第10話「ツヅミグサ」

 唖然としていた。何を言うでもなく、イオはそれを抱えたまま空を見上げた。息が詰まる様な骨組みだけの建物に囲まれ、鮮やかな青が胸の奥を抉る様に輝く、そんな光景を見つめながら。


「...」

「うっ、うぅ、、嘘、嘘ぉ、」


 対するカエデは、瞳から大粒の水滴を流しながら声を震わせ漏らした。


「嘘、、だよね、?イクト、、またそのメモリーデータを入れ直せば、戻るんだよね、?」

「...」

「答えてよ!」


 カエデもまた、イオと同じだったのだろう。信じきれない状況に、声を荒げるしか無かったのだ。それに、イオは歯嚙みして首を横に振る。


「...データが、、そもそも戻ってくる筈が無い。親の手に渡ったのなら、それを閲覧用として保管され、それをわざわざ戦闘員のメモリーとして戻す事はあり得ない。それをしたら、また"出来損ない"が生まれてしまうからな」

「ならっ!なら、、そのデータを盗めばっ、戻るんだよねっ!?」


 戦闘員であるイオに、親を裏切ってカサブランカに侵入し、データを抜き取り戻ってくる事なんて出来ない。それは、カエデもよく理解していた。そのつもりだった。だが、そんな配慮すら出来ない程に、カエデもまた追い詰められていたのだ。すると、イオもまたその苦しさ故に声を荒げる。


「駄目だ!」

「っ」

「親が戦闘員に使用しないと考えたら、メモリーは排除される。形として、残らない様に。ただのデータとして本部のデータベースに保存され、戦闘員に使用されるメモリーとして発行される事はもう無い。それに、出来たとしてもあのNo.190という個体はもう二度と造られない」

「嘘っ、、嘘だよっ!嘘だよ!」

「...」


 崩れるカエデから目を逸らし、唇を噛むイオは、そのガラクタを抱き寄せた。


「イクト、」

「なんでそんな平気なの!?」

「何、?」

「なんでっ、、なんでそんな平然としてられるの!?イクトはっ、もう戻って来ないんだよ!?」


 イオの過去はイクトから聞いていた。故にその反応に対しても、カエデは理解しており、少しの変化にも気づいていた。だが、やはりこうしてその場に居ると。居合わせてしまうと、感じてしまうのだ。その冷めた違和感が。すると、対するイオもまた、カエデの言葉に眉間にシワを寄せ立ち上がる。


「平然、?何処がだよ!?俺がっ、どれ程辛い思いしてっ!?またこうして、俺を置いて先に消えて、、みんなっ、無責任過ぎる、、それなら俺がレーザーを受ければ良かった!」

「っ!」


 イオの叫びに、カエデはハッとし口を噤む。


「...ごめん、」


 お互いに、もう限界だったのだ。精神も身体もボロボロで、こうして対話をしているだけで苦痛を伴う。正常な判断は平常なのだろうか。イオはそんな事を考えながら、ゆっくりとその鉄の塊となったイクトを置いた。

 すると、数メートル先から遅れてもち太郎が走って来て、カエデの元へ向かう。


「...う、うぅ、、もち太郎ぉ、」

「キュゥ、?」


 カエデは目を潤ませてもち太郎を抱きしめる。その様子に、どこかいつもとは違うそれを感じ取ったのだろう。もち太郎もまた悲しそうな顔で見つめ返した。

 その光景を拳を握りしめて見据えたのち、空を見上げてイオは考えた。イクトが犠牲となった事は、きっとずっと拭えないだろう。だが、彼が託してくれたこの奇跡を。イクトの願いを、実現しなくては意味はないだろう。

 故に、イオは悩んだ。イクトは、本部から送り込まれた戦闘員である。そのため、追跡が行えるよう何かしらの発信機が付いてあったと考えるのが妥当だろう。そのため、イクトが破壊されたことにより、親にもその情報が渡っている可能性が高い。ここで新たな戦闘員を送り込まれる事だってあり得るのだ。ならばここから早急に逃げなければと、イオはカエデに向き直るがしかし。何処に逃げると言うのだろうか。

 恐らく、未だ親が居るであろう地下にはもう戻れないだろう。だが、だからといって他の場所を拠点とすれば、レプテリヤが襲ってくるという危険性が伴う。あの地下室は、レプテリヤから我々を隔離し護る役割を果たしていたのだから。


「...クッ」


 それに、思わず歯を噛みしめる。このまま親に捕まってしまえば、イクトが犠牲になった意味がないでは無いかと。そんな思いと葛藤している中、カエデの方から口を開く。


「...イオ、、とりあえず、戻ろう、?」

「どこにだ、?」

「いつもの、地下室」

「駄目だ。恐らく親がまだ居るだろう」

「...それでも、、行っておきたいの。...大切な事ばかりを共にした、大切な場所に」

「なっ!?何を流暢な事をっーーっ!」


 イオがカエデの能天気な答えに声を上げようとしたが、その表情は今にも崩れそうで、まるで最後だと言うような顔をしていた。


「...やめろよ、、これが、最後みたいな言い方、」

「違うよ」

「えっ」


 イオが唇を噛み目を逸らすと、カエデは遮る様に被せて放つ。


「多分、あの地下室での生活は最後になると思う。...場所も、バレてるから。だから、私はあの地下室に行っておきたいの」

「だから、それが最後を意味してーー」

「違う。私は、あの地下室にお別れとお礼を言いに行きたいの。そして、、私達は、また新しい日々が始まるの」

「新しい、、日々、?」


 イオは、突如として放たれたカエデの言葉に首を傾げる。すると、カエデは強く頷き、続ける。


「そう。イオは、本部とは別離して、私と一緒に居てくれる決心をしてくれた。私は、どんな事があっても、イオと一緒に居たいって決めた。そして、もち太郎はレプテリヤじゃない私達を認めて、一緒に戦ってくれた。...そんな、新しい私達で、新しい一ページを作り出すの。場所なんて、すぐ決めなくていい。イオの残された機能と、イクトが残してくれたこのナノマシンを使って、イオを修理して。それからでも、居場所探しはすればいいよ。だって」


 カエデはそこまで言うと、もち太郎を抱きしめたまま立ち上がり、未だに瞳を湿らせながらも笑顔で放った。


「みんなが居れば、そこが居場所だから」

「キュゥ、」

「カエデ、」


 ね?と付け足し放つカエデの背後には、先程までは苦痛でしか無かった青い空が、輝いて映っていた。

 きっと傷ついた精神は元には戻らない。どんなものでも、一度壊れてしまったものを、自分で必死に直しても、良く見れば不恰好で、どこかにヒビが見受けられたりするものだ。だが、それをお互いに直し合えたのならば、少しは長くもつものだ。

 そんな、まるで生き物のような事を考えながら、イオは同じく笑顔で頷いた。


「そうだな。じゃあ、まずは俺らの、今までお世話になったあの場所に、謝辞を入れに行くか」

「うん!」「キュゥ!」


 何も現状は良くなっていない。先程と何も変わらない、絶望的な状況だ。寧ろこんな状況下で地下に戻るなんて正気ではない。その理由も、優先的なものでもない。だが、今のイオには、どこかそれが大切に思えてしまった。こんな感覚を得るべきでは無かったかもしれない。それでも、こうして笑顔を浮かべる事が出来る皆に囲まれているのが。何よりの幸せというものなのだろうと。そう、機械の心で、イオは理解した。


          ☆


 ゆっくりと。親を始めとし、戦闘員、更にはレプテリヤにも警戒しながら足を進める。音を立てずに、ゆっくりと。

 飛行システムは、現在のイオが行って途中で燃料切れになってしまう恐れと、もし周りに親が居た場合、音でバレてしまうという二つの理由から使用していなかった。


「実はね、、もう一つ地下に戻りたい理由があるの」

「...な、なんだ、?」


 あまり話さないで欲しいのだがと。焦っているイオは脳内でそう愚痴を呟きながらカエデに目をやる。


「イオを、直したいの。このままずっといたら、多分イオは持たないと思う。もう、ずっと前から限界で、左目なんて見えてないんでしょ?」

「...」


 バツが悪そうにイオは目を逸らす。図星だったのだ。カエデに悟られまいと振る舞っていたものの、左のレンズは既に故障しており、右目でさえノイズが走っている。肩は大きく崩れて中身が剥き出しになっており、腹に関しては骨組みまで見えている。こんな状況で強がる方が不自然かと、イオは息を吐く。


「だから、修理したいんだけど、、その道具が地下に置きっぱなしだから、それが無いと何も出来ないんだよね、」

「...」


 イオは無言のままカエデを見つめる。カエデの事だ。恐らく元々地下へ戻りたかった理由はこれだったのだろう。イオのためだと口にしたら、断られてしまうと考えたカエデなりの言い換えだったのだ。イオは自身を直すためにカエデを危険に晒す様な事は一番したくはないだろう。また自身を残して消えてしまう。そう思わせてしまうだろうと、カエデは予想したのだ。それを察したイオは、呆れた様子だが、どこか嬉しそうに。


