第15話 砦を越えて
「砦へ到着―、ようやくですわな。ちょっと挨拶してきます。お疲れでしょうけど今のうちに準備でもしておいてくださいよ。頃合いを見て降ろしますんで」
初めて乗る馬車にワクワクしたのも昔、ガタガタと揺れる馬車に内心うんざりしつつどんどん木以外何も見えなくなる景色にも飽きてきて、それでもおじさんの陽気な雰囲気と気遣いが僕の気を紛らわせていた頃、おじさんの呑気な声が砦への到着を告げた。
僕たち、というよりラズヴィーンさんの身元が知れるのは拙いと以前の計画でわかっているので僕は早いところ砦を後にしたかった。不必要に気持ちが急く。
「今じゃ駄目ですか?」
「人目がある。やることは変わんねえから駄目じゃねぇんだけど、それでも話をつけてからの方がいいだろう」
僕が今すぐ行きたい気持ちをつい漏らすとおじさんはやんわりと止めるように勧めてくる。とりあえず落ち着くように努めて今はじっとしておいた方がよさそうだった。そう心に決めて大人しくしようとしているうちにアリオールさんが動いた。
「一応聞くけれど、なんて言うつもりだい?」
「厄介ごとだから目をつぶってくださいなって白状する」
「それでいいのか」
こんな時なのに全然深刻そうな気配を感じられない言葉でされたアリオールさんの問いによっておじさんの策がわかった。結構危ないことをしているような気がした。それに兵士がそれでいいのだろうか。それがわかっているのかおじさんは更に言葉を続ける
「よかねぇよ。よくはねぇけど今はそれを利用する。お嬢様もそれでいいですな」
「予想通りとはいえ怠慢ね、気に入りませんわ。ベイガーの兵士ともあろう者が」
「堪えてくだせぇ。どこもそんなもんって言ったら怒りそうですけど、末端までそうまっとうにはいきませんわ。うちは手前から心づけを取らないだけマシってもんだ」
「……」
おじさんの補足と念押しで今度はラズヴィーンさんがやはりと言うべきか、砦の兵士の様子を察してあからさまに機嫌を損ねる。おじさんが取り繕うように宥めるけれど、今度ばかりは逆効果でむくれ顔をして黙り込んでしまった。とてもわかりやすい態度だった。
「じゃちょっと行ってきますんで。そのままで頼んます」
不機嫌なラズヴィーンさんの子供っぽい態度に苦笑いしつつ、計画に差し障りがないうちに始めたそうにしながらそう言って兵士のおじさんは馬車を降りて行ってしまった。そして僕たちが馬車の中に残されたわけだけれど、不意にアリオールさんがラズヴィーンさんの方へ向いた。
「気のせいならいい、さっきの様子が不安だ、何か言うことは」
「気づきましたか。いつかわたくし、おそらく襲われます。背中は任せました」
「ふざけるな。さっきのやりとりとは違うじゃないか」
「事はそんなに深刻じゃあありません、きっと。さっきの通り無事に領地を越えれば何のことはないはずです。とにかく予想が当たればこれを乗り切ってそれでおしまい。だから今砦には留まりたくないの」
「あの魔物、やはり来るかね」
「それをもってひとつの可能性が確信に変わるでしょう。本当はここに留まってでもケリをつけるべきなのかもしれませんが、あなたはうまくいくと思う?」
「そうだね、しかし砦に居たら魔物とはいえ襲って来ないだろう、が、いつまでも足止めされる気はない。ラズヴィーンもそうしてはいられないだろう。それに、何が何でも君を殺すつもりなら兵士に紛れる。むしろ魔物をけしかけられない方が怖い」
「でしょう? だからとにかく進めばいいの」
「あーもう、やだやだ。本当になんか策はあるんだろうな? なければ無理だぞ」
「ええ、おそらく」
「おそらく? はー……」
アリオールさんの心底嫌そうな振る舞いを見て何故かラズヴィーンさんはニヤリと笑った。その態度は少し楽観的な風に見えないこともないけれど、つまらないことで何もかも駄目にするような人ではない気がする。何か、はあるのだろう。
「ただいま戻りましたよっと。……うん? 何かありましたんで?」
「何にも。ではわたくしは行きます」
「お気をつけて、とは言いたくねぇです、本当は」
