第2話 旅人は魔術師

「ああっ、ぐ……司祭様! 大変です!あの、……とにかく来てくださいっ!」

 それからしばらくして僕はどうにか教会に野良赤毛を運び込んだ。幸いなことに今日も扉が開いていたので何とか扉を開けて、どうにかこうにか倒れこむように引きずり込む。それから中で騒いでいると、僕の必死の呼びかけでは事情を呑み込めていない様子の司祭様が最初いかにも不機嫌な表情で奥から出てきてくれた。

「何だ、まったく騒がしい、――ああ? また面倒な……」

 司祭様は初め、騒ぎ立てながら教会を訪ねた僕を叱りたそうだったが、床に崩れ落ちたままの僕と旅人の様子を見てほんのわずかな時間、片手を頭にうんざりした様子だった。

 それでも事情を察するとすぐに旅人の介抱をすべく僕と一緒になって旅人を運び長椅子の上に寝かせた。そして取り急ぎ怪我の有無を確認しようとするがそこで汚れがひどいことに気付いて、わかりやすく血が出たりしていないこともあってまずそれをどうにかしようと湯を沸かすのを手伝うように僕に言った。

 教会の傍の井戸から水を汲み、湯を沸かし終えて旅人のそばまで運んだ時にズタ袋と杖をあの場に置き忘れていたことを僕は思い出した。それでそのことを司祭様に伝えて取りに行くことにした。

「杖? 杖か? それはどんなものだ」

「黒くて、真っすぐで長い杖でした」

「そうか……」

 僕の答えに何故か引っ掛かりを覚えたようだったけれど、そう言うともう僕に用は無いというかのように司祭様は湯と布巾で旅人の顔をぬぐってから目立った傷がないか確認し始めた。少しの間ぼんやりとそれを眺めて、そうしていても仕方がないと気づいて僕は伝えた通り置き去りの荷物を取りに戻った。

 

 近くと言うにはちょっと距離があるさっきの場所で荷物を取って、それなりの距離を往復して教会に戻ると旅人はある程度汚れを落とされたようで、きれいなシーツをかけられて長椅子の上にぐったりと眠っており、その横で司祭様が立ったまま腕を組んでただでさえ怖い顔を更に顰めて変な表情をしていた。僕はとりあえず荷物を旅人の傍に置いてからその様子についておそるおそる触れた。

「どうしたんですか、そんな顔をしているなんて」

 神父様のそんな様子が珍しくてそんなことを聞くと、

「ああ……不衛生な服を脱がそうとはしたんだが、まあそれはいいか……この者の身元が知れそうな物を探っていたのだ、それでこんなものがな」

 言ってから気づいたちょっと失礼な僕の言葉に怒るかなとも思ったけれど、そんなこともなく神父様は手に持っていたものを僕に向ける。それは一応首飾りのようで、黒くくすんだ色に鈍く光る金属の蔦と変な模様が刻まれた帯が、元は塊だったものが割れたような形の綺麗に輝く青黒い宝石に絡みついているものだった。そんなものを見せられてはじっくり見るしかないと司祭様の傍に寄ってみれば、それは向こうが見えそうなほど透き通っているようで、それなのにまるで中が見えないほどに暗い不思議な宝石だった。その下に硬貨のような形の板が繋がれていて、そこには僕には読めない文字か、あるいはただの装飾と一緒によくわからない模様のような、歪んだ獣のような紋章が彫り込まれていた。手のひらに収まる大きさの、不思議とどこか満月を思わせるような印象のとても細やかな細工の物だ。それが同じように輝く細い鎖にぶら下がっている。どうしてかはわからない、きれいなものではあるのに、それを見ていると妙な胸騒ぎと言うか背中がザワザワするような気配を感じた。

「これが何か? よくないものなんです? 何か……いえ、何でもありません」

 こういうものを全く知らない僕は思ったことをそのままに聞いてしまった。変な感じがする、と言おうともおもったけれど司祭様はじっと睨みつけるような視線を向けてくる。かと思えばすぐに首飾りに視線を移してうんざりした様子になった。

