ver.4 あるお嬢様と執事、桜を見に行く。

≫今年、温暖な天候の影響か、全国各地で河津桜が開花を迎えています——

≫「いつもより数週間も早い開花になりましたね」

 「ちょっと早いかと思ったけど、ちょうど満開でよかったわ」

 「早めだけどもう綺麗に咲いててびっくりしましたー」


——ぷつ


「よし!」


昼食を終え、ソファに座って休憩がてらニュースを見ていたお嬢様は、突然すっくと立ちあがった。


そして、つかつかとものすごいスピードで廊下を歩きだし、執事の部屋へ。




——ガチャっ


「ねぇ!」


「ぶっ」


——ゴトンッ、じわー


「はっ、ひ、ひつ礼いたしました…どうなさいましたか、お嬢様」


「・・・・」


口が半開きのまま固まるお嬢様。


お嬢様のハイスピードな訪問に、自らの部屋の椅子に座り紅茶を片手に本を読んでいた執事は、驚きのあまり口に含んだばかりの紅茶を吹き出し手にしていたカップを取り落としたのだ。


「えぇっと、あの、だいじょうぶ?」

「ええ、だ、大丈夫でご——はッ――い、いえ、はい、大丈夫でございます。紅茶の処理はあとで致しますので。——ご用件は?」


「・・・・(どうせ汚れた自分の本に気が付いてそっちに気を取られてるんでしょそんなの知ってるわよ)」


「お、お嬢様?」


「ううん、何でもないわよ!ただ私は、これから桜を見に行きたいなって思ったから来ただけで」

「桜でございますか。もう開花していらっしゃると?」


「・・・・(こいつ、花も人間だと思ってるのかしら)」


「お、お嬢様?」


「ううん、何でもないわよ!さっきニュースでやってたから、一緒に来てくれないかなーと思って?」

「さようでございますか。ええ、もちろん、ご一緒いたしますよ」




そうして二人は、早くもやってきた春の日差しの下、屋敷を後にしたのだった。





「わぁ、見て見て!向こう、たくさん咲いてるわ!」


薄桜色の花びらをお嬢様が指さす。



「さ、早く見に行きましょ!」










その時、お嬢様は気が付いていなかった。














そこには横断歩道があり、今、その信号がちかちかしていること。

そして、横から車が近づいてきていることに。








「お嬢様」



「ん、なに?――――ハッ…⁉」


お嬢様がびっくりしたのは、横から来た車に気が付いたからではない。











執事の腕が、自分の腰にまわっていたからである。







そして執事はお嬢様の耳元でささやく。 



















おひかれ轢かれ+惹かれになるのは、わたくしだけになさってくださいね。——車ではなく」







お嬢様の手から、カバンが滑り落ちる。






「・・・・(ナニイッテンノコノヒト⁉)」








執事が何事もなかったかのように腕を外すと、お嬢様は一度カチーンと固まったかと思えば、しゅーんと湯気を立ててまっすぐ前を見ていた執事の視界から消えた。



「ん、お嬢様?どうされたのでご——お嬢様⁉」



お嬢様は虚空を見上げてパンク状態。



「お嬢様、わたくし、何か良からぬことでも…?」



自覚のない女たらし。












その後、常温に放置された生チョコレートのごとくヘニョヘニョになり、軟体動物化したお嬢様をどうしようもないと判断した執事は、屋敷に残っていた別の使用人に助けを求め、その使用人の乗ってきた車にお嬢様を運び入れ、屋敷まで帰ったのだった。
































その道中、


『あー、引き留めるだけでささやきはいらなかったかなー』


とか、


『うーん、またギャラ減っちゃうかなー』


とか思っていたかどうかは、誰にも知り得ないことである。


☞ The end.

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