第17話 時期尚早

 火の鬼術、弐が使えるようになった。


 壱のときには拳大の火球を一つ生み出すだけで精一杯だったのだが、今は十の火球を生み出せるようになった。火の勢いも増しているらしい。


 火球は黒剣の三人に向けて飛ぶ。



「くっ」



 火球は見事に避けられたが、問題なかった。剣士が一瞬怯んだ隙に、火猿は剣士に向かって突進。剣士は体勢を崩しながら剣を振るう。


 火猿は怪力スキルを使い、力任せに剣を一閃。火猿の剣はそれで折れてしまったが、相手の剣にもヒビが入る。


 火猿はすぐに剣を作り直し、二撃目。火猿の剣は折れるが、相手の剣のヒビが広がる。火猿は再度同じことを繰り返す。単純な腕力で、ようやく相手の剣をへし折った。火猿の剣も折れたが、またすぐに作り直す。



「強引すぎるだろ!?」



 火猿はもう一度剣を振るう。剣士は後ろに倒れることで辛うじて回避。



「そりゃあああああああああああ!」



 剣士の後ろから、獣人が大剣による攻撃。


 火猿は再び力任せにその大剣を打ち払う。今回は相手の剣にヒビも入らない。火猿の剣だけ粉砕してしまったので、すぐに作り直す。切れ味や取り回しのしやすさより、丈夫さを追求した太く無骨な剣だ。



「その力、厄介だなぁ!」



 獣人は、続けて大剣を振り回し、火猿を追いつめてくる。両者の剣が激突し、火花が散った。



(この剣なら壊れない。向こうからすると厄介だが、武器創造は俺からすると便利な力だ)

 


 火猿と獣人の腕力は拮抗している。二人だけでは勝負がつかなかったかもしれない。


 しかし、敵は四人。火猿が獣人の相手で手一杯になっているところに、風の魔法と三本の矢が迫る。


 火猿は一度引き、矢と風の魔法の回避を優先する。


 魔法は回避し、矢を一本打ち払う。残りの二本は食らってしまうが、致命傷は避けた。左足と肩に深く矢が突き刺さる。酷く痛むが、どうせ回復できる範囲だと思うと、その痛みを無視できた。



「せあああああああああ!」



 獣人が追撃してくる。



(無防備な一撃だ。剣が壊れるなんて、微塵も思ってない)



 火猿は剣で打ち合うと見せかけて、破壊の一撃を使用。



「え?」



 武器の頑丈さを無視して、火猿の剣は獣人の剣を砕く。剣は勢いを弱めず、そのまま獣人の首を切り落とす。獣人が驚愕に目を見開くのを、火猿は確かに見た。



(一撃目からこれでも良かったかもな。だが、最初の打ち合いで、相手から武器が壊れるイメージは消せた。悪くない誘導だろう)



「ルシアアアアアアアアアアアア!」


「ルシア! イヤアアアアアアアア!」



 仲間の確定した死に、剣士と魔法使いが大きく取り乱す。火猿はその隙に、まだ不十分な姿勢の剣士に斬りかかる。


 剣士はとっさに剣を避けようと横に飛ぶが、火猿にとってはどうでも良かった。


 火猿は意図的に剣を投げ、後方で悲鳴をあげていた魔法使いを攻撃。



「え?」



 魔法使いはどこか惚けた顔。回転しながら飛ぶ剣は、上手く魔法使いの首を切り裂く。血を吹き出しながら、魔法使いはその場に崩れ落ちた。



「エイダ!」



 剣士が絶望した顔をする。次の瞬間には、火猿の手に再び剣が握られている。



(武器を作り出せるってのは本当に便利だ)



 火猿は剣士の首を落とそうとするが、寸前で三本の矢が飛来。火猿はその矢の対処を優先する。無傷でやり過ごすことはできないが、致命傷は避ける。



「レイ! しっかりしてください!」



 弓使いが木の陰からついに姿を現す。どうやら人族で、二十歳前後に見える。



「俺たちは冒険者です! 死ぬ覚悟も、仲間を失う覚悟もしてきたはずでしょう!? ここで全滅する気ですか!?」


「ロン……っ」



 剣士が立ち上がる。武器は半ばで折れた剣。



(これで一対二。勝てる見込みはある)



 火猿は全身の痛みを無視し、剣士に接近。弓使いはまだ遠いが、剣士までの距離は二メートルもない。


 三本の矢が飛んでくる。何となく嫌な予感がして、火猿は回避を優先。一本の矢が左腕をかすめたのだが、左腕が大きくえぐれた。


 幸い、追跡機能はなかった。ただただ強力な矢だった。



(ちっ! いてぇだろうが!)