「ありがとな、、カエデ」

「えっ」


 そんな予想でしかないそれを、イオは考えたのち、気づいた時には既にそんな感謝の言葉が口を突いて出ていた。それに、カエデもまたどこか察した様に、優しい笑みを浮かべて返す。


「ううん。こちらこそ、今までずっとありがとう。これからも、、また迷惑かけちゃうけど、、よろしくね」

「ああ」


 優しい声音でそんなやり取りをする中、段々と地下室のある場所に近づいていた。


「キュキュィ!」

「お、そろそろだな。周りに生態認識は無いが、、大丈夫だろうか」

「油断は出来ないよね、」


 イオは、奇跡的に未だ使用可能だったレーダーを使用して口にする。だが、このレーダーには問題がある。生態認識システムなため、レプテリヤにしか効かないのだ。親の存在は不明だが、少なくとも戦闘員は反応しないだろう。故に、レーダーの反応が無いという理由だけで安堵は出来ないのだ。


「慎重にな、」


 イオはそう付け足し、変わらずゆっくりと進む。すると、そこには誰も存在していなかった。


「なんだかこれは、」

「逆に怪しい、」


 イオがジト目を向け、カエデが顎に手をやり呟く。だが、もし何処かで我々がここに来るのを待っているのだとしても、今この地下室の入り口が見える場所で待機しているのも問題である。


「バレるのも時間の問題だ。ここは俺が先に様子を見てくる」

「駄目だよ!私がーー」

「駄目だ!」

「「!」」


 イオの叫びに、カエデのみならずもち太郎も目を見開く。その怯えた様子に、イオは歯嚙みして


「す、すまない」


 と呟いた。


「もち太郎。親はカエデも狙ってる。だからこっちは頼んだ。カエデを、守ってくれ」

「キュィ!」


 イオが続けてそう強く放つと、もち太郎もまた力強く返す。そのやり取りを目にしながら、カエデは小さく「気をつけてね」とだけ言葉をかけた。


「ああ。カエデも、油断するなよ」


 イオがカエデにそう返し、改めてもち太郎にお願いすると、小走りで地下室の入り口まで進む。

 何処かで狙撃でもされたらひとたまりも無いだろう。それを言うなれば、カエデが単体で向かった方がひとたまりも無いのかもしれないが。と、そんな最悪な妄想をしながら、カエデは何処かに潜んでいると睨んだ戦闘員や親を探すべく目を凝らす。

 がしかし。


「っ」


 対するイオは無事に到達し、地下の入り口の戸を開けた。するとーー


「なっ、、嘘だろ、?」


 そこから、もの凄い量の煙が、天に向かって放出された。


「えっ、、何、あれ、?」

「キュゥ?」


 カエデがその煙に吸い寄せられる様に。小さく言葉を漏らすと、ゆっくりと地下室に向かって進んでいく。罠であるかもしれないという不安すら、忘れて。


「嘘だっ、嘘だろ!?」


 イオはそんなカエデの事は露知らず、怪訝な表情を浮かべてその中に入っていく。

 嫌だ。やめろ。嘘だと言ってくれと。イオは戦闘員にあるまじき嫌な予感を想像しながら、煙をかき分けて進んで行く。

 ーーすると。


「っ!?」


 そこには、真っ黒な風景が映し出されていた。


「あ、ああっ」


 力無く、イオは膝から崩れ落ちた。カエデと一緒に居た、カエデが大切な場所といった場所。

 それが、全て燃やされていたのだ。

 煤だらけの地面。入り口からの光のみで照らされた原型の無い棚や机。カエデと寝るという行為を行った布も、カエデに無理矢理勧められた花火というものを写した写真も。イオを直すために必死になって読んだ参考書も、工具も。その全てが、赤橙色の海の中に飲み込まれ、この様な姿に変えられたのだ。色のない部屋に、あるはずもないのに見える炎の姿。鮮明に、部屋のものが失われる光景が脳を過る。

 それだけでは無い。何故だかは分からないが、もっと。もっと大きく、かけがえのない、大切なものが消えてしまった様に感じた。


「ああ、」


 煙が未だ目の前に漂っている。戦闘員であれども煙には息苦しくなるのだが、その感覚は何故かに消え去っていた。ただ目の前のこの光景を、嗚咽を漏らしながら、見つめる事しか出来なかった。と、そんな中、背後からカエデが入ってくる。


「ね、ねぇ、、イオ、?これ何、、って、、えっ、、う、うそ、」


 カエデもまた同じ反応であった。目の前の光景と理解が追いつかない。そんな感覚だ。


「何、、これ、」

「...」


 唖然とするカエデの隣で、イオもまた目を剥き固まる。今現在の状況である。誰がこんな事をしたのかは、一目瞭然であったものの、それを受け入れられるはずも無かった。


「なんでよっ、なんでこんな事するの!」


 カエデは、恐らくこれを行ったであろうもの達に対して声を荒げ頭を抱える。全てが消え去っていく。目の前で、一つずつ、見せびらかす様に。


「うっ、うぅ、、私達のっ、、思い出がっ」


 イオのこの感覚は、カエデからすると「思い出」という言葉になるのだろう。イオはカエデに寄り添う事も忘れ、悔しさから呻き声を上げた。

 だが、こんな長居するわけにはいかない。まだ燃えている部分が僅かではあるものの存在する。ならば、「これを行ったもの」。恐らく親は、そう遠くには行っていないという事になるだろう。


ーそれなら、、今度は俺達が危ない、ー


 イオはハッとし目の色を変えると、慌てて立ち上がり、カエデの腕を掴む。


「へっ!?」

「とりあえず逃げるぞ!ここは危険だ。さっきの煙を出してしまったのも、近くにいれば目印になる可能性が高い。このままだと親が戻ってくるかもしれない」

「でっ、でもっ!イオの体っ、直せなくなっちゃうよ!」


 またもや目を潤ませ声を上げる。だが、それどころでは無いと。イオは首を振って手を引っ張ると、カエデを立ち上がらせる。


「駄目だ。俺の事は別にいい。現に今は歩けてる。カエデはもし破壊されたらもう戻らないんだろ?俺はメモリーさえあればどうとでもなる。今はカエデの、、自分だけを考えろ!」

「でもっ」

「お前はわがままなんだろ?なら、自分の事だけ考えていていい。そんな、俺のわがままを、聞いてくれないか」

「っ」


 真剣な表情で放つイオに、カエデは唇を噛みながらも頷くと、外で周りを警戒してくれていたもち太郎を連れて、そのまま地下室を後にした。


          ☆


 地下室から飛び出してから、早くも四時間が経過していた。あれからというもの、飛行システムを低空飛行で使用して移動し、なんとか外からの弊害から守ってくれるであろうボロボロな建物を見つけた。

 特大級や戦闘員に見つかってしまえば直ぐに破壊されてしまう様なものであったが、ここに隠れているとは思われないが故に、安全だと。イオは、安全の最低ラインであろうそれを新たな拠点として採用した。


「そう、、長くは持たないかもしれないけどな、」

「でも、、一応電気は通ってるね、、水は出ないけど、タンクに残りがあったから、数日は大丈夫だと思う、」

「数日、、か。これは問題だな」


 カエデが部屋の中を物色しながら呟くと、イオは小さく微笑んでそう口にした。

 この拠点を見つけたのち、隠れるや否や直ぐにイオの修理を始めた。既に、体が限界であったからだ。

 カエデは、イクトの残したナノマシンのシステムを、イオの機能を駆使して上書きさせた。それによってイオの体とアクセスが可能となり、剥がれ落ちた肉体を復元させるべく体にそれを備え付けた。また、それを行っても余っていた分は、装備として、更に上から付け足し調整を行った。

 それが、通称「No.10-mark2」である。

 だが、システム内の回復に関しては工具のない現在は厳しく、カエデでさえ手付かずといった様子だった。が、体の修復だけでも満足であったイオは、だんだんと機能も回復してきており、身体の負傷に関しては問題ないと判断した。

 その後、今に至る。もち太郎は戦闘の疲労から寝ており、先程軽い治療を行った。そして、戦闘は難しくとも、歩く事は可能となったイオは、一時間の休憩ののちその自称"新たな拠点"の探索を始めた。だが。


「あー!イオッ!駄目だよ。寝てないと!」

「問題ない。体はナノマシンのお陰でだいぶ直ってきているからな」

「でもシステムエラーはずっとそのまんまでしょ?ナノテクのレンズで両目がまた見える様になっても、エラー表記がずっと出てたら意味ないじゃん!」

「いや、もう慣れたぞ」

「えっ、それって慣れるものなの?」


 いつもの様な会話。だが、その節々には暗いものが見え隠れしており、それを紛らわせるために、いつもの会話を装って続けていた。きっと、こうして話していないと崩れてしまうのだろう。話す事が一番の無駄だと感じていたイオもまた、そう思う時が訪れてしまった様だ。