「そこいらの者が持っていて良い物ではない。厄介なことだ」

 珍しく司祭様がどうしたものか決めかねたな顔をしている。筋金入りの生真面目人間の司祭様のことだから、よくわからないけれどこれを見逃すことはできない半面、事情を聴かずに事を急ぐわけにもいかずといったところだろうか。

「んん? この人が起きてから決めればいいんじゃないです?」

 とさも当然のことを言ってみる。聞いてなお不審ならワケありなのだろうし。

「それはそうだが……まあそうする他ないか……とりあえずご苦労、あとは任せておけ。よし帰れ。もう遅い、気をつけて帰るように」

 そう帰るように促された。そう言われてはと教会を後にしたものの帰り際に旅人と出くわした森のそばを通るとき、また何か出て来ないかと緊張しつつ村の辻まで歩く。司祭様の今日のふるまいを見て周りの言う優しい人であるという評価は正しいと認めざるを得ないかと思いながら。そうして家に着き今日は大変な目にあったとしみじみ感じ入っていると父さんから帰りがずいぶんと遅かった理由と収穫祭のことはどうだったと聞かれた。……まずい、さっきのごたごたで忘れていた。明日は早くに教会に行こう。そんな僕の様子から気づいたのか父さんと兄さんはよく似た顔で呆れ返ったような表情をしていた。


 そして朝、自分の任された昨日の仕事をいまさら果たすため、食事を摂った後すぐに僕は教会へ向かった。本当は何よりもめったに人がやってこない村に突然現れた旅人にいろいろなことを聞いてみたかったからなのだけれどもそんな意味ではいい口実にはなった。

 そうして着いた教会は、昨日の突然の出来事の気配もなくいつも通りの静けさで僕を迎えた。なんとなくソワソワしながら、でも自分のちょっとした自尊心からそれを悟らせないように努めて身なりを整え気持ちを落ち着かせ、まずは司祭様に挨拶と教会の扉を開けつつ「おはようございまーす……」と思ったよりも小さくなった声で一声かけてみる。思わず中に入る前にきょろきょろと様子を伺ってしてしまうくらいには不本意ながら、やっぱり僕は司祭様が少し苦手である。しかし司祭様の姿はなさそうだった。

「おはようおはよう」

 予想していなかった方の気の抜けた、気楽な調子の声を聞いた。昨日道を引きずって運んだ旅人の声だ。多分司祭様の服だろう。司祭様が旅人よりずっと大柄なせいか大きさの合わない服を着て、寝かされていた礼拝堂の最前列の長椅子に座っている。

 司祭様が出したであろうスープをすすりつつ、もう片方の手に持っていたよくあるパンを心もとなさそうにそっとスープの器の上に置いて、こちらに体をねじって向けて空いた方の手をヒラヒラと振っている。やはり今は司祭様がいない。奥に引っ込んでいるのか。

「    」

 いるのはわかっていたがまだまだ弱っているものとばかり思っていたせいで完全に不意打ちを受けてしまい、昨日いろいろと考えたかける言葉や聞きたいこと、そのすべてが頭から飛んでしまって返事も思いつかない。

「運んでくれたのは君だろう? 助かったよー。あのままだとさすがにまずかった、ほっとかれたら死んでたね、あれは。会えたのが君でよかったのかもしれないな、うんうん」

 僕が固まっているとそんな風に呑気に話しかけられる。そのあまりに力のこもらない調子のせいか僕の緊張も混乱も急に落ち着いていくのがわかる。なんというかこれも旅人ならではの処世術とかいうものなのかもしれないし、素でこうならそれはそれで偉大な才能かもしれない。しかしなぜか何とも言えない投げやりさのようなものが声にちらほらと感じられる。声に力がこもっていないせいかもしれないけれど、初対面の人間に感じるにしては不思議な雰囲気だった。

 僕が固まっているうちに、前に向き直ってもそもそと残った食事を詰め込んだ様子の後に、ぼんやりと後ろ手に僕に手招きする赤毛を見る余裕ができた僕は、その人に近づいて変に湧いた好奇心からしげしげとその姿を見てみることにした。

