第26話 兵士

 火猿がふと空を見上げると、鷹のような鳥が上空を旋回していた。野生の鳥ではないらしく、火猿たちから離れない。



(察知したのはあれの接近か? 斥候役? だとすれば、あれを目印にすぐ敵が来る。急げば逃げられるかもしれないが、ここは迎え撃とう。追手を警戒し続けるのも面倒だ)



 火猿は両手剣を作り出し、構える。



「ティリア。どんな敵が来るかはわからんが、お前の最優先は逃げることだ。俺を助けようとせず、自分の身を守れ」


「それは約束できないなぁ。カエンに全然負ける気配がなければ、わたしは逃げることだけ考えるよ」


「こういうときは素直に従っておけよ」


「わたし、カエンの従者でも奴隷でもないもん。わたしはわたしの意思で動くよ」


「死んでも恨むな」


「恨むわけないよ。カエンはわたしに新しい生き方をくれた。早死にするかもしれないことも含めて、わたしはその生き方が気に入ってるの」


「そうかい。もう好きにしな。俺は少し離れるから、お前はじっとしてろ」



 このタイミングで敵が向かってくるとすれば、レンギフの町の方から。火猿は町の方へ駆ける。



(ファリスたち、魔族が近くにいるってバラしたな? ファリスがバラしたのか、他の連中かは知らんが、恩を仇で返しやがる。……いや、どちらかというとむしろ報いてくれてることになるか? 俺のレベル上げには丁度いい)



 地平線の彼方に、鎧姿の兵士たちの姿が見えた。せいぜい五十程度だろうか。鎧と兜で身を守っているが、顔は覗いており、全員男のようだ。



(今回は冒険者じゃなく兵士か。俺に対抗できる冒険者がいないか、戦おうとする奴がいないから、無理矢理兵士に戦わせてるってところか?)



 一度に何十もの敵と戦うのは初めてのこと。火猿は緊張から冷や汗をかく。



(弓を持つ者もいるな。遠距離からティリアを狙われるのは困る。一度ローブは脱ごう。そして、正面から迎え撃ってやる)



 火猿はローブを脱ぎ、あえて兵士たちの方へ向かう。


 地平線までの距離は、せいぜい四、五キロ程度らしい。人間だった頃より体力があり、さらに加速スキルもあるので、大した距離ではない。


 火猿は緊張感を高めつつ、敵に近づいていく。


 そして。


 まずは弓の射程に入り、二十程の敵が矢を放った。



(ティリアはずっと後ろだ。ティリアに当たる軌道じゃない。なら、俺が防ぐだけだ」



 火猿の武器創造スキルは盾を作れない。しかし、剣身が大きく広がった大剣ならば作れる。


 火猿は、自身の体を隠すほどに身幅の広い剣を一本作り出した。



「妙な軌道で来るもんじゃなきゃ、これで防げる」



 降り注ぐ矢の雨を剣が全て防いでくれる。



(鬼術は人間相手には有効だが、こういう攻撃には弱い。使い勝手の良い魔法でも覚えてくれんもんかね?)



 矢を防ぎつつ、火猿は敵に接近。


 途中から気配遮断のローブをまとい、姿を消してさらに接近した。


 兵士たちは火猿の姿を見失い、あらぬ方向に矢を射るものが多数。


 また、他の武器を持つ兵士たちも、きょろきょろと辺りを見回している。



(こいつら、一人一人はさほど強くないな。この分だと、俺が兵士たちを虐殺するだけになりそうだ)



 火猿が楽観視したところで、的確に火猿の方に矢を放つ者がいた。



(ちっ。気配察知のスキルでも持ってやがるか?)



 火猿はその矢を回避し、弓を射た兵士の方へ向かう。



「敵の位置は俺が示す! 同じ方向へ放て!」



 その合図で、兵士たちの動きが統一される。


 水平方向に降る矢の雨。火猿はそれを大剣で防ぐ。気配遮断のローブは火猿の持ち物の気配まで隠してくれるのだが、火猿のいる場所で不自然に矢が弾けるため、その居場所はすぐにわかってしまう。



(隠れるのはやめだな。あれだけ的がいれば、こっちの攻撃も誰かには当たるだろ。火の鬼術、弐)



 まだ両者の距離は五十メートル以上ある。そして、火の鬼術の弱点は、金属の鎧を貫通できないこと。薄手の服なら貫通するが、直接肌に炎が触れることが望ましい。


 幸い、兵士たちは、顔だけは見える鎧を着ている。そこに命中すれば効果はある。


 命中しなかったとして、攻撃されれば警戒もする。牽制できればそれでも良い。


 火猿が放った十の炎は、兵士たちの何人かに当たる。しかし、顔面に命中したのは一人だけ。



「顔に火がついた!?」


「水だ! 水魔法で消せ!」


「ダメだ、消えない!」


「クソ、どうなってやがる!?」


「ただの火じゃないのか!?」



 火猿は続けて火球を放る。なかなか当たらないのだが、相手の体制が少し崩れた。矢の勢いは弱まる。



(この数相手だと、魔力の消費にも気をつける必要があるか? なるべく物理的に殺したいところだ)



