ver.10 あるお嬢様と執事、離れ離れで過ごす。

薄紅に染まった空を、二羽のカラスが鳴きながら横切った。


地平線には赤く燃える陽。


今まさに日の出を迎えたところだった。






—————ジリリリリ


「うーん,今日はお嬢様が年度末旅行に行かれる日だ————」


自室で鳴り響く目覚まし時計に手を伸ばしながら,執事はつぶやいた。


先週,大学の友達数人と一年間お疲れ様会も兼ねた旅行に行くと言って,お嬢様がはしゃいでいたのだ。


「よし、じゃあ緑埜も起こしに行かないと」


燕尾服に素早く着替え,部屋を出る。




—————ガチャ



「緑埜!」


「ぐあっ!?」


「————朝っぱらから変な声出すなって」


「ごめん————っていうか天羽が急に入ってくるからじゃんか!?」


「まぁね」


今日も屋敷は平穏いつも通りなご様子。


「で,要件はなに?いつもより早いよな?」

「いや覚えてないのかよ。お嬢様がご旅行に行かれるって言わなかったっけか?」

「あ、そういやそうだな」


ポンと手を叩いてグッジョブ!とする緑埜。

グッジョブじゃないわ,と呟く執事。


「だから,早く準備するぞ」

「おけまるです」

「・・・・(おけまるって,使用人が使う言葉じゃないよなぁ?)」


半分苦笑いが浮かんだ顔を隠すように,執事は回れ右をして廊下へと出ていった。


——————————————————————————————————————



「ではお嬢様,いってらっしゃいませ。ご友人たちと存分に楽しんで、一年の疲れをお癒しになられてきてくださいね。今年は波乱のご生活でしたし…」


お嬢様が友人らと待ち合わせをしているという駅の、ロータリーにて。


彼女が安全に車を降りる手助けをした後,にこやかに送り出しの言葉をかける執事。


「ありがとう。そうするわ————」


————でも、わたしの『ご生活』を大波乱に変貌させたのはあなたじゃなかったかしら!?


と言いたいのを堪え,にっこりと笑い返すお嬢様であった。



——————————————————————————————————————



その後お嬢様は、大学の友人たち————もちろん佐都紀もいる————と共に高級グルメや買い物を楽しんだ。




ほとんど日も暮れる頃、お嬢様たちは今日泊まる宿へと向かっていた。



「はぁ〜,楽しかったね。こういう時って,自分がこういう人間お嬢様で良かったなって思わない?」

「なんで?」


「マネーよ,マネー。ほぼ無制限という天国ね」


「そーゆーことかいなぁー」


隣で大袈裟に腕を広げてニヤリと笑う佐都紀の言葉に突っ込むお嬢様。



「やだー,みてみて!あたしこのポテチ普通の塩味買うつもりだったのによく見たら激辛唐辛子味だったんだけど!?」

「えーっ、マジで?わたし辛かと辛いの無理っちゃけど!?ちゅうか,パッケージんぱっと見で塩味やなかことじゃないことくらいわかるやろ!炎がメラメラしとーやなかしてるじゃん!」

「急いでたんだよぉ〜」

「時間がなかったとしたっちゃとしても間違わんって。いくらなんでん焦りすぎやろ…」



「あー,ねぇ,宿の夕飯の時って日本酒やらとかあるんか?俺、いまめっちゃ酒飲みたい気分なんやけど!?」

「ざんねーん。思い出してみぃや。自分お前の誕生日はいつなんや?まだ酒の飲める年になってへんやろうが」

「知ってんでるよ,そんなん。冗談に決まってるやろ。ま,自分もまだやさかいだからお互い様やな,未成年」

「ふん,その通りではあるけど一緒にされるんはええ気分ちゃうじゃない。あー,お願いやさかい下戸げこになってくれや。神頼みしたるしてやる。なむなむ」

「おい,なんでなむなむなんや。俺が死んで成仏でけへんかったみたいやんけ」


ほかのメンバーたちもそれぞれ会話に興じているようだ。




と、



————プルルル


お嬢様の鞄から着信音が響く。


「ん?誰からだろ」


お嬢様は鞄から振動するスマホを取り出し,画面を見る。














————『天羽』











「なんで天羽から?」


首を傾げながら,お嬢様はその電話に出てた。









「もしもし天羽?どうかしたの?」























執事の第一声。
























『にゃあ』








「!?——キュン……♡ ——ん!?!?ふぉえぇぇぇ???シロクロシロクロ」




————ゴトっ,ヒューン湯気どさっ◯んだ



「絢音!?!?」




執事のほんの遊び心無自覚女たらし行動によって,お嬢様はスマホを取り落としその場に倒れ気絶した。




——————————————————————————————————————



※屋敷にて



『ん!?!?ふぉえぇぇぇ???——————ゴトッ・・・プツリ』



「ふふっ」



地面に打ち付けられたような音と共に電話が切れた時,執事の口から小さな笑い声がこぼれ落ちた。




「おい天羽。まさかまた変なこと、つけたして言ってないだろうな」


通りかかり、執事の顔を見た緑埜が疑わしそうな目で言う。


執事は答える。にっこりと笑って。














「————相変わらず、?」











「うぅっわぁぁぁぁぁぁ——————っ!!!!あれほどっ変なことは言うなって言ったのにぃぃぃぃ……」



うずくまり頭を抱える緑埜であった。






























このとき、

あの電話での一言が,

自らの運命を覆すことになることを、

執事がわかっていたかどうかは,誰にも知り得ないことである。





☞ The end.



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