「前の地下室よりかは広く感じるが、それ以上に何も無いな」

「まあ、こんなもんなんだろうね、、上は」

「...やはり、あの地下室には色々なものが残されていたんだな。改めて実感するよ」


 この建物と思われる場所は、地下室という一室とは違って、幾つもの部屋から出来ており、イオとカエデ、もち太郎の皆で過ごすには大きいと感じてしまう程であった。今までが、小さ過ぎたが故のものなのかもしれないが。

 そして、大きさは大きいのだが、そこに用意されている物はどれもこれも使えないものばかりであり、カエデの地下室で見た参考書に関してはそれ以前に、本というものすら見つからない始末であった。更には地下室の様に出入り口はあるものの、それを通るための扉は存在しておらず、外とそのまま繋がっている感覚であった。と、言いたいところだが、ところどころ見られる崩れた壁や天井からは外が丸見えであり、問題はドア以前であった。

 だが、それでもこうして拠点として使えそうな場所があっただけでも奇跡だと。イオは口にしようとしたが。


「...」「...」


 お互いに、何かを話す事は無くなった。今日という一日の中で、二つの大切なものが無くなったのだから、当然だろう。色々な事を考えては口に出そうとして。それでも口は開こうとしなかった。


「ただ、今日はこうして一緒にまた居られる事を感謝しよう」


 カエデに届いているのか分からない様な声量でイオは呟くと、暗くなり始めた空を見上げた。


          ☆


 その夜。物音が聞こえ目を覚ましたカエデは、ふとそれが聞こえた方向、入り口方面へと進む。するとーー


 ーーそこには、外を警戒するイオの姿があった。


「イ、、イオ、?」

「ん?ああ。カエデ、、すまない。起こしてしまったか?」


 不安げに放った問いに、カエデは首を振って近づくと、「隣、いい?」と小さく聞き、イオの隣にちょこんと座り込んだ。


「...イオ、、もしかして、ずっと監視してくれてたの、?」

「ああ。ここはドアがない。いくら戦闘員がスリープモードに入る、、その、夜。というものだったとしても、親は関係なく押しかけてくる可能性もあるからな。無防備にスリープモードに入るわけにもいかないだろう」

「でも、、そしたら、イオはずっと起動しっぱなしでしょ、?」


 カエデは、レーダーを起動させながら、辺りをキョロキョロと見回すイオに、恐る恐る訊く。それに、対するイオはあっさりと頷く。


「ああ。だが、問題ない」

「問題しかないよ!」

「っ」


 思わず声が大きくなってしまい、驚いた表情のイオを見て、もち太郎も寝ている事とレプテリヤにバレる可能性がある事を思い出し小さく謝る。


「...よく、、ないよ。イオは、今無理に外傷を補ってるだけで、別にまだ直ったわけじゃないんだよ、?それなのに、再起動すらさせずに起動しっぱなしなんて、、体がもたないよ、」

「...ふふ、」

「えっ!?何笑ってるの!?」


 珍しく微笑むイオに、カエデは真剣な話をしているんだよと声を上げる。が、イオは尚も笑みを浮かべたまま、目を細め告げる。


「ありがとう、カエデ」

「へっ!?い、いやっ、そ、その、それは、どういう、?」

「どうもこうもない。いつも、俺の事を考えてくれてありがとうという事だ」


 唐突に放たれた珍しい言葉に、カエデは顔を赤らめ視線を逸らした。


「な、何、、突然、、浮気でもした?」

「なんだそれは」


 すると、イオは少しの間を開けたのち、空が丸見えになっている天井を見上げ、呟いた。


「俺、今までカエデがそこまでする理由が分からなかった。どうして俺にこだわるのか。俺が何かしただろうか。別に中型のレプテリヤから守っただけの事だろうと」

「そ、そんな事っ」

「でも、今になってなんとなく。その言葉という伝達ツールでは伝えきれない、思考回路の中では到底理解出来ない感情というものを。俺も少しだが、分かった気がする」

「イオ、」


 戦闘員とは思えない発言に、カエデはNo.10ではなくイオとしての彼に、瞳を潤ませ笑顔を浮かべる。そんなカエデに向き直って、イオはそのまま続けた。


「だから、、これくらいさせてくれ。カエデが俺にこだわった様に、俺も、カエデが大切だから」

「へっ」


 カエデは、目の奥を見据え真剣に放つイオに声を裏返しながら驚きを露わにする。その顔は、途端に赤くなっていった。


「勿論、もち太郎もな」

「う、、む〜、、そこは言わないとこでしょ、」

「何故だ、?もち太郎も大切な存在なんじゃ無いのか、?」

「そうだけど、、そうだけどぉ〜、!」


 スヤスヤと寝息をたて寝返りを打つもち太郎に目をやりながら、イオはそう放つと、カエデは頰を膨らませてそっぽを向いた。と、そんなカエデに、イオはもち太郎を見据え放つ。


「あれは、、何だったんだろうな、」

「え?何の話?」

「もち太郎の、触角だ」

「あ、た、確かに、」


 イオはそう呟く。現在は体内にでもしまっているのか、触角は見当たらない。


「見た目から察するに、獣型だと思っていたんだが、、まさか、違うのか、?」


 イオはそう呟き、今までしてこなかった分析システムで、初めてもち太郎を見据える。すると。


「何だ、、これは、」

「え?」

「エラーは出ていない、、だが、、これは、」

「な、何なに、?もち太郎を分析してるの?」

「ああ。だが、おかしい、、獣型に見られる特徴があるのに、蟲型の特徴も見られる、」

「もしかして、ハーフなのかな、?」

「ハーフ?とは何だ、?」

「えーっと、獣型と蟲型の間に出来た子供。みたいな」

「間に出来る子供とは何だ?」

「〜〜〜〜〜っ!し、知らないっ!」

「なっ!?ど、どうしたんだ突然!?」


 何故か、カエデは顔を赤くし顔を背けてしまった。それに、イオが驚愕したのち、改めてもち太郎を見据える。


『変形は、元々俺達レプテリヤの能力だ』


 ふと、あの時のガースの言葉を思い出す。変形をする事が出来るのが、何もヒト型だけではないとしたら、あるいは、と。イオは目を細める。


ーもち太郎は、、変形しているのかもしれないな、形だけで無く、性質までもー


 イオは興味深そうにもち太郎に目をやる。成長を見届ける。なんて表現が地下の本にはあった。これが、その感覚なのだろうか。イオはしみじみそう感じる。

 するとそののち、黙っていたカエデはふと結論を出した様で、目つきを変えるとイオに向き直り放った。


「もうっ!怒った!私の気持ちも、イオと同じだから。私も一緒に見張りする!」

「なっ!?どうしてそうなる!?さっきの話と繋がってないぞ!?」

「いいのその話は!それよりも、私もずっと起きてるから!」

「だからどうしてそうなるんだ。お前は休んでろと、」

「どうして?イオだけズルいじゃん。それに、今は、、一緒に、居たい気分だから、」

「な、何か言ったか?」

「へっ!?いやっ!?いや、、なんでも、」


 カエデが声を小さくして放つと、イオはジト目を向けて聞き返す。


「つ、つまり!私だけで見張りは怖くてさせられない。だからイオが見張りをしなきゃいけない。なら、私が一緒に居ても、悪い事は無いでしょ?いざという時起こす手間が省けるし!」

「いや、カエデが居ると気が散って集中出来ないから悪い事しかないが、」

「なっ、酷い言いようだなぁ!あ、もしかしてドキドキしちゃって、、とか、?」

「そういうウザ絡みがだ」

「なっ!?酷いよ!もういい!意地でもここに居るから!」


 少し怒った様子で隣に腕を組んで座るカエデを、イオはそうは言いつつも優しく見つめると、そのままレーダーで周りを確認し続けた。

 それから数分後。静寂に包まれた一帯。青黒い空に、眩い星々のコントラスト。薄らと映る黒い雲が、を照らす月光を遮ってはまた露わになる。そんな光景をただぼんやりと眺めながら、イオは小さく口を開く。


「...夜というものの空は、、また違ったものを感じるな。...花とは違う、美しさが感じられる。カエデは、夜を見た事はーーっ!」


 イオはそこまで呟くと、そのままカエデに目を向け目を見開く。


「...寝てる、、こいつ、意思が弱過ぎないか、!?」


 イオは呆れと、半ば敬意すら感じながら、先程までの意気込みが嘘の如く眠るカエデにそっと手をやった。


          ☆


 翌朝。目覚めたカエデはハッと。まるでフィクションの様な反応で体を起こした。


「わ、私、、もしかして寝て、、って、ふぇぇぇっ!?」


 眠たい目を擦りながらそう声を漏らすと、その光景に気づき声を上げる。そう、イオはカエデの脚に、手を置いていたのだ。


「な、ななっ、えっ、もしかしてっ、寝てる間にっ!?なんで起きてる時にっ、、じゃなくてっ、、なんでこんな事っ!?」

「何起きて早々声を荒げてるんだ、?」

「そ、そりゃあ、、こ、こんな、、普段、体にも触れてくれないイオが、こんな、」

「いや触ってるだろ。抱えたりもした」

「それはっ!その、そうだけど、」


 驚愕が抜け切っていないのか、カエデは未だ声を上げ続ける。それに、一度頭に手をやり息を吐くと、事情を説明するかの様に淡々と告げる。


「これは赤外線の機能で体を暖めていただけだ。その状態のまま寝てたんだぞ?それも、話し終わってから三分と四十五秒しか経たずに」

「ああー!いいからっ!そんな正確な数字は言わなくていいから。そ、それをっ、早く言ってよね!」


 カエデは何故だかは分からないが、赤面しながら叱る様にそう放つ。勝手に想像し勝手に声を上げていたのはカエデの方なのだが。


「キュキュゥ?」

「あ、もち太郎!おはよー!大丈夫?体は」

「キュキュゥ!」


 どうやら、もち太郎の体も回復していた様だ。やはりレプテリヤの再生速度は早い。一晩でこれ程までの回復だ。いくらまだ小さな体だからと言えど、傷は大きかったがために二日は要するだろうと予想していた。それ故に、イオはレプテリヤの。いや、もち太郎の回復力に眉を顰めた。


