第6話 初めての実践
「———と、トロール……」
「そうだ。C級のモンスターだが……再生能力だけは異次元の領域に達している」
「さいせいのうりょく……? 治癒魔法と何が違うのですか?」
サーシャにはあまり聞き覚えのない言葉だったらしく難しい顔をしていた。
確かに、治癒魔法と似ているが……。
「サーシャ、これが再生だ」
「? ———い、イルガ様!?」
突然短剣の切先で掌を少し刺して1センチ程の切り傷を作る俺に、サーシャが慌てふためきながらも絆創膏的な物を取り出すが……その時には既に俺の傷は完全に治っていた。
血を拭って切り傷が完全に塞がっていることをサーシャに見せる。
「ふぇ……?」
「どうだ? もう傷はないだろう? 簡単に言えば、これが再生能力だ」
少し痛かったが……まぁ俺の語彙力では再生と治癒の違いを説明出来ないので仕方ないと割り切る。
サーシャは俺の手を何度も観察し、何なら傷のあった所を触ったりして確認している。
そして本当に傷が塞がっているのを理解したらしい。
「ふぇぇ……す、凄いです……! 何もしてないのに傷が治りましたっ!」
「これが再生能力だ。だが、トロールにもこれに匹敵する再生能力がある」
だからこそ面倒なのだ。
主人公には『勇者の力』と呼ばれる生まれながらに神より与えられた力があるが、初期の頃はその力殆どを使えない主人公のよわよわ攻撃力では、回復量にダメージが追い付かずに殺されていた。
結局状態異常と弱点属性攻撃のゴリ押しで倒してたっけ。
「そ、そんなモンスターがこの森に……」
サーシャが目に涙を溜めて悲しげな声色で零した。
ただ、そんなに悲観する必要はない。
「安心しろ、サーシャ」
「え……っ?」
悲しみに涙するメイドの肩に手を置く。
「トロールは、俺がぶっ倒すから」
俺の27時間の恨み、今ここで晴らさせて貰おう。
———トロール。
限りなく白に近い緑の体色。
約⒊5メートルのそこそこ巨大な身長。
おデブなオークとは反対に痩せているが膝辺りに届く長い腕。
力はオークを軽く超越し、トロールの平手打ちを食らえば、オークなんぞ一瞬にして豚ミンチになってしまうだろう。
そして、C級などの枠には収まらぬ強力な再生能力。
そんな危険なモンスターが……。
「ゴォァアアアアア!!」
「ククッ、相変わらずよく吠えるよな」
「い、イルガ様っ! 物凄く怒っていそうなので逃げましょうよ!」
俺達の目の前にいた。
理性を感じない双眼が鋭く俺を睨む。
そんなトロールの眉間には、一本の短剣がブッ刺さっていた。
そう、俺が投げた短剣である。
しかもトロールにとっては天敵とも言える再生を阻害する毒(俺は対策済み)だ。
その毒が効いている証拠に、傷の治りが遅く、未だに短剣が抜け落ちる事なく眉間に刺さっている。
「よし、上手く行った」
それじゃあ、身体能力の測定を始めるか。
俺は地面を蹴る———気付けば目の前にトロールが居て……。
「ちょ、速———ぐえっ!?」
「グォオオオオ———ッッ!?!?」
「イルガ様っ!?」
トロールの鳩尾に俺の頭が、それはまあ派手にぶつかった。
リアルで『ゴチンッ!』という音が鳴り響くくらいには。
お互いにふらつきながら距離を取ると、俺は頭を、トロールは鳩尾を抑えて悶える。
ただ、骨の硬い頭でぶつかった俺の方がダメージ自体は少なく、損傷も目眩もトロールと違って万全な再生能力で直ぐに治るので、結果的に俺はトロールの動きを止めることが出来たというわけだ。
「ふっ……け、計画通り……!」
俺は強がりのドヤ顔をトロールに見せる。
これは俺がまだ余裕だという意思表明と共にトロールを逆上させるための行動だ。
近くで心配そうに見ているサーシャには申し訳ないが、まだまだ終わるつもりはない。
俺は再び地面を蹴ると、先程とは違ってしっかりと意識が身体について来ており、渾身のストレートをトロールにぶち込む。
それだけでは終わらず、更に我武者羅に殴打を繰り返す。
「うぉぉおおおおおおおおお!!」
「が、ガァアアアアアア……ッッ!!」
しかし、トロールもただでやられる玉でもなかった。
途中から俺の殴打についてき始めた。
手に持っていた棍棒を投げ捨て、俺と同様拳で対抗してくる。
ただこうなると、戦闘経験どころか運動経験すら皆無な俺じゃ戦闘経験豊富なトロールには競り勝てないわけで……徐々に押され始めた。
やはり、何の武術も習ったことのない素人のはちゃめちゃパンチじゃ、幾らチートボディを持っていても厳しいらしい。
だが———。
「———今回はゴリ押しで行くぞ……!」
俺はトロールの拳を避けると、懐から新しい毒を塗った短剣を取り出してトロールの足の甲に突き刺す。
流石腐っても名家の短剣と言うべきか、肉体が強固なトロールの骨をも突き破ってしっかりとぶっ刺さる。
これには悲鳴を上げるトロール。
「グォオオオオッッ!!」
「ククッ、そろそろ死んでもいいんじゃねぇかッ!?」
笑ってはいるけど、正直もう限界なんですが?
