第13話 闇

 火猿は右腕から血をまき散らしながら、まずは回避に徹する。



(向こうは俺に魔法系の技はないと思ってる。追い詰められてる雰囲気を出して、一気に……ん?)



 火猿が回避に専念するなか、ティリアが何故か弓使いの方に近づいているのが見えた。



(あいつ、何を……?)



 ティリアの接近に、弓使いも気づく。しかし、武器を持たずに接近するあからさまに弱そうな少女に、弓使いは怪訝そうな顔。


 火猿はじっくり二人の様子を見る余裕はないが、かろうじて会話を聞く。



「あの! やめてください! 彼は悪い魔族じゃありません!」


「……黙ってて。今までどんな交流をしてきたか知らないけど、あれは魔族。殺さないといけない」


「大丈夫です! 本当に大丈夫ですから!」


「離れてなさい。じゃないと、あんたも攻撃対象にするよ」


「でも……」



 ティリアはどうやら話し合いで解決しようとしているらしい。



(無駄だろ。魔族の潜在的な危険を考えれば、こいつらの行動は正しい)



 ティリアが弓使いの気を引いてくれたおかげで、火猿に少し余裕ができた。


 鬼術を使うまでもなく、槍を一本、破壊することに成功。



「離れて! じゃないと本当に……うぐっ!?」


「……カエンは悪い魔物じゃないって言ってるじゃないですか。なんでわかってくれないんですか」



 ティリアが短剣で弓使いの脇腹を刺した。弓使いは弓を下ろし、腹を押さえる。



「あんた……あがっ」


「……話を聞いてくれない、あなたが悪いんですからね」



 ティリアは、今度は弓使いの喉を短剣で突き刺す。あれは致命傷となるだろう。喉から大量の血が吹き出す。その血はティリアの体を赤く染める。



「ファナ!?」


「お前、なんてことを!?」



 槍使い二人は、仲間が重傷を負ったことに動揺。完全に意識を火猿から逸らしてしまう。



(それは俺を舐めすぎだ。火の鬼術、壱)



 火猿は、向かって右側にいる槍使いの顔を指さし、火を放つ。拳大の火球がその顔に接触。



「あ? なんだ、これ、熱っ! クソ、消えろ、消えろ、なんだ? 消えない? お、あ、あああああああああ!?」



 接触した直後は、槍使いの顔に軽く火が灯った程度だった。槍使いは火を手で叩き、消火しようとしたのだが、その火は手にも引火しつつ次第に燃え広がる。


 火の鬼術、壱。焼き尽くすまで消えない炎。


 一瞬で敵を焼き尽くすような大規模な炎ではないのだが、一度火がつけば、相手が焼け死ぬのは時間の問題。


 弱点は、燃え広がるまでに時間がかかるため、指先などに火がついただけでは、勝利が確定しないこと。最悪、指を切り落とせば無効化できる。もっとも、すぐに消えそうな火を消すため、指を切り落とす覚悟があるものは少ないかもしれない。


 顔を焼かれ続ける槍使いは、熱と呼吸困難でもがき苦しむ。



「クーゴ!? 早く消火を! で、でも、どうやって!?」



(動揺しすぎだ。剣で首を切り落とすのもいいが……。風の鬼術、壱)



 火猿は最後の一人をじっと睨む。



「か……っ。い、息が……っ」



 風の鬼術では、半径五メートル以内で、火猿の視界に入っている人間一人の呼吸を支配できる。人間は呼吸ができなくなるだけで死ぬ生き物なので、一対一の戦闘においては強力すぎるほどの力。


 弱点は、攻撃対象を注視し続けなければならないこと。他の敵がいる場合、風の鬼術の行使は難しい。


 ただ、どちらもまだ壱の表記がある。いずれより使い勝手が良くなるだろうと、火猿は期待している。


 やがて、二人の槍使いが地面に倒れる。燃えている方は熱と痛みと呼吸困難にのたうち回り、呼吸を止められた方は、空気を求めて必死の形相を浮かべている。



(……まぁ、拷問は趣味ではないな。さっさと殺してやるか)



 火猿は、まずは呼吸を止めた方の心臓に剣を突き立てる。



「ぁ……」



 男が血を吐き、動かなくなった。


 次に、火猿は炎に焼かれている方の首も落としてやった。



「……腕はいいんだろうが、精神が脆かったな。仲間がやられたからって取り乱しすぎだ」



 火猿は剣を引き抜く。そこで、頭がくらりと傾いた。



「う……っ。血が足りない……」




 勝ちはしたが、火猿の右腕からの出血は激しい。火猿は剣を放り、左腕を押さえる。




「くそ。早く止血を……っ」


「カエン! 大丈夫!?」



 ティリアが火猿に駆け寄ってくる。火猿の傷口を軽く見た後、倒れている冒険者の服を破り、それで火猿の傷口を縛る。少々雑だが、少なくとも血はとまった。



「……ありがとう。助かる」


「回復ポーションも使って! 流石に腕は生えないけど、傷口はある程度塞がるはず!」


「ああ……」



 ティリアが鞄から回復ポーションを取り出し、火猿の右腕にかける。右腕の痛みがだいぶ引いた。



「もうしばらく、止血は続けておいて。他に怪我はない? 大丈夫?」


「ああ、大丈夫だ。他はかすり傷だよ」


「良かった……」



 ティリアがほっとした顔で笑顔を作る。全身血塗れなので、猟奇的な姿だった。



(……闇属性、ね。俺は良くないものを目覚めさせちまったのかもしれん)



「……しかし、俺は助かったが、どうしてあの弓使いを殺したんだ? お前、人殺しじゃないか……」


「わたしは、わたしにとって大事な相手を守っただけだよ。わたしだって殺したくなんてなかったけど、話を聞いてくれないから仕方なく……」


「まぁ、助かった。ありがとう」


「これでおあいこだね? 火猿もあの変態冒険者から助けてくれた。そのお礼、できたかな?」


「ああ、十分だ。……しかし、あまりゆっくりしてる場合じゃないかもしれん。使えそうなものは適当にもらって、ここを離れよう」



「うん」



 それなりに実力のある冒険者らしく、良さそうなものを色々と持っていた。


 槍と弓は交換し、食料、魔法のアイテムを、火猿たちはもらい受けた。


 手早く回収作業を終わらせたら、火猿たちはその場を後にする。



(こいつらより強い敵が迫ってるかもしれないのに、片腕を失っちまうとはな……。次は死ぬかもしれん……)



 不吉な予感が当たらないことを、火猿は願う。

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