「あ、それよりもイオ。どう、、だった?あれから、何か来たりは、」

「してないな。まあ、皆が無事である事が何よりの証拠だ。いくら親単体で来ようとも、何もせずに帰るはずもないからな」


 イオが遠い目をして話すと、カエデは「そっか」と呟き、ホッと胸を撫で下ろした。


「それじゃあ、、まだ私達の場所はバレて無いって事かな?」

「恐らくな。だが、どんな手段で見つけに来るかは分からない。とりあえず、この場所の溜めてある水分を使い切るまでは、この場を拠点として滞在して、その後はまた新たな拠点を探し、転々とするしかなさそうだな」

「そ、そう、だよね」


 イオが渋々そう告げると、カエデもまた表情を曇らせる。恐らく、これからはその様な過ごし方を強いられる事だろう。我々には、もう安息というものは訪れないのかもしれない。ここでこうして、ずっともち太郎とカエデの皆で過ごしていく事は、ずっと追われ続ける事を意味しているのだ。

 だが、それが何だと言うのだろうか。

 イオはそう付け足し、口角を上げて力強い目つきでカエデに振り返る。

 皆がいればそれでいい。そこが居場所だ。そう、言ってくれたのだ。


ーなら、俺はその居場所みんなを守り続けるだけだー


 そんな事を考える中、ただ見つめるイオにカエデは首を傾げる。


「どうしたの?イオ」

「ん?あ、ああ。大丈夫だ、なんでもーー」

「「「っ!?」」」


 イオがハッとし、カエデに笑い返そうとしたその時。

 背後に大きな衝撃と共に轟音が辺りを包んだ。


「な、何っ!?」

「バ、バレたか!?」

「キュゥ」


 皆が体を構えて向かった、その衝撃の正体。それはーー


「発見した。直ちに捕獲する」

「嘘、、何、あれ、」

「あれは、」


 巨大な。大型のレプテリヤを超える大きさの、機械で造り上げられたロボットの様なものであった。


「...No.200」

「にっ、200!?そんなに居るの?」


 イオが目の色を変えて放つ。

 そう。それは、イオと同じ戦闘員であった。


「そ、、それにしては見た目が随分と違う、、気がする、けど」

「ああ。あれは戦闘員の中でも異例中の異例だ。もしもの場合、特大級を戦闘員一体のみで駆除する事が出来るようにと造り上げられた、ハイブリッドのイクトよりも最新型。戦闘員用の鎧を身に纏っているからこそ、あの巨大となっている。それが、No.200だ」

「まるでロボットだね、、でも、それが、なんでここに、?」


 睨み付ける様にして声を上げるイオに、カエデは小さく耳打ちする。すると、イオはNo.200に目を向けたまま皆に退がる様に促しながら自身も後退る。


「恐らく、俺らも同じく特大級として分類された様だな。カエデは捕獲対象なだけで戦力と見做されているかは不明だが、どうしてハイブリッドの戦闘員一体でいつも捜索させるんだ。もっと戦闘員を総出で用意すれば早いというのに」

「ちょっと!?そんな相手側の見解で話さないで!それに、私の事さらっと戦力外って言った!?」


 カエデが声を上げると、イオはすまないと手を前に出して謝罪を零す。が、その瞬間。


「カエデ、、そして、No.10。更に後ろのレプテリヤも。やっと、、やっと見つけたぞ、、捕獲する」

「ん?何だか様子が、」

「え、?どういうーー」

「マズいっ!とりあえず逃げるぞ」


 怪訝な顔をするイオに、カエデが聞き返したのも束の間。No.200がその巨大で家を丸々吹き飛ばす程の殴りを入れ、そこから即座に一同は逃走した。


「はぁ、はぁ、、な、何、どうしたの、?」

「キュゥ?」


 右でカエデを抱え、左でもち太郎を抱えながら、飛行システムで逃げ続けるイオは、その問いに神妙な面持ちで切り出した。


「いや、ただ、No.200の声とは違かったな、と」

「え?それってどういうこと、?」

「分からないが、戦闘員とは思えない事をーー」

「見つけたぞ!早く回収して戻る」

「っ!マズい」


 見つからないよう低空飛行を維持しながらの逃走だったものの、直ぐに場所を特定され、その巨大な足で踏みつけようと上げる。がしかし、それを瞬時に見極めたイオは、それを既のところで避け、廃屋に身を投げた。


「チッ、逃げられると思うなNo.10!私はお前を許さない」

「イ、イオ、?なんか怒らせる様な事したの?」


 戦闘員内でもそんな事があるのかと、カエデが恐る恐る訊くがしかし、イオは身に覚えなど微塵もなく、首を横に振る。と、それと同時に、No.200の腕や肩から、イオと同じ様なミサイルが飛び出し、一行を追う。


「クソッ!追尾弾か、、厄介だな」


 イオは歯嚙みしてそれを見据えたのち、前に向き直って瓦礫や鉄骨を避けながら頭上から降るミサイルもまた避ける。


「チッ!ちょこまかとっ!いつまでも逃げてんじゃないぞ!」

「キャッ!?」「キャウ!」

「何っ!?」


 No.200がそう声を荒げると、逃げ惑うイオ達を、腕を切り離してチェーンメタルで繋ぎ、遠隔で操りながら捕まえる。


「クッ、、こんな、事が!?」

「はははっ、どうだ!こういう応用が出来るんだよ。戦闘員はな」


 No.200が腕を戻してその中の一同を眺める中、カエデはどうしようと焦りを見せた。すると、対するイオはNo.200のその手が、強く握られていないのを確認しそこから抜け出して放った。


「すまない。とりあえず少しの間そこに居てくれないか?」

「え!?」「キュゥ!?」

「俺は少し確めたい事がある。もち太郎、カエデを頼んだぞ!」


 イオはそう告げると、ジェットブーストを使用しNo.200の頭部分へ移動する。


「なっ、No.10、、どこへっ」

「ここだっ」

「!」


 イオはチェーンメタルで頭に鎖を巻きつけたのち、それを軸とし遠心力を利用して回転し、そのまま頭部分に蹴りを入れる。


「ブーストッ!」

「クッ!?」


 それに対し、更にブーストをかけて蹴りの威力を高め、そのまま蹴り抜ける。と、それによって。


「がはっ」


 頭部が僅かに欠けて、そこから「それ」が現れた。


「やはりか」


 それを見据え、イオは目つきを変える。No.200の頭部には、それとは別に操縦部屋の様なものが存在すると言われていた。本当にそんなものがあるとは思っていなかったが、まさか本当に実在したとは。そして、その部屋にはーー


 ーー親が、乗り込んでいた。


「クソッ!No.10!私に直接攻撃しようとしたな!?」

「先程も話した筈です。俺はもう戻る事はしません。その代わり、あなた方を裏切る事もなく、ただ姿を消させてもらいます」

「それがっ、許されないから言っているんだ!」


 淡々と告げるイオに、その親は声を荒げてNo.200の腕で殴りに向かう。それを飛行システムで避け、反対の手で握られたカエデの元へ向かうと、そのまま皆を回収し距離を取る。


「お、おじさん、?」

「No.200は構造が他の戦闘員と少し異なっててな、、記憶メモリーなどが管理されている制御室が存在すると聞いたことがあったが、まさか本当に存在するとは、」

「えっ、戦闘員の中に、、部屋があるの、?」

「そういうことだ。だが、今は対抗出来そうにも無い。俺は、親に攻撃する事は、、いくら本部から別離した存在となろうが、戦闘員である以上出来ないからな」

「え、あ、うん、、そう、だよね」


 カエデは、何処か親を見つめて上の空になりながらそう返す。が、その瞬間。


「っ!」


 イオの脚に、鎖が巻き付いている事に気づき目を剥いた。


「はぁ。やはり、戦闘員の中に入って追い詰めるのは失敗だったと思いますが?」

「な、何を言うっ!私が直々に行かなくては意味がないのだ」


 冷静な声色で、No.200であろう彼は呟く。それに、歯嚙みして返す親には、必死さが目に見えていた。故に、この鎖での捕獲という、的確な方法と対応は、No.200によるものだと予想出来る。

