第19話 悪魔
* * *
(カエンと出会ってから、わたしの人生は変わった……。憂鬱なことばっかりだったのに、今はなんだかワクワクしてる)
ティリアはカエンの隣を歩きながら、少しだけ過去の自分を思い出す。
ティリアは三人兄妹の三女で、よく姉と兄の面倒を見させられた。二人はワガママばかりの生意気な人たちで、ティリアは苦労ばかりしていた。
両親はティリアに面倒ごとを押しつけるけれど、何をしても褒めてくれることはない。奴隷が主人のために働くのは当然だ、とばかりの態度だった。
その原因は、ティリアが十歳のときにわかった。ティリアは父の兄夫婦の娘で、その兄夫婦が突然亡くなってしまったため、ティリアは仕方なく引き取られたのだ。
育ての親である二人は、ティリアを厄介者と認識していたらしい。
都合良く使える労働力にはなるのに、どうして厄介者だと思えたのか、ティリアにははなはだ疑問だった。
ティリアが十二歳になると、ティリアは下級貴族の家でメイドとして働かされるようになった。
ティリアの料理スキルや家事スキル、生活魔法はメイドとしてかなり有用だったのだ。
しかし、その有用さが逆に周りにとって疎ましいものに映ってしまったらしい。
十二歳にして、年上のメイドよりも有能な仕事ぶりを発揮すると、周りからいじめられるようになった。
命の危機を感じる類ではない。衣服や持ち物を汚されるとか、食事に虫が入っているとか。しかし、命は無事でも、とにかく気分の悪くなるようなことばかりだった。
最終的に、ティリアは先輩のミスの責任を押しつけられてしまった。高価な壷を割ったことにされて、無能だなんだと罵られて、責任を取らされてクビになった。
育ての親は、その頃に急病で亡くなった。ティリアとそう歳の変わらない姉と兄は、それぞれの生活のために働いている。他人の面倒を見る余裕はない。もし余裕があったとしても、ティリアの面倒を見ることはない。
ティリアの過去に、大切な人が無惨に殺されるような、極端に不幸な出来事があったわけではない。
それでも、少しずつの不幸が積み重なって。
少しずつの悪意の視線が心に傷を残し続けて。
ティリアは、人の中で生きることに疲れてしまっていた。
(カエンの隣は心地いい。カエンはわたしを理不尽に傷つけない。カエンはわたしを守ってくれる。カエンがわたしに恋なんてしていないのもいい。恋は不安定で信用できない。
わたしは……カエンのこと、ちょっぴり好きだけど。
とにかく、カエンがわたしの居場所になってくれるなら、わたしはカエンのために戦いたい)
カエンのような強さを身につけるのは難しいだろう。
しかし、カエンはある意味まっすぐで、他人を陥れるようなねじ曲がったことはしない。
それが、ある意味弱点とも言える。
(……わたしの暗い部分がカエンを守るなら、わたしは悪魔にだってなる)
ティリアはカエンに微笑みかける。
カエンは実に胡散臭そうな顔をして、ティリアから距離を取ろうとする。
ティリアはカエンを離さない。
(……まだまだ死にたくないけど。死ぬときは一緒がいいな)
ティリアはますます笑みを深める。カエンはまた距離を取ろうとする。
当然、ティリアはカエンを離さない。
一生、離すつもりはない。
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