第25話 全部

 * * *


 ファリスはレンギフという町の入り口で、門番に今までの経緯を説明した。


 その際、『魔族に助けられた』という部分だけは、『流れの冒険者に助けられた』という風に伝えておいた。カエンからの指示で、余計な争いを生まないための措置だと言われている。ファリスもそれに賛成した。


 他の者たちともその内容で口裏を合わせていたのだが、捕まっていたうちの一人が、『赤い魔族に襲われた』と証言してしまった。さらに、『その赤い魔族から、冒険者に助けられたと言え、と命じられた。何か企んでるに違いない』とも言った。


 おそらく、魔族に対して何かしらの恨みでもあったのだろう。実質助けられたというのに、カエンという魔族の存在を許せなかったようだ。


 また、赤い魔族というのは、最近少し噂になっているらしい。妖魔の森で黒剣という冒険者パーティーを壊滅させた、危険な魔族だとか。さらに、その魔族には、協力者としてティリアという少女が付き従っているとのこと。


 町の近くに危険な魔族がいるということで、討伐隊が組まれることになってしまった。実力のある冒険者でも敵わない相手なので、誰もその討伐に参加したがらず、町の兵士たちで討伐に当たることに。


 ファリスとしては望まない展開。相手は魔族だが、ファリスの目から見て、カエンは無闇に人を襲う極悪な存在ではなかった。そうだったならファリスたちは既に死んでいる。


 カエンは積極的にファリスたちを助けてくれたわけではない。単なる成り行きだ。しかし、ファリスたちがどこぞの性悪貴族だかに売られるのを防いでくれた恩人なのは確か。


 その恩をあだで返すような真似はしたくなかった。それでも、ファリスには何もできなかった。


 ファリスは、五十人ほどの兵士が町の外に出ていくのを、門の出入口付近からただ見送る。



(あたしは呪詛じゅそ使い……。カエンを守る力なんてない……)



 色々な町に赴き、主に暗殺の仕事を請け負うのが、ファリスの仕事。裏組織である暗殺者ギルドにも属している。表向きはただの旅人だが、裏では人を殺したり、苦しめたりしている。


 自身の持つ呪詛というスキルを、ファリスはあまり好ましく思っていない。しかし、世の中には暗殺者を求める者もいる。特定の相手に恨みを持ち、それを晴らさなければ先に進めないという者が。


 大金や権力者の都合などでは、ファリスは動かない。大切な人を殺された恨みを晴らすため、などの理由で、ファリスは動くことにしている。また、私怨でも人を殺さないと決めている。


 そして、暗殺を生業としているからこそ、カエンがただの危険な魔族ではないことも感じ取れた。


 なお、呪詛を武器に込めることで、呪われた武器を作ることもできる。それは使い手に悪影響を及ぼす可能性のあるものだが、強い武器には変わらないし、魔族なら平然と使えるかもしれない。試したことはないので、やってみないとわからないが。



(強い武器をあげるつもりだったのは嘘じゃない。実際に呪いの武器を渡したら殺されそうだけど……。ま、まぁ、もうあの約束を果たす機会も無くなりそうだから、気にする必要はないのかも……)



 そんなことも考えるファリスには、今すぐカエンを助ける手段はない。呪詛をかけるには色々と準備がいる。



(あたしが二人を町の近くに連れてきたりしなければ……。ごめんなさい……)