 その現状にイオが声を漏らすと、その鎖を引きちぎる様にして、もち太郎が歯で噛み付く。


「キュィ!」

「っ」


 よって、その鎖は砕かれ、イオを始めとした一同は抜け出す。だが。


「待てっ!No.10!お前のせいでっ!お前のせいで、、私は部隊の管理から外されたのだ!お前が、あの日勝手に逃走したせいで!」


 そう叫びながら、No.200は走って追いかける。その巨体でありながらの速度に、イオは振り向き様に目を剥くと、その言葉の意味を問う。


「い、一体どういうことだ、?あの日に俺が逸れた事と、なんの関係が、、っ!」


 イオは小さく呟くと、ハッと何かを思い出し空中で向き直る。


「...貴方、あの日、俺の部隊の担当だったものですか。なるほど、ならその処罰にも納得出来るか、」

「納得出来るかっ!貴様のせいで、私がどんな目に遭ってきた事か、、お前がそんな事をしたせいで、今まで積み上げてきたものが全て無駄になったんだぞ!?私がっ、何のためにっ、、いや、待てよ、、そうか」


 一定の距離を保つよう体はNo.200に向けたまま、背後に下がり続けるイオが呟くと、憤りを露わにして親が声を荒げた。と、そののち、何かに気づき親は数秒の間無言を貫き、目つきを変えてイオを見据えた。


「どちらにせよ、お前を戦闘不能にして捕まえれば良い話だ。ならば話は早い。俺はお前を捕獲して、功績を頂くっ!」


 親はそう声を上げ腕からミサイルを、イオと同じ要領で放った。がしかし、元々の構造が普通の戦闘員よりも巨大なNo.200は、そのミサイルや手榴弾も巨大になっており、イオが間を抜ける廃れたオブジェクトは次々と爆散した。


「クソッ、厳しいな」


 それに目を細めNo.200を睨む。その横から、カエデが「何か勝てる可能性のあるもの、、イオ、何か案って、ある、?」と放つがしかし。イクトが居なくなり、我々の拠点が破壊され、既に何も残されていなかったイオは、勝つための策など考える事が出来なかった。いや、言うなれば、既に戦う気力が、無かったのだ。

 イクトのあの行動を無駄にしてはいけない。カエデを助けたい。共に、このまま一緒に居たい。そんな思いは、強く存在していた。だが。


「イオッ!なんで答えてくれないの!?」

「...もう、、嫌なんだ」

「えっ」


 遠い目をして、イオは逃げながらぼやく。


「俺が、、何かをすると、、俺が、何かを望むと、必ず何かが無くなってしまう」

「そ、そんな、」

「そんな事無いって、、本当に言えるか?俺が、カエデと共に居る事を望んだせいで、全てが起こったんだぞ?」


 苦しそうに拳を握りしめ歯嚙みするイオに、カエデは険しい表情で見つめ返す。


「親が俺らを探しに来て地下を燃やされたのも、イクトのメモリーカードを取られたのも、そして、イクトを、消してしまったのも、」

「...イオ、」

「俺が、カエデと一緒に居たいと願ってしまったからだ、、俺があの時、カエデを選んだから、イクトを壊さなくてはならなかった。俺が、、望んだせいで、」

「違うよ!」

「違わない。俺が、また何かをすると、、また、また何か大切なものを失ってしまうんだ、」


 イオは、そこまで言うとカエデともち太郎を抱きしめ掠れた声で付け足す。


「だから、、もう、嫌なんだよ、」


 その、大切なもの。それはきっと、イオの腕の中にあるものだろう。全てが消え去った現在、イオの大切なものは、それだけなのだ。


「もう、、俺を、俺だけを、置いていかないでくれ」


 今にも崩れそうな表情で、イオはカエデともち太郎を見つめる。が、次の瞬間。


「イオ!何言ってるの!」


 グイッと。肩を掴んで寄せたカエデは、そう力強く放つ。


「え、?」

「私は、もち太郎は、、絶対にイオを残しては消えない。一緒に居たい。それは、私も同じ気持ちなの。私の居場所も、イオなの。だから、全部自分のせいにしないで。私だって、イオと一緒に居る事を望んで、それでこんな事になっちゃった身だから。イオが望むのは駄目じゃない。私達が望む事は悪い事じゃ無い。大丈夫。きっと、誰も居なくならない、素敵な選択肢が、存在するはずだから」

「そう言って、、それでイクトは、」


 イオはその策を考えながらも、そう口にする。どこかで、方法は見つかっていたのだ。だが、それを行う勇気が、イオには無かったのだ。


「...イオ、その顔、、何か、思い当たる節があるんでしょ?」

「っ、、何、?」

「分かるよ。私、ずっとイオの事見てたから」


 カエデが少し顔を赤くし、そう呟く中、イオは目を逸らした。


「だが、、この策は、駄目だ」

「なんで?言ってみてよ。言うくらいなら、何も起こらない。私が聞いただけでそれを実行出来ると思う?」


 意外に出来そうではあるがと。脳内で思うがしかし、カエデは戦闘員でも無ければ、現在はナノテクすら持ち合わせていないのだ。ならば、問題無いだろうとイオは口を開く。


「...イクトの時の作戦を覚えているな?」

「...う、うん、」

「No.200は、俺と同じ戦闘員だ。もちろんあいつにも、管理を行う指令部分が存在する」

「なるほど、、つまり、そこの制御をこちらで奪ってしまえば良いと」


 カエデは顎に手をやりながら呟く。がしかし、イオは気乗りしない様子で口を尖らせた。


「だが、、それによって、イクトと同じ末路を辿ってしまう恐れがある、」

「それは、、指令部分を破壊しちゃったり、暴走させてしまったりする可能性があるから?」


 カエデの問いに、イオは無言で頷く。そう。イオの不安は、そこだったのだ。制御室が存在する新型の戦闘員にも、同じく指令部分が内蔵されている。それは、戦闘員である時点で確定である。だが、それを破壊しないにしろ、他の機関に少しでも不具合が出てしまえば、あの時と同じ事が起きかねないと。イオは唇を震わせる。だが。


「大丈夫だよ、」

「え、?」


 突如、イオの口元に手を添え、カエデが優しく微笑んだ。その顔は、いつものそれとも、真剣なそれとも違い、とても可憐な、まるであの時に見た花の様であった。


「あの時を思い出して。...私に、考えがあるから」


          ☆


「このっ、No.10がっ!何処まで逃げるつもりだっ!待てっ、私のっ、功績!私のっ、大切なっ、たった一つのっ、!」


 どうやら、相当焦りを感じている様だ。親は声を荒げながら、イオを探すため追尾型のミサイルやレーダーを起動し走り続ける。

 そのミサイルが建物であっただろうものに当たり、粉砕したその瓦礫の裏から。飛び散ったその動きに合わせてイオが現れる。


「ここだっ」

「ふん!」


 やはり、レーダーで気づかれていた様だ。そのため、イオが現れると同時にその巨大な腕を振るい、目の前にそれが映る。


「クッ」


 それを既のところで避けながら、イオは更にNo.200に近づく。そう、"それ"を、目指して。


「No.10が接近。攻撃を求む」

「だあっ!分かっている!そんないちいち命令するんじゃない!」


 No.200がアナウンスの如く告げると、親はミサイルを放つ。がしかし、それを空中で躱し、イオは鎖を背から出す。

 全身からイオを排除するために追尾弾やレーザー、カッターなどが飛び出しては向かい、それを空中で回転をしながら避ける。その中でも自身に向かうミサイルには同じくミサイルを放つ事で破壊し、カッター等の接近攻撃には鎖を使用し弾く。

 そんな事を続け、イオはその後腕から飛び出したバルカンで、ガトリングをNo.200に向かって移動しながら撃ち放つ。


「クソッ、、やはり外壁は強度が高いな」

「そんな小さな攻撃、意味ないぞNo.10!私は、お前を許さないっ!」


 勢いのままそう放ったのち、No.200から複数の部品が飛び出し、イオに向かう。


「なっ!?あの巨体でイクトと同じ攻撃法だと!?」


 そう、イクトと同様、小型の自律式マシンを別離してイオに向かわせたのだ。既に手一杯な現状に、追い討ちをかける様なそれに、イオはその中の一体が放ったレーザーに腹を貫かれる。

 がしかし。


「フッ」

「なっ」


 イオの横腹は、既に破壊されていた。即ち、現在こうして完治している様に見える部分は全てーー


「ナノマシンだと!?」

「すみませんね。勝手にバージョンアップしてしまって」

「クッ」


 目を剥きその理由を口にする親に、イオは皮肉を込めて微笑む。が、それによって更に攻撃の勢いが増したNo.200から、イオにはナノマシンの応用だけでは対応しきれない程に、四方から追尾型のミサイルが向かう。