「くどい。これですべて円満ならば良し」
「気に入りませんなぁ」
それでもうお話は終わりと言いたげにラズヴィーンさんが馬車から降りてしまった。慌てて兵士のおじさんが引き留めようとしたけれど、ラズヴィーンさんの視線を受けて黙り込む。今度はアリオールさんが残したままの荷物をラズヴィーンさんに渡して、僕にも馬車を降りるよう促したのでとりあえず降りた。そして同じように荷物を受け取る。最後にアリオールさんが馬車から降りた。
「それと、例の荷物ですけれど始末しておいてくださいな。特に食料は確実に」
「検めは」
「一応。可能性のひとつが消えることを祈ります」
「本当に気に入りませんな。これでは」
「おやめなさい。滅多なことは言うものではありませんし、状況がまるでわからないの。あなた方に放り投げるようで心苦しいくらいですから」
「……それはいいんですが、あーでは、お気をつけて……畜生め、言っちまった」
「ふふ、では行ってまいります。さようならじゃありませんわ」
いつぞやの騎士のようにしんみりした雰囲気に変わってしまったおじさんをよそに、ラズヴィーンさんがいつもの強気な調子でそう宣言した後、自信に満ちた普段通りの歩みで砦の北門へ向かうので僕たちもそれに付いて行った。途中、砦に詰めている兵士の視線が僕たちに向いていたけれど別に他には何もなくそれだけだった。ただ僕としてはそれさえ居心地の悪いものだった。
砦の門から出る。それで今までの景色が劇的に変わるかと思えばそんなことはない。進む先は森。一応道はある。砦の周りはこちら側も多少は拓かれている。
僕たちは特に会話もないまま道を行く。ほんの最初はさっきまでの機嫌の悪さを引きずったようなアリオールさんがなんとなく気を揉んだようだったけれど、急に力強さがしぼんだようなラズヴィーンさんの不安気な様子からそういう態度を引っ込めてしまった。これから本当に孤立無援になろうとしている心細さみたいなものが透けて見えるようでこの時ばかりはなんだか儚く見える。僕たちはこの人の味方であるべきだ、とそう思わせる様子だった。だけれど僕のそんな気分とは違ってアリオールさんは硬い表情で一言、「不安だ」とつぶやいた。
そうしてしばらく歩いているとすっかり陽が落ちてきてしまい、進むべきかそれとも止まるべきかということになった。森はとうに抜けてすっかり平原のようになっている。木々の代わりに見えるのはそれなりの起伏、すっかり道も申し訳程度にあるようなものになった。辺り一面見晴らしがいいけれど、逆に言えば僕たちも丸見えということだった。
「ここまで来れたのは良し。本当はもう少し進みたいところですが、アリオール、どうします、なんというか、止まるのも些か不安ではあります」
「止まるのは駄目だ、やはり魔物の気配がある。けど進むのも勇気がる」
アリオールさんは腰のポーチの傍に革紐で吊るしてあった文字がぐるりと刻まれた金の輪を外して僕たちに見せる。何かの力で奇妙に震えているようだった。
「示せ」
アリオールさんそれを掌に載せてそう言うとその金の輪に刻まれた文字がちょうどアリオールさんの方にあるものだけ青く光る。
「私たちの後から来ている、今は。これが震えたのはついさっき。光が指したのは真後ろだけ。そう遠くもない。数はわからない……重ねて言うけど今は、だから」
「恐れていた事態ですわね、暗がりの中で魔物ですか。夜空は異界の裂け目、悪神が闇を伝って世界を覗くと言いますけれど、わたくしの命運もここまでかしら」
「ハッ、そんなこと思ってもないくせに。どうせなら囲まれる前に迎え撃つべきか」
それからアリオールさんとラズヴィーンさんが計画を練っている間、僕は背後に迫っているらしい魔物が恐ろしくてたまらなかった。どうにもソワソワして見えもしない暗闇に目を凝らしたり、周りの音に怯えることしかできなかった。でもそんなときに僕は気づいてしまった。アリオールさんが持ったままの金の輪に灯る文字の光が初めは一か所だけだったのにジワリジワリと数を増やして広がっていることに。
