第24話 リスト
御者はおそらく人身を売買する商人で、懐に特殊な袋を持っていた。
外見上は拳大の革袋なのだが、その中には大きめの段ボール一箱分くらいの物を入れられる。空間魔法で内部を拡張された品らしく、小さい物でもかなりの高級品。今回見つけたものでも、数百万ゴルドはするのだとか。
火猿たちにとってもかなり有用なものなので、袋ごといただいていく。
中身は主にお金と貴金属。金額にして一千万ゴルドはあり、ありがたく頂戴した。
他に書類もあり、火猿としてはあまり興味を引かれるものではなかったのだが、それに目を通したティリアは言う。
「これ、取引先のリストとか、商談の契約書だね。これを見れば、人身売買に関わっていた人たちがわかる」
「ほぅ……。ちなみに、人身売買は違法行為で間違いないか?」
「中身にもよるんだけど、この場合は違法行為だね。正式な奴隷商人は誘拐した人を売買するんじゃなくて、犯罪者とか親から売られた子供とかを売買するの」
「なるほど。じゃあ、そこに載っている連中は、悪人の類だな」
「うん。そうだね」
「丁度いい。そいつらと関係者、狩っていくか」
火猿は思わずニヤリと笑う。表に出てくる悪人だけじゃなく、裏に潜む悪人も狙えるなら、さらなるレベルアップが望める。
「カエン、悪い顔してるなぁ」
「魔族が善人面してても怪しいだけだろ」
「確かに」
「どこの誰か、わかるか?」
「うーん……名前だけ聞いてもわからないんだけど……あ、周辺の地図も入ってる。これがあれば、どこに行けばいいのかもわかるよ」
「よし。この近隣はまだ避けるとして、良さそうなところに行ってみよう」
「うん!」
火猿たちが話していると、荷台から緑髪の少女が出てきた。他の者たちの解放は終わったようだ。
「……あんたたち、悪人退治をしているの? もしかして、義賊のような真似でもしているわけ?」
「俺たちが義賊なわけないだろ。俺はレベル上げのために人を殺し回っているだけの悪党だ。人間を殺すとレベルが上がりやすいんでな」
「レベル上げのため? それなら、あたしたちを殺さないの?」
「無差別に殺すつもりはねぇよ。悪人にも悪人なりのルールがあるんだ」
「……つくづく変わり者の魔族ね」
「ああ、そうみたいだ」
「名前はカエン?」
「そうだ。お前は?」
「ファリス」
「少し気になっていたが、何の仕事をしているんだ? なんとなく、その辺の一般市民には見えないが」
「……あまり他人に話すようなことじゃない」
「そうか。まぁ、いい。強い武器を作ってくれるんだろ? いつまでにできる?」
「ええっと……町に行って、素材になる武器が手に入れば、三日以内には……」
「すぐってわけにはいかないか……。素材になる武器ってことは、鍛冶士ってわけじゃないんだな」
「あたしは、武器に特殊な魔法を付与して強力にする。それに適した武器を用意する必要があるから、あんたの持ってる剣にいきなり付与ってわけにはいかない」
それが真実なのかどうかは、火猿にはわからない。ただ、今持っている剣はスキルで作り出した物で、火猿の手を離れると一日程度で消滅する。そういう意味でも付与には向いていない。
「お前、素材の武器を買う金は持っているのか?」
「……ない。全部盗られた。強いて言えば、あんたらが奪った金に、あたしの金も含まれてる」
「そうか。じゃあ、素材代は俺が用意しよう」
「……うん」
ファリスがジト目で火猿を見る。暗に金を返せと言われてるように火猿は感じたが、無視した。
ファリスは溜息をつき、続ける。
「ねぇ、今から皆で近くの町までいくつもりなの。この馬車を使ってさ。どうせ武器の受け渡しもあるんだが、あんたたちもついてきてよ」
「近くの町まで護衛しろって話か。ちゃっかりしてやがる」
ファリスは鋭い目で火猿を見つめる。相手が魔族で、自分より強いと知っていても、物怖じする様子はない。やはりただの一般市民ではなさそうだ。
「まぁいい。護衛はしてやる。ファリスは約束を果たせ」
「わかった」
そして、ファリスが御者をやり、馬車は街道を進んで近くの町に向かう。
火猿は気配遮断のローブをまとって姿を隠し、それに併走。ティリアは御者台でファリスの隣に座った。
「ねぇ、あんた、どうして魔族と一緒に行動しているの?」
道中、ファリスがティリアに尋ねた。
「最初は成り行きかな。でも、今はカエンの隣が心地良いから」
「相手は危険な魔族でしょ?」
「カエンは危険じゃないよ。無闇に人を殺さないし、わたしを守ってくれる」
「何かに利用されてるだけじゃなくて?」
「自分で言うのもなんだけど、わたしに大した利用価値はないよ。たぶん、デメリットの方が多い」
「そう……。不思議な魔族ね……」
「うん。って言っても、わたしが直接知ってる魔族はカエンだけだから、案外魔族って人間に友好的なのかもしれないよ。魔族は敵だって、世間が勝手に決めつけてるだけで」
「あたしは他の魔族を見たことがある。あれは本当に残忍で危険な存在。平気で人をいたぶり、殺す。その知性は全て、人間を殺すために使われる」
「そうなの? ふぅん……。ま、カエンはカエンだから。わたしはカエンが好きだよ」
「……そう」
途中で何度か魔物に遭遇したが、それらは全て火猿が退治した。
レベルも上がらない、あまり意味のない戦闘だった。
翌日の昼には近くの町に到着した。火猿とティリアは、町に入る前にファリスたちと一旦別れることにした。火猿はもちろん町に入れないし、ティリアも町に入るのは危険かもしれないからだ。
別れる際、火猿はファリスには二百万ゴルドを渡した。捕まっていた者たちが当面生活していくための金と、素材の武器を買うための金だ。
「……お金、こんなにもらっていいわけ?」
「これから手に入る予定があるからな」
改めて確認したあのリストには、貴族含めそれなりに金持ちらしき者たちが載っていた。順に狩っていき、金を奪えば、二百万ゴルドなどすぐに手に入るはず。
「悪人なのかなんなのか、よくわからない魔族だ。ちなみに、武器は何がいい? 剣?」
「そうだな。俺が今使っているような剣でいい」
「……わかった。作ってみる」
火猿とティリアはファリスたちを見送り、町を離れた。
次に会うのは三日後の予定だが、その約束が本当に果たされるとは、火猿はあまり期待していなかった。
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