「なっ」

「はははっ!貰ったぞっ、私のっ、!」


 四本ある鎖は、カッターによって既に三本になっており、更には残りも他に対応中である。また、肩からのミサイルも、狙いを定める時間がないがために、現在では無力。

 故に。


「終わりだ!No.10!」

「ギュィッ!」


 と、突如イオの背中から、伸びた四本のそれがミサイルを掴み、握り潰す。


「何っ!?」

「よく我慢してたな、もち太郎」

「キュィ!」


 そう。最初から、もち太郎が背中にくっついていたのだ。


「レッ、レプテリヤだと!?」

「レーダーに俺にも反応する様改良を加えたのは間違いだったな」


 イオは、目を丸くする親に微笑み放つ。普段、レプテリヤのみ反応するレーダーは、戦闘員であるイオを貫通して見えてしまう。がしかし、それを改良していた事を、初めの瓦礫に隠れて近づいた攻撃の際に察したのだ。あの時、瓦礫の裏から現れたのはイオであった。もし、もち太郎の方に反応していたのだとすると、もっと驚愕の反応があっても良かっただろう。故に、もち太郎にはピンチの時まで動くなと、前もって話をしていたのである。


「もち太郎!もう静かにしてなくていいぞ!思う存分、弾けろ!」

「キュィ!」


 イオの叫びと共に、まるで彼の背中から手足が生えているかの様にして、六本の触角が突き出る。更に、イオの本当の背中から鎖を足し、計九本のそれで周りに迫るミサイルを破壊しNo.200の体に攻撃を続ける。が、対する親はほんのりと微笑む。


「はは、確かに驚かされたよ。君のその作戦には。だが、、それがどうしたというんだ?No.200の体は、たった一体の戦闘員で、更には旧型の戦闘員の力でどうにかなるものではないぞ」


 イオが、ただ頑丈なNo.200の体に弾を撃ち続ける滑稽な姿に、親は試す様に、見下す様に放つ。

 が、しかしと。イオはそれを鼻で笑い飛ばし、強い眼差しでNo.200を。いや、その中の親を見据えて呟く。


「俺がただずっと、何も考えず攻撃だけを行っていると思っていましたか?」

「何、?」


 低く放ったそれに、親は眉間にシワを寄せる。

 そう、もち太郎をギリギリまで隠し、ずっと無意味な攻撃をし続けた、その本当の理由はーー


「なんの捻りもない、この、ただの時間稼ぎのためです」

「「っ!」」

「イオッ!もういけそう!?」

「ああ!おおよその場所は把握した!」


 イオが自信ありげに告げると、親とNo.200は目を剥く。それを見届けたのち、カエデの言葉に声を上げ返す。すると、その矢先。


「分かった!行くよっ!コード14106。アクセスッ!」


 カエデが放ち、それと共にイオはもち太郎の援護もあり狙いを定めると。


「終わりだっ!」


 イオは力強く、拳をその巨大な胸の真ん中目掛けて入れた。


「クッ」

「ははっ、そんな小さな一撃で、この巨大に勝てるわけがーー」

「ナノマシンッ!分離っ!」


 親が笑い返したその瞬間。イオの殴りに続いてカエデが叫ぶ様に放つ。それに合わせて、イオの拳に集中していたナノマシンが分離し、No.200の体内へと侵入する。


「警告、警告。異物が侵入」

「な、何っ!?」


 淡々とNo.200が呟く中、親が焦りを見せる。


「まさか、、その時間稼ぎというのは、」

「すみません。No.200の指令部分を見つけ出し、それに到達するための経路を、分析システムで透視しながら絞っていました」

「クッ」


 それに歯嚙みする親に対し、イオは律儀に空中で頭を下げ放つと、また目つきを変えて口を開く。


「申し訳ありませんが、もう、追って来ないでください」


 真っ正面から、その崩れた頭部から覗く親を見つめて伝えると、続けてカエデが声を上げる。


「イオッ!なんとか、大丈夫そう?」

「ああ、、これで、行けるぞ!」


 カエデは、イオに希望と策を与えた。イオから貰ったこの感情を返す様に。

 イオが戦う気力を無くしたあの時。イオの不安げに放ったそれを耳にし思いついたそれ。それは、カエデとイオが初めてあった時を思い出す様なものであった。

 あの時の感覚と、今の感覚。その変化と、変化したきっかけの数々。全てが全て良い記憶であるわけでは無いものの、それを含めて、大切なものだと実感出来る、愛おしくて暖かい感覚だ。

 そして、その時に共に、初めてレプテリヤに戦って勝利した、初めての策はーー


「じゃあな、」

「アクセスッ!ナノマシン、変形!」

「「ドリル」」

「何っ!?」


 イオとカエデが、同時にそれを放つ。そう、硬い皮膚を削ってコアに辿り着かせたあの時の策。

 それをするために、正確な指令部分の場所とルートを見つけ出さなくてはいけなかったのだ。

 もう二度と、イクトの時の様には、なりたくは無かったから。


「error、error、、指令部分に不具合が発見されました。error、error、指令部分に不具合が発見されました」

「行けたっ!?」

「ああ、完璧だ!」


 そのアナウンスを耳にし、不安げなカエデに笑顔で振り返る。No.200はこうしてアナウンスではあるものの言葉を発している。爆破もしていなければ、暴走もしていない。胸の指令部分の一部分を狂わせたため、制御室にあるメモリーも無事だ。


「今度は、、守れたぞ、全員をっ、」


 その「成功」に、イオは思わず口元を綻ばせた。だが、対する親はそれに歯嚙みし、通信システムを起動させる。


「クソッ!このポンコツめっ、、まあいい。どちらにせよNo.10は見つけた。これを、本部に報告する」

「っ!マズいぞっ!カエデッ、早く逃げーー」


 親がぼやき、本部に連絡を始める最中、イオは慌ててカエデに振り返る。

 が、しかし。

 そこにいたのはーー


「ギャゥォォォォォォォォォォォォ!」

「...は、?」


 大型の、レプテリヤであった。


「ギャィィィィィィィッ!」

「イオッ!?大丈夫!?」


 その大型の背後から、カエデの声が響く。どうやら、我々の間に割って入る形で現れた様だ。カエデが無事である事を知ったイオはホッと胸を撫で下ろす。が、危険な状態である事には変わりは無いと、直ぐに目つきを戻す。大型のレプテリヤ。イオが万全の状態で、尚且つカエデの頭脳を合わせてやっと通用した相手である。しかも、その時はイクトのフォローあってこそだ。それを、現在の状態で戦えるだろうかと。


「ギュィ、?」

「クッ」


 更に、こちらにはもち太郎が居るのだ。身を強張らせる一同とは対照的に、もち太郎は首を傾げる。もち太郎はいくら幼い頃から我々と共にしているからと言えどもレプテリヤである。故に、ここで大型を駆除する行為に、何かを感じてしまう可能性が無いとは言い切れないのだ。


「なっ!?お、おいっ、早くっ!何故応答がないんだ!?」


 背後で必死に声を上げる親は、こちらにゆっくりと近づく大型に焦りを見せた。対するイオもまた、どうするかと。思考を巡らす。

 が、刹那。


「大型の、対応を、行う」

「っ!?」


 突如、機能を停止した筈のNo.200が小さく呟く。


「ど、どういうことだ、?」

「...No.10、、君の気持ちも、分からなくはない」

「え、」

「ありがとう。君のお陰で、その感覚を取り戻せたよ」


 ノイズのかかった声で、No.200はイオを見つめ放つ。


「そ、それって、どういう」

「...そのままの意味だ。親の命令をこなすだけの存在だが、、どこかに、自由を求めていたのかもしれない。ありがとう。...だから、君は逃げてくれ」

「っ」


 逃げてくれ。その一言に、イオは怪訝な表情を浮かべる。また。またなのか、と。


「ど、どうするつもりだ、?声が出せるだけで、指令部分を破壊したんだぞ?大型に対応出来るはずがーー」

「出来る事が、、ある」

「え」

「指令部分は、体を動かす事のみに対応している。自身に内蔵された機能は別部分によって制御されている」


 掠れた声で、だがどこか強くNo.200が伝えると、その瞬間。


「制御室、緊急脱出機能起動」

「な、何っ」

「!」

「なっ!?No.200!何を考えている!?やめろ!私のっ、希望なんだっ!最後のっ、、そのために私はっ、!」


 No.200が呟くと同時に制御室に居た親が、その部屋ごと脱出ポットとなって飛び出し、その矢先ーー


「まさかっ!」

「自爆機能、起動」


 ーーNo.200は、目の前に迫る大型と共に、大きく爆破した。


「クッ!う、うぅ!」


 イオはその爆撃の中を、もち太郎とカエデを回収しながら抜けると、歯嚙みして更に加速した。


「...イ、イオ、、あれって、もしかして、」


 カエデが後ろを振り返り、あの爆破を見据え声を漏らす。それに、その通りだと言わんばかりに唇を噛み、悔しさから顔を背けるイオの行動に、カエデは察する。

 まただ。また、助けられたのだ。今度こそ、守りきれたと、そう思ったのに。


「クソッ!...クソォ!」


 弱々しく、イオが零した。それにカエデが表情を曇らせながら、イオの腕の中で抱きしめた。それを見つめるもち太郎もまた、大型のレプテリヤが爆発した光景に、険しい顔をしていた。

