第18話 消えた姫君
「一の姫というのは、今のお妃様——華奈姫のことですよね?」
美緒が聞き返した。晴平は頷く。
「うむ。一の姫は右大臣の側室である母とともに、屋敷の西の離れに暮らしていた。
しかし、下級貴族の男が横死し、法師の異心が右大臣殿に仕えるようになった頃から、姿が見えなくなったらしい」
行光が小首を傾げて、
「しかし、それならば姫は母方の実家に身を移されたということもあり得るのではないですか。
事件の後、華奈姫についてさまざまな噂が都を飛び交ったそうですから、どこかに隠れることになってもおかしくはないように思います」
と問うと、晴平は目を伏せて思案しながら答えた。
「それも十分あり得る話だが、姫の姿が見えなくなってからも、母である側室——尾花の方というらしいが——は、西の離れに残って暮らしていたらしい。姫の乳母や女房なども、特にいなくなってはいないようなのだ」
「なるほど、妙ですね。姿を隠すにしても、世話をする女房や、母君は着いていきそうなものを……」
「そして、どうやら東宮様との婚儀の話が出はじめたあたりで、『華奈』と呼ばれる姫は、屋敷に戻ってきたという。
ただ、戻ってきたと言っても、西の離れからは一歩も出ることなく、母親、乳母、側仕えの女房以外にはいっさい顔を見せなかった。
東宮様への婚儀が決まっている姫君とはいえ、不自然なほどに徹底していたらしい」
美緒は身を乗り出した。
「東宮御所にお輿入れされてからのお妃様も、同じように女房たち以外には決して顔を見せようとなさいません。
何を隠しているのかと思いましたが……」
どれまで黙っていた東宮が、ぽつりとつぶやいた。
「誰か他の者と入れ替わっているかのようだな……」
入れ替わり——確かにそれならば、頑なに周囲から身を隠すのも納得できる。
「であれば、わたしたちが右大臣の屋敷で遭った『華奈』と名乗る霊は——」
美緒の言葉に、晴平が続けた。
「本物の、華奈姫、であろうな」
「華奈姫は、もう、死んでいる……?」
晴平は青ざめる美緒の肩に手を置き、嗜めるように言う。
「美緒、早合点はやめろ。お前の悪い癖だ。まだわからないことが山ほどある。
まず、本当に東宮御所にいるお妃、つまり華奈姫は偽者なのか。顔を見せないと言うだけでは、断言はできない。
それから右大臣邸の少女の霊も、死霊か生霊か、そもそも人の霊なのかすら定かではない。なぜわざわざ東宮様がいらっしゃる場所に姿を現したのか、なぜ突然消えたのかも、わからない
何より、そもそもなぜ、右大臣やお妃がこのような
晴平の言う通りだ。このように物事が入り組んでいるときに、目の前にある答えに飛びついてはいけない。
しばし四人の間に沈黙が漂い、それをかき消すように美緒が口を開いた。
「直に、聞いてしまえばよいのではないでしょうか。何があったのか、と」
晴平は怪訝な顔で聞き返した。
「聞く、とは、誰に聞くつもりなのだ」
美緒は蝋燭の灯りを見据えて言った。
「東宮御所にいる、『華奈』様に」
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