ver.11 後日譚、そしてエピローグ

————バキッ,メリメリメリッ



「ん!?なんかすごい音してない!?」


大学から帰り、自室でのんびりしていたサツキは、天井を見上げて思わず呟いた。


「いやこれ絶対ヤバいやつだよ!?ヒビいってるよ、天井g ————」



————バキバキバキッ、ドッカーンッ



「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ———————っ!?!?!?」



頭を掛け布団で覆って悲鳴を上げるサツキ。



恐る恐る音のした方を見ると、天井が派手にぶち破られ、青空がのぞいており,



もくもくと舞う煙が収まると,天井の瓦礫と共に床に落ちているものに気がつく。



「はっ————!?」




それは、黒い服を着ていた。


なぜか襟の立っていて、後ろ部分だけ裾の長くなった上着は破れて穴が開き、


レンズにヒビの入った片眼鏡はバランス悪く引っかかっている。


所々血が出ていて、その様はまるで吸血鬼————



「こわっ,怖い怖い恐怖すぎるっ!し,志磨ぁ〜っ」


サツキはパニックになって部屋を飛び出し,自らの執事の部屋へ。



廊下に出ると,ちょうど部屋へ向かう執事の姿が。






————スタタタタタッ、がしっ



「イテっ」


いきなり勢いよく腕を掴まれた志磨は思わず声を上げた。


「ねぇっ、な、なんか、なんかっ!めちゃホラーな物体が天井ぶち破っておっこちてきたの!ど、どどどどうにかしてっ————!」


「は、はぁ?わ、わかりましたって(ホントは全くわからんけどな!)。ですからとりあえずちょっと、ぐいぐい引っ張って揺するのはおやめください……痛い痛い」


「はやくっ」

「だから痛いんですってぇ」


焦りのあまり必要以上の力で腕を引っ張るサツキに必死で訴える志磨であった。





————がちゃっ



「ほ、ほら!————ん?あ、あれ?」


駆け足になってドアを開け、中を指さしたサツキは,数回ほど瞬きし,目を擦った。


「そんなに慌てなくてもよろしいでs ————はぁ!?」


あとから追いかけてきた志磨は,サツキの指さす方にしぶしぶ目を向けると,呆れる暇もなく目を見張った。


「お嬢様,これは一体どういうことでございますか」

「し,知らない。さ,さっきは確かに超ホラー物体だったの!」


二人の視線の先には,ボロボロの燕尾服を着て頭にタンコブを作っていながら読書中の男の姿。そんな今の様子をよく見れば、なんだか見覚えのある男のようで。



「それにしてもなぁ————」



ひとつ息をついた志磨は、床に散乱する瓦礫を避けながらその物体へと歩み寄った。



















「あのぉ、くん。君は,一体どういう生命体なんだい。のんびり本を読むほどの余裕があるなら,早くこの天井の修理代を払って自分のお嬢様の元へ帰ってくれ……」





「ん。ああ、志磨か。悪いが僕は帰る場所がないみたいなんだよ」


盛大にヒビの入った片眼鏡を外しながらのんきに言う天羽。


「あのなぁ」


目の前で絶対に怪我をしているはずなのにまるで痛さを表に出さず平常心で話をするある意味恐ろしき友を眺めながら深いため息をつく志磨。


その後ろでチラチラと二人の執事を見比べていたサツキが口を開く。


「ていうか,なんでこんな天井から天羽さんが落ちてきたわけ?」


そんな質問に答えるでもなくまたまた呑気な発言をする男が一名。


「ああ,サツキお嬢様。どうもこんばんは」


「「・・・・(何がどうもこんばんはだバカ)」」


「わたくし、お嬢様にクビにされてしまったのです。どうやらご旅行の際にかけたわたくしの電話がよろしくなかったようで」


「・・・・(絢音,クビなんて随分大胆なことしたわね)」


「クビ?マジか。それは御愁傷様だね————というか,クビにされたとしてもうちのお嬢様の部屋の天井から落ちてくるって,どういうシチュエーションだよ!?」


「あぁ。それは、お嬢様の渾身のパンチで吹っ飛ばされて」


「いや天羽をここまで吹っ飛ばすって,絢音お嬢様強すぎないか!?」


「いや、ありえないことはないわ。絢音,本気を出すと最強だから」

「恐るべしでございますね。わたくしも吹っ飛ばされないようにしなければ」

