第9話「スカビオサ」

 カエデは、レプテリヤでも無い。そんな衝撃的な言葉に、イオは目を剥く。一度は違う存在であると予想したものの、ヒト型のレプテリヤが現れてからというもの、明らかに容姿が同じであるがために同一のものだと錯覚していた。ならば、これは一体なんなのだろうか。驚愕するイオだったが、カエデの方がショッキングな話であろう。それを察したイオは、自身だけはと思いながら平常心を保ちガースに放つ。


「か、、カエデが、レプテリヤじゃ無いのは本当なのか?」

「ああ。どう見ても違うのは分かるだろ。俺らの様に黒いオーラを纏っていないし、眼球が白で瞳が緑だ。俺らは黒い眼球に黄色の瞳。どう見ても違う」

「だ、、だが、今までのヒト型は、そんな事は一言も、」

「だから呆れたんだ。レプテリヤだと思い込むならまだしも、フレアだと錯覚するとは。普段あいつらはヒト型と接していないからな。自身の身体つきだけで判断してしまったんだろう」


 淡々と、ガースは答える。それに、イオはヒト型はヒト型と行動しているわけでは無いのか、と。そんな疑問も生まれたがしかし、今はその話では無いと、首を横に振る。すると、今度はガースの方から口を開く。


「その証拠に、何か不可解な点が無かったか?」

「ふ、、不可解?」

「ああ。普段レプテリヤに対して使えていたものが使えなかったり、レプテリヤとは違う行動をしていたり」

「っ!」


 その言葉に、イオはハッとする。そういえば、分析システムで分析が行えなかったのはカエデだけである。元々はヒト型という新たな存在故に、情報が読み取れないのだとばかり考えていたが、ヒト型のレプテリヤに対しても普通に使えていたのが、何よりの証拠だ。


「なら、、カエデは、一体、?」

「それは俺も知りたい事だな。お前は一体なんなのか。確認のしようがないが、気になる点だ。何か、お前は心当たりあるのか?」


 ガースの質問に、イオはただ首を左右に振る。カエデが自分の事すら覚えていない記憶喪失である事や、これまではずっとレプテリヤだと思って過ごした事。その全てをガースに話した。情報漏洩は問題だと考えたが、カエデの正体に繋がる有力な情報や本部の重要情報は無かったため、包み隠さずそれを話した。


「そうか、」

「ああ」


 お互いに、それしか言葉が出てこなかった。記憶を戻すための方法を出す事も、記憶が戻ればいいねと、そんな声をかける事すら無かった。そう、記憶が戻る事が、必ずしもいい事とは、限らないから。そんな雰囲気を変えるためにも、ガースは改めて声を上げる。


「とりあえず、俺は戻らせてもらうよ。こっちもこっちで、まだやる事は残されてるからな」

「そう、なのか、、分かった」


 イオは、それは何かを聞こうとして、口を噤んだ。こちらの情報は全て話したのだから、聞いても文句は無いだろうが、何か。関わってはいけない何かを感じたのだ。これを聞いたら戻れなくなりそうな、そんな深い闇を。故にイオはそれだけを返すと、ガースは微笑んで踵を返した。と、その後数歩先で止まり、あっと呟き振り返る。


「ちなみに、お前らはカタストロフィを知ってるか?」

「カタ、?なんだそれは」

「カエデは?」

「し、知らない、」


 首を傾げるイオと、未だ放心状態のカエデは小さく返す。


「知るはずないか、、まあいい。とりあえず、こっちもまだやる事がある。また何処かで会うかもしれないな」

「あ、ああ。その時は、、また」


 その返答にガースは息を吐くと、改める様に声を上げ触角を出すと、大きく飛躍しその場を後にした。それを見送ったのち、イオはバツが悪そうにカエデに振り返る。


「キュ、」


 カエデの様子に、もち太郎も心配している様であった。カエデの足元で体をくっつけ、様子を見ている。イオは、そんなもち太郎に歩き始めると同時に放った。


「もち太郎。静かにしてて偉かったぞ」

「キュゥ!」


 少し鳴き声のトーンを上げてもち太郎は跳ねる。その姿を、イオは見続ける。カエデに、なんと切り出せばいいか、分からなかったからだ。すると、カエデの方から話を始めた。


「イオ、、私、レプテリヤじゃ無くて、、戦闘員でも無いんでしょ、?」

「そ、それは、」

「ならっ、、なら私はなんなの!?」


 震えた声で、カエデは口にする。そんな事分からないという様に、イオが目を背けると、カエデはハッとし俯いた。


「ごめん、、イオが、知るわけないよね、」

「...俺だって、、前も言った様にずっとお前をレプテリヤのヒト型だと思って接してきた。機会があれば、本部に連行しようとも、初めの頃はいつも考えていた」


 胸を張って言うことでは無いが、イオはそれをカエデに告げる。それに、「そうだよね」と呟くと、静かにもち太郎の頭を撫でて口を開いた。


「と、とりあえず、イオの体も大変だし、まずは帰ろ?」


 カエデは、いまだ浮かない面持ちだったものの、張り付いた笑みでそれを促した。考えても仕方がない。それは、カエデ自身が一番分かっていた事だろう。だが、気が気でないのも理解出来た。


