第3話 殺人
(俺の強さがどうとかは、今はいい! 逃げられもしないし、こいつらを返り討ちにするしかない!)
火猿は覚悟を決める。
人を殺してしまうかもしれない覚悟だ。
魔物を殺すことに一切抵抗はなかったが、人を殺すことには、やはり少しだけ心理的な抵抗があった。
その抵抗を、今は忘れる。
「おおおおおおおおおおお!」
火猿は猛烈な痛みに耐えつつ、弓を構える少女に接近。飛んできた矢を棍棒で弾けたのは、ほとんどただの偶然だ。
「いやっ」
「ファイアボール!」
バレーボール大の火の玉が火猿を襲った。被弾した腹が熱い。しかし、痛みを無視してしまえば動けないほどではない。
「おらあああああああああああああ!」
火猿は怪力を駆使しつつ、棍棒を全力で振り抜く。
棍棒が弓使いの頭部に当たる。頭部の左上が陥没し、血と何かが飛び散る。
弓使いの体が崩れ落ち、動かなくなった。
「サラ!」
「そんな! サラ! しっかりして!」
動揺する剣士と魔法使い。火猿は攻撃の手をとめず、一番近い魔法使いの少女に再び棍棒を振る。
魔法使いは杖で棍棒を防ごうとするが、衝撃で杖を手放してしまう。
火猿は再び棍棒を振る。魔法使いは両手でそれをガード。その腕が嫌な音と共に折れる。
「あああああああああああああああああ!」
魔法使いの絶叫。変な方向に曲がった腕がとても痛そうだ。
(同情してる場合じゃねぇ! 俺だって射られたし、殺されかけてんだ!)
火猿は容赦なく追撃。混乱中でほぼ無防備になった魔法使いの頭部を棍棒で打つ。
魔法使いの首から上が粉砕され、赤いものが周囲に飛び散った。魔法使いの首なし死体も倒れる。
「ミラ !?」
「最後はてめぇだ!」
火猿は剣士に襲いかかる。ただ、剣士はやはり近接戦闘に慣れているからか、火猿の大振りをひらりとかわす。
しかし、今は剣を持っていない。火猿は致命的な反撃は来ないと判断し、追撃を繰り返す。
「くそ! 魔族が! よくも俺の仲間を!」
「てめぇだって俺を殺そうとしてんだろうが! 当然の報いだ!」
火猿の攻撃が剣士の腹を打つ。剣士の革の鎧はあまり上等ではないようで、その衝撃が剣士にダメージを与える。
剣士は腹を押さえてその場に膝を突く。
「ま、待ってくれ! お前の勝ちだ! だから……」
「話し合いで解決の時期は、とっくに過ぎた! お前たちが拒否した!」
火猿は棍棒を剣士の頭に振り下ろす。
「へぶぇ」
額当てで守られてはいたが、棍棒の威力を吸収しきれるものではなかった。剣士の頭が潰れ、血やらなにやらが飛び散る。
「はぁ……はぁ……はぁ……。くっそ……足も肩もめちゃくちゃ痛い……。っていうか……殺しちまったな……人を……」
罪悪感はない。自分が殺されかけていたせいかもしれないし、単に殺人に抵抗がないクズだったせいかもしれない。
「……こいつらが冒険者なら、回復アイテムくらい持ってるんじゃないのか?」
火猿は三人の荷物を漁る。火猿には用途のわからないものばかりだったが、利用できそうなものは一通り奪うことにする。
「……この青い液体は、回復系の何かか? まぁ、とりあえず毒ではなさそうだよな……?」
火猿は小瓶に入った青い液体を、傷口に軽く垂らしてみる。すると、痛みが少し引いた。回復系の道具で間違いなさそうだ。
「……矢を抜いて、垂らしてみるか」
火猿は左足に刺さった矢を引き抜く。猛烈に痛いが、歯を食いしばって耐える。
矢という栓を失い、血が流れ出てくる。そこに青い液体を垂らした。
「お……? 傷が塞がっていく……」
傷がすぐに塞がっていき、出血がとまる。
「すげーすげー。全治何ヶ月レベルの傷がすぐに治った。微妙に違和感は残るけど、無視できるレベルだ」
青い液体の入った小瓶は、全部で六個ある。各自二つずつ持っていた。
火猿は肩に刺さった矢も引き抜き、傷口に青い液体を垂らす。傷が治り、元通り動かせるようになった。
「ああ、良かった。傷が治せなかったら、この辺の雑魚を倒すのも苦労するところだった」
傷が回復したところで、火猿はほっと一息。
しかし、魔物も人間もいる場所で、あまり落ち着いてもいられない。
「装備も貰おう」
剣士の鎧と武器、弓使いの弓と短剣は、今後も活躍しそう。魔法使いのローブと杖は、少なくとも今は利用価値がない。魔法の収納バッグなどという便利な代物はなかったので、普通のバッグだけもらい、魔法使いの装備一式は放置する。
「……こいつら、駆け出しの冒険者かな? レベルは九って言ってたか……。戦闘力がどれくらいだったのか気になる……」
荷物をまとめ、火猿はその場を立ち去ろうとする。が、その前に少し気になることがあった。
「……この死体、放置してたら魔物の餌にでもなるのか?」
おそらくそうだろう。元人間としては、死体をせめて町に送り届けてやりたい気持ちはあった。しかし、町に行けばまた襲われる危険があり、今度こそ討伐されてしまうかもしれない。そんなリスクは犯せない。
「悪いが、お前たちは魔物の餌になってくれ。先に襲ってきたのはお前たちなんだから、俺を恨むなよ?」
火猿は元日本人らしく両手を合わせたのち、その場を立ち去った。
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