第5話 ゲス
* * *
妖魔の森近く、フォルスという町の冒険者ギルド。そのギルド長の部屋にて。
椅子に腰掛ける五十代半ばを過ぎた男が、若い女性職員から報告を聞いている。
「近頃、妖魔の森で魔族の子供らしきものが目撃されています。その魔族の仕業と思しき遺体も発見されており、三組のEランクパーティーが壊滅しました。人数としては十名です。
まだまだ駆け出しで、残酷な言い方をすれば、彼らが敗北すること自体は大きな問題ではありません。しかし、まだ弱い冒険者をあえて狙う魔族であるならば、今後、冒険者たちの活動に支障が出てくる可能性があります」
「……勇者による魔王討伐から二十年以上経つが、魔族による脅威は残り続けているな。
すぐに高ランクのパーティーに討伐依頼を出そう。今はまだ小悪党のような脅威であっても、成長すると危険だ」
「そうですね。ちなみに、目撃証言には、少々不可解な点もあります」
「というと?」
「魔族は無慈悲に人間を殺すものですが、目撃された魔族は、戦う意志を見せない者は見逃してくれるそうです。目撃証言も、その生き残りから入っています」
「ふむ……。珍しいことだ。その話を聞くと、単なる凶悪な魔族には思えん」
「はい。しかし、魔族は信用できません。いずれ無差別に人を殺す可能性も高いです」
「確かにそうだ。確か、町にCランク相当の冒険者パーティーがいたな? そのパーティーに依頼を出そう」
冒険者のランクは、基本的にAからFの七つ。Aの上にSもあるが、あれは特殊な称号のようなものなので、あまり実力と関係ない。
Cランクパーティーというのは、冒険者の中ではベテラン。規格外に強い魔物でない限り、まず間違いなく討伐できる。
「黒剣の四人ですね? わかりました。相手はまだ特別に力を蓄えているわけではないようですので、彼らなら討伐できるでしょう」
「うむ」
報告が終わり、職員女性が部屋を後にする。
男は椅子の背もたれに体を預け、長く息を吐く。
「魔族か……。はぐれなのか、組織的に動いているのか……。はぐれならまだ良いが……」
* * *
森の奥がどの方角になるのかもおおよそ見当がつくようになり、より強い魔物と戦うことでレベル上げもしやすくなった。
また、同時に森を抜ける道も発見し、それを辿ると人里に出ることもわかった。
火猿としては人里でゆっくり過ごしたいところだったが、今は魔族なので自重。
そして、森をさまよいながら、火猿は何度か冒険者らしき連中に遭遇した。
襲ってくる連中は殺し、逃げ出す者は逃がした。
魔族になり、人殺しにも既に慣れ始めたが、逃げる者をあえて追い詰めるほど精神は歪んでいない。
それに、あまり殺しすぎるのは良くないことも、火猿はわかっていた。人が死に過ぎると、より強い冒険者が命を狙ってくるかもしれない。もう手遅れかもしれないが、なるべく避けたい事態だった。
そんな折、森を歩いていると、火猿は四人組の冒険者を発見。向こうはまだ火猿に気づいていなかったので、火猿は取り急ぎ距離を取ろうとした。
しかし、遠目に見ても様子がおかしい。三人の屈強な男が、一人の少女を囲んでいる。
(……カツアゲでもしてるのか? みっともない)
火猿は無視するべきだと思ったが、男子のサガとでも言うべきか、放っておけないような気になってしまう。
(……状況だけでも確認するか)
火猿は四人に近づき、会話を盗み聞く。
「あ、あの、冗談ですよね? ここで脱げだなんて……」
「まさか! 冗談でそんなこと言うわけないだろ?」
「安心しな! 俺たちが交代で見張るから、危険はないって!」
「そうそう! レベル上げに付き合ってるお礼をちょっといただきたいだけなんだって! 悪いようにはしないさ!」
「でも……あの……っ」
(……なるほど。状況はなんとなく把握した)
多少は力のありそうな男たちに比べ、少女の方はまだ駆け出しの雰囲気。男たちの方は、レベル上げに付き合うという名目で少女を森の奥に案内し、「お礼」を要求しているわけだ。
(わかりやすいゲスだな。相手が襲ってこない限りこっちから人間を襲うつもりはなかったんだが……まぁ、そうこだわる必要もないか。悪人は別ってことで)
「こっちが優しくしてるうちに覚悟を決めた方がいいぜ? ちゃんと家に帰りたいだろ?」
「それは……でも……」
(……聞くに耐えないな。俺は正義の味方より悪を好むが、ゲスになるのはいけない)
青髪ボブの少女は今にも泣き出しそう。
なお、体も細くひ弱そうではあるのだが、腰に二本の短剣が差してあるので、少女も一応は剣士の類らしい。
(距離、十メートル。弓でいけるか……?)
男たちは少女のことしか頭にないようで、周囲への警戒が全くできていない。
火猿は静かに弓を準備し、構える。
(……外せば女の子に当たるかもしれない。一番近い男が厄介そうだが、狙いは他の二人に)
男たちは、剣士二人に槍使い一人。
狙うのは、一人離れている槍使い。
火猿はじっくりと狙いを定め、矢を放つ。
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