「...そう、、だな、」


 イオはそれに気づきながらも、そう言葉を濁す事しか出来なかった。記憶を取り戻せば種族が思い出せるだろうか。そんな確信も無ければ、記憶を取り戻す方法すら分からない。そのため、イオは具体性にも欠けた、ただの慰めでしか無い言葉を、代わりに放つしか無かった。


「...これから、、少しずつ思い出していこう」

「...うん、」


 今までの事を、イオは噛み締める様に思い返す。今まで、ただ逃げてきただけだったのかもしれない。レプテリヤだと勘違いをしていたからこそ、記憶を取り戻させるわけにはいかないと。記憶がないままでいいではないかと。そう考えていた。だが、それこそがイオの傲慢であった事に気づき、目を逸らす。カエデは、本当はずっと不安だったのかもしれない。見えないところで、思い悩んでいたかもしれない。だからこそ、と。イオは目つきを変えてカエデと共に歩き出す。

 どんな結末になろうとも、今度はカエデのために行動してみせると。

 カエデの好きという思いが、イオのこの思いと同じならば。イオのために行動してきたカエデのそれを、そのまま返さなくてはならないと。そんな静かな覚悟を決め、一同は我々の地下へと戻った。


          ☆


 あれから、体に限界がきていたものの、歩く事や走る事といった日常的な動きは出来ていたため、カエデと何か思い出せる様な事を話しながら歩いて帰った。飛行システムは、まだ使えはするが負担が大きいからだ。

 その中でいくつか単語を放ったり、何か思い出せそうな事を必死で考えては口にしたイオだったが、カエデが思い出す事は愚か、反応を見せることも無かった。


「...ごめんね、」

「いや、、いいんだ。大丈夫、焦らなくていい」


 短く、だが優しくイオは返した。カエデはその優しさが、逆に苦しくて思わず歯嚙みした。すると、少しの間を開けたのち、イオはふと思い出したように改めて口にする。


「俺がNo.1だった時の話を、、聞いたんだろ、?」

「えっ!?な、なんでそれをっ」

「なんとなくだが、反応で分かる。恐らく、ラミリスとの戦いの後だな」


 全てを見透かしている様な発言に、カエデはギクリと肩を震わせ目を剥く。


「え、、エスパー、?」

「違う。俺への視線が、どこか寂しそうな。俺がちょっとした話をする時、同情の目をしている気がしたから」

「どっ、同情なんかじゃ無くてっ!」

「分かってる」


 カエデが声を上げ訂正しようとすると、イオは微笑んで柔らかい声音で返した。


「俺が言いたいのはそういう事じゃ無くて。俺も、、No.1の時の事を思い出したって事だ」

「!」


 そうだ、と。カエデはハッとする。イオが失くしたはずの記憶。No.1だった時という話が、No.10となったイオから放たれるわけがないと。少し遅れて気がつく。


「俺は戦闘員だ。だから、記憶メモリーを削除されれば簡単に全てを忘れる。でも、、思い出す事が出来た。という事は、今までも、頭の何処かに存在していたんだ。あの時の記録。いや、記憶が」