「ア、アリオールさん、アリオールさん」
「どうした、ちょっと待て」
「違うんです、その光、増えてます!」
僕の叫びでようやくふたりして金の輪を見た。それでアリオールさんとラズヴィーンさんが顔を見合わせて、僕の方を向いた。その間にも光は増えている。
「「逃げる!」」
ふたり揃ったその言葉を合図にラズヴィーンさんは走り出す。アリオールさんは金の輪を僕に押し付けるように渡して、それで僕の手を掴んで同じように走り出した。僕もどうにかそれに付いて行こうと必死になるしかない。ここで置いて行かれるのはまずい。あのふたりが逃げることを選んだ、あのふたりが。僕はそのことが何より恐ろしかった。片手に握りしめた金の輪が手の中で震える。
「領地を越えても来るじゃあないか!」
「あなた、あの時の魔術は」
「無茶言うな! 時間がかかるし討ち漏らせば私は死ぬ!」
「守ってあげます」
「ここは平地だ、近すぎれば皆巻き込む! 無策でやれるものじゃない!」
「だったらなるべく派手なのをお願い」
「本当に何かアテがあるんだろうな!」
僕たちがそうやって逃げるように走るうちに後ろから何やら不気味な物音が聞こえだした。これは、魔物の足音と鳴き声だろうか。まだ距離がありそうだったけれど、さっきまでなかったものが聞こえて更に近づいてくる。このままだと追いつかれるかもしれない。その時、先頭にいたラズヴィーンさんが僕たちの後ろに付こうとする素振りをした。
「よせ! エリーを頼む!」
それを見たアリオールさんが叫んだ。そして僕の手を放す。代わりにラズヴィーンさんが僕を引っ張るように手を取って走り出す。
「アリオールさん!」
「大丈夫! そのまま走れ!」
思わず僕が振り返ってアリオールさんを見ると杖を構えて足を止めたところだった。それを見てしまった。アリオールさんがまた無理をしようとしているように見えて、どうにもならない気持ちが込み上げて僕もそっちに行こうとしてしまった。
「あなたに何ができるか!」
僕の手がグイっと引っ張られる。ラズヴィーンさんが声を荒げた。それで僕の浮ついた心もこの危機に引き戻されて、どうにもやり切れない気持ちを振り切れないまま走り続けなければならなかった。
僕たちの後ろからゴウ、と音がした。同時に空が赤く染まる。僕の肌が熱に撫でられる。ラズヴィーンさんもそれに驚いたのか、僕たちが後ろを振り返って見ればアリオールさんの魔術だろうか、炎の波とでもいうべきものが魔物の行く手を遮るように向かっていた。魔物の到来を牽制するようにどんどん後方に炎は伸びていく。
「ああくそ、どこから湧いたんだ突然こんなに! 数が多い! 進め進め!」
アリオールさんはそう叫ぶとこちらに走ってくる。遠くに炎の光の中でもがくような魔物の影もあったが、炎を背にしてこちらへ突き進んでくる影も多い。アリオールさんは足を止めたせいで僕たちより後ろにいる。あれではアリオールさんが魔物に追いつかれるんじゃないか。そんな心配が僕に纏わりつきだしたのをよそに、当のアリオールさんはベイオルで防壁に上った時の応用か、足元にまた何か光が浮かんだと同時に一足飛びにこちらへ飛び、空中で後ろへ体の向きを魔物の方へ変えてこちらへ飛んでくる勢いはそのまま、天を衝くように掲げた杖を魔物のいる闇へ突き出し、以前使った光の槍より小ぶりなものを何本か魔物へ向けて放った。
「外した!」
アリオールさんが僕たちより後ろに着地するとそう叫んだ。光の槍は何匹かの魔物に命中しているようだったけれど、僕たちが慌てたその時を好機と見たのか、その中から無傷の一匹の魔物が速度を増して、まるで暗闇の中から悪意そのものが噴き出しているかのように勢いづいたまま僕たちめがけて無茶苦茶に駆けてくる。夜闇の中でアリオールさんの魔術の余波に照らし出されたそれはベイオルを襲った毛むくじゃらと同じ形をしていた。
一番早く動いたのはラズヴィーンさんだった。僕の手を放し、アリオールさんと魔物の間に割り込むと、今まさに飛び掛かってきた魔物に向かって槍を突き出した。
「えぇいやぁぁあっ!」
