13月に祝福を。

@aihimebaby1201

13月に祝福を

「知ってると思うけど、私達が生きている時間の中で、"ジュウサンガツ"ってないんだよ。」

 

 彼女は、屋上のフェンスを前に、両手をいっぱいに広げてそう言った。


「はぁ・・・。当たり前でしょ?そんなことを言うために、わざわざここに呼んだって訳?自分、そんな暇じゃないんだけど。」


 山の奥の校舎は、とても夜景が綺麗だと聞いた。

 一度でも、最高な景色を見てみたかった。

 まぁ、大都会の景色と比べたらしょうもないものなんだろうけど、"最高"を決めるのは誰にだってできるから。

 

 時刻はおよそ二十三時だろうか。

 宙は真っ黒に澄み渡り、輝く星が宙一面に浮かんでいる。

 遠くに見える海だって、月光によって照らされながら宙の色に染まっていた。


「知ってると思うけど、二十三時って昔は"子の刻"って言うんだよ。しかも、二十三時だけじゃない!一時まで一括り!」


 静かな森の奥にある校舎の屋上に、若々しく、はつらつとした声が響き渡る。

 この風景とは全く似合ってないし、ましてやこんな日に。何をしているのだろう。


「知ってると思うけど、」


「あ〜、もうはいはい。わかったわかった。たくさん知識があってすごいねー。」


「……。」

 これがいつものやり取り。変なところに連れられて、当たり前のような事実を聞かされる。

 いつの間にか目の前に現れて、いつの間にか去っていく。

 彼女は本当に変わっている。

 ほら、今だって、適当にあしらっただけで、いい歳こいた少女は頬を膨らましてこっちを睨んでいる。まるで幼稚園生のようだ。

 なぜ自分はこんなやつと一緒に居るんだろう。


「……。ねぇ、新しいものはこれから先、たくさん発見されて、証明されていくだろうに、なんで『アタラシイモノ』は発見されないのかな。」


 少女は自分に後ろ姿を見せながらそう言った。

 彼女は、いつも、必ずどうでもいいような疑問に、意味深な疑問を混ぜてくる。

 いつものような調子に見えて、少し儚い空気をも纏う彼女。

 伏し目で笑う彼女のまつ毛は月明かりに照らされ、輝いている。


「"新しいもの"と"新しいもの"って、同じでしょ」


「君が言ってるのは"新しいもの"でしょ?私が言ってるのは、"アタラシイモノ"。」


 人差し指を立てて、自信満々に言い返された。

 何が違うのか全く分からない。彼女の独特なこだわりは、自分の頭を混乱させるだけだ。


「……。」


 自分は、諦めたようにため息をついて、ポケットに手を突っ込んだ。


 

「……"新しいもの"はどんどん創られていく。でも、その先の"アタラシイモノ"ってなんで発見されないんだろ。」


 彼女の考えは、いつも納得できそうでできないものばかりである。

 今だって、彼女の言う"アタラシイモノ"は、彼女が勝手に創った想像の種でしかない。

 それを、当たり前かのように理解出来る訳が無い。



「"アタラシイモノ"、ね。」

「……。」



 なのにどうしてだろう。妙に納得するような、説得力はどこから来ているのだろう。

 彼女はただ静かに無数の星が浮かぶ闇の宙へ手を伸ばした。


「……。知ってると思うけど。」

「うん。知ってる」

 

「十月の来月ってなんだろ。」

 

「十一月。」


「十一月、四週間目の次は?」


「十二月。」


「十二月、四週間目、二十四時の次は?」


「一月。」

 

「誰が決めたの。それ。」

「誰でもないあんたの子孫たちだよ。」

「納得いかない!!」

「普通は納得いくもんなの……」


 彼女の疑問は誰にでも答えられる"正解"がある。

 でも、彼女は正解を不明と、捉えるらしい。


 彼女は静かに自分に視線を向けた。真正面でお互いが立ち並ぶ。

 さっきまでのはつらつさはどこに行ったのか、儚く、切ない瞳が揺れる。


 何故、こんな瞳をするのかも、自分には知る由もないのだろうな。


  

  時間は止まることなんかない。

 

 知ってる。


  規模が、世界であっても、"自分"であっても。


 まぁ、共通だからね。

 

  人は時間を越えられない。


 そうだね。……そうだ、当たり前のことだ。


  じゃあ、その人が時間を越えられるとしたら?

    たとえ死んだとしても、乗り越えられないのかな。

 


 

 あー、もう。そうなんじゃない?



 

「ぶっぶー。違いますぅー。」


「あぁ、そうです……」


 ……………………は?

 その時。彼女は人生初めて彼女の不明正解を出した。

 



   ねぇ。なんで君はさ、自分の事を"自分"って呼んでるの?

 

     自分は自分だから。


   君は君を越えられる?


     越えられない。


   君はなんで君を越えられないの?


     人を越えることはできない。


   君は君自身のことを他人扱いしてるんだ。



    …………。



    人は死んだらどうなるの。

 

 

なんでそんなこと気になるの。

 

 

「ほらやっぱり。"アタラシイモノ"、知らないじゃん。」

 


 

  【こんな瞳をするのかも、自分には知る由もないのだろうな。】

 

 普通はそうなんだ。他人の事なんか知る由もない。

 ……けれど、自分はそうはいかないらしい。

    フリなど、出来ぬらしい。

 


 ……。の"アタラシイモノ"。それは、"新しいもの"のもっと先にある、遠くて、未知なるもの。



 人付き合いというのがある。それは、自分から疎遠になったり、親密になったり。自分の人権で選べるもの。

 私はこいつから離れたい。……けれど、離れられない。


 理由はもうわかってる。


「じゃあ最後。」


   "の趣味は?"


 ……──"アタラシイ" を見つけて証明すること。


「私、証明してきてもいいかな?」


 ……。

 


人は死んだら、終わりのない時間を生き続けることが出来る。


自分は自分を越えられる。


人が時間を越えられる手段はきっと……。

 


「"ジュウサンガツ"。祝福しに来てよ。きっと成功させてみせるからさ。」


 彼女は気がつくとフェンスの外側に腰を下ろしていた。

 対して、自分は彼女にかける言葉はない。

 だって、……彼女は自分なんだから。


 彼女自身にとって、おまけのような私には、発言する権利などない。

 彼女本心がそうしたいと言うのなら、そうするまでだ。


 これは全て、仮説であって結論だ。

 今、彼女は人生において、最後の検証実験証明実験を行う。

 

 見届けようじゃないか。

 そうだな。最後の検証証明だ。祝福くらいしてやろう。

 

「……──────ジュウサンガツ。……うん。いい響きだね。」


 そう言って、彼女は自分の目の前から消えた。


  その瞬間、世の中はカウントダウンを始めた。

  数秒後、私の意識も塵として消えたのだ。





おめでとう───。『13月』の検証、────────成功だ。



 



 

 

  私は彼女にとってただのおまけだった。

 


  思い残すことなど、特にない。

 


  彼女が進む道に私は付いて行く。ただそれだけだった。

 


  …………でも、そうだな。


 


何故彼女は、権利のない私にいつも問いかけてきたのか、

 


趣味である"検証"をずっと先延ばしにしていたのか、

 


あの淋しげな瞳にはどんな意味本心があったのか、


 


  最後まで分からないままなのが心残りだな。




  塵になった一瞬の時で祝福を上げた。


  真っ暗な林の奥にある校舎まで、除夜の鐘は鳴り響いていた。


                        【13月 1日 00時00分01秒────検証成功】

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