ver.11 あるお嬢様と執事、事件が起こる。

「おかえりなさいませ,絢音お嬢様」


数々のお金持ち家のご子息ご息女が通う大学の前に止まる一台の高級車。


その運転席からひらりと降り立ち,門から出てきたお嬢様に一礼するのは—————


「あら,本当に来たのね。天羽に何か言われなかったの?」

「ええ、ここまで来たであります」


—————天羽ではなく、緑埜だ。


「———あ、そうなの。……それはどうも,お疲れ様……」

「ご心配なく。どうせ、今頃あいつは屋敷の中で優雅な読書タイムかティータイム,あるいはゲームタイムなんかを過ごしているでしょうからね」

「そうでしょうね。でもって、その間に私を堕とす計画でもねってるのよ,きっと。ご苦労なことだわ」


毒混じりな会話を交わす使用人とお嬢様であった。


——————————————————————————————————————



「ところで絢音お嬢様。やはり例の件は変わらずなのでございますか」

「もちろん。両親にも許可はとったわ」


「しかし,本当によろしいのですか。お困りになるのでは」


「なるわけないでしょ。うちには運良くもう1人使用人さまがいらっしゃるんだから。ね、みーどのさぁーん?」


「ええ,全くもってその通りでございますねぇ,絢音お嬢様ぁ?」


天羽のかわりに自分をこき使おうって言いたいのですね!という心の声が口調に現れる緑埜。


「とりあえず,お屋敷に着けばあいつは理由を聞きにくるでしょうから」

「そうね。そこで即公開◯刑するわ」

「先日の時点でそれはされているのでは」

「ん、たしかに。じゃあトドメの一発ってとこかしら。まあ仕方ないわよ、あの女◯ら◯ぶりじゃあね」

「お嬢様,だんだんお顔に悪魔の笑みが」

「あらぁ、そうかしらぁ〜♡お見間違いではありませんかぁ、ご主人様ぁ♡」

「そこでメイドキャラを出すのはやめてください」

「そうね、あの◯た◯しを連想させるからやめるわ」

「話が逸れまくっていますね…。あ、もうお屋敷に着きますよ」


—————なんだか怪しげな会話を二人がしていたことを,その女◯らしは知らなかった。


——————————————————————————————————————



自室の窓のすぐ外を通ったカラスの声で,手元の本から顔を上げた執事は,屋敷の門前に止まる漆黒の高級車を目に止め,椅子から立ち上がった。


「お,お帰りになったようだ。よし,じゃあしっかり理由を聞かせていただかないとな。—————また何か僕を堕とすためのものでも調達してきたとかかなぁ?」


ぶつぶつとそんなことを呟きながら,春にしても暖かすぎる日差しに耐えられず着ていなかった上着をきっちりと身につける。


相変わらず◯た◯しぶりは変わらぬご様子である。


「さてと。じゃあ行くとしますか」


窓の外を再び一瞥し、執事は玄関口へ続く階段を駆け降りていった。



——————————————————————————————————————



「おかえりなさいませ,お嬢様」


向こうから歩いてきた天羽は,いつものように一礼し,お嬢様に微笑みを向ける。


緑埜は玄関口へ続く小道で向き合ったお嬢様と執事を、門の前にとめたままの車内から眺めていた。


「・・・・」


「……?」


ニヒルな笑みを浮かべ,じっと天羽を見つめるお嬢様。


「ええと,お嬢様。ほんじつ、わたくしではなく緑埜をお呼びになったのはなぜでございますか。理由をお聞かせくださいませ」


何を思っているかさえわからないお嬢様に、とりあえず聞く執事。


「————なんでだと思う?」


上目遣いで質問返し。


「さあ。わたくしには想像もつきません」

「・・・・(でしょうねぇ)」


さらにニヒルに笑ったお嬢様は,サッと執事の背後に回り込み,そっと囁く。







「今まではまだバレていなかったのに。電話を使ったことが祟ったわね————」












「————女たらしさん?」



「・・・・!?」



ついに禁句を口にするお嬢様。執事も驚いてお嬢様の方を向く。



「あれで、みーんなに知れ渡ったらしいわよ、あなたのこと」


車内の緑埜はふっとつい最近、サツキから聞いたことを思い出す。



年度末旅行の時に執事がお嬢様にかけた電話。


あの後天羽が迎えに行き,お嬢様を屋敷まで連れて帰ったのだが。


彼が迎えにくる前までの間に、気絶したお嬢様の手から滑り落ちたスマホ画面に表示された文字を見た周りの友達らの間で、『この天羽っていう人,誰!?彼氏!?』とかなんとか、妄想がむくむくと広がりエスカレートした。


それを見てお嬢様の身の危険を感じた佐都紀が『それは執事さんだ』と皆に教えてしまった。


そこから今度は


『え、でも絢音が執事さんからの電話でぶっ倒れるって,相当ヤバいこと言ったのか,この人は!?』


というもっともな疑問が生まれ、


『もしかして、めっちゃ女たらしなんじゃなーい!?』


と、全くもってその通りな話になり、


『うわ、やばーっ、じゃあ絶対絢音迎えにくるのその人だよね!ちゃんと見ておかなきゃねぇ!?』


と盛り上がるお嬢様軍団と、そのそばで


『マジかよ。ほんとだったらマジ引くわ』


と心の中で思うおぼっちゃま軍団。



そしてついに現れた天羽を見て、顔と名前が一致し、佐都紀が他のお嬢様軍団に今まで絢音お嬢様から聞いた天羽の言動を全て吐かされたことで天羽の女◯らしぶりが知れ渡ってしまったのである。


————しかしそれを,本人は知らない。







「そ,それは誠に申し訳ございませんでした」


「あなたはみんなに女たらし判定されてるから,もうわたしを迎えに来てもらうわけにはいかないの」


「お許しくださいませ」


頭を下げる執事に背を向けたお嬢様は,ゆっくりと執事の方へ振り向き,言った。

























「手遅れよ。もう,あなたはわたしに必要ないの」










「————さようなら」













お嬢様はゆっくりと歩き出す。





天羽は追いかけ、お嬢様の手を掴む。




「どういうことです、わたくしは————」




言いかけたところで,お嬢様が勢いよく振り向き、
































「クビに決まってっでしょぉがぁぁぁぁぁぁぁ————っ!!!」







「ぐふぅ————っ!?!?」


















執事・天羽は、よく晴れた春の空へ空高く舞い上がって行ったのであった。



☞ The end.

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