 長椅子に座る姿を横から見ればやはりくすんだ赤毛、それは変わらない。ただ多少きれいになれば初対面の見苦しさはない。不思議な長さの髪もまだ清潔ではないながら整えれば何故かずいぶん良く見える。そして、意を決して正面に回ってみればとても整った顔をしているのが分かった。美形——と言っても良い、やけに中性的な顔立ち、それでいて態度にそぐわず表情に似合わず、顔のつくりそのものは精悍という感じ。僕はそのまま視線を下げた。司祭様の服が大きいせいでよくわからないけれど、それでも華奢な体格というほどのものではないようだ。それに声まで中性的。落ち着く声ではある。先ほどかけられた声がいかにも判断に困るようなものだったことから、そのせいで変な興味のままに失礼に思いながらも相手を観察するような真似をする羽目になった。わかったのは僕より年上ではあることくらいか。

「それでさ、改めてありがとう、とお礼を言おう。よく拾ってくれたよね」

「うぇあ! ……あ、いえ放ってはおけませんし」

 僕は旅人を観察しながら自分の世界に入ってしまっていたらしく、かけられた声ではっと我に返って変な声が出た。いつの間にか旅人は傍に立てかけてあった杖を気だるげに握ってゆらゆらと振っていて、それに僕が気を取られているうちによく聞こえなかったがいくつかの言葉をつぶやいた。

 それに一瞬気を取られたと思えば、僕の中に意味の分からない理不尽な罪悪感と言うか、何も悪いことをしていないのに怒られる理由があるような後ろめたさが突然ジワリと湧き上がる。自分の事なのにあまりに突然な変化が理解できない。どうしてなのか、目の前の旅人がとても大きな何かに思えて恐ろしい。

「それで、こうするのは心苦しいのだけれど、ひとつ無いものがあるんだよ」

 ただ旅人がそう聞いただけ、それだけで息が詰まる。何のことだ! ――ないもの……ああ! 多分昨日の首飾りのことだ! でも持っているのは僕じゃない! そう言いたいのにも関わらず声にならない。相手の雰囲気に気圧される。こんな感覚は普通じゃない。それがわかっていてもどうにもならないのはどうしてかと考えるほど頭は混乱していく。そして突然、僕の身体がいうことを聞かなくなった。

「――? かっ! ……く、ううっ! ……し、っ……しっっ……!」

 そんなとき僕の混乱をよそに口が勝手に動こうとした。息も吸えないほど勝手に動き出した口は足りない空気を喉から絞り出そうとするも声にならない。頭ではわかっている。僕は司祭様のことを言おうとしている。どんな理由でそうなっているかなんてまるで分らないのに。なぜ僕はこんな目に遭っているのだろうと考えられるだけ冷静な部分があるにも関わらず、そのくせまるで自由にならない口が勝手に動く。

「そこまで。大事な物ならここにある、もう止めよ」

 司祭様の声がした。気づかないうちに奥から出てきていて、戸口の前で厳めしい表情のまま旅人を静かに見据えていた。突き出した片手にはよく見えるように、あの首飾りの鎖を指にぶら下げて旅人の方へ向けている。それに窓から射し込む陽の光が当たって怪しく青く輝いた。

「やはりあなたが持っていたか。お世話になっておいて悪いけれど、それはお願いだから返してほしい」

 今の様子だと僕に対する問いかけは本命じゃなくて、なんとも話を切り出しにくい司祭様へのけん制だったようだ。異様な不安感の中でも僕のどこか正気な部分がそう感じた。

 司祭様はとっつきにくい人だから気持ちはわからないでもない。赤毛の旅人の注意が司祭様へ切り替わると、唐突に今まで僕にまとわりついていた謎の威圧感が消えた。幻のような、と言うより本当に幻そのものだったのだろうか。ようやく解放された僕はその場に崩れ落ちてぜぇぜぇとみっともない息をしながらむせることしかできなかった。

「無論、君の物なら返そう。だがそれは聞くべきことを聞いてからだ」

 僕を放っておいて司祭様はそう言った。少しだけ落ち着いた僕はこの時になってさっきまで僕に杖の先が向いていたことと、今は杖が僕にも司祭様の方にも向いていないことに気が付いた。

