第14話 暗殺者

 * * *


 日暮れ頃。


 黒剣の四人は、冒険者三人の死体を発見して眉をひそめた。


 一人分は焼死体だが、残り二人分も既に魔物に食い荒らされており、無事に残っているのは装備や持ち物だけ。



「……これ、例の魔族にやられたんですかね? 死体を食うって話はないんで、例の奴が殺して、他の魔物が食い荒らした……って感じでしょうか?」



 弓使いの青年ロンが、遺品を軽く確認しながら呟いた。


 答えたのは、リーダーの男性、レイ。



「その可能性はあるが……。ロン、遺品からランクはわかるか?」


「Dランクですね。こいつの名前はクーゴ。ってことは……疾風の三人組でしょう」


「……疾風の三人が? 遠くないうちにCランクにもなるだろうと言われてた連中だろ?」


「ですね。例の奴、想定より強いかもしれません」


「うむ……。一層警戒が必要だ」


「あれ? これはなんだろー? 小さい腕が落ちてるよー?」



 大剣を背負ったルシアが、子供サイズの腕の骨を拾い上げる。



「それは……例の奴の腕じゃないか? 誰かが腕を切り落としたんだろう」


「かもしんないねー。ってことは、戦力はだいぶ落ちてるかも!」


「片腕がないだけでもだいぶ変わるからな。ただ……」


「ただ?」


「魔族は再生能力が高いから、放っておくとまた腕が生えてくるだろう。それに……稀にだが、魔族は進化することもあるらしい。そのとき、体の傷も元通りになるんだとか」


「……叩くなら今のうちってことだねー。近くにいるはずだけど、ちょっと暗いかな」


「そうだな……。エイダ、探知魔法の範囲にはいないか?」


「……そうね。探知魔法の範囲では、それらしきものはいない」


「……夜通し探すのも危険だ。視界が悪い中で魔物に襲われるのは良くない。それに、下手に疲れた状態で例の奴と戦いたくもない。今日はこの辺りで一旦休もう。遺品を回収して、墓も作ってやろう」



 レイの決断に、他の三人が頷く。


 魔物除けの香を焚きながら、それぞれ作業を進める。



「……俺たちなら勝てる、なんて思い上がった状態で挑むのは危険だな。万全の準備をして挑もう」



 * * *



「それにしても、よくティリアの力であの弓使いを刺せたな。人間だって、レベルが上がると傷つきにくくなるんだろう?」



 夕食を摂りながら、火猿は隣に座るティリアに尋ねた。



「うん。そう。でも、わたしはスキルを使ったから」


「スキルを? 攻撃系のスキルなんて持ってないだろ?」


「攻撃用じゃない。料理スキル」


「料理スキル……?」


「うん。料理スキルの中の、切断っていう奴。本当は表皮の硬い果物とか甲羅のある食材を切るためのスキル」


「……それで、人を切ったのか」


「うん。試したことはなかったけど、たぶんできるって思ってた」


「……そりゃ、料理スキルで人を切ることはないだろうな」



(一体どんな料理を作るんだって話だ)



「たぶん、あの人は油断してたよね。戦闘の素人が扱う刃物なんて怖くないって……。だから、殺せた」


「そういうことだろうな。少しでも戦闘の心得がありそうな奴が近づいていたら、あの弓使いも警戒してた。ティリアのド素人ぶりが、今回は役に立った」



(……ティリアの戦闘力は確かに低い。でも、こいつは暗殺向きなのかもしれない。そんなことをするように見えないってのは、たぶん暗殺の世界ではかなりのメリットだ。そして、いざとなればためらいなく人を殺せる歪んだ精神も、その道では有用だろう)



 火猿はティリアの評価を改める。この子は思っていたよりも危険で貴重な人材だ。



「あ、そうだ。料理スキルも使ったし、闇属性の補正もいくらか効果があったのかも。どれくらい効果があったのかはわからないけど」


「そんな称号もあるって言ってたな。ちなみに、今はステータスに変化はあるか?」


「ん……称号に、同族殺しっていうのが増えた」


「効果は?」


「同族と戦うとき、戦闘力にプラス補正」


「……そうか。なるべくその機会がないことを願うよ」


「うん。わたしも、人殺しは好きじゃない」



 ティリアが俯き、悲しげな表情。



(初めて人を殺したんだもんな……。もう少し話題に配慮するべきだったか)



「悪いな。嫌なことを思い出させた」


「大丈夫。人を殺したらとても辛い気持ちになるんだろうって思ってたけど、案外そうでもないの。ちょっと気が重いだけ」


「そうか。まぁ、俺もそんなもんだったな」


「カエンは魔族だもん。それで普通だよ」


「かもな」


「……わたし、自分で思ってたより人の世界に馴染めてなかったのかも。人の町で暮らすより今の暮らしが落ち着く。人を殺しても案外平気。人の町に戻りたいとも思ってない……」


「そうか」


「なんとなく、だけどね。わたし、本当は人間が嫌いなんだと思う。いじめられることも多いし、仲間外れにされることも多い。わたしが本当に困っているときには誰も助けてくれなくて、近づいてくるのはいい人のふりをした怖い人……」



 はぁー、とティリアが深い深い溜息。



「苦労してんな、お前」


「そうだよー。なんでこんなに苦労ばっかりなんだろ。わたし、何か悪いことしたのかなぁ……」


「それは知らん」


「む。そうやって突き放すところ、良くないよ! カエン! 女の子にもてたくないの!?」


「魔族じゃどうやっても人間の女にはもてないだろ」


「そんなことないよ! わたし、人間の男の子よりカエンの方が好きだし!」


「ああ、それはどうも」


「あー、全然本気にしてない!」


「逆にお前は本気なのかよ。一生俺についてくるつもりか? 最悪、この逃亡生活が続くぞ?」


「……人間の町で暮らすよりはいい」


「比較対象がお前にとってマイナスの暮らしじゃ、俺の価値もわからんだろ」


「カエンは意地悪だ」


「俺が意地悪じゃなかったことなんてあったか?」


「ないかも」


「俺に余計な期待はするな。俺はお前を守るだけだ」


「今日はわたしに守られてたくせに」


「それは感謝してる」


「ふん。もういい。ばーか」



 ティリアが火猿に寄りかかってくる。ティリアの方が身長が高く体が大きいので、火猿はそのまま倒れてしまいそうになった。



「重い」


「今のは聞かなかったことにしてあげる」


「はいはい」



 ティリアはそのままの姿勢で動かない。


 火猿は少し苦しいが、しばらく耐えてやることにする。



(こいつ、俺に妙な愛着というか執着をもってやがるな……。まだ十四歳だし、拠り所がほしいんだろう……。人間として生きるには好ましくないだろうが、こいつの将来なんぞ、俺が心配する必要はないか。知らん)



 木々の切れ間から、星空が覗いている。


 輝かしい未来は必要ないが、多少は希望のある未来があればいいと、火猿は思った。

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