 火猿はついに敵陣に到着。大剣を放棄し、身近にいた兵士の首に新しく作った両手剣を突き刺した。



(さぁ、弓の間合いじゃなくなった。無理矢理射れば同士討ちになっちまう。これからどうする?)



 火猿の接近で、兵士たちは攻撃がしにくくなる。火猿のだいたいの位置はわかっても、姿が見えないのも厄介だろう。


 兵士たちは火猿がいるとおぼしき場所に空間を空けるが、火猿はすぐに動いて距離を詰め、兵士たちの首を次々と刈り取っていく。



「なんだこいつ!?」


「速すぎる!」


「俺たちに敵う相手じゃねぇ!」


「畜生! なんで魔族なんかが現れるんだ!」



 兵士たちが取り乱し、だんだんと戦意を喪失していくのが、火猿にはわかった。



(逃げるなら追わないが、まだとどまっているってことは、殺していいんだよな?)



 火猿は遠慮なく剣を振るう。


 兵士たちの個々の実力は、黒剣の連中に及ばない。その中でも強い奴の気配はなんとなくわかるので、今はそいつらを避ける。雑魚を殺し回って、レベルも上げて、それから相手にする方が良い。



「死にたくねぇ!」


「家で妻と子供が待ってるんだ!」


「こんなところで死ねるか!」


「せめて一矢報いてやる!」



 兵士たちは何かを言っているが、火猿は気にせず殺して回る。


 大多数は剣で屠ったが、鬼術も使った。まずは雷の鬼術で敵の動きを止め、さらに火の鬼術を放って燃やす。


 兵士たちはどんどん数を減らしていき、すぐに十数人まで減った。


 その頃に、ただの有象無象ではない兵士が火猿の前に立った。


 そいつは剣を持つ三十代の男で、気配察知のスキルでもあるのか、火猿の位置もわかるらしい。別方向からは弓使いも狙っているので、火猿はそちらも警戒。


 剣の兵士が、怒りをにじませた声で叫ぶ。



「貴様……! 我が部下たちをよくも……!」


「お前たちが勝手に仕掛けてきたんだろ。俺は迎え撃っただけだ」


「貴様は、俺が殺す!」


「俺を殺して生きて帰るより、ここで死んだ方がいいんじゃないか? 帰っても部下を死なせた責任を問われるだけだろ」


「黙れ! 魔族!」



 剣の兵士が火猿に向かって距離を詰める。同時に三本の矢も飛んできた。



(なんとなく、敵の動きを遅く感じる。レベルが上がった影響か?)



 火猿は剣で全ての矢を払い、さらに破壊の一撃でリーダー風の兵士を両断する。剣も、鎧も、胴体も、全て一撃で切り裂いた。


 兵士の体は半分になり、その場に崩れ落ちる。



「バ、バカな……っ」


「兵士ってのはこんなもんか。意外と脆い」



 続けて飛んできた矢を、火猿は横に跳んで回避。



「あ、そういえば」



 火猿は、今更になって、ふと思いつく。


 そして、刃渡り五メートルはある巨大な剣を作りだした。



(破壊の一撃)



 火猿は残っている兵士たちに近づき、その巨大な剣を一閃。


 長さに比例して重さはあるが、今の腕力なら振るうのに支障はない。


 半径五メートル以内にいる兵士たちを、一撃で屠った。



(なるほど、こういう使い方もあるか。一固まりになってる相手を屠るのには丁度いい)



 残っている兵士は三人。


 火猿が再度剣を振るおうとしたら、その三人は背を向けて逃げ出した。


 兵士としては失格なのかもしれないが、賢明な判断だった。



「逃げるなら追わん。もう俺に挑んでくるなよ」



 火猿は剣を消し、深く溜息。



「……あ、肩に矢が刺さってやがる。夢中になってて気づかなかった」



 五十以上の兵士を相手に、まともに受けた攻撃はおそらくそれだけ。


 火猿としては、よく戦ったものだと感心する。



「意外と相手が弱かったのか、俺が強いのか……。黒剣でも相当な実力者として見られる世界なら、それからさらに強くなった俺は、やっぱり強いんだろうな」



 逃げていく兵士たちに背を向けて、火猿はティリアの方へ歩き出した。

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