「...」


 カエデは、どこか遠い目をして続けるイオを見つめながら、何を言うでもなく聞き入れる。


「だから、カエデもすぐじゃ無くていいんだ。俺も、ずっと頭のどこかにあったはずなのに、それまで分からなかった。だから焦る必要は無い」

「イオ、」


 真っ直ぐ前を見つめ放つイオが、いつもより輝いて見えて。カエデはほんのりと頰を赤くすると、腕を見つめる。


ーこ、この間、、不可抗力だけど手を握っちゃったし、、もう両想いみたいなもんだし、、いい、よね、?腕、くらいー


 カエデは悶々と考えながらイオに近づく。そのまま腕に手を回せばいいのだが、それを考えると頭から湯気が出てしまいそうで。なかなかそれが行えない。


「う、うぅ、」


 その手前で止まり腕を見つめる。その様子に、イオはふと視線を下げてカエデに目をやる。


「どうした?俺の腕が、、どうかしたか?確かに破損しているが、、ああ、地下に戻ってからの修理の事をもう考えてくれてるんだな。ありがとう」

「へっ!?あ、う、うん!そうそう!やっぱ私くらいになると見ただけでどういう直し方をすればいいか分かっちゃうんだよね〜、、うぅ」


 胸を張って笑ってみせるものの、はぐらかされてしまった事に口を尖らせる。


「キュィ」

「む。その不憫なものを見る様な目を止めなさいもち太郎!」

「キュキュ」


 どこか笑っている様子のもち太郎にカエデがジト目を向けた。と、その時だった。


「...!」

「もー、もち太郎ってば、、きゃっ!?な、何、?」


 突如イオが目を剥き立ち止まり、手を横に出す事によってカエデを止める。


「ど、どうしたの、?イオ、」


 見上げた先のイオは、僅かに震え、何かマズいものを見てしまったかの様な、怪訝な顔をしていた。それにただならぬ雰囲気を感じ、カエデはその視線の先を見据える。

 と、そこにはーー


「えっ」「キュ、?」


 我々の拠点。地下の入り口の周りに、大勢のものが立っていた。その姿は、どれもイオやカエデと同じ風貌であり、親近感を覚えた。だが、イオは震える。


「...嘘だろ、、なんで、」

「え、?あれって、?...おじ、さん、?」


 カエデが反射的にビクリと肩を震わせ、どこかで察しながらもイオに問う。と、イオもまた震えた唇で、こちらへ振り返ると、ゆっくりと告げる。


「あれは、、親。俺達の、戦闘員の守るべき存在であり、本部を取り締まる存在だ」

「え、」


 そう。イオからたまに聞く親という存在。名称の通り、イオ達戦闘員を作り上げたものたちであり、レプテリヤから守るべき存在である。それを理解すると同時に、カエデはイクトの話を思い出し目つきを変える。造り出した戦闘員を働かせ、壊れれば新しいものを用意すればいいという、出会った当初のイオの考え方を教え込んだ存在。

 思わずカエデは握る拳の力が強くなった。


「あれが、」

「ギュルル」


 もち太郎もまた、見慣れないその姿に威嚇をする。そんな中。


「親が本部から足を踏み出すなんて事は滅多にないんだが」


 と。イオはそう呟き少し悩んだ素振りを見せたものの、一度頷きカエデに向き直る。


「とりあえず、こっちはカエデともち太郎が居る。もち太郎はレプテリヤで、カエデはいくらレプテリヤじゃ無いと言っても未知の存在という形で回収されかねない。だからこそ、この場はとりあえず、刺激せずにどこか隠れられそうなところに行こう。少ししてから俺が戻って様子を確認しにーー」

「そこに居るのは、、No.10か?」

「「「!」」」


 イオがカエデに冷静に告げるのを遮るように、その中の一名が声をかける。それに、ピタッと動きを止め、絶望に打ちひしがれた様にイオは目を剥いて振り返る。


「おお、やはりそうだったか。姿が見えないから心配していたんだぞ?我々は」


 ゆっくりとこちらに近づきながら放つ親に、イオは小さくカエデ達に逃げる様促す。がしかし。


「っ!」


 カエデはイオの腕を掴み、動こうとはしなかった。それに続いてもち太郎もまた、その場から動く事は無かった。


「な、何やって」


 歯嚙みするイオ。だが、カエデが一向に離す事は無かった。イオをここに置いて行ったら、もう二度と会えない気がして。逃げられても、その先には絶望しか残されていない様な気がして。だからこそ、カエデはその意思を告げるように、更に掴む力を強めた。


「クッ」


 その様子に仕方がないと。イオは一度唇を噛むと、親に向き直り、必死にカエデ達を隠す様に前に出る。がしかし。


「!」


 その抵抗虚しく、親はイオよりも後ろに視線を向けて目を見開いた。


「っ」


 それに、気づかれたと。イオは身構える。と、親はそれを見つめながら小さくぼやく。


「...やはり、そうか」

「何、?」

「No.10。早く本部へ帰還しなさい。そこのレプテリヤも連れてな」


 それを聞き逃さなかったイオが返すと、親は誤魔化す様にそう声を上げる。それに、怪訝な表情を浮かべたイオは、こちらもまた話を逸らすために口を開く。


「やはり、、とは。どういう事ですか」


 目を細め、イオは声のトーンを落とし問う。それに、奥の親も気づいた様子で、全員がこちらに近づく。それに「ま、マズいよ、」と呟くカエデだったが。今のイオに、その呟きが届く事は無かった。


