ」


「……さっさと寝ろ」


「もういい!」



 ティリアはカエンに背を向けて目を閉じる。



(なんでもいい。わたしでも、強くなれる方法があれば……。呪いの力だって、なんだって……)



 ティリアは強くなる方法を思案したが、妙案を思いつくこともなく、いつしか眠りについた。

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