ver.7 あるお嬢様と執事、友達を呼ぶ。
ある春の日の昼下がり。
少しばかり速い風が、花の香を乗せ吹きわたり、
明るく晴れ渡った空には数羽のヒヨドリの鳴き声が飛び交っている。
「そろそろ門をお出になる頃かな」
そんな中、執事は温かな日差しにきらりと輝く漆黒の車に乗って、
お嬢様は現役大学生なのである(が、もちろんカ〇シはいない)。
「旦那様はお嬢様が誰ともお付き合いしないのを気にしてらしてるけど、わたくしにしてみれば……ふふ」
不敵な笑みを浮かべる女たらしであった。
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「
執事が運転席から降り立った時、少し離れたあたりから彼を呼ぶ声が聞こえた。
「お嬢様」
少し見回すと、校門のそばで手を振るセーラー服姿のお嬢様。
執事は速足でそばへと向かう。
「ねえ、今日友達うちに呼んでもいいかしら?」
「お友達でございますか」
珍しいお願いに思わず聞き返す執事。
決して彼女に友達がいたことに驚いたわけではない。
今まで屋敷に友達を呼ぶということがなかっただけだ。
「うん。二人でちょっと女子会でもしようかと思ったんだけど」
「お嬢様がよろしいのならばよろしいかと。本日は旦那様も奥様もいらっしゃらないようですし」
「わかったわ。ありがとう。じゃあ私は友達を案内しなきゃいけないから、あなたは先に戻って。あと、ホットワインの準備をしてくれる?」
「さようでございますか。了解いたしました。すぐに準備してお待ちしております」
笑顔で踵を返すお嬢様。執事は小さく微笑んで車へと戻っていった。
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「ただいまー」
重厚な玄関扉が開き、お嬢様が帰ってきた。
「おかえりなさいませ。ワインのほうの準備は終えておりますのでどうぞ」
執事はそう言って一礼をした。
「ありがとう。——で、こちらが私の友達の
お嬢様は隣に立つロングヘアの女子を指さし言う。
「突然すみません、佐都紀っていいます…」
「佐都紀、こいつは天羽ね。多分呼び捨てでいいと思う」
「いや『でいいと思う』って何⁉」
「まあまあまあ」
その前に『コイツ』よわばりされ地味に傷つく執事であった。
「あ、あと」
そんな中、佐都紀は後ろにぬっと立っていた男を指さす。
「こっちにいるのはあたしの執事の
「・・・(シマ)⁉」
「ん。どうしたの」
「い、いえ…」
執事はそこに立つ佐都紀の執事をもう一度見た。
「えっと」
「やっぱり?」
意味が分からず目を合わせるお嬢様たちと、半信半疑で見つめあう執事たち。
「えーと…だよな?」
「やっぱり、そう?」
「二人とも知り合いかなんか?」
お嬢様が思わず尋ねる。
「ええ。わたくしの友達です」
「はい。殴り合うほど友達です」
「「・・・?」」
その後、志磨は天羽に首を絞められたのだった。
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数十分が経過し、オレンジ色の地平線を残して空はすっかり夜の色に染まっている。
お嬢様たちは、そろそろホットワインを飲もうと、さっきまでおしゃべりをしていたお嬢様の部屋から出、広間へと戻った。
――が、しかし。
「ありゃ。誰もいない。さては自分の部屋でのんびりしてやがるわね」
お嬢様はくるっと踵を返し、つかつかと歩き出す。
「いやまってまって」
「こっちきて」
慌てて佐都紀もついていく。
――ガチャっ
「ねぇ!」
「ぶっ」
「わっ」
――ゴトンッじわー
――ガシャンッ
「はッ」
「あッ」
「「・・・・(あそんでたわね)」」
二人のお嬢様のハイスピードな訪問に、一人の執事は手にしていたティーカップを取り落とし、もう一人の執事は手にしていたペンチを投げ飛ばした。
一人の執事は紅茶片手に本を読み、もう一人の執事はペンチ片手にプラモデルを作っていたのである。
「い、いかがなさいましたかお嬢様」
「な、何か御用でございますかお嬢様」
「・・・・(また紅茶噴き出してどうするよ)」
「・・・・(勝手にプラモ持ってくるでない)」
「「お、お嬢様?」」
「「ううん、何でもないわよ!」」
謎の
「そろそろホットワイン飲もうかと思って」
