第4話 「社長の奥様からのメッセージ」

 中小企業経営者協会の会長の奥様が亡くなった。会長は、年商10億円の建設業を営んでいるワンマン社長で、奥様の葬儀も大々的に行なわれた。社長とは、2ヶ月に一度行なわれる定例会議でお会いするが、奥様には一度も会ったことはない。遺影の写真の奥様は巷の社長夫人のような派手さは全く感じられない普通の優しそうな60代女性。内助の功でいつも社長を支えていたとのこと。社長宅で行なわれたパーティーの準備中に脳卒中で倒れ、そのまま救急搬送され手術や治療を受けたが、意識は回復せず3日後に亡くなられた。そんな話を参列者から聞きながら遺影をじっと見ていると、いつものように声が聞こえた。

「私は、幸せでした」

「ああ、そうか、よかった」

しかし、その後の定例会議での社長は、悲しく辛い思いをされている様子がうかがえた。会議中は今まで通りリーダーシップを発揮され会議を取り仕切っているが、休憩時間になるとポツリと

「家内には申し訳ないことをした、助けてやれんかった」

「仕事ばかりで何もしてやれんかった」

など後悔や懺悔の言葉ばかりをつぶやかれる。近くに座っている経営者協会の役員はただ黙って、または静かにうなずきながら聞いている。そんな状態が長らく続いていた。

 ある日の会議、私は社長の前の席に座ることとなった。休憩時間になると社長は、

「私は一番近くにいた家内に何もしてやれなかったんですよ」

「毎朝仏壇に手を合わせ、すまなかったと家内に懺悔してから家を出るんですよ」

とつぶやかれる。

「ああ、見ていられないなあ」と思う。

とそのとき、ふと葬儀で見た遺影の奥様の笑顔が社長の斜め後ろに見えた。

「あれっ、うーん。今日は思い切ってあのメッセージを伝えてみようか、もしも二人で話せる時間があれば…」

いつも会議終了後、社長は協会役員や事務局長と話をされていて、一対一で話ができる可能性は低い。

「もしも、さっき見えた奥様が葬儀のときのメッセージを伝えてほしいと願い、それが神様の御心ならば必ずチャンスは来る」

そう思いながら、会議の後半に臨んだ。

会議終了、

「お疲れ様でした」

次々と参加者が会議室を出る。案の定、社長は事務局長と一緒に話しながら会場の出入口に向かっている。私はストーカーのように3メートルくらい少し後ろを歩いた。

「うーん、どうしよう…」

そして、出口直前、事務局長の携帯に電話がかかった。電話が長くなりそうな気配を感じ、社長は

「じゃあ、また」と手を振って駐車場に向かった。

「今だ!」と私は社長を追いかけて走った。

「社長、すみません」

「あ、桜井さん、どうしました?」

「あのー、私、小さい頃から亡くなった人の声が聞こえることがあるんです」

社長は、首をかしげ、キョトンと私を見ている。

「実は…、奥様の葬儀のときに、奥様の声が聞こえまして…」

「ん?」

「奥様は『私は幸せでした』とおっしゃっていました」

「えっ!」

と社長は一瞬驚いた表情をした後、下を向き

「そうか、そうか」

とうなずきながら、急に声を殺して泣き始めた。声を出さずに泣こうとするあまり、逆に嗚咽となっている。

私は、ビックリした。大男で、ワンマンな社長が肩を震わせ号泣している。

「ああ、毎日自分を責めて苦しかったんだなあ」

私は咄嗟に、

「だから、毎朝あやまらないでいいみたいです、そのほうが奥様は喜ばれると思います」

などと言ってしまった。

社長は「うん、うん」と涙を手でふきながら、

「桜井さん、ありがとう。明日は家内の命日、一周忌なんだよ。家族で集まり法事をする予定、なんだかほっとして肩の荷が下りた気分だよ、ああ、本当にありがとう」

急に恥ずかしくなったのか、

「お礼はまた今度ね」

と言ってさっさと車に乗られた。

「明日が命日だなんて覚えていなかったな、これで良かったのかな」

死者のメッセージを伝えるのには勇気がいる。今までは残された家族に伝えないことが多かった。でも、伝えるべきメッセージもあるのかもしれない。

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