「相当なことしない限り吹っ飛ばされないから安心して」

「それはよかった」


話の逸れる2人。



「あーでも」



そのそばで何かを呟く男が一名。






























「落ちた時は痛かったけど,お嬢様に吹っ飛ばされるのも悪くなかったなぁ———」











「ふぎゃん!?」


「お嬢様?」


つぶやきを聞き取ってしまったサツキは、思わず志磨の背中にしがみついて隠れた。



「お嬢様,どうされました?急にお隠れになって。何か幽霊でも?」


「ち、違うわ。そこに…、そこに変態がいたの……っ」


「あーまばくん。さっき言ったことをもう一回言ってくれ」


「ん?なに?なんでそんなの聞く必要があるんだ。ただ僕はお嬢様に吹っ飛ばされるのも悪くないなって言っただけだよ」



「・・・・(なるほど。よーくわかった)」

「・・・・(ね,変態がいたでしょ)」

「・・・・(ええ,そうですね。残念ながら)」



目配せで会話する2人。


「とりあえず,何か手当してくれないか。吹っ飛ばされたのが悪くなかった話は置いといて,やっぱりあちこち痛いんだ」


「あ,ああ,わかった。いま救急セットを————ていうかそれはもはや救急車レベルだなぁ!今呼ぶから待ってて!?」


部屋を飛び出し、電話をかけようとする志磨…を,サツキが慌てて引き止めた。


「あっ、待って!確かに怪我は救急車レベルだけど,連絡するときなんて理由をつけるつもりなの?まさか,吹っ飛ばされたせいで天井から落ちてきて…なんて言ったら,吹っ飛ばした絢音が傷害罪で捕まっちゃうわ」


「確かにそれはそうですね。じゃあ救急を呼ぶのはやめて、代わりにお屋敷の主治医を呼んでどうにかしてもらうのが1番でしょう」


そうして,天井から落ちてきた天羽は、サツキのお屋敷の主治医によって、



左腕は包帯で首から吊られ、


右足にはギプスをし、右腕には松葉杖、


頭には包帯がぐるぐる巻き、


ほおには絆創膏が貼られた。


(その主治医によれば,本来人間が住宅の天井を突き破って落ちるほどの衝撃を受ければ,全身複雑骨折をしているのが普通であり,この程度の怪我で済んでいるのは人間という生き物として異常であるらしい)


——————————————————————————————————————



————からんからんからん


「おや,どなたかいらっしゃったようですね」

「誰かしら,こんな早朝に」


「わたくし,見てまいります」

「おねがい」



絢音の方のお嬢様の屋敷にて。


お嬢様が執事をクビにして吹っ飛ばした翌朝,誰かの訪問を告げるベルが鳴った。


朝食を終え,お嬢様と雑談をしていた使用人は,早足で玄関口へ向かっていく。





————数分が経過した。


「あ,絢音お嬢様!大変です、なんだか色々あったようで…,口でお伝えするのは長くなりますから,こちらへ来ていただけませんか」


「はぁ、わかったけど…。何よ,色々って…?」


急かす緑埜を追うように,お嬢様も玄関口へと急いだ。






「ねぇ,誰が来たっていうのよ」


玄関口で靴を履きながら,耐えかねたように聞くお嬢様。


「それは…,ご覧になればわかります」



そう言って緑埜はドアを開けた。
















「え、え、えぇぇぇぇぇぇ!?は、なにこれどうしちゃったわけ!?」


目の前に立つ男を見て,お嬢様は思わず叫ぶ。


「お嬢様に吹っ飛ばされた後,サツキお嬢様のお部屋の天井を突き破って落下したそうです」


そんな緑埜の言葉を聞きながら,お嬢様はもう一度上から下まで彼の姿を見る。


包帯やらギプスやら絆創膏やら松葉杖,おまけにヒビ入り片眼鏡。


そんな変わり果てた姿ながら笑みを浮かべるその男は、ゆっくりと一礼し、言った。




「おはようございます,お嬢様。わたくしのことはご心配なさらず,何か必要なことがございましたら何なりとお申し付けくださいませ」



あんぐりと口を開けるお嬢様。



「あ,天羽…。あんた,バカ?」


「ご無礼をお許しください。わたくしがすでにクビであることは重々承知しております。しかしながらわたくしは,いまの時点で身の置き場がございません。ですから,そのような場が見つかるまで,せめてお嬢様の元で少しでもお役に立てないかと」