「やはり、とはなんですか。まるで、これを知っていた様じゃないですか」

「ああ。知っていた」

「「!」」


 イオの問いに、即答で返す親。その速度もだが、その言葉に、イオとカエデは目を剥いた。どうやって、と訊きたい様な表情を浮かべる一同に、それを放つよりも前に親が答える。


「これでね」

「!」


 親が短く放って手に持った"それ"を見せる。顔の前にまで持っていきイオに突きつけるそれは、少し大きめなメモリーの様なものだった。それを目にした皆の中、イオのみがハッと気づき絶望の色を見せた。


「...それ、、は、」

「え、?どうしたの、、イオ」


 震えた体と、止まないざわめき。先程親に遭遇した時と同じ様な感覚である。首を傾げるカエデに、イオはあくまで視線は親に向けたまま、恐る恐る告げる。


「...あれは、、ログデータ。...つまり、俺ら戦闘員の記憶メモリーだ」

「!」


 それに気づき、カエデもまた目の色を変える。これのお陰で我々が共に居ることを知った。それは即ち、我々が共に居るところを目撃していた戦闘員のデータという事になる。イオはあれからカサブランカには帰っていない。即ちーー


「No.190に何をした」


 イオは先程の様子から一転、今度は怒りを露わにしてそう放つ。


「いや。ただデータを貰っただけだ。何せ、あの出来損、、いや、No.190は我々に正確な情報を提供していない。No.10を、もっと以前に見つけていたというのに、何の報告も無かった。それは、大きな問題だ。更にはレプテリヤと共に過ごしているのを知りながら、駆除は愚か、伝達すらしないとは、、呆れたよ」


 その話に、イオは目を大きくする。イクトは、最初から本部に報告していなかったのだ。それを察していたカエデは、自身のせいでこうなってしまった事を悟り、顔から血の気が引いていく。


「とりあえず。No.190が見て、得た記憶はログの方で把握させてもらった。No.10。君にはまた改善の改造を施さなければならなそうだな」


 目を細め、イオを見つめる姿は、まるで敵を見ているかの様な感覚であった。それにただ拳を握り締める事しか出来ないイオに、ぞろぞろと、背後からも親が集まる。このままでは本部へ強制送還されてしまう。イオだけでは無い。カエデも、もち太郎も。最悪の場合、駆除されてしまうかもしれない。そんな事に焦りを覚えていると、ふとカエデがイオの腕を引っ張る。


「イオ!逃げるよ!」

「なっ!?そ、そんな事したらーー」

「何言ってるの!?親っていう方々、イオの事もう反逆ものだと思ってるよ!」

「っ」


 カエデは、今更何だというのだ。と、逃げる選択肢を取っても変わらないと強い視線で告げる。それに、イオは親に一度振り返り生唾を飲んだものの、直ぐに目つきを変えて頷いた。


「分かった。行こう」

「っ!うん!...行くよっ!もち太郎!」

「キュ!」


 イオの覚悟を決めた表情に、カエデはパァッと笑顔になると、もち太郎に促して走り始める。


「おい!No.10!待て。裏切るつもりか?」

「裏切るも何も。貴方達、戦闘員はいくらでも変わりが居るって言ってるじゃ無いですか。俺は本部へ手出しはしません。ただ、俺は俺の道を進むことを選んだだけです」


 イオは、走りを始めながら顔だけで振り返り、そう親に告げる。


「使命から逃げることになるんだぞ!?」


 その宣言に、親は声を荒げるがしかし。


「飛行システム、起動!」

「キャッ!?」「キュッ!?」


 イオは飛行システムを起動してカエデともち太郎を抱えると、飛躍し放つ。


「逃げではありません。選択です。世界にはあらゆる選択肢が存在します。それを、自分の思い通りにならない選択をしたものに対して、逃げという言葉を使うものの方が逃げていると俺は思います」

「何を一丁前に!?」


 ずっと戦闘員は親のために尽くす存在だと理解していた。納得していた。だが、No.1の事を思い出し、カエデとの生活で理解した。それが、どれ程小さな世界の中での話なのかを。戦闘員が嫌なわけでも、親を裏切るつもりもない。ただ、カエデと静かに暮らす事を"選択"しただけだと。イオはそれだけを残してその場を後にした。幸い、そこには戦闘員は居なかったため、飛行システムを使用すれば追ってくる事はまず無いだろう。イオはそう考え、カサブランカから更に離れた場所へと。新たな拠点を探すため飛び立ったのだった。