「さようでございますか。ではお二人分の準備をいたしましょうか」
「そうね。あと何かつまめるものもよろしく」
「承知いたしました」
取り残される三人。
「ええと、わたくしも何かできることは」
気まずそうに口を開く志磨。
「なんかある、
「うーん、そうねぇ」
聞かれたお嬢様はしばし考え、
「じゃあ、申し訳ないけどうちの天羽がこぼした紅茶とカップをどうにかしてくれないかしら?」
「あ、はい承知いたしました」
後日、天羽は志磨に殴られたらしい。
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どこまでも広がる濃紺の空。
まるでケーキの上の飾りのごとく散る星々。
そしてその中で、一層輝きを放つ満月。
二人のお嬢様は、お屋敷のベランダに出てゆったりとその星空を眺めていた。
「お嬢様、ホットワインをお持ちいたしました」
「ありがとう。——はい、佐都紀。お代わりはいくらでもあると思うから、遠慮しなくていいわよ」
「わぁ、ホットワインとか飲んだことなかった。ありがとう」
佐都紀はお嬢様の差し出す耐熱ガラス製マグカップを受け取り、中に入った赤く輝くワインを夜空にかざした。
そして、お嬢様はさっそくそれに口を付ける。
「天羽、今夜のはなに?」
「19☓☓年フランス・ボルドー産の18年6カ月23日物の赤ワインでございます」
「・・・・(熟成年月が妙に細かいわね)」
「お嬢様、佐都紀様、ご希望の銘柄がございましたら何なりとお申し付けくださいませ」
そうして、お嬢様二人の酒宴タイムが始まったのだった。
※なお、その後ろで執事たちはノンアルコール飲料で乾杯中。
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「——ってなことがあったんだけど、一体何考えてるのかしら?」
「えー、ほんとなのそれ?夢じゃないよね?」
「いや疑わないで⁉」
しばらくして、少しばかり酔いのまわってきたお嬢様は、ここぞとばかりにこれまでの女たらし執事伝説をこそこそと佐都紀に暴露していた。
「いやだってそんなことある?結構問題だと思うけどなぁー」
「でしょー。でもこれがほんとなのよねぇー…あ、なくなっちゃった。天羽ー、お代わり注いでくれるー?」
突然呼ばれた執事は、さっと自分のグラスを置いてホットワインの入ったボトルを持ち上げ、その中身がないことに気が付いた。
「お嬢様、誠に申し訳ございませんが、わたくしの準備しておりましたワインを全て切らしてしまいました。ほかのものならばご準備いたせますがいかがなさいますか」
「あら、そうなのー、じゃあどうしようかしらね。——佐都紀、どう?まだ飲む?」
「うーん、私はどっちでもいいよ。——あ、そういえば志磨。うちからワイン持ってこなかったっけ?」
少し首を傾げたのち、自らの執事に声をかける佐都紀。
「ええ、ございますよお嬢様。お持ちいたしますか」
「じゃあお願い」
佐都紀の言葉に軽く微笑み、志磨はワインボトルが入れてある車のもとへと向かい始めた。
「さすが佐都紀。気が利くわね」
志磨が去った後、お嬢様は隣の友の肩をポンとたたいた。
「いや、最初に言ってくれたのは志磨だよ。『絢音様は酒豪だとお聞きいたしておりますが、ワインなどお持ちになりますか』ってね」
「なにそれ⁉てか酒豪って言いすぎじゃないかしらね⁉」
「酒豪っていうのは私が勢いで言っちゃったことがあるだけなんだけど」
一泊置いて、お嬢様は話を戻した。
「ところでさ、ついこの間はこんなことが——」
最近の伝説をまたまた語りだすお嬢様。
「なにそれー、実質タイタニックじゃん」
「いやでも腕広げてないけどねぇー、ははは…――くしゅん」
冷たい風が吹き抜け、お嬢様が小さくくしゃみをする。
――と。
「お嬢様、」
「もう少し厚着をと申しましたのに——」
背後にいた執事が、着ていた紺色のコートを脱ぎ、
お嬢様の肩にかけ、
「————仕方のない方ですね」
「はわわわわぁぁぁ⁉⁉⁉」
状況を数秒かけて理解したお嬢様は、超高速で回転し、ついさっき執事が肩にかけたコートをベランダの柵の外へと吹っ飛ばした。
そして、しゅーんと沸騰して
「んーと、えーと、あ、天羽さん…。あのぉ、どうするんですか絢音」
「大丈夫でございます。すぐに目をお覚ましになりますよ」