「君はどこから来た」

 引き続き司祭様は旅人に向けて訪ねた。そう聞かれて旅人は都合が悪そうにする。

「ふぅ……ふぅ、見つけたのは、村外れの森です。そこから出てきました」

 さっきの仕返しとばかりに僕は息を整えつつはっきり事実を言った。少し意地悪だったかもしれない。それを聞いて司祭様は多分僕の心を見透かしたのだろう。僕を睨んだ。そしてため息をつきつつ、今度は僕を宥めるように手を振る。

「そういう意味ではないが、まあ良い。森の向こうから来たわけではあるまい。何故に森の中に?」

 司祭様が赤毛に向き直ってそう聞く。探りを入れるような、逃がさないと言いたげなような嫌な視線が旅人に向いている。僕ならすでに平伏している。

「私の師匠がここの森の奥に行ったことがあると言っていて、それなら自分もと思ってここに来ただけなんです。危険な森だとも言っていましたね。だけど、師匠は先に用があったとかで。それが何か気になって」

 そんな状況でも取り乱すようではなく、落ち着いた様子でへらへらと答える旅人もなかなか肝が太い。僕なら参る状況にも気楽な様子に変な尊敬を感じてしまう。

「そんな者が来た覚えはないのだが、それで?」

「いやぁ、しくじりました。何を勘違いしたのか迷いに迷ってここに出て、何とか助かった次第です。師匠は何のつもりでここに来たんだか。私は森の北、山の麓から入ったのですが、ここに村があったなんて。しかし師匠を見ておられないとは」

 相変わらず司祭様に怯む様子もなく呑気に旅人はそんなことを言う。

「奥に行き過ぎれば戻れるかわからない。よく知らないで森に行ったのか」

「ええ! やっぱり。いやその、なんか不穏な雰囲気は察しまして……恐る恐る進んでいたら出られなくなってしまって」

 その答えに呆れた表情をする司祭様。本題に入る前に肩透かしを食らったようだった。

「まあ良い、本題は別だ、これは? 馬鹿な盗賊が愚かにも森に逃げ込んだ、という訳ではないと? は――」

 そういって首飾りを改めて見せる。司祭様が言い切る前に赤毛の旅人が口を開く。

「それは、自分の大切な物なのです。私の手元にあるべきものです。わかってもらえるとありがたいのですが……」

 今までとは少し違う神妙な様子を見て、司祭様は何か思う所があるのか一応の納得をしたようだった。その後僕の方をちらりと見たので、嘘をついている感じはしないかな、と伝わるように頷いた。そして一連の問題に決着がついたということにしたのか、それとも面倒事を嫌ったのか司祭様はあっさりと首飾りを旅人に返した。

 旅人の方はそれを受け取ると、それが大切なのは間違いなさそうだったけれど、何故かいまいち感情の定まらないような、憎々し気なようで、それでいて安心したような複雑な表情を何故か一瞬した後、すぐにそれを首から下げた。そんな様子を僕がじっと見ていると、赤毛は僕の視線に気が付いたのか曖昧な笑顔で誤魔化しながら服の中にしまった。

「ああー……その、ええ。改めて自己紹介がまだでしたっけ。私はえー……、ア……アリオールと言います。はい」

 取り繕いつつも、妙に気まずそうに名前を言う。なんだか後ろめたそうに。それを聞いた司祭様は少し不機嫌な顔をする。そんな表情は珍しくはないけれど、礼儀作法にうるさい人だからこの状況でするのは不思議なことかもしれない。とりあえず名前を聞いてこの旅人が男の人だということは分かった。多分そうだろう。みんなが知っているようなの主人公と同じ名前なのはすこし滑稽な気もする。

