第15話 進化

 翌日、火猿たちはまた東を目指した。


 しかし、火猿の右腕がない影響で、今まで楽に倒せていた魔物を倒すのに苦労するようになっている。



 自然と足は遅くなり、火猿は少し焦りを覚えた。



(どうにか無事に黒剣を撒ければいいが……。そう都合良くはいかないか……)



「……ティリア、離れろ。また魔物だ」


「うん」



 現れたのは、二メートル大の二足歩行の狼。外見上はワーウルフに似ている。幸い、数は一匹。



(また魔物の様子が変わったな。急激に強くなっている感じはしないが、軽く倒せる相手ではないだろう)



 火猿は左手にロングソードを持つ。せめて利き腕が残っていればとも思うが、すぐにそれは諦める。


 ワーウルフが低い姿勢で突っ込んでくる。ジグザグに移動するので、軌道が読みづらい。



(いらん知恵を発揮しやがってっ)



 火猿はひとまず回避に専念。ワーウルフの爪を避け、地面に転がる。



(ぐっ。避けたはずが、切られてる)



 右肩に大きな裂傷。先日の弓使いの矢と同様、魔法的な力でリーチを伸ばしていいるらしい。



(こいつは魔法戦士ってところか。ここんとこ、厄介な敵ばっかりで嫌になるな!)



 ワーウルフの連撃を、火猿はできる限り大きく回避する。どこまで避ければ良いのかわからないというのは厄介で、火猿は余計な体力を消耗する。



(体力温存してられる相手じゃなさそうだ)



 火猿はダメージ覚悟で、ワーウルフにカウンターの一撃を試みる。ワーウルフの爪が火猿の肩から胸に大きな裂傷を作るが、それに構わず、ワーウルフの心臓部目掛けて全力の突き。怪力と身体破壊を併用した一撃は、ワーウルフの右胸を貫いた。



(ちっ。心臓は外したか!)



 火猿は剣を突き刺したまま、ワーウルフに体当たり。ワーウルフがバランスを崩したところで、火猿は左手でワーウルフの首を掴む。



「潰れろ!」



 再び怪力と身体破壊を併用。ワーウルフの喉がくしゃりと歪む。ワーウルフは苦しげにもがき、火猿の腕を両手でひっかく。爪が腕を大きくえぐり、血が吹き出る。



「早く死ねっ」



 ぶちっ。


 ワーウルフの喉を握りつぶす。左手だけじゃなく、火猿の全身に生温い血が降り注ぐ。


 火猿は左手を離し、ワーウルフに蹴りを入れる。ワーウルフは倒れ、喉を押さえてもがき苦しむ。必死で呼吸を試みているが、喉が潰されて上手くいかない。出血も激しい。


 一分程して、ワーウルフが動かなくなった。



「はぁ……。この調子じゃ、この辺りはもう進めないな……」



 痛む左腕をだらりと垂らしながら、火猿は天を仰いで溜息。


 この調子では、黒剣には敵うまい。


 ここで終わりか……。火猿が諦めそうになったとき。



「ん……? 体が……」


「カエン、どうしたの? 体が、なんか光って……」



 回復ポーション片手に近づいていたティリアが、怪訝そうな顔をする。



「俺にも何が起きてるのか……うっ」



 体が急激に熱くなってくる。体内に熱湯を注がれているかのよう。



「カエン! 大丈夫!?」


「……わ、わからん。うっ」



 立っていられなくなり、火猿はその場にしゃがみこむ。



(体が変化してる感じがする……。なんだ、これは)



 全身に痛みが走る。それにひたすら耐え続ける。


 どれだけ時間がたったか、その痛みが引いていく。



「……ようやく引いたか」


「カエン……大丈夫?」


「ああ、もう大丈夫だ」


「良かったぁ。カエンのそれ、進化だよね? 魔族は進化する種類もいるって聞いたことがある。びっくりしたけど、右腕も治ったし、強くもなってるのかな?」


「ん? あ、右腕があるな……」



 右腕の感触を確かめつつ、火猿は立ち上がる。



「……ん? ティリア、背が縮んだか?」


「違うよ。カエンがちょっと大きくなったんだよ」



 ティリアの身長は百六十センチ程。火猿は元々百四十程度だったのが、今は百五十程度にはなっていそうだ。視線が高い。



「へぇ……。進化すると体も大きくなるのか」


「顔つきもちょっと大人っぽくなったかも」


「厳つくなったか?」


「んー、キリッとした感じ?」


「ふぅん……」



 ともあれ、火猿はステータスを確認してみる。



 名前:鬼月火猿

 種族:魔族・赤の鬼人

 性別:男

 年齢:1ヶ月

 レベル:1

 戦闘力:17,200

 魔力量:13,800

 スキル:怪力 Lv.2、威圧 Lv.2、破壊の一撃 Lv.1、加速 Lv.1、気配察知 Lv.1

 特殊スキル:鬼術 Lv.2、武器創造 Lv.1

 装備:革の鎧

 称号:無慈悲、非道、殺人鬼



(……種族が変わって、レベルが一に戻ってる。四十くらいで進化した感じか? 武器防具破壊と身体破壊が統合されて、破壊の一撃になってるな。効果は……?)



 疑問を抱くと、答えが頭に浮かぶ。


 破壊の一撃:武器、身体、魔法問わず破壊する一撃を繰り出す。一度使った後には三秒間のインターバルが必要。



(連続使用はできなくとも、かなり有用だな。次、加速と気配察知は新しいスキルで、字面通りの効果。……称号に殺人鬼とは不名誉なことだ。まぁ、今更どうも思わんが、人を殺すときにステータスが上昇するのは使える。武器創造ってのはなんだ……?)



 武器創造 Lv.1:魔力消費でイメージした武器を作り出せる。ただし、魔剣などは作成不可。



(ほぅ……。冒険者から奪った色々な武器を使ってきた影響か? 使えそうだな。どんなもんだ?)



 火猿が剣を作り出そうと念じると、右手に刃渡り一メートル程のロングソードが生じる。



「わ! 何それ!? いきなり出てきた!?」


「武器創造というスキルらしい。魔力消費で武器を作り出せる」


「え!? じゃ、もしかして、もう重い武器を抱えて歩かなくてもいいってこと!?」



 ティリアは大変嬉しそうだった。色々と拾い物を持たされているのが負担らしい。



「……自分で使う武器くらいは持てよ」


「それはそうだけど! でも、武器って結構重いんだからね!」


「まぁな。俺用の武器は捨てていいが……弓は持っておけ。ティリアも弓くらい引けるようになれ」


「簡単に言わないでよぉ。弓を引くってめちゃくちゃ力いるんだから!」


「まぁ、知ってる」



 弓を引くのは意外と筋力がいる。普通の女子が気安く扱えるものではない。



「わたしも弓を引けたらかっこいなー、とは思うよ? でも、使えるようになるのはまだまだ先」


「わかってる。しかし、弓と矢くらいなら運べるだろ」


「むぅ……仕方ないなぁ」


「下がれ、ティリア!」


「え?」



 背後から飛んできた矢を、火猿は剣で弾く。



「ちっ。冒険者だ。今度こそ黒剣かもしれん。ティリア、離れてろ」


「う、うん! 気をつけて!」



(進化の後で良かった。ギリギリ、黒剣相手に立ち回る準備ができたってところかな……? しかし、どこから狙ってきた? 姿が見えない)



 火猿は両手で剣を構え、敵の襲来に備えた。

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