第26話 依頼主

「———……」

「い、イルガ様……? だ、大丈夫……には見えないのですが、どうしたのですか!?」

「ふっ……師匠の修行より苦行なものがこの世にあることを知った……」


 ああ、まさか数万冊を1人で鞄に詰めるのがあれ程大変だったとはね……。

 今思えば2時間で終わったのが奇跡みたいなところあるよな……。


「まあ今はそんなことどうでもいい。サーシャ、他に暗殺者は来なかったか?」

「はいっ、誰1人として来ませんでした」

「さて……コイツはどうするかな」


 目の前で白目を剥いてぶっ倒れている暗殺者集団のボスらしき男に目を向ける。


 コイツ、サーシャが記憶を見ている間に物凄い呻き声とか身体を痙攣させて泡を吹いて気絶したのだ。

 普通に気持ち悪かった。

 サーシャは記憶を覗いている最中だったお陰で見ていなかったのが唯一の救いか。

 

「それで……サーシャ、どんな情報が得られた?」

「えっとですね……」


 非常に言いにくそうに口を噤むサーシャ。

 俺が不思議に思っていると、覚悟を決めたらしく口を開いた。



「依頼主は———い、イルガ様の御母上様でした」



 …………。


「そうか。ありがとう、サーシャ」

「えっ……い、イルガ様? ご無理をなさっているのなら心配いりませんよ? 私1人でも身は護れますので」


 どうやらサーシャからは、俺が色々と我慢している様に見えたらしい。

 ただ実際のところ……意外と何とも感じていない。

 強いて言うなら、もう邪魔するなって脅したはずなんだけど……と思うくらいか。


「別にアイツなんざどうでもいい。俺を産んだだけの他人だ」

「そ、そうですか……」

 

 俺のなんて事ない表情に、サーシャは酷く傷付いた様な表情を浮かべる。

 何故か分からずキョトンとする俺に、サーシャが慌てて言った。


「こ、この人どうしますかっ!?」

「ん? ああ、そうだな……よし、良い事思いついた」

「良い事、ですか?」

「そうだ。コイツは———」



 俺はこの後、帰る途中で、自分の顔を部屋にあった鏡越しに見て———気付くと共に、先程サーシャが言っていたことの意味が理解できた。



 ———俺が酷く泣きそうな表情をしていたことに、心を痛めていたのだと。











 ———コンコンコンッ。


「……誰よ、こんな真夜中に……」


 扉をノックする音で、エレノアは目を覚まし、苛立たしげに呟く。

 普段から短気ではあるエレノアだが、この前の実の息子であり、自身の唯一の黒歴史とも思っていたイルガに他の本家の奴らの前で脅された事で更に拍車が掛かっていた。


(あの忌々しいクソガキ……私の地位を下げやがった使えないクズが調子に乗りやがって……ふんっ、お前なんぞ早く暗殺者に殺されてしまえ)


 心の中でそんな呪詛を吐き続けるエレノアは、ネグリジェの上から上着を羽織りながらベッドを降りて扉へと向かう。

 そして———扉を開けた。



「———ッ———!?」


  

 エレノアは、目の前のモノを見て思わず叫びそうになるのを何とか押さえる。

 しかし、頭の中にはグルグルと疑問が巡っていた。


(な、何で……嘘でしょ……!? お、おかしい……あれだけ大金をつぎ込んだのに……何で私と取引した男の首があるのよ!?)


 そう、扉の前に、自身が依頼をした盗賊集団を纏めるボスの首が置いてあった。

 白目を剥き、泡が口元に付いている。

 更には血がまだ固まっておらず……赤い赤い血が廊下を侵食していった。


 もはや全く状況が把握出来ないエレノアは、目の前の首を見ながら呆然とその場に立ち尽くすのみ。

 隠そうとも、目の前から排除しようともしない。


 そんなエレノアの意識を再び再稼働させたのは……。





「———い、イルガ……ッッ!!」

「ふむ……俺の贈り物は受け取ってくれたみたいだな」




 一瞬何を言っているのか分からなかったエレノアだったが、直ぐに目の前の首がその贈り物であることに気付く。


「お、お前……何をしているのか分かっているのよね……?」


 今までならビビって震えていたはずののドスの効いた声に全く動じないイルガに、更なる苛立ちを募らせるエレノア。

 そんなエレノアに———。





「———どうせ直ぐに貴様もアイツと同じようにしてやるから、好きに話すが良い」





 憤怒と殺意、哀憫と落胆をもってイルガが対峙した。


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