ニセ刑事(?)とジャンプ

雲条翔

薄皮の手帳

 刑事から警察手帳を見せられて「こういう者ですが」と言われるシーン。


 刑事ドラマなどではお馴染みだが、実際の自分の人生において、「こういう者ですが」と名乗られたことがある人は、どれだけいるだろうか。


 私には、ある。


 しかも、「あれって本当に警察だったのかな」と、あとから思うと不思議に感じる出来事だった。


 今から三十年近く前の話。


 高校生だった私は、駅のキオスクで『週刊少年ジャンプ』と、サンドイッチとカフェオレを買い、ホームのベンチに座っていた。


 それは3月で、卒業式シーズン。


 通常の「3学期」の授業期間はもう終わっており、高校1年生だった自分は、間近に控えた3年生の卒業式の準備と、予行練習だけやって、午前中で帰っていいことになっていた。


 私は、帰宅の電車に乗るため、駅にいた。

 この方向に帰るのは私ひとり。話し相手はいない。同じ制服の姿は見当たらなかった。


 正午を回った頃。

 駅のホームで『ジャンプ』を読みつつ、サンドイッチを頬張り、カフェオレをストローからずずずっと吸っていた、その時。


 私の隣のベンチに、スーツ姿の中年男性が座った。

 高校生の自分から見て「ハゲかかったオッサン」だった記憶があるので、年齢は四十代~五十代だったろうか。


 そのオッサンは、私の方をじっと見た。

 視線に気づき、私も『ジャンプ』から顔を上げた。


 オッサンが口を開く。


「キミ、高校生? 制服、○○高校のでしょ? こんな時間にどうしたの。学校は?」


「え……?」


「あ、私、こういうモンだけどね」


 オッサンは、スーツの胸元に手を入れると、黒い手帳のような物をチラリと取り出して、一瞬だけ見せると、すぐにしまい込んだ。


(あ、これ、刑事ドラマでよく見るやつ! 刑事さんだ、この人!)


 私はそう感じ、「警察関係者が、平日の昼間に、学校に行っていない高校生を見つけたので、補導や注意という名目で声を掛けた」という流れなのだろうと思った。


「あの、僕の学校、今日は卒業式準備だけなので、午前で上がりなんです」


 緊張しながら、状況を説明した。警察の人と話すのは、初めてだった。


「一応、生徒手帳見せてくれる?」


「あ、はい」


 私は、カバンの中から生徒手帳を取りだして、見せた。


 オッサンは、生徒手帳に貼った顔写真と、私の顔を見比べ、「○○くん、ね」と名前を確認した。


「サボリじゃないならいいんだ。ゴメンね、急に声かけて」


 オッサンは苦笑してみせた。どうやら、誤解は解けたようだ。


「ところで」


 オッサンの目が動く。まだ何かあるのか。

 視線の先は……私が手にしていた『ジャンプ』だ。


「ちょっと、ジャンプ見せてくれる?」


「ジャンプ?」


「少しでいいから貸して。今週のドラゴンボールだけ読ませて。五分で終わるから。先週から続きがどうしても気になってて」


「はあ……」


 私は拍子抜けしながらも「大人もジャンプ読むんだ」など、妙な感心をして、『ジャンプ』を手渡した。


 受け取ったオッサンは「ありがとねっ」と子供っぽい笑顔で、ページをめくりはじめた。


 そして、「ドラゴンボール」のページまで行くと、指が止まり、「お、あった。ふむふむ……そう来たか。ずるいよね、この展開。なんでセル生きてんの」と、ぶつぶつツッコミながら読み始めた。


「ドラゴンボール」を読み終えると、「ふー、これでスッキリした……」と、嬉しそうな、満足な顔で、『ジャンプ』を返してきた。


「さて、行くか。学校をサボッたり、疑われるような行動は、しないこと。じゃあね」


 と、オッサンはベンチから立ち上がって、行ってしまった。



 翌日、学校で友人にこの話をした。


「それって本当に警察関係者だったのかなあ。見せたのは、警察手帳だったの?」


「そう言われると、よく覚えてないんだけど……うわードラマみたいだ、という興奮があって、細かいところまで見なかったかも」


「俺、刑事じゃない気がするなあ」


 友人は、オッサンに対して懐疑的だった。


「サボッてる学生に声をかけるような補導担当の人だったら、おばちゃんとかじゃない? しかも、街に溶け込めるような、目立たない私服姿でさ。スーツ姿のオッサンが、そういう仕事するのかなあ、って俺は思うんだけど」


「必ずしも、おばちゃんだけとは限らないだろ。スーツ姿のオッサンで、補導担当もいるかもしれないじゃないか」


「そうだけどさ……もし、そのオッサンが、警察関係じゃないとしたら。警察官を名乗るってのは、なんか罪になるんじゃなかったっけ。けっこー重いやつ」


「そういうのは、よく分からないけど。じゃあ、オッサンの目的は、何だったのかって話になるよな。なんでニセの警察手帳を見せてまで、俺に近づいてきたのか」


「単純に、ジャンプが読みたかっただけのオッサンだったりして」


「単純に、ジャンプが読みたかっただけのオッサンか……」


 次の瞬間に、私と友人の声がシンクロした。


「『少年ジャンプ』なのになあ……」


 そして、ふたりで爆笑した。


 私と友人の会話は、根拠のない空論に過ぎない。

 結局のところ、オッサンが本当に刑事だったのかどうか、今でも分からないままだ。


『ジャンプ』を読みたかった、普通のオッサンが、黒い表紙のただの手帳を使って警察関係者のフリをして子供に声をかけて、『ジャンプ』を読んだ。


 真相としては、そっちの方が面白いような気がする。

 オッサンを童心に返らせるほどの魅力があるのが『少年ジャンプ』なのだと。

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ニセ刑事(?)とジャンプ 雲条翔 @Unjosyow

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