第13話 危険な方違え
行光の考えは一見突飛に思えたが、
「
美緒にもだんだんと、理にかなっているように思えてきた。
方違えというのは、簡単に言えば動き回る神々のいる方角に合わせて、迂回して移動することだ。方位神と言って、ある期間ある方角に留まり、また別の方向に移動する神々がいる。その神々の中には、自分のいる方位を凶の方位にしてしまう神もいる。凶の方位に直接移動することは避けねばならず、一度別の方位の場所を経由する必要があるのだ。
「どこかへ用事があるが、そこは凶方位だから方違えをしなければならない。だから右大臣様の屋敷に一度寄らせてくれと頼めば良いのですよ。東宮様の正式なお使いということにすれば、右大臣様も断ることはできないでしょう。
用事は…… そうですね、我が母上が病ということにでもして、わたしが東宮様の代理で見舞いに行く、というのでも良いのではないでしょうか」
行光の言うことはもっともだ。行光の母といえば東宮の乳母である。乳母思いの婿、しかも東宮様が相手なら、断りにくいはずだ。
「それに、こちらには陰陽寮の正式な陰陽師である美緒殿がいらっしゃいますから、この日はこちらが凶方位だと言い張ってしまうこともできます」
行光の言葉に、美緒は「はは……」と弱々しく笑った。
と言うのも、どの日にどの方角が凶方位になるかを割り出すには、非常にややこしい知識と計算が必要なのだ。美緒たち陰陽寮の陰陽師の仕事は、実はかなりの部分をその計算と暦づくりが占めている。逆にいえば、ちょっとやそっと陰陽道を齧ったくらいではわからないし、陰陽寮の陰陽師がこうだと言えば、人々はそれに従うしかない。美緒ならばでっちあげも可能と言うことだ。
「ううん、行光殿のお母様の病といい、凶方位といい、嘘をつくことになるかもしれませんが……」
思案する美緒だが、東宮御所の中に妖が入り込んでいる可能性が高くなった今、悠長なことは言っていられない。
「行光殿とわたしで、方違えにかこつけて右大臣様のお屋敷に参りましょう」
腹を決めた美緒の耳に、信じられない言葉が降ってきた。
「わたしも着いていってよいかな」
行光と美緒は唖然とした。もちろん声の主は東宮である。
「東宮様、相手は東宮様のお命を狙っているやもしれないのですよ! そんな相手の屋敷に、御自ら出向かれるなど、あまりに危のうございます」
行光は必死でたしなめるが、東宮は涼しい顔をして、
「しかし、東宮御所に妖が入り込んでいる以上、むしろ行光も美緒殿もいないこちらに残る方が危ういのではないかな?
それに、右大臣の屋敷にいる間にわたしの身に何かあったら、右大臣もただではすまぬだろう。わたしに強い恨みがあるなら別だが、弟宮をわたしの代わりに東宮にしたいのであれば、手出しせぬ方が賢い」
と言う。
東宮の言葉は冷静で、説得力がある。行光はひととき黙りこんで思案し、
「わかりました。お供には、舎人の中でも特に腕っぷしの強いものたちを連れてゆきますよ。それに、美緒殿にも狩衣姿で連れ立ってもらわねばなりません。いざという時には、ありったけの力で走って東宮様と逃げていただかねばならぬのですから」
行光はいつになく厳しい顔で美緒を見た。女であることなど忘れてもらうとでも言うような目だ。美緒は無言でしかと頷いた。元より陰陽寮の陰陽師を拝命した時から、そのつもりである。まさか東宮様の警護など仰せつかるなどとは、思っていなかったが。
東宮は立ち上がり、体をこわばらせている行光の方に手を置いた。
「行光、苦労をかけてすまないな。しかし、ついでとはいえ乳母殿とも会えるならば、こんなに嬉しいことはない。明日、乳母殿にわたしからも文を書くよ」
行光は胸を撫で下ろして、
「ありがとうございます。母上たちには内密にこの策についてお知らせせねばなりませんね。右大臣家へも、方違えのために東宮様がお休みなさる場所を用意するようにと伝えましょう。密かに屋敷を探るのであれば——」
「次の、新月の夜に」
美緒の言葉に行光は頷いた。
こうして、世にも危険な方違えに、美緒たちは挑むことになった。
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