第23話 平気
* * *
「熱い熱い熱い!」
「この火を消してくれ!」
「あああああああああ!」
「もういっそ殺してくれ!」
「何で俺たちがこんな目に!」
炎に焼かれて苦しみ悶える男たちを、ティリアは冷めた目で見下ろす。
「……わたしは別にあなたたちに恨みもないし、苦しんでいる姿を見ても楽しくないし、いっそ殺してあげたいとも思うんだけどさ」
ティリアは、御者を殺めたカエンの方を見て、目を細める。
(カエン、かっこいい……。血塗れの姿にまたグッと来ちゃう……。カエンのためならなんでもできちゃうなぁ。この男たちを見殺しにするくらい、平気)
「……わたしが殺しちゃうと、カエンのレベル上げにならないんだよね。だから、じっくり焼かれて死んでね。ま、安心してよ! 十分以内には死ねるから!」
黒い炭になりつつある男たちに、ティリアは微笑みかける。
男たちの絶叫は、まだもう少し続いた。
* * *
荷台の中身が人間であれば、火猿としてはあまり興味がない。悪人が乗っているなら経験値に変えることもできるが、普通の人であれば火猿にとって無価値。
ただ、多少は金になる物があるかもしれない。それはティリアが活用できる。
火猿は荷台の中を確認してみる。
「……女だらけだな。そういうタイプの人攫いか」
馬車の中には計十三人の女性と少女がいた。薄汚れた格好をしており、それぞれ手足を鍵付きの鎖で拘束されている。
火猿の姿を見て怯える者たちがほとんど。その中で、一人だけ火猿を睨む少女がいた。
緑色のロングの髪は少し乱れているが、その眼光は鋭い。まだ十七、八歳くらいだろうが、年齢に見合わない迫力がある。
魔法使いなのか、それらしきローブを身につけている。
「……あたしたちも殺すの?」
その声は、先ほど聞いたものと同じだった。
「殺しに来たわけじゃない。金目のものがあればいただこうと思っただけだ」
「……あんた、盗賊なの?」
「いや。ただの殺人鬼だ。金はついでにもらう」
荷台の奥に五つ箱が積んである。女たちの間を抜けて、火猿は箱のところへ。
中身は主に食料で、それはそれで価値がある。持てる分はもらうことにした。
他には、雑多な日用品が入っているだけだった。
「意外と貧乏な悪人だったか?」
「……貴重品なら、あの男が肌身離さず持ってるはず。あっちの身ぐるみ引っ剥がした方がいい」
「ああ、それもそうか。お前たちに盗まれるかもしれないのに、わざわざこんなところに置かないな」
火猿はその場を去ろうとする。
「ねぇ、あたしたちの拘束を解いてよ。殺しにきたわけじゃないんだし、それくらいいいでしょ?」
「解放した途端に襲われては困る。大人しく拘束されておけ。運が良ければ通りがかりの誰かが助けてくれるだろ」
「待って! それじゃ遅いかもしれないでしょ! 何が欲しい? 何かあげるから、拘束だけ解いて!」
「お前に何が差し出せる? 内容次第で拘束は解いてやる」
「……添い寝?」
「……せめて体とでも言っておけ。体にも興味はないが。じゃあ、俺は行く」
「待って待って! ええと……強い武器を、作れる」
「ほぅ? 武器か」
武器は作り出せる。しかし、武器創造 Lv.1 では、特殊な効果を持つ武器を作り出せない。一般的な金属製の武器よりは多少丈夫なのだが、もう少し付与効果があるとありがたい。
いずれはそれもできるようになるだろう。しかし、今の段階でも手に入るなら欲しいところだ。
「作れるってことは、今すぐではないんだな?」
「今すぐは無理。でも、あたしを解放してくれたら、武器を作ってあげる」
「俺は魔族だぞ? 人間が魔族に武器を渡すのか?」
「……ここで取り残されるよりはいい」
「そうか。まぁ、いいだろう」
火猿は緑髪の少女の拘束を解いてやる。手足を縛っていた鎖を、破壊の一撃を使ってサクッと切り裂いた。
「その剣、何か特殊なものなの? ただの鉄の鎖とはいえ、こんなあっさり壊すなんて……」
「詳細を話す義理はない」
火猿が今度こそ去ろうとすると、また呼び止められた。
「あ、ちょっと! 他の皆も解放してあげてよ!」
「なぜだ?」
「こんなところで放置してたら、魔物にだって襲われるかもしれない! そうなったら皆死んじゃう!」
「それは俺が助けなければいけない理由じゃないな。お前たちがどうなろうと、俺はどうでも良い」
「ああ、もう! 魔族はこれだから! そこの男が鍵を持っているはずだし、もうあんたには頼らない!」
緑髪の少女が荷台を出ていく。
「金目の物は俺がもらう。残しておけ」
「はいはい! わかった!」
火猿も緑髪の少女に続いて荷台を出る。
丁度、ティリアが駆け寄ってくるところだった。
「カエン! 大丈夫? 怪我はない?」
「ああ、ない」
「良かった! 向こうの奴らは死んだよ! 骨になるまではもう少しかかるけど!」
「そうか。死んでるなら、あとはどうでもいい」
「ところで……荷台にいるのは女の子?」
「そうだな。十五歳から二十歳くらいの女だ。全部で十三」
「……気になる子はいた?」
ティリアの目に仄暗い陰が差す。火猿は軽く溜息をついた。
「何を気にしてるんだか。そういう相手として見てねぇよ」
「そっか! 良かった!」
ティリアが笑顔になり、火猿に抱きついてくる。うっとうしいので引き離そうとするが、ティリアは引かない。
(こんなときだけ異常な腕力を発揮しやがる……っ)
力任せにやればもちろん引き離せるのだが、それをするとどこか怪我をさせてしまいそうだ。火猿は仕方なく好きにさせることにした。
「……に、人間と魔族が、親しげにしてる……?」
鍵を取った緑髪の少女が、怪訝そうに眉を寄せる。
「何か問題でも?」
「問題っていうか……ありえない」
「そうか」
「……薄々感じてたけど、あんた、魔族の中でも特異な個体みたいね。普通、魔族は人間を殺しの対象にしか見ていない……。人間と親しくなろうとする者がいたとしても、それは何かの策……」
「俺だってそうかもしれんぞ?」
「そうかもしれないけど……。まぁ、今はいい」
緑髪の少女は荷台に入っていく。
火猿はもう荷台のことは忘れて、御者の方へ向かった。
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