第22話 人攫い

 火猿たちは森を抜け、さらに東を目指して平原を進んだ。


 火猿の赤い肌や髪は目立ってしまうので、常に気配遮断のローブをまとっておくことにしている。


 それが災いしたというべきか、火猿としては都合の良いことに、ティリアは一度盗賊五人に襲われた。弱そうな女の子が一人で歩いているように見えるため、襲い易いと判断されたらしい。


 火猿から見れば、弱そうな女の子が一人でいたら、逆に怪しいと思う。しかし、襲ってきた盗賊たちはそれを考える頭がなかった。


 火猿は、盗賊を遠慮なく殺した。


 ろくなものを持っていなかったが、少々のお金と食料だけはもらっておいた。


 平原に出て、五日目。昼過ぎのこと。


 火猿たちは街道を行く幌馬車と行き合った。馬車には五人の護衛がいて、あまり雰囲気は良くなかった。冒険者らしくない陰湿さを火猿は感じたが、そもそも冒険者をあまり知らないので、なんとも言えなかった。


 そのまま向こうが通り過ぎてくれたなら、火猿たちはそれを見送るつもりだった。見境なく見かける人間全てを襲うつもりはなかった。


 しかし、護衛の一人、三十代くらいの厳つい男が、ティリアを見て言った。



「なぁ、こいつも捕まえて売っちまおうぜ」



 その一言で、火猿は相手が人攫いひとさらいであることを悟る。幌付きの荷台に乗っているのは、商品である人間なのかもしれない。


 五人の屈強な男たちが火猿とティリアを囲む。向こうからすると、ティリア一人だけを囲んでいるつもりだろう。



「あの……あなたたちは、人攫いを仕事にしているんでしょうか?」



 ティリアの問いに、リーダーらしき男が下品な笑みを浮かべながら頷く。



「ああ、そうさ。一人で町の外を歩くくらいだし、それなりに腕に覚えがあるんだろうが、俺たちに出会ったのは運が悪かったな。大人しくしてりゃ、怪我はしなくて済むぜ?」


「まぁ、痛いのは嫌なので、大人しくしていますよ」


「いい心がけだ」



 男たちが近づいてくる。



(火の鬼術、弐)



 火猿は周囲に十の火球を展開。



「なんだ!?」


「こいつ、魔法使いか!?」


「魔法使いは高く売れる! 捕まえるぞ!」



 男たちは息巻く。火猿は火球を飛ばし、男たちの体に当てる。



「は! この程度の魔法で俺たちを倒せるとでも!?」


「こんなちんけな炎、軽い火傷になるだけだろ!」


「もうちょっとマシな魔法を使えるようになってから、一人旅をするんだったな!」



 男たちは、燃えている部分を手ではたく。しかし、当然ながらそれで炎は消えない。むしろ、はたいた手に引火する。



(雷の鬼術、弐)



 今度は、高笑いする五人に向けて雷撃を放つ。男たちはそれで動けなくなり、地面に倒れる。



「く、くそ! 体が動かねぇ……っ」


「おい、っていうかこの炎、消えねぇぞ!」


「熱い熱い熱い! どんどん燃え広がってやがる!」


「これ、ただの炎じゃねぇぞ!?」


「こいつ、何者だ!?」



 動けない男たちの体を、炎がじっくりと舐めていく。声だけは出せる男たちの絶叫が響きわたる。



「……臭い」



 ティリアが顔をしかめて、自身の鼻を摘まむ。人が焼かれて死んでいく様については、何も思うところはないらしい。



(拷問は趣味じゃないが、こういう合わせ技も有効だな。まぁ、さっさと殺して……)



 火猿は男たちを殺してやろうと思ったが、馬車が動き出したので、そちらに注意を向ける。



「追いかける? 逃がす?」



 ティリアが小声で尋ねてきた。



人攫ひとさらいなら殺してもいいだろ。少し待て」


「わかった」



 火猿は馬車を追いかける。加速を使えば、馬車に追いつくのは難しくなかった。



(御者の男だけを殺すと馬車が暴走しそうだな。ここは、話をつけよう)



 火猿は気配遮断のローブを脱いで姿を現しつつ、御者の隣に飛び乗る。



「ひぃ!? ま、魔族!?」



 小太りな中年男が怯える。



「おい、馬車を止めろ。殺すぞ」



 剣を男の首に当てる。



「わ、わかった! わかったから殺さないでくれ!」



 男が馬を操作し、馬車を止める。



「一応聞いておこう。お前、何の仕事をしているんだ? ただの御者じゃないよな。人を無理矢理誘拐して、どっかに売りつけるのか?」


「……ち、違うっ。いや、人を売るのは確かだが、俺はただ、合法的に奴隷商人をやってるだけだ!」


「ふぅん……」



(合法の奴隷商人であれば、悪人とは言えないか? 世界が違えば常識も違う……。無闇に殺すべきではないかもしれん)



「おい。そいつは合法の奴隷商人なんかじゃない。ただの犯罪者。人を誘拐してお金を得る、ただのクズだ」



 幌のかかった荷台の中から、女の声がした。



「だ、そうだ。お前、やっぱりただの悪人だな?」


「違う! 違うんだ! 俺は命令されてやっているだけで!」


「そうか。まぁ、同情はする。世の中には、悪の道を行くしかなかった奴もいるだろう。俺が裁判官だったなら、詳しく話を聞いて、情状酌量の余地を確認したところだ。だが、俺はただの魔族だから、お前の話には興味がない」



 火猿は男の首を切り落とした。


 鮮血が飛び散り、火猿の頬を濡らした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る