人類の敵である魔族(鬼人)に転生したので、素直に『悪』の道を突き進む。……赤い死神なんて洒落た呼び方はいらない。ただの悪党で十分だ。
春一
第1話 鬼人
「ん……? ここは、どこだ……?」
辺りをキョロキョロと見回す。薄暗く不気味なこの森に、火猿は全く見覚えがない。
「……どうしてこんな場所にいる? 俺は、ベッドに寝てるはずじゃないか……?」
過程がすっぽりと抜け落ちていて、全く状況がわからない。
「誘拐でもされたか? ……まさかな。ただの大学生を誘拐なんてする意味がない」
火猿は二十歳の大学三年生。特に家が資産家というわけでもなく、誘拐してもメリットはない。
「……考えてもわからないな。それにしても、妙に視線が低いような……?」
火猿の身長は百七十センチ後半のはずだった。今は三十センチばかり低くなっている気がする。
火猿は違和感の正体を確かめるために自身の体を確認。
「んん? 俺、なんで腰巻きしか着てないんだ? っていうか、肌の色が赤い?」
火猿は自身の体をじっくりと見ていく。肌の色はどう見ても人間のものではないし、服装も野性味が溢れすぎている。しかも、右手には木製の棍棒。
空いている左手で顔をぺたぺたと触ってみると、どうも顔立ちも変わっている。おそらく人間の顔なのだが……額の右側に一本の角がある。
「これは……魔物とか、魔族みたいなものか……?」
地球上に、ここまで劇的に容姿を変化させる技術はないだろう。あったとしても、相手に一切気づかれずにできることではないはずだ。
「転生した……とか? はは……。ステータス、とか出てくるのか?」
目の前にステータスウィンドウが出てくることはなかった。
しかし、脳内に自身に関する情報が浮かんでくる。
名前:
種族:魔族・
性別:男
年齢:0ヶ月
レベル:1
戦闘力:3,800
魔力量:1,600
スキル:怪力 Lv.1、威圧 Lv.1
装備:棍棒
「……状況がよくわからないが、俺はたぶん転生したんだろう。年齢を見るに、まだ生まれたばかりか。戦闘力の基準はわからんが……あまり強くはなさそうだ。何か特別っぽいスキルもないな……」
火猿はゲームのような世界に若干浮かれたものの、ステータスの平凡さに気持ちが落ち着く。
成長していく可能性はあるが、現時点では平凡なのだろう。
「……まぁいい。せめて人間に転生してくれれば……いや、この姿にも良い面はあるな。魔族に生まれたというのなら、魔族になってしまえばいい」
火猿は正義の味方よりも、悪に憧れる性格だった。日本で生活する上では悪になることなどできなかったが、異世界ならば話は違う。
「……まぁ、まだよくわからないうちから全て決めるのは早計か。まずは辺りを探索して……」
火猿が歩き出そうとすると、左から何者かの気配。
視線を向けると、緑色の小鬼が三匹いた。
(これは……ゴブリン、か?)
小鬼たちは火猿よりも小柄で、体格も貧相。火猿の体にはうっすら筋肉が見えるのに対し、この魔物は骨が浮き出ている。顔立ちもいかにも魔物で、ぎょろっとした目や乱杭歯が不気味だった。
「ぎゃぎゃ!」
「ぎゃぎゃ!」
「ぎゃぎゃ!」
三匹が何かを合図し、火猿を三方向から狙う。その手には棍棒を持っているが、火猿のものよりサイズが小さい。
「……そっちがその気なら、俺もやるさ」
火猿は中学生のときに剣道をしていたので、多少は戦いの心得がある。もちろん、スポーツと実戦は全く別物だろうが、何の経験もないよりはマシ。
ゴブリンたちの動きは、お世辞にも洗練されているとは言い難かった。火猿は、闇雲に棍棒を振るゴブリンの一体に、抜き胴の要領で棍棒を叩きこむ。
「ぐぎゃ!?」
ゴブリンの体が腰から歪に折れ曲がった。腰の骨が折れたらしい。ゴブリンが崩れ落ちる。
他の二体も続けて火猿に攻撃してくるが、
ゴブリンの頭部が大きく陥没し、何か気持ちの悪い液体が飛び散った。
二匹のゴブリンは即死で、腰の折れたゴブリンはまだ地面をのたうち回っている。
「悪かったな。無駄に苦しませた」
火猿は棍棒を振り上げる。そのまま一気に振り下ろそうとして、ふと思いつく。
「怪力ってのがあったな。あれは、常時発動か? それとも任意か?」
疑問を持つと、答えが浮かぶ。
怪力 Lv.1:魔力を消費し、一時的に通常の五割り増しの力を発揮する。
「……なるほど。悪くない」
火猿は怪力スキルを使い、その力でもって棍棒を振り下ろす。
ゴブリンの頭部が粉砕され、辺りにまた気味の悪い液体が飛び散った。
「ふむ。ゴブリン相手なら圧勝できるのか。まぁ、最弱のステータスということはなさそうだな」
火猿は棍棒を振り、付着した液体を払う。
「にしても、生き物を殺したっていうのにさほど罪悪感もないな。転生して精神構造が変化した、とかではない気がする。たぶん、これが俺の本質なんだろう。誰かを傷つけたところで、気にもとめない冷血漢……。現代日本では恐ろしい犯罪者予備軍だ」
実のところ、火猿は薄々そんな気がしていた。積極的に誰かを傷つけるほど野蛮ではないが、他人を傷つけることに抵抗はない。
戦国の世にでも生まれていれば良かったのに、と思ったことさえある。殺し合うことが普通の世の中であれば、自分は
「あの妄想が本当かどうか……。ここで試してみるのもいいだろう」
火猿は薄く笑いながら、森を探索し始めた。
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