いきなりこんなに動いたら疲れるわ!
俺は通常より刃渡りの長い俗に言う小刀を取り出して勝負を決めに行く。
流石にこれ以上戦いを続けると俺の負けが濃厚になってしまう。
殴打をやめ一度距離を取って再び接近。
しかしその間にトロールは棍棒を拾い直様横薙ぎ。
だが此方は、攻撃を目で見て自慢のチートボディの反射で何とか避けるという100パー能力頼みの戦法で接近する。
トロールの棍棒の威力は、小刀で受け止めたら速攻破壊されそう。
まぁだから避けるしかないんだけど。
「行くぞオラァァアアアアアア!!」
「ガァアアアアアアッッ!!」
俺は脚に力を込めて一気に加速。
対するトロールも速度に合わせる様に棍棒を振るった。
しかし、ここでも俺の自慢のチートボディが光る。
「「っ!?」」
何と反射的に腕を伸ばし、棍棒を受け止めるではないか。
これには俺もトロールも驚く。
ただ、自分の体ということもあり、俺の方が早く立ち直った。
素早く地面を縫うように駆けて背後に回ると、飛び上がってトロールの後頭部目掛けて思いっ切り小刀をぶっ刺した。
その瞬間、後頭部からは大量の血が噴き出し、トロールが絶叫を上げた。
「グォオオオオオオオ……ォォォォ……」
しかし段々と声は小さくなり……最後には絶命したのかそのまま前のめりに倒れた。
この世界ではゲームと違ってレベルアップ的なものがないらしいので、倒したかどうかは自分で確認しなければならない。
「はぁ、はぁ……死んで……るよな……?」
俺はトロールが息をしてないのと心臓が動いていないのを確認して、その場に大の字で寝転がった。
「あぁぁぁぁ疲れたーーッッ!!」
「い、イルガ様! えっ、えっと……!」
ずっと俺の指示で隠れていたサーシャが飛び出してきては、慌てて懐から何か丸い物を取り出す。
そしてそれをギュッと握って言った。
「か、《回復せよ》」
「おっ……疲れが一気に取れたぞ!?」
まぁ疲れたと言っても精神的な面でな話なのであまり意味ないが、サーシャが俺を助けてくれようとしたことで精神面的にも回復した。
「ありが———」
「あんな化け物と戦うなんて……一体何をしているんですかっ! もしかしたらイルガ様が死んでいたかもしれないんですよっ!?」
「いや、でも結果的に勝てたし……」
「そう言う問題じゃないんですっ!」
俺の胸元で泣きじゃくるサーシャを見て初めて、自分がどれだけサーシャを不安にさせていたのか気付く。
……確かに側から見れば無謀だよな。
俺的にはチートボディがあるし大丈夫って思ってたけど、サーシャは俺の体の能力についてはあまり知らないわけだし……。
「……ごめんな、サーシャ。次からは気を付ける」
「……そうしてください」
俺は、胸元で嗚咽を漏らすサーシャの背中をただ優しくさすることしか出来なかった。
———その後。
折角喜ばせようと思ってきたのに泣かせることになってしまったことを反省して……俺はその次の日に再び森を訪れ、今度こそサーシャとピクニックを楽しんだのだった。
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