ver.5 あるお嬢様と執事、犬猫論争を起こす。

空は透き通るようにどこまでも群青だった。


「お嬢様」

「ひぇっ――あ、なによ」


ベランダから外の景色を眺めていたお嬢様に、執事が声をかけた。


あの散歩から二日。

放置されてぐにゃぐにゃになったかの生チョコレートおじょうさまは、

ちゃんとした板チョコにんげんに戻っていた。


「いえ、よろしければ先日のお散歩のお出直しをするのはいかがかと思いまして」

「・・・・(またなんか変なセリフでも思いついたのかしら)」


「お、お嬢様?」


「ううん、なんでもないわよ!そうね、行きましょ。この間は結局桜を見れなかったから」


そう言ってお嬢様は執事のそばに駆け寄り、


「誰かさんのおかげで?」


「え、わたくし何かいたしましたっけ」


自覚のない女たらし。


「あのね…」

「な、何かお気に召さぬことをいたしていたら遠慮なくご指摘してくださってよろしいのですよ?」


自覚のない女たらし。


「いや…」

「なにも、お隠しになることは」


自覚のない女たらし。



————————————————―――――――――――――――――――――



二人が桜を見終えたころには、

早くも日が傾き始め、二人の影も長く路上に伸びていた。


「桜、もう散りかけだったけど綺麗だったわね」

「ええ、そうでございますね」


話しかけるお嬢様に答える執事。


「——お嬢様にはとても及びませんが」


「・・・・(やっぱり堕としにかかってるパターン)?」


案の定執事はお嬢様をチラ見。


そしてお嬢様は必死でシカト。


「——ふふ」

「・・・・(何がふふやねんこんにゃろめ)」


気まずーい沈黙が流れる。


「え、ええと、お嬢様」

「なに?」

「わたくし何かお気に召さぬこ――」

「べつに?」


この女たらしの自覚のなさっぷりにも慣れてしまったお嬢様であった。



と、その時だった。































向こうからお散歩中の黒い大型犬フラットコーテッド・レトリーバーがやってきたのは。



「ふわぁ~~~~~~~~~♡」

「・・・・⁉」


突然目がハートになるお嬢様。


その異常な変貌ぶりにビビる執事。



「かわいい~~~~っ♡」

・・・・嫉妬の視線


触っていいですかーと許可を取ってから、

目がハートのままわしゃわしゃと犬を撫で始めるお嬢様。


傍らで、真顔を保ったままお嬢様と彼女の視線の先にいる犬に交互に視線を向ける執事。



と、その時だった。






















そばの建物から、一匹の猫が顔を出したのは。



「あ・・・・♡」



とたんに目がハートに変わる執事。


お嬢様の視線の先の黒犬に嫉妬の目を向けるのも忘れ、さっと猫のほうへ近寄っていった。


にゃー執事

にゃー


あっという間に意気投合のご様子。執事のハートになった目がらんらんと輝く。







と、その時だった。





























かわいい黒犬とお別れしたお嬢様が、

猫にメロメロになっている執事に気が付いたのは。
















・・・・嫉妬&憤怒の視線!」


目がハートになっている執事にお嬢様もビックリ。


というか嫉妬。


「あんた、なにしてるの」


「「にゃっ」」


後ろからお嬢様が声をかけると、執事と猫が同時に鳴いた。


そして、驚いた猫は執事の腕からするりと抜け出し、

すたすたと建物の陰に去っていく。


「あっ、どこいくの」


悲しげな声で手を伸ばす執事。


その手を後ろからつかみ、反対方向にひん曲げるお嬢様。


「いっ、痛いっ」

「あんたね!」


少し前までハートだったお嬢様の目には、いつの間にかめらめらと嫉妬の色をした炎が燃えていた。


「なに猫にメロメロしちゃってるわけ⁉」


「しかしながらお嬢様、お嬢様も先ほど犬にメロメロになられていらっしゃいませんでしたか⁉」


「それはしょうがないでしょ!あーんなかわいい子が来たらわしゃわしゃしたくなっちゃうじゃない!」


「そのようなことでは、わたくしも仕方ないと言うほかございませんよ!あのようなかわいい子がお顔をお出しになられたら、よしよししたくなってしまうではありませんか!」


同じようなことを言い合う犬派お嬢様と猫派執事。


「ひどいっそれじゃあ私より猫の方が可愛いっていうの⁉」


お嬢様、ついに必殺台詞を繰り出す(ついでに泣きの演技付き)。


「いっ、いえ、そんなことは…」


「とか言って、猫のほうがいいとか心の中で思ってるんでしょ」


追い打ちをかけるお嬢様。



と、




執事が燕尾服を翻して立ち上がり、









素早い身のこなしで、








































お嬢様を背後から抱きしめ、






















日が沈みかけた空を見つめながら、















































「ところでお嬢様————」



































「——夕日がきれいでございますね」


























隙を突かれたお嬢様は、背後の男を突き飛ばしたいと思いながらも脳内が秒で沸騰してしまったため何もできず、そのまま気絶した。







その後、また放置された生チョコ状態になったお嬢様を屋敷までお姫様抱っこで運ぶわけにもいかないと判断した執事は、屋敷に残っているもう一人の使用人にまたもや連絡し、彼の乗ってきた車にお嬢様を乗せ、赤く燃える地平線を眺めながら屋敷へと帰った。












































その道中、執事が



『あー、やっぱりお嬢様を堕とすのは簡単ちょろいだなぁ』


とか、


『お嬢様はさておき、やっぱり猫はかわいいなぁ』


とか思っていたかどうかは、誰にも知り得ないことである。


☞ The end.



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