第4話 レベル

 冒険者らしき者たちを殺した場所から、火猿かえんは十分ほど歩いた。



「……この辺でいいだろう。飯にしよう」



 周りに魔物などがいないことを確認しつつ、火猿は木を背にして座る。


 魔法使いから奪った肩掛けの鞄を漁り、中からパンと干し肉、水筒らしき金属製の筒を取った。



「あいつらが食事を持ってたのはありがたいな。あまり美味そうじゃないが、生肉よりはマシだ」



 まずはパンをかじる。かなり堅くて食べにくいが、食べられないほどではない。



(……食えるだけマシ。食えるだけマシ)



 心中で唱えつつ、火猿は食事を続ける。


 その間、自分のステータスを改めて確認。



 名前:鬼月火猿

 種族:魔族・鬼人

 性別:男

 年齢:0ヶ月

 レベル:14

 戦闘力:7,750

 魔力量:4,200

 スキル:怪力 Lv.2、威圧 Lv.2、武器防具破壊 Lv.1

 特殊スキル:鬼術 Lv.1

 装備:棍棒、ロングソード、革の鎧、弓

 称号:無慈悲



「なんだ? レベルが一気に十一上がって十四になってる……? 魔物を倒したときよりずっと上がりが早いな……」



 思い返してみれば、最初に殺した弓使いについては、殴っても頭が陥没するだけだった。しかし、魔法使いと剣士のときには頭が吹っ飛んでいた。最初に殺した時点でレベルが上がり、腕力が上がっていたのだろう。



「もしかして、人間を殺すとレベルが上がりやすいのか……? それが魔族の特性……?」



 確定ではないが、的外れでもないだろう。



「特殊スキルってのが何かわからんが、鬼術の詳細は……?」



 鬼術Lv.1:人間を殺すのに特化した術。


 ・火の鬼術(壱):人間の体に触れると焼き尽くすまで消えない炎を生み出す。

 ・水の鬼術(壱):人間の体内の水を操作する。

 ・雷の鬼術(壱):電撃で人間を行動不能にする。

 ・土の鬼術(壱):人間を石に変える。

 ・風の鬼術(壱):人間の呼吸を支配する。



「これは……本当に殺人に特化した力だな」



 どうやら魔物などには効果がない。しかし、人間相手には絶大な力を発揮しそうだ。



「魔族の使うスキルはこんなのばっかりか? だとしたら、魔族は人間の敵……。人間が魔族を警戒するのもわかる……」



 この先、人間と仲良くすることはできなさそうだ。



「まぁ、それもいいだろう。魔族が人間の敵なら、素直に敵になってみようじゃないか。そんで……誰が無慈悲だ。殺しにきた相手に情けをかけろってのか?」 



 ステータスの称号に、火猿は軽く不満を抱く。


 その詳細を確認すると。


 無慈悲:自分より戦闘力の低い相手と戦う際、戦闘力が二割上昇。



「……無慈悲っていうか、弱いものいじめが大好きな人みたいじゃないか」



 火猿は軽く溜息を吐く。



「俺は襲われたから反撃しただけだっての。武器防具破壊は……そのままの意味だな。これは別にいい」



 スキルや称号がどういう条件で増えていくのか、詳細は不明。


 レベルの上昇と、どんな行動をとっているかで変わるのだろう、と火猿は当たりをつける。



「……ひとまず、強くなることが目標かな。今回はあの人間に勝てたが、あいつらは弱い部類。強い奴が現れたら、俺はすぐに死ぬ」



 当面の目標を決めつつ、火猿は食事を続ける。



「……もうちっとマシな飯を食いたいが……火をつける道具とかはないか? 鬼術は人間以外燃やせないみたいだし……」



 奪った道具には、用途不明のものが多数。その中でも、野球ボールサイズの赤い石と青い石が気になった。



「……魔法の道具っぽい? ただの色付きの石じゃなさそうだ」



 この世界には魔力があるらしい。火猿はなんとなくそれを感じ取っている。怪力スキルを使うと体から何かが抜ける感じがするので、それだろう。


 その何かに似たものを、火猿はその石から感じ取った。



「直感的には、この赤い方が火属性っぽい。で、どうやって使えばいい? 魔力を流す……とか?」



 火猿は魔力らしきものを石に込めてみる。すると、石が熱を帯び、火が生じる。その熱さで火猿は石を落とす。



「あっつっ。手に持って使う奴じゃないな、これは。火種を作る道具か? 火があるなら、肉を焼ける。ありがたい。生肉生活は避けられる。で、こっちの青いのは……?」



 火猿は、用心のため石を地面に置く。右手の人差し指だけを石につけ、そこから魔力を流し込む。


 石から水が生じ、地面を濡らす。



「お、これは水を作る石か。これで火と水が揃うわけだ。生水も危ないっていうから、これもすっげー助かる」



 火猿は二つの石を鞄にしまう。



「駆け出しの冒険者っぽい連中だったけど、ちゃんとサバイバル用品を持ってたわけね。感心感心。あー、鑑定系のスキルがあれば、もっと色々わかったのに……。まぁ、当面の生活はできそうだからよしとしよう」