 が、それも束の間。


「No.10を発見」

「直ちに対応を行う」

「通信システム起動。音声及び映像を共有します」

「「っ!?」」


 目の前や背後に、複数の戦闘員が現れる。


「バカなっ!?早すぎるっ!」


 イオはジェットの勢いを殺さずに、そのままの速度で目の前の戦闘員を避ける。

 先程の親による通信だろうか。位置情報を把握していたとしても、早すぎはしないだろうかと。イオは歯嚙みする。

 恐らく、先程の親は捨て駒だった可能性が高い。既に到着していたのにも関わらず、その時を待っていた。そう考えた方が自然であろうそんなタイミングに、拳を握りしめた。


「イ、イオッ!なんとか、、しないと!」

「クッ、、と、とりあえず、逃げるぞ!」


 もう、戦闘員とは戦いたく無かった。もう、何も失いたく無かった。だからこそ、逃げるという選択肢しか、イオの頭には浮かばなかった。


「クソッ!クソッ!」

「逃がさない。チェーンメタル」

「クッ!?うっ!」


 対する戦闘員は容赦なく攻撃を放ち始め、イオの脚には鎖が巻きつけられる。それを、体に備え付けられたナノマシンを変形させて剣を生み出し、斬りつけて脱出するがしかし。その先々にも追尾弾やミサイル、手榴弾やホーミングランチャーなどがイオに向けられ、カエデともち太郎を抱えたまま、必死でそれを避け、肩から放つミサイルで対応する。

 が、それも長くは続かず。


「ぐはっ!」

「イオ!?」「ギュィッ!?」


 イオの背には、ミサイルが撃ち込まれる。


「クッ、、う、くぅ、」


 パチパチと、体の至る所から火花が散り、ナノマシンの補強も、僅かながら剥がれ始めている。だが、それでも尚。


ー絶対に、守る、、守り切ってみせる、、もう、絶対、あんな事にはー


 イオは耐え、前だけを見据えブーストをかける。


「っ!加速した。No.100番隊対応頼む」

「えっ!?今、100番隊とか言ってたよ!?そんなに、イオを捕まえるために出てきてるの、?」


 顔色を悪くして、戦闘員の声を僅かながら耳にしたカエデは呟く。それに、イオはただ前を見据え歯軋りする。確かに、たった一体の戦闘員相手に、ここまでの勢力を使うだろうか。いくら親に反発した存在だったとしても、親にとって大きな損害では無いはずである。

 この勢力が、イオに対してのものなのか、カエデに対してのものなのか、それは分からなかったが、イオはただただ厄介であるそれに目を細めた。

 すると、目の前から数体の戦闘員が現れ、こちらに向かう。


「クソッ、、二軍か」

「あれが、No.100番隊、?」


 吐き捨てるイオと、恐る恐る呟くカエデ。

 すると、その戦闘員達は一斉にナノテクを起動し腕にサーベルを作り出すと、それを伸び縮みさせイオに直接攻撃に向かう。


「クッ!グハッ!ガッ!」


 その軽く数えただけで二桁は超えるだろう数の戦闘員に、避け切る事は出来ずに腕や脚、肩や背に攻撃を直接喰らう。


「イオ!」「キキュィ!?」


 その度にふらつき、地に落ちそうになるものの、必死でそれを堪え、前に進み続ける。


「はぁっ!はぁ、、はぁっ!はぁ!」

「イ、イオ、」


 息を荒げて必死に進むものの、実際はほんの少ししか進んでおらず、既に機能のほとんどが使えていなかった。


「はぁ、はぁっ!」

「No.10。逃亡劇も、これで終わりだ」

「!」「イオ!危ない!」


 背後。いや、頭上から戦闘員の声が聞こえハッとする。が、それを認識した時には既にーー


 ーー背中に剣が突き刺さっていた。


 だが、それが突き刺さった様な痛みは、感じない。それに驚愕しながら、嫌な予感がイオを襲う。


ー嘘だ、、やめてくれ、そんな事、あってはいけないんだー


 息を飲み、不安げな表情で、ゆっくりとそれを目にするため振り返る。


 すると、そこには。


「ギ、、ギュゥ、」

「っ!」

「も、、もち太郎!?」


 青い液体を溢れ出しながらイオの背を守る、もち太郎が居た。


「あ、ああ、、あああああああああっ!」

「クッ、逃したか。だが、レプテリヤの駆除は完了した」

「ああああああああああっ!」


 イオは、その隙を使って戦闘員と距離を取りながら声を上げた。


「もち太郎っ!もち太郎ぉ!戻って!ねぇ!やだよっ!もち太郎っ、まだ大丈夫っ!大丈夫だから!また、すぐ回復するからっ!ねぇ、イオ!早くっ!早く戻って!ねぇってば!回収しに行ってよっ!」


 カエデもまた我を忘れて声を荒げる。だが、対するイオは、声を情け無く漏らしたまま、空中で留まった。


「ああああああああっ!ああああああああ!」


 もう、限界だったのだ。目の前で大切なものを、失い過ぎた。嫌だ、失いたくはないという必死に苦しむ気持ちと、またかという諦めの気持ちが、イオを支配していた。


「なんで!?なんで助けに行かないの!?」

「ああああああっ」


 カエデの言葉すら届かないイオは、そんな声を零し、追跡を続けながら突き刺したもち太郎を引き抜く光景を遠くで見つめていた。すると。


「動かなくなったな」

「そろそろ燃料切れか?」

「なら、ここで畳み掛ける」


 イオの様子を見て、またもや一斉に向かう。それに、カエデは更に声を荒げてイオに伝える。


「何やってるの!?早く!このままじゃっ!みんな死んじゃうよ!」

「はぁ、はぁ、、はぁっはぁっ、はぁっ!」


 どんどんと険しい表情になっていきながら、イオは息を漏らす。もう駄目だと。僅かな諦めすら感じた、次の瞬間。


「ギュィッ!」

「なっ」「何っ」「クッ」「こいつっ」


 突如もち太郎が声を上げると、突き刺していた戦闘員や、イオに向かっていた四体の戦闘員を触角で掴む。


「っ!」「もち太郎!?」

「ギュィッ!ギギュィ!」

「っ」


 もち太郎のその必死の形相は、まるで先に行ってと。そう言っている様であった。


「はぁ、はぁ!もち太郎、、もち太郎!」

「もち太郎っ!?何やってるの!?早くっ、こっち来て!受け止めるからっ!」


 呆然とするイオと、もち太郎に尚も訴えかけるカエデ。それに、もち太郎は小さく首を振る姿が、イオには見て取れた。


「っ!...クッ」

「もち太郎!駄目だよ!そんなに大勢の戦闘員を相手出来るわけないよ!早くっ!早く戻ってーーっ!?なっ、えっ、イオ!?イオ何やってるの!?」


 もち太郎に声をかけ続けるカエデを無視し、イオは踵を返して逃亡を始める。その行動に、ひどくカエデは怒り、声を荒げた。


「なんで!?何やってるのイオ!やめて!もち太郎をっ、置いてかないで!死んじゃうよ!あんな小さいのに、No.100番隊なんて相手出来ないよ!早くっ!みんなを、みんなをっ、守るんじゃないの!?」


 カエデはイオの腕の中で向きを変えると、彼の背中を殴りながらもち太郎に目をやる。と、その先のもち太郎は。


「ギュィッ!」


 まるで敬礼の如く、残された一本の前足を、頭の前に出し力強く放った。


「え、」


 それに、カエデが小さく零した瞬間。

 その場にはレプテリヤの。いや、もち太郎の奇声が響き渡った。


          ☆


 あれから追跡を逃れるべく低空飛行を維持し、なんとか身を隠せる場所を見つけたイオは、ボロボロの体で地に足を着いた。


「はぁ、はっ、はぁ、」


 イオは膝に手を着き、呼吸を整える。既に形の無くなった、大きな建造物であったものの骨組みの裏に隠れ、頭を押さえた。

 するとそんな中、同じく息を零しながら、震えた体と口でカエデは切り出した。


「なんで、、見捨てたの、?」

「はぁ、、はぁ、え、?」

「なんでっ!なんでもち太郎を助けようとしなかったの!?相手が戦闘員だから!?勝てないと思ったから!?」


 カエデは、瞳に水分を浮かべながら声を上げる。それに、イオは食いしばり、頭を押さえて顔を上げる。


「それは、、違う」

「違うって何、?いつも、そんな事しなかったじゃん。どんな時でも、どんなに相手が強大でも、私を守ってくれたじゃん、、体が不調で、相手がヒト型なんて時も、、私の知らないところで私を守るために戦ってくれたじゃん!なのに、、なんでよ、なんで助けようともしなかったの!?なんで動こうともしなかったの!?」


