第20話 盗賊

 * * *



 火猿がティリアと共に妖魔の森をさまよい始めてから、一ヶ月が過ぎた。季節はだんだんと夏に近づいている。


 この一ヶ月間、特別に強力な力を持つ冒険者と遭遇することはなかった。たまに雑多な冒険者と遭遇することはあっても、火猿の命を脅かす存在ではなかった。


 ときに人間を殺しながらも、火猿は積極的に魔物を狩り、少しずつレベルを上げていった。しかし、黒剣を倒して以来レベルの上昇は鈍化しており、魔物だけを倒して成長するのは難しそうだった。


 強くなれば、より強くなるのに時間がかかる。その上、妖魔の森の東側は強い魔物が出ない地域でもあるらしく、火猿にとってはもうレベル上げに利用できる場所ではなくなっていた。


 強くなるためには妖魔の森の西側に行くべきなのだが、そうするとまた強力な冒険者と遭遇する可能性もあるので、西に向かう気はなかった。


 森の東側は、ティリアの強化には多少役に立った。終盤でティリアにも戦闘に参加させることで、レベルが上がっている。ただ、ティリアはどうしても戦闘に関する才覚が乏しいらしく、魔力量は上がっても戦闘力は上がらない。戦闘系のスキルも身につけない。


 ティリアも戦闘について既に限界を感じているようで、暗殺技術を身につけようとし始めている。隠し持った短剣をスムーズに抜く練習だとか、音を立てずに動く練習だとかをしている。それがどれだけの効果を発揮するかは未知数。


 ともあれ、火猿としては、もっと強くなりたいという希望があった。身の安全を確保するのが第一だが、どうせなら最強を名乗れるほどになりたいとも思っている。


 強くなるために強くなるという残念な目標だが、それも悪くないと感じている。いきなり大層な目標を掲げても、現実感がなくて達成する気力も沸かない。


 そして、ある朝。



「……あれは、盗賊か?」



 火猿は洞窟付近にたむろする男たちを発見。薄汚れた服装と不穏な雰囲気から、まともな仕事をしている人間ではないと察することができた。



「そうだね。たぶん盗賊だと思う。この辺はもう森の東の端だし、そういうのもいる」


「そうか。……奴らが何か良いものを持っていたらありがたいな」


「殺して奪うの?」


「ああ、そうだな。盗賊なら殺していいとか、盗賊からなら奪ってもいいというわけではないが、まぁ、俺は魔族だから別にいいだろ」



 自分を襲ってこない人間を、あえて殺しにいくことはしない。そういうスタンスで火猿はやってきたのだが、相手が悪人ならばそれを曲げても良いように思った。


 法や秩序の外にいる人間に、まっとうな思考で接する必要はない。



「わたしもそれでいいと思うよ。盗賊なら、一般の冒険者だって容赦なく殺す。持ち物も、盗賊を退治した人のものになることが多い。なら、火猿が同じことをしてもいい。いっそ、盗賊を壊滅させたら近隣の人たちは助かるんじゃないかな」


「そうか。じゃ、ちょっと行ってくる。お前は隠れてろ」


「うん。カエン、気をつけてね」


「ああ」



 火猿は右手にロングソードを出現させ、木陰から飛び出す。


 五人の男が火猿に気づき、それぞれ武器を構える。剣が三、槍が二。



(……せいぜいDランクの寄せ集めか。怪力と加速だけで十分だが、ここは鬼術の練習台にしたいところだ)



 最初に切りかかってきた男に対し、火猿はひとまず全力で剣を振る。相手の剣を破壊し、さらにその体も両断。血が飛び散り、周囲の盗賊たちを濡らす。


 盗賊たちは驚き、動きが止まる。



(殺してくれと言ってるようなもんだな。水の鬼術、弐)



 盗賊の一人の心臓辺りに、左手を軽く打ち付ける。革の鎧の上からだが、それで効果は発揮する。


 盗賊の体が一瞬膨らんだ。



「ぐが、は」



 盗賊は心臓辺りを掴んでもがき始め、その場に膝をつく。



(心臓を破裂させた。まぁ、死ぬよな)



 水の鬼術は、人の体内にある水を操作する。壱のときには直に肌に触れる必要がある上、臓器を破壊するほどの操作はできなかった。


 弐となった今、服や鎧越しでも効果を発揮できて、水を四散させることで内蔵破壊までも可能。人間はほとんど水でできているから、触れるだけで人間を殺す凶悪な力だ。



(弱点は、魔力の高い奴には防がれる可能性があることかな。いつでも必殺とはいかない)



 火猿は残りの盗賊たちの攻撃を警戒するが、連中はまだ固まって動けずにいる。



「盗賊なんぞ他人から平気で命を奪うような連中だろうに、逆の立場には慣れないか? まぁ、もしそんな悪人じゃなかったら悪いな。俺のレベル上げのために死んでくれ」



 火猿は近くにいた盗賊の頭を、左手で掴む。その頭は三秒ほどかけて石になった。



(土の鬼術。直に触れると早いな。まぁ、あえて石にするより、破裂させた方が早いが)



 壱のときは、直に触れる必要があった。弐の場合、視線を合わせるだけでも効果を発揮できるが、そのときはもっと遅い。最初の数秒は、表面が少し石になるだけ。まず逃げられる。



(それぞれの使い勝手を理解し、使いどきを間違えないようにしないとな……)



「な、なんなんだこいつ!?」


「強すぎる! 逃げろ!」



 ようやくまともに動き始めた残り二人の盗賊たちは、背を向けて逃げようとする。



「悪いが、死んでもらう」



 雷の鬼術、弐。


 壱のときはこれも触れている必要があったが、弐は五メートルの範囲内で攻撃可能。また、複数の敵を同時に狙える。そして、雷撃が当たった相手は、体が痺れて動けなくなる。


 弱点としては、弐の場合、発動までに三秒ほどかかることと、攻撃対象との間に何か物があれば、そちらに雷撃が行ってしまうこと。剣などを投げておけばそれで無効化できてしまう。もっとも、相手がそれを知らなければ、実に有効な無力化の手段だ。



(ただ逃げるだけの相手には有効だ)



 火猿の左手から雷撃が生じ、二人の盗賊に

当たる。二人とも体が痺れて動けなくなり、顔から地面につっこむような形で転んだ。


 火猿は手前にいた一人の首を切り落とす。あと一人。



「待、待ってくれ! 何か欲しいものがあるなら渡す! 命だけは助けてくれ!」



 地面に倒れて動けない最後の盗賊が命乞いをしてきた。顔を打って鼻から血が垂れている。



「殺して奪った方が早いだろうが。どうして交渉の余地があると思った?」



 火猿は剣を振り下ろす。盗賊の頭が半分になった。



(……殺しにも慣れたもんだ。元から割と平気だったが、今では虫を殺す程度の感覚か……。俺も随分と歪んだな)



 火猿は自嘲気味に笑いつつ、洞窟内に目を向ける。


 気配察知スキルで、中にも人がいることがわかっている。数は十人か。



(俺と対等以上に戦える奴がいる可能性もあるが……まぁいい。虎穴に入らずんば虎子を得ずってのは、こういうときに使うんだろう)



 火猿は警戒しつつ、洞窟内に入る。


 結果としては、洞窟内に火猿の脅威になる敵はいなかった。


 頭領らしき男もギリギリCランク相当の力しか有しておらず、今の火猿の敵ではなかった。

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