 食事を終えたら、火猿はその場で弓の練習をしてみる。


 近くの木に剣でバツを書き、五メートルの距離から狙ってみるが、なかなか思い通りには当たらない。



「……この距離でも狙い通りとはいかないか。戦闘で使うのはまだ先の話だな」



 今すぐは無理でも、遠距離攻撃もできた方が良い。火猿は今後も訓練を続けていくことを決める。ただ、矢に限りがあるので、どこかで調達する必要はありそう。



「弓より投石の方が今のところは実戦的かもな。次、剣」



 火猿はロングソードも使ってみる。竹刀を使ったことはあるが、真剣と竹刀は別物。竹刀にはない、斬るという感覚を掴むため、木を相手に剣を振る。

 

 しかし、これはあまり有効ではなかった。剣は木を斬るための武器ではないので、表面に傷を作る程度しかできない。あまり無茶をしても、刃を傷めてしまいそう。



「……ダメだこりゃ。魔物相手に試してみるしかないな」



 火猿は早々に荷物をまとめ、魔物を探して歩き始める。


 周囲を警戒しながら歩くと、十分ほどで魔物と遭遇。火猿としては都合の良いことに、相手はゴブリン三匹。狼であれば動きが素早いので、剣を使う練習はしづらい。


 火猿は弓などの余計な荷物を一旦その場に置き、ゴブリン三匹に向かって走る。



「ぎゃぎゃ!」

「ぎゃぎゃ!」

「ぎゃぎゃ!」



 ゴブリンたちは棍棒を振り回す。しかし、ひ弱な体から繰り出される攻撃は、火猿にとってもう脅威ではない。


 まずは一匹目、火猿は剣を下段から振り上げる。胴体を両断するつもりだったのだが、半ばまで斬るだけだった。ゴブリンの腹から血と内蔵がこぼれる。腸らしきものが地面に落ち、びちゃびちゃと嫌な音を立てた。



(剣はやはり難しい……)



 棍棒のように力任せに振ればいいというわけではない。包丁を扱うように、上手く「引く」動作が必要なようだ。


 腹を斬った一匹目に続き、火猿は二匹目の右腕を狙う。斬るだけじゃなく、砕くという感覚もあったが、棍棒を握るその右腕を切断することに成功。右腕が落ちる。


 三匹目は、武器防具破壊を利用しつつ、棍棒に剣をぶつける。棍棒が半ばから綺麗に斬れた。



(技術で斬ったんじゃなく、スキルに補正された感じだったな)



 三匹とも、まだ死んではいない。しかし、まともに動けるのは三匹目のみ。


 火猿は三匹目の首を狙う。ゴブリンはろくに回避することもできず、火猿の刃を受け入れる。


 ゴブリンの首が落ちる。ごとりと落ちた首が他のゴブリンの足下に転がって、そいつらが怯えを見せる。



(こいつらも生き物ってことか。だが、殺すのにためらいはない)



 火猿は続けて二匹目の頭に向けて剣を振り下ろす。頭の骨は頑丈だろうと予想したが、刃はゴブリンの頭を斬った。技術はなくとも、腕力でごり押しした感じだった。


 二匹目が倒れ、最後、火猿は腹を押さえるゴブリンに向き直る。


 どことなく、そのゴブリンは命乞いでもしているような目をしていた。



(知るか)



 火猿はゴブリンを肩から袈裟斬りにする。


 刃は半ばでとまってしまったが、致命傷には変わらない。


 ゴブリンはしばしもがき苦しみ、数十秒と待たずに死んだ。



「……ふぅ。剣ってのはなかなか難しい。棍棒の方が楽かもしれないが……あれももうボロボロだし、剣に慣れておくのも最終的には良い気がする」



 火猿は、刃に付着した血をゴブリンが腰に巻いている布らしきもので拭う。


 その際、ふと袈裟斬りにしたゴブリンの体内に、赤黒い石を見つける。



「あれは……魔石、か?」



 火猿はその石を取り出してみる。ピンポン球サイズだが、魔力を宿しているのが感じ取れた。



「町に持って行けば換金とかできそうだが……俺には無理だな。食ったら強くなる……か?」



 何事も試してみるしかないのだが、ゴブリンの血でベトベトする石を口に含みたいとは思えなかった。


 それより、人間を殺した方が手っ取り早く強くなれるだろう。


 火猿は、ひとまず三匹分の回収だけを済ませる。



「……もう少し剣の練習をして、それから奥に向かってみるか。そもそも奥はどっちだって話でもあるんだが……」



 火猿は荷物を集め、再び森を歩き始めた。

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