 カエデはそこまで言うと、イオに詰め寄り答えてと続ける。


「...そんなつもりはない、、もう、俺は、何も、失いたく無かったんだ、」

「失いたくないって、、ならなんでもち太郎を見殺しにーー」

「なら立ち向かえば良かったか!?」

「っ」


 カエデの言葉を遮って、今度はイオが声を荒げる。


「あの量の戦闘員に勝てるわけない。それは、カエデも分かってるだろ!?そこでもち太郎を助けに行って、、みんな失う可能性だってあったんだぞ!?」

「...そっ、それならっ、もち太郎は、優先順位が低かったとでも言うの!?」

「違う!そんな言い方ないだろ!」

「でもそうなんでしょ!?私を失いたくないから、もち太郎を助けなかった。そう言ってるんでしょ!?」

「そうじゃない!俺は、もち太郎を助けに行ってカエデももち太郎も失うくらいなら、逃げた方がーー」

「ほら!やっぱり比べてるでしょ!?」

「比べてなどいない!二つを失うより、一つの方を選んだだけだ!」

「ふざけないでよ!こんな時までっ、効率的に考えてるの!?数の話してるんじゃないんだよ私はっ!」


 言い合いの末、カエデが声を荒げたのち沈黙が訪れる。こんな事をしている暇はない。寧ろ、こんなに大声を出していて見つかる可能性が高い。ならば、こんな事をするべきではないのだが、意図せず声を荒げてしまう。そんな自身に嫌気がさしながらも、お互いは目を逸らす。


「もち太郎は、、私達を守ってくれたの。きっと、、そう。でも、、でもね、私は、諦めきれないよ」

「...え、?」

「イオみたいに、強くないから。私達のために体張ってくれた。だからそれを無駄にしないでその分生きようなんて、、思えない。たとえ私を助けるために犠牲になってくれたんだとしても、私は逃げずに助け返す」

「それで、、両方が壊されたら、、意味ないんだぞ、?」

「私は、、それでいい。見捨てて生き残って、その気持ちのまま過ごす方が、よっぽど苦しいもん」

「っ」


 カエデの言葉に、イオは目を剥く。長らくその感覚と向き合い、苦しんだイオだからこそ、その言葉の意味が深く理解できた。だが、それと共に、カエデはイオの様にはなりたくないと言っている様で、遠回しに告げられた否定にイオは拳を握りしめる。


「だからって、、そう簡単には割り切れないんだよ」

「みんなが居る場所が、私の居場所。私達の居場所でしょ、?一体でも欠けたら、駄目なんだよ」


 低く放ったイオの呟きに、カエデもまた低く首を振り返す。そのカエデの反応に、イオはピクリと目を動かし口を開く。


「それならイクトは、、どうなんだ、?あいつの時は、そんな事言わなかっただろ」

「イクトの時は、助けるとか守るとかの問題じゃ無かった。...イオだって、突然それが起こって対応出来ない状況だったでしょ。だから、、あれは、仕方ないよ。私が言ってるのはそういうことじゃ無くて、イオが、助けられるのに動かなかったからその話をしてるの。もち太郎が刺された時、ショックだったのは分かるけど、もう少し対応出来ることがあったんじゃないの?どうしてあんな直ぐに諦める様な事してーー」

「仕方ないだろ!」

「っ」


 イオがカエデの声を遮る様に大声で、そう荒げる。その声と形相に、カエデはビクッと体を震わせ身を引いた。


「俺だって、、もう限界だったんだよ!助けようと動いたら、両方を失くす可能性だってある。そんな、、そんな考えにもなるだろ!?No.2も、3も、4も。そして、イクトも、No.200と地下室も失って、、そんな状況で、、もう、何かしようなんて思えないんだよ!」


 抑えて来たであろう言葉を、イオは叫ぶ様にして垂れ流す。その内容にカエデは表情を曇らせながら、歯嚙みし視線を動かす。すると、少しの間ののち、イオは低く放った。


「お前の言う通りだよ。俺のせいだ。俺のせいで全部失った。イクトも、俺のせいで、、俺が壊したんだ。No.2も、No.3も、No.4もっ!」

「っ、、そ、そんな事私はーー」

「俺のせいでこうなった!...でも、今まではなんとも思わなかったんだよ。No.2や3、4を失った事も、俺がNo.10になってからはこんな感覚になる事も無かったんだ!」

「だからっ、何が言いたいの!?私の話の論点をズラさないでよ!」

「カエデからも責められて、こんなっ、、こんな事になるなら、、最初から、お前と出会わなければ良かった!」

「っ!」


 イオが内に秘めた、口に出そうになりながらもずっと我慢してきたそれを語り尽くすと、息を荒げたままカエデを見据える。それを受ける、対するカエデはハッと目を剥き、同じく呼吸を荒げた。


「はぁ、、はぁ」

「はぁ、、はぁ」


 お互いに。その場にはその息遣いのみが広がった。言葉を放つ事はせずに、ただ互いを見つめ合ったのち、カエデは唇を噛み、肩を震わせ口を開いた。


「もう、いい」


 震えた声と口で放ったそれを残して、カエデは奥へと踵を返し歩き始める。その姿に、イオは目を開き怪訝な顔で見つめる。


「お、おいっ、、ちょっと待てっ!今更なんだよっ!?こんなところで単体行動なんてしたらーー」

「...わがままなのは、、お互いそうでしょ?」


 カエデを引き止める様な声かけに、一度立ち止まったのち、背を向けたまま一言を返す。それに、イオは何も発する事は出来ずに、遠ざかるカエデを見据えた。


「チッ、、ふざけんなよ、」


 思わず愚痴が漏れ出た。勝手に現れて、勝手に修理を始めて、勝手に話を進めて、勝手にイオをこんな風にして。そして、全てを失くした後に、勝手に居なくなる。


「勝手過ぎんだろ」


 イオは思った言葉をそのまま口にしたのち、カエデを追いかける事もせずに踵を返した。


          ☆


「はぁ」


 イオと離別したのち、カエデは単体でその奥へと進みながら大きなため息を漏らす。

 イオの言葉も、十分理解していた。もう少し寄り添うべきだったとも思う。だが、イオと同じく、カエデも限界だったのだ。皆がいればそこが居場所。それすらも、イクトを失くし苦しい中、必死に笑顔を作って搾り出した小さな希望の言葉だった。

 あの時から、とっくに壊れていたのかもしれない。

 このまま一緒に居たら、お互いがおかしくなってしまうと。行く当てもないカエデは、途方に暮れながらそんな自分勝手な理由を正当化し歩みを進めた。

 と、その瞬間。


「んっ」


 ふと、開けた場所に出たカエデに、大きな風が吹きかける。それに一度は目を瞑り腕で顔を隠したものの、ゆっくりと腕を退けて目を開く。

 と、そこには。


「ん、、っ!」


 赤い夕日に照らされた、大量の青紫色の花が、遠くまで広がっていた。


「こ、、これって、」


 ドクンと。胸の奥が跳ねる感覚がした。どこかで見たことがある。いや、そんな小さなものではない。この花畑は、とても大切な。忘れてはいけないものだ。これはーー


「ムスカリの、、花、」


 それを呟いた瞬間、カエデの瞳からは。

 大量の涙が溢れ出た。


          ☆


「なんなんだよ、、ほんとに、」


 イオは尚もぼやきながら、廃れた建物の間を歩き続ける。身を潜めている方が安全であり、燃料にもその方が良いだろう。だが、歩かずにはいられなかった。直ぐにその場を離れたいという感覚と、体を動かしてこの脳内のモヤモヤを解消したいという感覚が、イオを動かしたのだ。

 きっと、また直ぐに戦闘員に見つかるだろう。カエデは、大丈夫だろうか。そんな一瞬の心配をした瞬間、イオはハッとし首を振る。


ー何考えてるんだ、、俺は。あいつとは、もう終わりなんだー


 胸の奥が何故か苦しかった。どこも異常は無い筈なのだが、ソワソワとして仕方がない。今まで、カエデによって様々な感覚を知ったが、これはまた始めての感覚であった。


「はぁ、なんなんだよ、クソッ!」


 イオは、どうする事も出来ないこの感覚を振り払うべく、近くの瓦礫の破片を蹴った。

 すると、そこには。


「...なんだよ、これ」


 薄暗くなる中、西日を受けて光るガラスの様なものがそこには落ちていた。


「...なんだ、デバイスか、?表面が割れているが、中の映像は無事だ、、液晶では無いのか、?」


 それを手に取ったイオは、まじまじと見つめる。それは、薄く四角いものに、前にだけガラスが付いており、その中に何やら紙が入っていた。それを取り出そうとして、イオは思い出す。


ーこの感じ、確かー


 そう。カエデの地下室で見た、「写真」である。やはり紙に印刷するのがオーソドックスな方法だったのかと。イオは納得しそれを取り出す。

 が、それを目にした瞬間。


「え、?」


 イオは目を剥き、体を停止した。


「...なんでだよ、、なんなんだよ、これ、」


 その写真というものに写っていた、それはーー


「なんで、、ここに、居るんだよっ、!」


 ーー指を二本立てて笑顔を浮かべるカエデが、写っていた。


 だが、本当に驚いたのはそこでは無く、その隣。


 笑顔を浮かべるカエデの隣に、同じく指を二本立て笑う、"イオ"が居た事だった。

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