力強い叫びとともに突き出された槍は飛びかかってきた魔物の異様なほどに大きく開いた口の中、長い牙の並んだ上顎に深々と突き立った。ラズヴィーンさんはそのまま、弧を描くように魔物が突き刺さったままの槍を掬い上げて僕たちのいない闇に向かって魔物を放り投げた。魔物はザリザリと音を立てて夜の中を滑り動かなくなる。返り血のせいだろうか、普段は灰色のラズヴィーンさんに闇が染み込んだような色が付く。
「エリー、離れるな」
冷静な様子のアリオールさんが努めて落ち着いた声で僕にそう言った。きっと僕が恐怖で押しつぶされないように気を遣って。そして握り締めた杖に何事かを呟き息を吹きかけるようにすると杖全体が赤く光る亀裂に覆われて、すぐに不思議な火よりも赤い光を纏った炎に包まれた。アリオールさんは杖を掲げ、一瞬の間の後地面に突き下ろした。
ラズヴィーンさんも槍を構えて迫る魔物を見据えている。けれど少し様子がおかしい。珍しいことに浮足立つような、魔物が来る方向以外にも何かがあるのか辺りを気にしている。そんなふたりを見ているうちに聞き覚えのある小鬼の金切り声が大きくなってきた。
「わたくしがここで果てるはずもなし。きっと来るわ、そのはずよ」
僕はラズヴィーンさんのそんな自分に言い聞かせるようなつぶやきを聞いた。来る、とは何のことだろうか。この状況で、それこそ魔物から逃げる手段があるとも思えないし一体何があるというのか。むしろ何かに縋るような祈りにも聞こえる言葉だったけれど、この状況で何を望んでいるのか。
アリオールさんが杖を横薙ぎに振ると、杖の通った空間が揺らめくように歪み、そこから火が迸る。近づく魔物に向けて逆巻く炎の壁が闇を払うように煌々と世界を照らしながら進んでいく。熱を感じるほど赤くなった景色に影が浮かんでいた。それを見ると魔物が最も多くいる集団はまだ遠そうだったけれど、そこから先走ってこちらに向かっていた何匹かが炎に巻かれて転げまわった。
遠くから地鳴りのような音が聞こえる。魔物が迫る音だろう。そんなにもたくさん魔物が来るなんて僕たちの旅もここで終わりか、そう思った。でもなんだかおかしい。僕たちの視線の先以外から音がする。これは……馬の足音か?
「来た。やはりね、さすがだわ」
不意に漏れたようなラズヴィーンさんの声には安心したような気配があった。それでも僕には全然気が抜ける状況には思えない。
僕たちの視線の後ろ、魔物が来る反対側から馬の駆ける音がする。それもたくさん。僕は振り返って夜の中を覗こうと目を凝らしてみた。よくは見えないけれどベイオルの危機に駆けつけた騎士の一団と同じような形の影が猛然と突撃してくる。そのうちの先頭辺りにいる影が掲げた何かが闇に浮かび上がるようにゆっくりと、緑の煌めきを振り撒きながら輝き出した。あれは……旗だ。紋章の描かれた旗が夜に輝いている。
「あっ、まずい」
いつの間にか僕と同じように影の様子を伺っていたアリオールさんが何故かたじろいだようにそう呟いた。光を湛えた旗を掲げた騎馬の一団がこちらめがけて近づいてくる。
「えぇい!」
僕たちを迫る危機に引き戻したのはラズヴィーンさんの叫びだった。そして後ろでぐしゃりと地面に何かをめり込ませたような音。
「まだ何もっ、終わってはいませんわよ!」
横薙ぎ気味に振り上げた槍を魔物の首にめり込ませて魔物をまた死体に変えながら、急に元気になったようにいつもの快活な声でラズヴィーンさんが言った。足の速い毛むくじゃらが先んじてもう僕たちに襲い掛かっているのをラズヴィーンさんが迎え撃っていた。アリオールさんの燃える杖に照らされた、返り血を浴びた姿のラズヴィーンさんが僕らに向けた笑顔は僕の人生で見たものの内で一番恐ろしい笑みだったかもしれない。この命の危険の中で、魔物の命を終わらせながらそれに奮い立つような、あるいはさもそれが自分の本領と姿で語るようなラズヴィーンさんの赤く眩しい顔が僕の喉を詰まらせる。
その時だった。パキィン――とアリオールさんの杖が音を立てて光と炎を失った。
「うわっと!」