「そして、教会で大っぴらに言うのもアレなんですが……お察しの通り魔術師です」

 と握ったままの杖を左右に揺らす。

 ……今おそらく僕は重大なことを聞いた気がする。かなり重大な。自分の心の中に残り続けていた憧れの一端が……まあ予想とは違う形だけれども、魔術師が目の前にいるということ。自分の夢の始まり。行き詰った自分の未来、その夢のような答え。諦めていたそれは、しかし目の前に現れてしまった。これを逃してはならない。そう何かが言っている気がする。もうこんな出会いは無い気がする。自分の考えが突き動かすまま、自分でも突拍子もないことだと思いながら、止められずに言ってしまった。


「あ、あああの! 僕を弟子にしてください!」


 司祭様の不機嫌さは増し、目の前の旅人、アリオールと言う魔術師の表情は凍り付いた。


 僕がアリオールと名乗る赤毛の旅人に弟子にしてくれと言った後、司祭様は突然その場を切り上げるように僕の腕をつかんで教会の奥へ引っ張った。

「お前、自分が何を言っているのか理解しているのか? 馬鹿な真似はよさんか」

 深刻な調子で言われる。僕は魔術師というものを自分の憧れの生き方、もしくは職業の選択肢と考えていた。今回の場合、弟子入りという意味では村の鍛冶屋のじいちゃんに頼むのとそう変わらないだろうと。

 今そうすることで村から出ていかなければならないにしても、ここにいても僕の人生の見通しが良くなるなんて思えなかったから、勢い任せとはいえむしろ英断にも思えた。ただ僕は司祭様に「魔術師になりたい」という夢を一度も言ったことがなかった。

「アレがさっき魔術師と名乗ることを躊躇しただろう。その意味が分かるか」

 司祭様は掴んでいた僕の手を離しこそしたが、それですぐに僕を傍の壁に押し付けるように肩を掴んだ。逃がすつもりがないのは怯えた僕にもわかる。こういう時は素直に話す以外に良い手段はない。

「わかり、ません。だって僕」

 どうにか言葉を絞り出した僕だったけれど、言い切る前に司祭様は僕から手を離した。そして司祭様は自分の額に手をやって何かを思い悩むような素振りをするものだから、僕はその先の言葉を続けられなくなってしまった。

「魔術師は、言わば世間のはみ出し者だ」

 何故か、歯切れの悪い言葉を漏らす司祭様だった。それに、僕はそんなの初めて知る。でも前に魔術師が村に来たときは誰も悪く言わなかったじゃないか。当然そんなことを思うわけで、僕はそんな疑問をそのままぶつけてみた。

「でも、前に魔術師が来たときはみんな喜んでたじゃないですか」

「あれは……いや、それはいい」

 不思議と歯切れの悪い調子で言いよどむ司祭様だった。それでも言うべきことがあると言葉を続ける。

「まあ聞け、この村はな、良くも悪くも辺鄙なのだ。ゆえに拒絶できなかったというだけだ。だが、それは普通じゃない」

「じゃあどんな風に思われるって言うんですか?」

 僕の中では当然の疑問だった。それに答える司祭様はあまり良い感情を持たない様子でぼくに教えてくれる。

「魔術師を名乗る連中の多くは詐欺師まがいだ。そう思われる。本物であっても、恐れと慄きで人に受け入れられはしない。そして教会は魔術を認めない。信心深い者からすればほぼ『異端』となる。そう『異端』にさえなる。命にかかわるかもしれん。それを聞いてお前はどう思う?」

 僕は今まで知らなかったことを聞いた。さすがに嘘をついて人の意思を曲げようとする人ではないのはわかっている。だから司祭様が言ったことは事実なのだろう。自分が思い描いていた未来がそんな風なんて思わなかった。もっと夢のあるものだと思っていた。父さんと母さんもそれを知っていて、それで僕の憧れを否定する態度をとったのだろうか。一瞬そんな考えを持った。でも、そうでも僕はここで終わりたくはない。すごい存在になりたいとかそんなことじゃない。もっと単純なことで、ただこの村で自分が終わっていくのも、自分がいやいや選んだことで村を出て、そこでいやいや生きていくのも僕はいやなのだ。なら自分の憧れ、小さい頃から燻る夢にやられてつらい目に合う方がまだ我慢できる。そう思った。思ってしまった。

