第5話 メイドとピクニック

「———さて、今日は何の日だと思う?」

「えっと……何の日なのですか?」


 俺がチートボディを手に入れたと確信してから1日が経った。

 驚くことに、俺はこの家では使用人にすらも忌諱されているらしく、サーシャ以外に話し掛けてくる者など皆無だった。

 まぁ俺からすれば、バレるかもと怯える余計な労力を費やさなくて良いので願ったり叶ったりなのだが。

 その内イタズラはする。


 そして今日は約束通りピクニックに行こうと思ってサーシャに聞いてみたのだが……俺の質問に質問で返すサーシャ。

 その頭の上には沢山の『はてな』が浮かんでいる。

 とてもキュートで微笑ましい。


「分からないか?」

「えーっと……えーっと……わ、分からないですぅぅ……ごめんなさぁぁい」


 涙目になるサーシャ。

 そんなサーシャに『悪い悪い』と笑いながら頭を撫でて宣言した。



「これから———ピクニックに行くぞ」













「———ふーんふーんふふーん♪」

「機嫌良さそうだな」

「勿論ですよっ! だってイルガ様と一緒にピクニックが出来るなんて……!!」

「ま、喜んでくれたなら良かった」

「はいっ! 最高の日ですっ!」


 お昼のお弁当を持ったサーシャが輝かんばかりの笑みを浮かべる。

 そのあまりの歓喜具合に『大袈裟な』と思ってしまうが、一つの夢が叶ったのだからこれくらい喜ぶのはしょうがないか。

 

 因みに、弁当は俺が持とうとしたが……。


『絶対にダメです! メイドである私が居ながらご主人様に持たせるなど、メイド失格ですから!』


 と言われて、必死に自分が任された仕事を守ろうとするサーシャの姿が微笑ましくて仕方なく任せることにした。


「ところでイルガ様、私達はどこに向かっているのですか?」


 家から出て30分程歩いただろうか。

 サーシャが不思議そうに首を傾げて尋ねて来た。

 てっきり向かっている場所を知っていると思っていた俺は、少し目を見張る。


「……分からずついて来ていたのか? もし俺がサーシャを嵌めようと連れて行っていたらどうするつもりだよ」

「え? イルガ様はそんな人じゃありませんよ?」


 何でそんなあり得ないことを言うのか、そう言いたげな瞳を此方に向け、小さく首を傾げた。

 しかし直ぐに不安に瞳を揺らす。


「あ、もしかして私が要らなく———」

「いや、違う。ただ、今度からどこに行くのかくらい早めに把握しておいた方がいいと言いたかっただけだ」


 俺は確かな信頼を受け、脱力する。

 きっとサーシャは、俺だから……イルガだから何も聞かずともついて来たのだろう。

 敬愛するご主人様イルガだからこそ。


 ほんと……何で闇堕ちしちゃったかね、イルガはさ。


 俺はホッと安堵に胸を撫で下ろすサーシャに視線だけ向ける。

 まだ7歳だというのに、こうして恩を返すために必死に働く少女。

 助けてくれた人を誰よりも信頼し、側に居た健気な少女。


「ほんと……馬鹿な奴だよ、お前は」


 こんなにも、自分の事を信じてくれる人が居るというのに。


 俺は、そんな彼女がついぞ最後まで報われなかった原作を思い出して、小さくため息を吐いた。

 

「イルガ様、もう少しで森に……どうしたのですか?」

「……ククッ、何でもない。少し感慨に耽っていただけだ。それよりもう直ぐ森だったな」

「あ、はいっ! この森で光る石をみつけたんですよ!」

 

 そうサーシャが指差す先には……まぁ見覚えのある森が広がっている。

 ゲームの序盤で、主人公達のレベリングと素材集め、特殊イベント的なモノで何度も行った事があるため、今更この程度で驚いたりはしないが……ゲームの中の光景が目の前に広がっているのを見ると、少し感慨深いモノがある。


「よし、サーシャ。ここで一つ頼んでも良いか?」

「はいっ! お任せくださいっ!」


 頼られて嬉しいのか、露骨にやる気を出すサーシャ。

 妹がいたらこんな感じなのかな……と微笑ましい気持ちになった。

 

「サーシャ、俺はこの森に初めて来る。だから……俺を案内をしてくれないか?」


 当たり前だが、嘘だ。

 本当は腐るほど行っているので、この森のことならサーシャはおろか、この世界の全ての人間より何でも知っている自信がある。

 だが、サーシャピクニックに行きたかったのは勿論本当なのだろうが、実際はきっと俺にこの森を見せたかったのだと思う。

 ならば……サーシャに案内を任せるのが1番良いというもの。


 そして俺の予想通り、サーシャはキラキラと目を輝かせてパァッと満面の笑みを咲かせた。


「……っ、せ、精一杯頑張りますっ! た、たくさんイルガ様に見せたい所があるんですっ!」

「ああ、頼んだぞ」


 空を飛びそうなほどに年相応に浮かれたサーシャを、俺は苦笑しながら追い掛かる。

 しかし、サーシャは森の入り口付近で立ち止まった。

 そして、むむっ……と可愛く眉を潜めて困ったように呟いた。


「……いつもと違う……です」

「? 何が違うんだ?」


 俺もサーシャと同じ所に立ってみるが……特に変わった様子は見られない。


 うーん、特に異常はない……と。

 チートボディになった俺ですら何も感じないのにサーシャは何を感じ取ったんだ?

 

 そんな俺の疑問に応えるかの如く———。



「———ゴォァアアアアアアッッ!!」



 森の中から何かの咆哮が聞こえる。

 とてもとても馴染み深い咆哮が。


 あー、そう言えばいたな、この森。

 クソ面倒な奴が。

 

「い、イルガ様っ!」

「落ち着け、サーシャ。今のは———」

 

 俺はゲームの初期時代、何度もソイツによってゲームオーバーへと導かれたことを思い出し……思わず顔を顰めた。



「———トロールだ……ッ」


 

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