それでアリオールさんが手から杖を取り落とした。片手で杖を持っていた方の手をかばうようにする。そして騎馬隊の方をキッと睨んだ。
僕が振り返ると騎馬隊はもうすぐそこに迫っていて、先頭にいた騎士が武器を高く振りかざしている。長い柄のついた金槌のような武器だった。僕は騎馬隊の勢いと、そしてこの集団が僕たちに武器を振り下ろすように思えて、その恐ろしさに怯んで目をつぶってしまった。けれどその瞬間に騎馬隊は僕たちの横を抜けて魔物の方へ突撃していく。
「うわわわわぁぁ!」
僕が騎馬隊の迫力と、その重さと速さが生む風圧に負けて恥ずかしい声を漏らしながらよろめいた時、アリオールさんの腕が伸びて僕を後ろから支えてくれた。
その体制のまま何よりも魔物の方が気になってアリオールさんに抱えられていることもそのままにそっちを向いた。騎馬隊は魔物の主力が接近する前に僕たちの横を抜けて魔物に殺到している。さすがの魔物も騎馬隊の気勢に気圧されて右往左往している。そうしているうちに騎馬隊の突撃を受けて魔物の命が散っていく。あの恐ろしい毛むくじゃらも投げ槍を突き立てられて、あるいはあの騎士の闇に輝く金槌に殴り飛ばされ、その後に続く騎馬の突撃で動かなくなる。中には剣の使い手がいて、その人がまるで草を刈るような勢いで魔物の肉を裂くのがここからでもわかった。
逃げていく魔物までは深追いしないようで騎馬隊はそれほど遠くまでは行かなかった。そのまま辺りを駆けながら魔物を蹴散らしていく。そしてその最中ずっと、ラズヴィーンさんは槍の石突を地面に突きたてて、まるで自分が将軍であると誇るような背中を僕たちに向けて立っていた。そうして状況が落ち着き始めた頃に騎兵の集団の方へ歩いていく。そんな光景をぼうっと実感のないまま見つめていて、僕はアリオールさんに支えてもらっていることをハッと思い出した。
「アリオールさん、すみません……っえ、ア、アリオールさんその髪どうしたんですか、いや目も!」
アリオールさんから離れてお礼を言おうとしたとき。僕はアリオールさんの様子がいつもと違うことに気が付いた。髪が黒い。それに月と星の明りしかない暗い夜なのに髪自体が夜空の星の輝きのように複雑な色を帯びている。それだけじゃなかった。普段の琥珀色の瞳が今は月のような金色に染まって、夜闇の中で綺麗な光を帯びていた。
「ああっ、待て待て、駄目だ! 見るな! 向こうを向け!」
アリオールさんが自分の髪を手で隠すように押さえて顔を逸らした。いつも見せないような慌てた様子で僕に言った。普段しないような拒絶か、もっと切羽詰まったような、自分の堪えていた何かが抑えきれなくなったような声だった。アリオールさんは杖を探して見つけたそれをサッと拾い上げてから一目散に走りだして夜闇の中へ進んでいった。騎士が来た方角に行ったので危険ではないのかもしれないけれど、今ひとりになるのは良いことには思えなかった。
「アリオールさん! どこへ行くんですか!」
「来るな! 来ないでっ!」
追いかけようとして叫ぶとアリオールさんは僕を拒絶してそのまま闇に紛れてしまう。もうどこにいるかもわからない。どこまで行ってしまったのか心配になる。
「何がありましたの! アリオールは!」
アリオールさんが走り去るのをどうしようもなく見送っていると、いつの間にかラズヴィーンさんが僕の横に来ていた。いつ頃に僕たちの様子に気が付いたのかはわからない。
「わかりません、それが突然どこかへ行ってしまって……」
「何でまたそんな」
「いや……僕にもわかりません」
アリオールさんは髪と目を気にしていたようだった。理由は他に思いつかない。重要なことなのかはわからなかったけれど、それであんな風になったとしたらそのことをみだりに話すべきじゃないと思った。ラズヴィーンさんに隠すのは良くないのかもしれないけれど、それでも僕の中にとどめておくべき事と決めた。
「……」
なんとなく後ろめたい僕の気持ちを見透かすような沈黙だった。
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