 司祭様は、僕に呆れているのではない。かなり親身に心配してくれているのはわかる。司祭様も外から来た人だ。もしかしたらそういうつらい目に遭っている様子を見たのかもしれない。なんとなく実感のこもった雰囲気だった。それでも僕は多分二度とない好機を捨てることができなかった。

「覚悟の上です」

 もっと他に言い方があったはずなのに、僕はそうとしか言えなかった。


 そんなやり取りをした後、僕は司祭様とこれ以上顔を突き合わせているのがつらくなり思わずアリオール師匠がいる礼拝堂に戻った。そこには厄介ごとから逃げたいのか、僕たちが奥から出てきたのを見てワタワタと自分の荷物を取ろうとして、自分が他人の服を着たままなことを思い出し、自分の服もマントもどこにあるかわからないことに気付いたのか観念したように逃走するのを諦めた様子の旅人がいた。

「あ、違うんですよ? 逃げようとしたわけではなくて。そこの少年の明るい未来に影を落とすのも忍びないと思いまして。へへ……」

 そんな風にへらへらと取り繕っている。少しばかり不真面目な様子が過ぎたのか、不穏な気配に押し黙る。相変わらず僕のせいでいろいろな思いがグルグルと渦巻いていている様子でもそれを言葉にしなかった司祭様の強烈な眼光が旅人に向いた。やはり僕が司祭様に日ごろ感じていた恐れは他の人にとってもただ事ではないのか、旅人もその視線に射すくめられて「ひうっ」と小さく呻いたのを僕は聞いた。

「や、どんな話をしていたのかは知りませんがそこの少年が魔術師になれると決まったわけではありませんし、そもそもその『資質』がありませんと。で、でしょ?」

 なんて旅人は言う。それを聞いて司祭様が「余計なことを……」と吐き捨てる。とてもらしくない態度をとった。僕はその『資質』というものを今初めて聞いた。

「その『資質』って何です? もし僕にそれがあるなら……それだけでも確かめたい!」

 僕がそう言うと旅人は司祭様を見た。何かを察したのかしまった! というような顔をする。僕も思わず見ると司祭様の顔が怖い。全部見越したうえでそれ以上話を続けるな。と顔に書いてあるようだ。でもここで負けるわけにはいかない。

「その『資質』って確かめる方法はありますか。僕に、それ、が、ある、か」

 雰囲気に飲まれないようにしたつもりだったけれど、情けないことにどんどん場のチクチクした気配に飲まれてしりすぼみに泣きそうな声になってしまった。

「難しいことじゃないよ。術を発動させるための道具があればいい。それが使えれば一応『資質』だけはあることになる、けれど」

 言葉はそれ以上続かなかった。旅人は司祭様の威圧感にあてられて、慌てて「問題はそれが都合よくここにあればです、ね、いえ、すみません」と付け加えた。睨みつけられるうちにだんだん縮こまっていく様子が普段の僕を見ているようで可哀そうになってきた。

「そこまで」

 司祭様が会話を断ち切るように言った。もうありのままの不機嫌さを隠さなくなっている。あまりいい兆候じゃない。この場合怒りの雷が落ちない方が怖いかもしれない。

「この話は終わりだ。エリー。お前は何をしに来た。収穫祭か? それなら例年通りでいいだろう。代官殿が到着して税を納めた後、それからはお前の家の采配で頼む。委細は寄合で決めれば良かろう。そら、もういいだろう。帰って伝えろ」

 さっきまでの話を終わらせるように言って僕を追い払おうとする。僕を遠ざけようと遂に実力行使に至った。

「まだ話は終わって……いやちょっと、司祭様!」

 腕を掴まれて引きずられるように無理やり出される僕は碌に抵抗もできなかった。

「お前の言い分はわかった。今は私が反対だというだけのこと。だがこれは明るい道ではない、家に帰りそのこと、よく考えよ」

 僕を外へ引っ張り出し、そう言ってから扉を閉められてしまった。それでふと冷静になり、これを両親に言ったたらどんな反応をされるかとても心配になった。わかったと二つ返事で僕のしたいことを理解してくれるだろうか。もし理解してくれなかったとしても、僕は今したいことをする。そう思った。

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