第16話 当然

 気配察知のおかげか、火猿は背後から飛んでくる矢にも気づくことができた。


 しかし、その察知能力をもってしても、敵がどこにいるかはわからない。



(遠距離からの狙撃。こいつも今までの弓使いとは違うな。他の連中も今までの敵とは違うんだろう。相手は四人のはず……。厳しい戦いになりそうだ)



 火猿は神経を研ぎ澄まし、敵が姿を現すのを待つ。


 再び矢が飛んでくる。今度は左右二方向から。



(……いや、三方向だ)



 視界に入るのは二本。しかし、また背後から一本来ている。


 火猿は飛んでくる二本を回避し、最後の一本を剣で弾く。


 避けた二本が方向転換し、再び火猿を狙う。



(追尾機能かよ! 面倒だな!)



 叩き落とさないといけないらしい。火猿は一本ずつ叩き落とそうとする。


 一本を弾き、最後の一本を払おうとしたとき。



(まずいっ。別の攻撃が!)



 左右と背後から何かが迫っているのを察知。矢ではない。おそらくは魔法。



「くそっ」



 矢を払い落とす勢いを利用し、回転しながら迫り来る何かを切る。


 見えない何かを切った感触はある。風の魔法だろう。しかし、風を切ったところで、魔法は消滅しなかった。



「ぐぁっ!」



 風の魔法が火猿の体を切り裂く。深手にはならないが、全身に切り傷ができた。血が滲み、滴る。



(弓と魔法の連携……。一人で相手にするのは厳しいか……)



 敵の姿はまだ見えない。待っていても姿を現すことはなさそうだ。



(そりゃそうか。こっちが見つけられないなら、わざわざ姿を現す必要もない。俺が完全に攻撃を避けられるなら話は別だが、既に傷を負ってる)



 火猿は神経を研ぎ澄まし、加速スキルを利用しながら周囲を走り回る。



(進化とスキルのおかげで、今までより断然速くなった。脳筋っぽいが、力技で見つけてやる!)



 敵はすぐには見つからない。


 しかし、火猿は敵の攻撃を避けつつ辛抱強く探し続ける。



(いた! 魔法使い!)



 魔法使いの気配は比較的わかりやすかった。


 火猿は気配のする方へ全速力で駆け、白いローブ姿の女性を見つける。尖った耳から察するに、どうやらエルフの類だ。


 火猿は魔法使いに接近し、破壊の一撃を叩き込もうとする。が、ふと思い立って直前でバックステップ。


 魔法使いが眉を寄せる。おそらく、地面に何かしらの仕掛けが施されていた。そのまま直進すれば、火猿は反撃を受けていただろう。



(気配察知ってのは、人だけじゃなく魔法の気配にも反応するのが便利だ。そして……今の俺の武器は、出し入れ自在だ!)



 火猿は魔法使いの五メートルほど手前から、怪力スキルを駆使して剣を投擲。


 流石に避けられてしまうのだが、体勢を崩すことに成功している。さらに、火猿は投擲とほぼ同時に地を蹴っており、怪しげな地面を飛び越えて魔法使いに接近。


 地面を転がる剣を消し、再び手の中に剣を出現させる。魔法使いが目を見開く。



「ウィンドソードっ」



 風が吹き荒れる。火猿はその魔法に対して、破壊の一撃を叩き込む。魔法が破壊され、魔法使いは無防備に。


 火猿が魔法使いを斬る直前、三本の矢が飛来。対処しなければ急所を射抜かれるおそれがあった。



「ちっ」



 火猿は魔法使いを斬るべき剣で矢を払う。二本は対処できたが、最後の一本は脇腹に突き刺さる。火猿は痛みを無視した。



(せめて一発食らっとけ!)



 火猿は魔法使いの腹に蹴りを入れる。魔法使いは苦悶の表情を浮かべながら後ろに倒れた。


 その直後、プレートメイルを着た剣士の男と、大剣を構える軽装の獣人少女が姿を現す。



(獣人に興味を持ってる場合じゃないな!)



 剣士の動きは速い。その一閃で、火猿の首が危うく斬り飛ばされるところだった。


 火猿が体勢を崩したところで、獣人少女が大剣を振り抜く。火猿は辛うじて剣で受け止めたが、後方に弾き飛ばされた。



(体は細いのに、腕力は俺と同等以上か!)



「こいつ、想定よりも強いよ!」



 獣人少女が険しい顔で言って、剣士が頷く。



「ああ、そのようだ。腕も治ってるし、たぶん進化してる」



(……俺が一時右腕を失ったことを知っている? ってことは、俺があの三人組を殺した現場を見てきたか。鬼術の存在はバレてるな)



 剣士と獣人が武器を構えてジリジリと火猿に迫る。魔法使いは既に立ち上がって、蹴られた場所に何かの魔法をかけている。回復魔法だろう。弓使いの姿は見えない。まだ隠れて攻撃してくるつもりのようだ。


 火猿は弓使いの気配を探りつつ、三人に問う。



「……念のため訊いておくが、お前たちはどうしても俺を殺さないと気が済まないのか?」


「一応、これだけは言っておく。魔族と言葉を交わすな、が人間側のスタンスだ」



 火猿の問いに答えたのは、剣士の方。



「……そうかい。まぁ、騙されないためにはそれが懸命だろうよ。そっちがその気なら、俺もお前たちを殺す」


「これがこちらからの最後の言葉だ。……当然、お前にも抵抗する権利はある。存分に殺し合おう」



 剣士が火猿に迫る。獣人も続いていて、その後ろでは魔法使いが魔法を準備している。



(まずは牽制か。火の鬼術、弍)



 三人を視界に入れつつ、火猿は十の火球を生み出した。

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