第2話 人間

 森はやたらと広く、果てが見えない。


 火猿は体感で三時間ほど歩き、ゴブリン二十六匹、狼の魔物五匹、スライム八匹、コウモリの魔物七匹、蜘蛛の魔物五匹をしとめた。


 結果、レベルは三まで上がっているのだが、ステータスに劇的な変化はない。



「成長に補正がかかるスキルでもあればいいのにな……。この分だと、地道に成長していく感じになりそうだ……」



 火猿は棍棒を軽く振り回しつつ、さらなる獲物を探していく。



「っていうか、腹減ったな。やっぱり、狼の生肉でも食うしかないのか?」



 今が何時なのかはわからないが、三時間も歩き続け、戦闘も挟むと、流石に空腹感があった。腹の減らない特殊仕様であれば楽だったが、そう都合良くもないらしい。



「火の魔法でも使えればいいが……。無理なら木の枝で火起こしか? あれ、そうとう難しいって話だぞ……。果物でもないか……?」



 火猿は木の実なども意識して探してみるが、食べられそうなものはなかなか見つからない。


 しかし、ふと誰かの話し声が聞こえた。一瞬、火猿はゴブリンが近くにいるのかと思ったが、あの奇妙な鳴き声のようなものではない。もっと複雑なものだ。



(何を話しているかは流石にわからない……ん? ということもないのか?)



 火猿が耳を澄ませると、知らない言語のくせに会話の内容が頭に入ってくる。



「この辺の魔物を退治するのには苦労しなくなったな。そろそろもっと奥に行ってみるべきかもしれない」


「そうだね! あたしたちももうレベル九だし、次のステップに移るべき!」


「賛成。私もこの辺りじゃ物足りない」



 何故言葉が理解できるのかは、火猿にはわからない。考えても仕方ないので、そういうものと思っておく。



(男一人に、女二人。冒険者……か? この世界にそういう職業があるかは知らないが、たぶんそういう奴なんだろう)



 火猿はその三人に色々と訊きたいことがあったのだが、今の自分は魔族。人間と魔族の関係性によっては襲われる可能性がある。


 少し悩み、火猿は身を隠すことに決め、その三人から遠ざかろうとしたのだが……。


 ペキ。


 火猿は小枝を踏み、音を鳴らしてしまった。



「……今、音がした。あっちっ」



(ちっ。俺は何をやってんだっ)



 火猿は、急ぎ冒険者たちから遠ざかる方へ走る。



「見つけた! けど……あれ、なんの魔物……?」


「あの赤い肌、少なくとも人間じゃない!  早く攻撃を!」


「う、うん!」



 風を切る音の後、火猿の左足に猛烈な痛みが走る。



「うっ」



 左足を上手く動かせなくなり、火猿はその場に転ぶ。左足を見てみると、太股に矢が一本突き刺さっていた。



(くっそ! マジか! めちゃくちゃ痛い!)



 左足に燃えるような痛み。火猿はその場でのたうち回りたいくらいだったが、そんな余裕はない。敵が来ている。


 火猿に向けて、再び矢が飛んでくる。頭を狙われたが、火猿は頭を振ってそれを避けた。続けて飛んでくる矢は、左肩を貫いた。



「うっ」



 左足に加え、左肩まで負傷。



(やばいやばいやばい! 転生していきなり死ぬのか!?)



 再び矢が飛んでくる。しかし、相手が走りながら射ているからか、矢は火猿の側を通りすぎていくだけだった。


 程なくして、一人の少年と二人の少女が火猿の前にやってくる。


 全員高校生くらいの年齢で、剣士、弓使い、魔法使いの三人パーティだ。


 そして、三人は戸惑いの表情。



「……人間じゃないが、もしかして魔族か……?」


「なんでこんなところに……?」


「人間を襲うために森に潜んでたとか?」



 魔法使いの言葉で、剣士と弓使いの目が険しくなる。



「まだ子供にも見えるが……魔族は人間の敵だ。殺そう」



 剣士の少年が剣を下段に構えながら火猿に迫る。



「ま、待て! 俺はお前たちと戦うつもりはない!」



 向こうの言葉がわかるならと、火猿も少年に向けて話しかけてみる。


 すると、少年が動きを止めた。


 話し合いの雰囲気になれば良かったのだが……。



「カイト! 魔族の言葉に耳を傾けちゃダメ! 奴らは平気で人間を騙す! こんなの、油断させるための罠!」



 戸惑う少年に、魔法使いの少女が言った。少年が表情を引き締める。



「わかった! このまま殺す!」



(くっそ! 俺は騙すつもりなんてなかったのに!)



 剣士が剣を振る。火猿はみっともなく転がりながら、首を狙う刃を回避。



(いってぇ! 刺さった矢を動かしちまった!)



 火猿は涙目になりながら、次の攻撃に備える。


 少年の振り下ろし。火猿は怪力を発動しつつ棍棒を振り、その刃を横から打つ。


 少年の手から剣が吹っ飛んだ。



(うぉ! 当たった!)



「ぐっ! こいつ、なんてバカ力なんだ!」



(……ん? 確かに全力で殴ったが、そんなに強力な一撃だったのか?)



 火猿にはこの森の雑多な魔物を圧倒する力はあるが、一般的にどの程度の力のかはわからなかった。



(俺は……意外と強い、のか? 防御力はさほどないにしても……)



「カイト! どいて! あたしが!」



 少年がその場を退き、続けて火猿に矢が飛んでくる。

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