「いやあのね。クビとかクビじゃないとかそういう話以前に、あなた、今の体じゃ何もできなくない!?っていう意味よ」


「お嬢様のためなら怪我など気になりません」


「・・・・(これは女たらし発言なのかしら)」


「お嬢様」


いつの間にか真顔になった天羽をもう一度見つめると,お嬢様は少し考えてから口を開いた。




「わかったわ、天羽。ここにいなさい。————怪我が治るまで」



「え!?」



「なにが『え!?』よ。それでいいでしょ。怪我が治るまでここにいなさい。もちろん,仕事なんてしちゃダメよ。執事としてのあなたはクビになったんだから。今からあなたはこの屋敷の居候。いいわね」



ピシリと人差し指を目の前の天羽に向けるお嬢様。



驚きを隠せないしつj ————いや、天羽。




「あ、あああありがとうございますっ」



「・・・・(わぁ,めっちゃ必死になっててかわi ————って、ふんっ、そんなわけないでしょぉーがぁー!!!)」


「絢音お嬢様。お顔が赤くなっておられますよ」


「ううう、うるさいわね。だっ,黙りなさい緑埜」


「よかったね,天羽。まだ君は絢音お嬢様に,完全には嫌われてないみたいだよ」


「そうだったとしても、自惚れるのはやめておきます」


「え,じゃあ今までは自惚れてたってこと!?」


「いえ、そういうわけでは」



「ううううう、とりあえず!ほら!天羽は早く上がって、緑埜は紅茶の準備をしなさい!天羽!あんたは前と同じ部屋でいいわね!緑埜は紅茶できたら天羽の部屋まで持ってきなさい!私の分も入れて二杯ね,二杯!自分も飲みたかったらご自由にどうぞ!ほら早くっ!」






「相変わらずですね,絢音さま」





「はぁ!?あ,相変わらずってどういう意味よ!?ていうかなんか呼び方変わってるのなんでよ!?」


「僕はこのお屋敷の居候ですので。お名前でお呼びした方が良いかと思いまして」


「ぼ,僕!?あなた一人称僕だったの!?」


「“俺”の方がよろしいですか」


「それはそれできm ————いえ、なんでもないわ。僕でいいわよ別に」


自分で執事ではなく居候としていろと言いながら,その変化に自分で慌てるお嬢様。



「で、なによ。なにが相変わらずですって!?」



そして半分キレ気味で本題に話を戻すお嬢様。



天羽は待ってましたと言わんばかりに優しーい笑みを浮かべ,一歩お嬢様に近づき,少し身を屈めて囁いた。


































「————相変わらず,かわいいなって?」























「……ううっ、こっ、この後に及んで堕とそうとしてくるなんてっ…、なんて罪な女たらし野郎なのっ…」



————どさっ。




「・・・・(あ、しまった。やっぱり言わなきゃよかった。絶対追い出されるパターンだ。詰んだかもしれない。しかも怪我で運べもしない。おわた。……けど、やっぱりお嬢様はちょろくて可愛いんだよなぁ)」




やはり,お嬢様は天羽には敵わないようで。


いつもと同じように,天羽の無意識な女たらし発言にお嬢様はあっさりとやられ,さすがの天羽も今回ばかりは気まずさを感じ……ながら、やっぱり根は同じらしい。


これこそ,真の平和。


何があろうと変わらぬ運命さだめ


絢音お嬢様ちょろめ女子天羽女たらしは、どこまでも素晴らしきコンビなのである。



☞ The end.


≫season2へ続く――https://kakuyomu.jp/works/16818093079318565863

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あるお嬢様と執事の話。season1 天千鳥ふう @Amachido-fu

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