恋の歌と愛の歌と

sayaka

第1話

「短歌で私への愛を歌ってほしい」

 そう要求されてわたしは困っていた。

 五七五七七の三十一文字の言葉がまったく思い浮かばない。

 可愛い恋人のわがままには応えたいけれど、わたしに文才は皆無だった。有名な短歌を引用してそれをわたしからの気持ちとすればいいのかも、と検索してみるもののどれも当てはまらないような気がする。

 試しに彼女のフルネームをノートに書き出して数えてみる。五文字でも七文字でもなかった。あめみやさくらこ、桜子さくらこの名前はとても可愛い。

 桜子へ、と題して長いラブレターを綴ってみた。これを圧縮して短歌にしようかと考えながら、ペンを持つ手を見つめる。さくらこへ・さくらこがすき・いままでも・これからもっと・あなたをすきになる。字数オーバー。


 誕生日に何が欲しいのかなんて本人に聞くものではないのかもしれない。

 サプライズでロマンティックな演出をしたいという気持ちもなくはなかったけれど、それよりも桜子の欲しいものがよく分からなかった。ケーキとかぬいぐるみとか可愛いもの、それとも文房具とかアクセサリーとか実用的なものがいいのか、わたしがあげたいと思うものを渡したら喜んでくれるのだろうか。

 わたしの気持ちを受け入れてくれたときの桜子の気持ちが分からなかったのと同じように、今のわたしたちの関係性がよく分らなかった。友情の延長線上に恋愛があるわけではないけれど、友達の頃の交際と何も変わっていないことに焦燥感を覚える。

 それを思うと、これは絶好の機会なのかもしれない。わたしの気持ちを伝えること。そのための手段が短歌なのはハードモード過ぎるけれど、頑張るしかない。


「順調そう?」

 そう問いかけられて言葉に詰まる。桜子は本気で心配しているようだった。

 放課後の教室に二人きり、とてもいいシチュエーションだなぁと一人で感動している場合でもなく、わたしは素直に打ち明けるべきなのか、見栄を張った方がいいのか逡巡していた。

「どう思う?」

「どうって……」

「あんまり順調ではないけど、桜子に喜んで欲しいから頑張るって言うと幻滅しないかなって」

 結局考えていることをそのまま伝えてしまう。

 桜子の真っ直ぐな瞳を見ていると吸い込まれそうで、真実しか告げられないような気分がしてくる。不思議なことだ。

 桜子は一瞬驚いたような表情を浮かべてから、顔を少し傾けて微笑む。長い髪がさらりと揺れて、夕陽に照らされるその姿に見惚れてしまう。

 その時、突然語句がすらすらと頭に浮かんできて、今なら愛の歌を完成させることが出来るかもしれない。わたしは衝撃を受けていた。それくらいきらきらと輝いていて鮮烈でとても眩しい。これが恋するってことなのかもしれない、と今初めて理解したような気持ちになっていた。


 そして迎えた誕生日の日。桜子がこの世に生まれてきてくれたことに感謝して一日が始まる。朝日が優しく降り注ぎ、世界中が祝福してくれているような高揚感に包まれる。いつ渡そう。朝一番がいいかな、昼休みか放課後の方がゆっくり過ごせていいかもしれない。

 学校で会えることを信じて疑わなかったけれど、桜子は欠席だった。

 昨夜電話した時は元気そうだったのに、急に体調を崩したのだろうか。わたしは心配で居ても立っても居られない思いを抱えながら、でも寝ていたら連絡するのも悪いかもしれない。ぐるぐる悩みながら日中が過ぎていった。


 お見舞いに行ってもいいのかのお伺いの連絡をしながら、桜子の家までの道を歩く。なんだかとても長い道のりに感じられてきて、今更ながら不安になってきた。どうしよう。

 そんな思いも桜子の顔を見たら一瞬で吹き飛んでしまう。

「来てくれてありがとう」

 寝巻き姿の桜子はいつもよりも一層儚く見えて不謹慎にもドキドキしてしまった。大丈夫なのか元気なのとか、かけたい言葉はたくさんあった筈なのにどれも口から出てこない。

 そうだこれ、と言って途中で買ってきたプリンをコンビニの袋ごと手渡すと、嬉しそうに笑ってくれた。ありがとうの声が弾んでいる。

杏音あんね

 急に名前を呼ばれてびっくりした。それで思い出したけれど、わたしはまだ彼女に伝えていない言葉がある。

「桜子」

「はい」

「あの、いつもありがとう……。それから、お誕生日おめでとう」

「覚えててくれたんだ」

「え、覚えてるよ」

「嬉しい」

 今日の桜子は上機嫌だった。体調は心配だけど、ひとまず元気そうな顔が見られたのでよかった。これからももっと喜ぶ顔が見たい。ただそれだけだった。

「ごめんね、難しいこと言って」

「えっ」

「杏音が私のことで悩んでくれるのが楽しくて、つい……。短歌が欲しいとか言われても困るよね」

 楽しんでいたのかとややショックを受けながらもわたしは鞄から桜色の封筒を取り出す。これがわたしの気持ち、そう喋る声が震えるのを感じていた。どうか、どうか伝わりますように。わたしの気持ちが丸ごと入った言葉と、愛を込めて。

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