第12話 冒険者

 * * *


 黒剣の四人が魔族の子供を探し始めて、五日が過ぎた。



「なかなか見つかんないねー。もうこの辺りにはいないのかなー? ちょっと飽きてきたよー?」



 退屈そうに不満を口にしたのは、猫の耳と尻尾を持つ、獣人の少女ルシア。背中には、華奢な体に似合わない大剣を背負っている。年齢は十七で、黒剣の中で最年少。



「まぁまぁ、気持ちはわかるけど、魔族は特に危険だからさ。討伐しないわけにもいかないだろ?」



 ルシアを宥めるのは、リーダーのレイ。二十四歳になる人族の男性で、腰には剣が一振り。



「わかってるけどさー。エイダの探知魔法に引っかからないんじゃ、もう探しようがないじゃん?」


「ごめんね、ルシア。私の力が及ばないばかりに……」



 申し訳なさそうにしゅんとするのは、エルフ女性のエイダ。手には身長大の杖を持つ、魔法使い。


 エイダに向けて、ルシアとレイが言う。



「エイダが謝ることじゃないよ。探知魔法は優秀だもん。その範囲外に出ちゃってるんだったら、もうあたしらどころか、他の冒険者にもどうにもできないって話」


「そうそう。エイダは何も悪くない。広い森で魔族を一人探し出すって方が難しいんだから、すぐに見つけられないのは仕方ないことだよ」



 エイダが少し元気を取り戻し、笑顔を見せる。


 ここで、弓使いの青年、ロンが疑問を口にする。



「しっかし、帰ってこないティリアって子はどうなったんですかね? パーティー組んでたチンピラ冒険者の死体はありましたけど、ティリアの死体はなかったじゃないですか。例の魔族に連れ去れたんでしょうか?」



 答えるのは、リーダーのレイ。



「その可能性はある。ただ……目的がよくわからないな。人間を殺さず連れまわす魔族というのは聞いたことがない」


「特別にそういう好みなのかもですね。一応は男の魔族らしいですし。……だとすると、ちょっといい想像はできませんが」


「……そうだな。早く見つけて、保護してあげないと」



 やや重い空気になったところで、魔法使いエイダが言う。



「希望的な見方だけれど、単純に情報を得るために連れ回しているのかもしれない。人間のことをよく知らない魔族だとしたら、色々聞き出せる相手は欲しいかも」


「なるほど。そうだとすると、ティリアの方は無事……。でも、用済みになったところで捨てられる可能性も……」



 レイはまた悪い想像をしてしまい、眉を寄せて唸る。レイを元気づけるように、エイダが軽い口調で言う。



「案外、意気投合して仲良く行動を共にしている可能性もあるかもね」


「いや、それは流石にないだろ。魔族で人間に友好な奴なんて、世界でも例がない」


「世界初の実例についてなる可能性も、ゼロではないでしょ?」


「それはそうだが……。期待はしない方がいい。……ああ、ただ、もしティリアから情報を得ているとしたら、俺たちの存在も耳にして、活動場所を移している可能性はある」


「……それはありえる。北や西は魔物がどんどん強くなっていくから、せいぜいCランクの魔族が単独で向かうには危険すぎる……。向かうなら東かな……?」


「うん……。他に手がかりもない。東に向かってみよう」



 四人は頷き、東に進路を取った。



 * * *



 火猿は地道にDランクの魔物を狩り続け、強さを増していった。


 当初は硬くて刃が通りにくかったオークも、今はスムーズに倒すことができる。


 ただ、武器の方は限界が近い。新しい武器を手に入れたいところ。



「もっと早く成長できればいいんだが……」


「カエンはそう言うけど、普通の人間と比べれば規格外に成長は早いよ? 今の戦闘力、もう一万二千行ってるんでしょ? 才能があるって言われてる人でも、本格的に魔物との実戦を始めてから、五年くらいかけて到達する数値だよ」