 ファリスは胸中で深く謝罪した。



 * * *



 レンギフの町を離れてから、火猿とティリアは周辺の魔物を狩っていた。


 特に強くもなく、弱くもない魔物で、火猿からすると倒しても意味のない相手。


 そのため、火猿が相手を行動不能にし、ティリアが殺すという方法で、ティリアのレベルが少しでも上がるように努めた。


 ただ、魔物を狩るなら平原よりも森の中の方が適している。平原には魔物が少なく、効率が悪かった。



「強い武器のことなんて忘れて、さっさと別の町に行っちまうか?」



 どうせ約束が果たされることはないだろうと、火猿は思っている。ファリスが強い武器を作ると言ったのも、単にあの場で拘束を解いてもらうための方便にすぎない。


 そのことをいちいち咎めるつもりは、火猿にはない。誰だって、自分の命のためなら多少の嘘だってつく。



「カエン、意外と短気? まだあれから何時間も経ってないよ?」



 ティリアはクスクスとおかしそうに笑っている。その顔には魔物の返り血がついており、猟奇的にも見える。



「ファリスを信用していないだけだ。町に着いて安心したら、俺との口約束なんぞすぐに忘れるだろ」


「それはあり得るね。あんまりのんびりしてても食料がなくなっちゃうし、先に進んでもいいかも」



 馬車に入っていた食料の一部は、魔法の袋の中に入れている。十日はもつだろうが、それでも潤沢にあるとは言えない。


 余裕のある旅を心がけるなら、見切りをつけて次の町に向かう方が良い。



「俺たちが待ってなくても、ファリスも文句は言わんだろう。金も渡しているし、作り損だなどとは言うまい」


「そうだね。なら、もう行っちゃおうか?」


「そうだな。……ちなみに、顔に血が付いてるから拭いとけ」


「あ、うん」



 火猿とティリアは、東に向かって歩き始める。このまま数日進めば、黒魔の森に差し掛かる。そこに潜みつつもっと東に進み、ダンドンという町に行く予定。そこに、非合法に少女を買いあさる悪徳領主がいるはず。



「ねぇ、カエン。強い武器っていうのも気になってたけど、出発するって聞いて、わたし、ちょっと安心しちゃったかな」


「なんでだ?」


「だって、火猿がファリスに興味を持っちゃったら嫌だもん。カエンはわたしだけのカエンだもん」


「俺はファリスに女としての興味なんぞ持ってねぇよ」



 実年齢的にはファリスにそういう興味を持ってもおかしくないが、火猿は今、あまり女に興味がない。性欲のはけ口として利用するだけで良ければ話は別だとしても、男女の恋愛云々は煩わしいと感じてしまう。



(下半身で考える悪なんざ情けねぇ。粋な悪なら、女を使い捨てにするんじゃなくて、侍らすだろ。男のためになら命を投げ捨てられるような女を侍らせてこそ、悪をやる価値があるってもんだ)



 そのためには、火猿とて女のためにある程度与える必要があるだろう。しかし、今はそんなことをするつもりはない。


 だから、女にあまり興味がない。



「カエンって、そもそもどんな女の人が好きなの? やっぱり胸の大きい人?」



 ティリアが自身の胸に手を当てる。膨らみは確かにあるのだが、目立つサイズではない。



「何がどうやっぱりなんだかわからん。大きさなんぞどうでもいい。強いて言えば、俺に全部捧げるくらいの気概がある女が良い」


「……へぇ。それ、わたしのことじゃん」


「はぁ? お前、俺のために死ねるのか?」


「わたしは死ねるよ? カエンのためなら」


「ふぅん……。まぁ、口ではなんとでも言える」


「む。信じてないの? 黒剣と戦ったときだって普通に命かけて助けたのに。あのときは脇腹を射られただけだったけど、頭を狙われるかもしれなかったんだよ?」


「そういえば、そんなこともあったな……」


「命がけで助けてくれた相手を信用しないなんて、それは流石にダメだと思うよ!」


「それは、確かに。悪かったな」


「カエンがわたしを一生側に置いてくれた許す」


「五年後に同じことが言えたら、許されるために努力してやるよ」


「むぅ……。まだわたしを信用してないなぁ……。本気なのに……」



(十四歳の本気なんぞ、信用できるわけないだろ。その場の勢いだけでなんでも出来ちゃう年頃だ。今の時点で本気なのはわかるが、何年も同じことが言えるとは思えん)



 ティリアは火猿の肩をベシベシと叩く。痛くもないのでされるがままにする。



(……ん? 何か妙な気配が……?)



 気配察知のおかげだろうか。まだ遠いが、何かの気配を察知。しかし、遮るもののない平原で、見渡す限り何も見えない。



「どうしたの?」


「……何か来ているかもしれない。お前はこれを着てろ」



 火猿は、抱えていた気配遮断のローブをティリアに渡す。



「待って! 何か来るなら、これは火猿が着て! その方が戦いに有利でしょ!? 相手に気づかれずに攻撃できるんだから!」


「まぁ、そうだが……」


「わたしはカエンのために命をかけられる女だよ! これはカエンが使って! わたしの命よりも、カエンが無事に勝つことを優先して!」


「……仕方ねぇ奴だ」



 火猿はローブを受け取り、身にまとう。


 ティリアは綺麗に微笑んだ。



「わたしの全部、カエンにあげる。今も、この先も、それはずっと変わらないよ」

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