アワアワする佐都紀にそういった執事は、気絶して伸びたお嬢様を抱き起こし、
「お嬢様、目をお覚ましになってくださいませ」
と、ささやいた。
「・・・⁉⁉⁉⁉」
その途端お嬢様はパッと目を覚まし、執事との距離の近さにギョッとして、慌てて佐都紀に飛びついた。そしてささやいた。
「ほ、ほほほほらいいい言ったじゃない、あ、あ、あの人はおおお女たらしなのよよよよよ」
「・・・大丈夫あんた?」
「ううううん、た、た、たたたたぶんだだだ大丈夫」
誠に心配な返事をしたお嬢様は、もっともな疑問を口にした。
「ねぇところでさ、佐都紀の執事さん、まだ帰ってきてないけど大丈夫?」
「確かに⁉」
そういえばさっきから、ワインを取りに行ったはずの志磨が帰ってきていない。
「ちょ、ちょっと私見てくるね⁉」
佐都紀はくるりと踵を返し、小走りで室内へ消えていった。
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一面の暗闇。
うっすらとした月明かり。
コツコツコツ、と早歩きの足音が響く。
視線の先。
道端に落ちるダッフルコート。
そして、
――そばに倒れる人の影。
「きゃあぁぁぁぁぁぁ—————っ…!」
「ね、ねぇ天羽!い、今なんかすごい悲鳴聞こえなかった⁉」
「ええ、わたくしも聞こえました。おそらく佐都紀様です、急ぎましょう」
ベランダにいた二人は、闇をつんざく悲鳴で急いで一階へと降りた。
「佐都紀!」
「あ、絢音」
玄関へ続く道の途中で、佐都紀が棒立ちになっていた。
「どうしたの⁉悲鳴上げてたよね⁉」
「う、うん…」
震える手の先には、倒れた人の姿。
「もしかして志磨さん…?」
「そう。——ねぇ、絢音。志磨、死んでたらどうしよう⁉」
いや死にはしてないんじゃないかしら??と、お嬢様が思った時だった。
志磨がゆっくりと起き上がった。
「し、志磨!」
はっと顔を上げたお嬢様に向かって、志磨は一言。
「お嬢様」
「——少々おうるさいかと存じます」
「・・・・え⁉・・・・は⁉・・・・今なんつった⁉」
動揺をあらわにする佐都紀。
「・・・・ウ、ウルサイカトゾンジマス?・・・つまりそれって、え、え、え…⁉」
心配したにもかかわらず予想外のコメントを投げつけられたショックで、
佐都紀はずずずずず、と座り込んだ。
「た、確かに悲鳴はうるさかったかもしれないけど…、意識あるなら意識あるなりに動いてよ…。あとから『うるさいかったんですけど』とか言われても…ショックなだけなんですけど…」
半放心状態になった佐都紀を見て、さすがに志磨も気まずくなる。
「お、お嬢様…。少々お傷つきになられることを申しましたこと、お許しくださいませ」
「わ、私は全然大丈夫なんだけど…。あなたこそどうしたのよ?」
「わたくし、頭上から降ってきたものが命中して先ほどまで気絶を」
ちらりと傍らのダッフルコートを見やる志磨。
「まさか、絢音が吹っ飛ばしたコート⁉——でも、コートって降ってきても痛くなくない?なんで気絶なんかしてたのよ⁉」
志磨は黙ってコートを手にし、そのポケットに手を入れた。
「これのせいですよ。——ね、読書家さん?」
志磨はにこりと笑って手を引き抜き、
そこから出てきた文庫本を天羽に向かって見せた。
「ハッ」
「あんたそんなとこにまで本を常備してたわけ⁉」
息をのむ執事とあきれ返るお嬢様。
「一応、たんこぶくらいはできたんだけど?」
ずいっと天羽に近寄る志磨。
「ご、ごめんて。あとでプラモで弁償するから」
「・・・・いや、そんなことはしなくていいよ」
「え、いらんのかい」
「・・・・え、いいの⁉(※目キラキラ)」
「いや欲しいんかい」
タメ口で謎のコントを繰り広げる執事二名。
「いやどういう会話よ?てかなんで急にプラモとか出てきたの⁉」
「ワイン飲む前に見たでしょ——プラモ作ってる志摩を」
「なんかウケる」
「ウケポイントどこ⁉」
こうして、平穏を取り戻した四人なのであった。
今、執事が
『やばいなこれ、マジでプラモ買う羽目になる系のパターンかも』
とか、
『でもやっぱり、今日もお嬢様はいいリアクションだったなぁ』
とか思っているかどうかは、誰にも知り得ないことである。
☞ The end.
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