 溜息を吐く火猿に、軽い口調でティリアが応える。


 この六日間で、火猿はティリアの丁寧なしゃべり方をやめさせている。主従関係があるわけでもあるまいし、何も敬う必要はない、と。



(転生から一ヶ月程度でここまで来たのは、人殺しボーナスのおかげだな。やはり、強くなるには人を積極的に殺す方がいい……)



「ティリアは、多少は強くなったか?」


「……わたしは戦闘力四百台だけど何か?」


「ザーコザーコ」


「うっざ! ちょっと殴っていい? 思いっきり殴っていい? どうせわたしの力じゃ傷つかないんだからいいよね!?」


「やめとけ。お前の拳がいかれる」


「槍で殴る!」


「流石に痛そうだからやめろ」



 少々騒がしくしながら森を歩いていたところ。



「誰かの話し声……ん? 魔族? 魔族と人間が一緒にいる!?」


「あれって、もしかして黒剣こっけんが探してる例の奴じゃない?」



 人間の三人組パーティーに見つかってしまった。


 槍使いの青年二人に、弓使いの女性一人。三人とも二十歳前後だろうか。



「ちっ。のんびり話してる場合じゃなかったな」


「ご、ごめん……」


「過ぎたことはいい。離れろ」


「うん……気をつけて……」



 火猿はまだ剣を抜かないが、敵の三人は既に武器を構えている。



(戦うしかないか……? 少なくとも、黒剣の名前が出たってことは、奴らは黒剣じゃないはず。それとは別の、この辺りが適性レベルの冒険者パーティー……)



「……おい。俺は無闇に人間を襲うつもりはないんだ。お前たちが襲ってこないなら、俺もあえて戦う気はない」



 火猿が問いかけるも、三人はそれには答えない。



「魔族は人の言葉を話すっての本当なんだな」


「人を襲うつもりがないなんて本当かしら?」


「魔物の言葉に惑わされるな。魔族を信じて命を落とした冒険者の話なんざ、いくらでもある。実際、奴は何人も殺してる」


「そうだな。相手は魔族。殺すしかない」


「そうね。潜在的な脅威は排除するべきよ」


「だが、気をつけろ。この辺りにいるってことは、俺たちと同格以上の力量があるはずだ。しかも、単独で」



(ちっ。結局戦わないといけないのか。逃げたところで、弓で背中を射られるだけだな……。仕方ないか……)



 火猿が剣を抜いたところで、弓使いが矢を放つ。


 通常なら矢を避けて終わりなのだが……。



(あれは、ただの矢じゃないっ)



 火猿は左に跳び、迫り来る矢から可能な限り距離を取る。


 矢は触れていない。しかし、火猿の右腕が軽く裂傷を負った。



(……矢に風の魔法を乗せている? 弓使いってのはこういう戦い方をするのか)



 今までの弓使いは、単に矢を飛ばしてくるだけだった。しかし、今回はおそらくスキルを使っている。矢を避ければ良いというわけではない。



(これがDランク以上の冒険者か。単純に戦闘力で勝敗は決まらない。この辺の魔物とはひと味違う……)



 弓使いはさらに矢を飛ばしてくる。今度は火猿が避けた方向に矢が曲がる。



(追跡してくるのか!)



 想定外の動きで、火猿は矢を回避しきれなかった。右腕に矢が突き刺さる。



(痛っ。くっそ。弓使いってのは厄介だな!)



 続けて、槍使い二人も火猿に迫る。身体能力を強化しているのか、足が速い。



「おらああああああああ」


「そぉらあああああああ」



 二本の槍を、火猿は姿勢を低くすることで回避。しかし、わずかな時間差で飛んできた矢が火猿の右肘から先を吹き飛ばした。



「うぐっ」



 ただの矢の威力ではなかった。火猿は右腕を失った激痛に苛まれながら、左に跳んで距離を取る。



(くっそ。こいつら、強いなっ)



 右腕からの出血が激しい。止血が必要なのに、今すぐは難しい。



(まずいな。しかし、俺にはまだ鬼術がある。なかなか実戦で使う機会がないから、不安は残るが……)

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