 火猿は剣士に接近し、右腕だけの力で剣を振り回す。


 火猿の一撃は危険だとわかっているようで、剣士は火猿の剣を避ける。打ち合うような真似はしない。



(二人だけになっても、なかなか決定打に欠ける……。戦闘経験の差か……。たぶん、鬼術をもっと活用できれば楽に勝てるんだろうが、使う機会の少なさが痛いな。使いどきをとっさに判断できない。剣に頼っちまう)



 火の鬼術で弓使いの動きをとめようか。


 火猿がそう思ったとき、不意に剣士と弓使いが何かに気を取られるのを察知。



「やめろ! よせ!」



 剣士が何かを見て叫ぶ。何を見ていたのか、火猿は知らない。


 ただ、ほんの数瞬、確実に火猿から意識が逸れた。



(死ね)



 火猿は剣士の首を切り落とした。


 直後、火猿とは別の方へ、一本の矢が飛んだ。


 その後、弓使いはきびすを返し、一目散に逃走した。



「うっ」



 ティリアのくぐもった声。火猿は弓使いを追うよりも、ティリアが気になった。



「ティリア?」



 ティリアは獣人の死体の側にいて、その脇腹に矢が突き刺さっていた。



「おい! ティリア! 大丈夫か!?」



 火猿は急ぎティリアに駆け寄る。ティリアは、苦しげながら火猿に笑顔を見せた。



「だ、大丈夫。これくらい、回復ポーションで治るから……」


「だったら早く治せ!」


「うん……」



 ティリアが辛そうだったので、火猿が鞄から回復ポーションを取り出す。



「矢を抜く。少し我慢しろ」


「ん……んっ」



 火猿が矢を引き抜くと、傷口から血が溢れて服を赤く染めた。


 火猿は服の上から回復ポーションをかけてやる。


 数十秒で傷が塞がり、ティリアの表情も緩む。



「ありがとう、カエン」


「治ったようで何よりだ。っていうか、さっきはなんで出てきた? 危ないだろうが」


「……あいつらの気を引こうと思って。まともな人たち観たいだし、大事な仲間の死体が傷つけられそうになったら、平気じゃいられないだろうなって……。だから、あえて見せつけるみたいに、死体を刺そうとしたんだ……」



 ティリアの右手には、一本の短剣。



(剣士の最後の言葉は、そういうことか……。仲間思いの連中には有効な手だが、実に底意地が悪い……。闇属性の恐ろしさをひしひしと感じるよ……)



 ティリアの闇が暴走すれば、いずれ自分にも害をなすかもしれないと、火猿は思った。しかし、ティリアを手放そうとも思えなかった。


 ティリアが火猿にとって大きな力になっているのも確かだが、そういうことよりも、自分と一緒にいてくれるのは、ティリアのように歪んだ存在だけだろうと理解している。



「ティリア。今回も助かった。感謝する」


「えへへ。カエンの力になれて良かった」


「……感謝はするが、無茶はするな。ティリアに戦う力がないのは事実。一歩間違えばすぐに死ぬ。二回連続で上手くいったからって、調子に乗ってほいほい危険なことをするなよ?」



 火猿が注意すると、何故かティリアがはにかむ。



「……カエン、わたしの心配をしてくれるんだね」


「あ? 何か変か?」


「んーん。変じゃないよ。カエンがわたしを仲間と思ってくれてるんだなって思って、嬉しかっただけ」


「ティリアに死んでほしくないと思ってるのは確かだよ」


「それだけで十分! それはそうと、火猿の方が怪我だらけだよ! そっちも早く治さなきゃ!」


「……ああ、そうだった」



 火猿がティリアにしたように、ティリアは火猿の傷の治療をしてくれる。


 火猿は一人でもできると思ったのだが、ティリアがやりたがるので、好きなようにさせた。



(……人の世界で生きていけなくても、ティリアと生きていくのは悪くないのかもな……)



 火猿はそんな未来を思い描き、時期尚早とすぐに打ち消す。


 黒剣を一旦退けたとはいえ、いつかまた強い敵が現れるだろうと、気を引き締めた。

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