第5話 結果は惨敗

「表情が一際印象的でした。ですが残念ながら、私の好みではありませんでした。どうぞ、他の方とお幸せに」

 以上が王子からの手紙の内容だった。

 私はぐしゃりと手紙を握りしめ、それをゴミ箱に放り投げた。

 そりゃあそうでしょうよ!

 魔法で無理やり笑わされて、顔の筋肉がつったわ! っとに、あの魔法使いのバァさんめ!

「あー、私もダメだったあ!」

「私もぉ!」

 あ、あれはお姉様たちの声……そうか、あの二人も王子様のお眼鏡にはかなわなかったか。

 私は雑巾を引っ掛けたバケツを手にして、廊下を行く。

 まあ、いいじゃない。

 結婚だけが幸せな道じゃないよ、お姉様!


 それから数ヶ月後の、晴れた日の事だ。

「シンディ!」

 ん? あれはお義母さまの声? あら……なんでそんなにニコニコしているの?

「喜びなさい、新しいお家が決まったわ!」

 新しい家?

「は? そんなもの、私は希望していませんでしたが?」

 首を傾げる私に突きつけられる、一枚の紙片。


 あ、私、売られとる。

 しかも、庶民の野菜並みの値段で。

 そーか、私は野菜と同じ価値か……

 そうなのか……え? 野菜と? 同じ?


「野菜は栄養があるし、増やすのもたやすい……私は栄養が必要だし、増えもしない……私のほうが、野菜より面倒ですよね、お義母さま⁉」

「なんの話をしているのですか……とにかく、あなたはもうこの家の召使ではないのです、クラム家に買われたのですから……さあ、とっとと出ていきなさい!」

 ぺいっ、と屋敷から追い出される私。

 バタン、と背後で閉まる扉。


 あ、私、制服着たまんまだ……あーあ、リーダーたちに、さよならできなかったな……

「シンディ!」

 呼ぶ声に振り返ると、なぜか懐かしく感じる男性が門のところに立っていた。

 その人は私に駆け寄ってきて、にこりと微笑んだ。

「私の名はミネス・クラム。君は覚えていないかもしれないが、私は君のお父さんの友人でね……君のことをずっと心配していたんだよ。ああ、こんな格好をさせられて……かわいそうに、さあ、行こう!」

 クラムさんは、私の手をとって歩き出す。

「あの、この服を着て仕事をしていた私や私の仲間は、可哀想ではありません! 誇りを持ち、仕事に没頭するのは、楽しいです!」

 あ、しまった、つい口調が強くなってしまった。

 クラムさんは足を止めて振り返り、しばらく私を見ていた。

「すまない……私は失礼な思い違いをしていたようだ。その話の続きは、馬車で教えてくれないか? 君はその……なかなかユニークで賢そうだ」

 再びにこりと笑ったそのブルーの瞳が、なぜだか心にじんと沁みた。

 あれ?

 なんとなく突っ張り続けていたものが、緩んだような気がした。

 なんだろ……

 この、ちょっとむず痒いような感覚は……

 ううん、しっかりしろ!

 私は、この生き方を変える気はないんだから!


「私、野菜と同じ値段だったんですけど、野菜より価値がないと思いませんか? 野菜の方が栄養があるし、必需品だし……あ、野菜が安すぎるのか!」

「その理論でいくと、庶民は野菜を買えなくなってしまうね……君の価値は、なにものにも代えがたいよ。野菜には私を退屈させない、なんて能力はないからね。なにを欲するかで、価値は決まる……それはとてもあやふやなものだ」

「ふーむ、確かに……あっ!」

 しまった、いきなりこんな展開になるとは思わなかったから、置いてくるのを忘れてしまった。

 がたごと揺れる馬車の中で、私はポケットからリングを取り出した。

 シルバーの土台に、透明な石が嵌められているものだ。

「それは?」

「これは、いつか自立する時が来たら、資金にしようと思ってたんです……お義母さまのリング……私、給金をもらっていなかったので」

 いつぞやお義母さまの部屋を掃除していた時、たまたま見つけたリング。

 宝飾品に興味のない私には、宝石のグレードなどわからなかった。

「給金なしで、君はよく働いていたね」

 うん……それ、リーダーにも散々言われてたけどね……

「まあ、家事見習いのようなものだと思ってたから……それより、どうしよう、これ……お義母さまに返したいな」

「よし、わかった。私が使いの者に頼んで、届けさせるよ」

「あ、良かった……お願いします!」

 私の手からクラムさんに渡るリング。


 あまり仲良くなれなかったけれど、お義母さまもお姉様たちも……皆、幸せに暮らしてくれたらいいな。


 晴れ渡る青空に浮かぶ雲を眺めながら、私はそう願ったのだった。

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