 それを見つめながら、親達は息を吐いた。


「...行ってしまったか」

「ああ。あいつも出来損ないだな」

「このままではマズいぞ」

「分かっている。あれは確実に回収しなければならないものだ。プランBで行くぞ」

「了解」


 すると、親の中でも上の存在であろうものが、鋭い目つきで、力強くそれを告げたのだった。


          ☆


「う、うぅ、」

「どうした?」


 親を撒いたイオは、身体の負担を考え、ブーストを弱めながら浮遊していた。そんな中、カエデはそんな弱々しい声を漏らす。親の件だろうか、はたまた自身の記憶に関係するものだろうか。イオはそんな疑問を抱いていると、カエデはイオに強くしがみつきながら口を開く。


「た、、高い、」

「ん?ああ。もしや、高いのが無理なのか?」


 その、どの心配とも違かったカエデの発言に、イオは拍子抜けしながらも聞き返す。すると、カエデはそれに無言で頷いた。

 そういえばそうであると。イオはふと思い出す。初めて出会い、相手にした中型のレプテリヤの時や、大型のレプテリヤに見つかった際も、カエデはその様な素振りを見せていた。


「だが、さっきのナノマシンで飛び上がった時は平気だったんじゃ無いか?」

「あ、、あれは、戦いに集中してたし、私が操縦だったから、」


 カエデは顔色を悪くしながらそう答える。戦いに集中していたのは中型の時も同じだったと思うのだが、イオはカエデの表情が限界に近かったため口を噤んだ。そして、その代わりにイオは苦笑しながら提案する。


「そんなに不安なら地上で歩くか。...距離は取ったし、そろそろ問題無いだろう」


 イオがそう提案すると、腑に落ちない顔をしながらも、カエデは頷くのだった。


「キュィ!」


 地面に降り立ち手を離すと、もち太郎が元気よく飛び出す。その隣で、対照的にふらつきながら頭を押さえるカエデ。


「大丈夫か?」


 イオの素直な心配に、カエデは口を尖らす。


「別に不安とかじゃ無いの。...その、高いところが無理っていうよりかはーー」


 カエデが目を逸らしそう呟いた。その瞬間。

 ガラガラッと。瓦礫が崩れる様な音が近くから聞こえる。


「「「!?」」」


 もち太郎を含めた一同が目つきを変えて身構える。降り立ったこの地は、以前建物として使われていたであろうものが崩れ、骨組みだけとなった巨大な箱の様なものが、幾つも建つ未開の地であった。今までカエデとの外出時にも来たことがない場所だったがために、土地勘が全く無かった。つまり、ここでレプテリヤと遭遇したらマズいと。

 既に限界を越えた身体を必死に起動させながらイオがその瓦礫の山に近づく。

 と、刹那。


「なっ!?」

「えっ」「ギャイッ!?」


 突如その瓦礫から巨大な何かが飛び出し、イオを飲み込む様に掴むと、放り投げる。


「イオ!」「ギャォゥッ!」

「がはっ」


 その威力は凄まじく、イオはいくつもの壁や瓦礫を突き破りながら遠くへ叩きつけられる。すると、それに合わせて。

 "それ"が瓦礫から現れた。


「何やってっ、、えっ、」「キュッ!?」


 カエデは怒りに声を荒げながらそちらへ振り向くと、その先。それを目にし声を失くす。

 そう。そこに居たのはーー


「なんで、、イクトが、?」


 No.190の姿だった。


「標的発見。直ちに捕獲作業に入る」

「えっ」


 その、普段とはかけ離れた姿に、カエデは目を剥く。これはイクトではない。見た目は同じであっても、雰囲気や声音、目つき。その全てが、別ものの様だった。その姿に驚愕していると、イクトは体を低くし速度を上げてイオに向かった。


「っ!危ない!イオ!」


 それにハッとし、声を荒げるものの、遠くへ飛ばされたイオの耳に届く事は無かった。


「...クッ、、な、なんだ、?」


 バリバリと目の前にノイズが走り、警告音が脳内で長く再生されながら、イオは目を細めそれを見据えようとする。が、しかし。それは既にこちらに向かって来ており、それに気づいた瞬間。


「クッ!?」


 既のところで。腕を剣の形に変形したイクトを防ぐべくインパクトによる圧力で相手の速度を緩めさせ腕でそれを押さえた。すると、それにより目が合ったイオは、相手の顔を見据え目を剥く。


「...No.190、?」

「抵抗しても無駄だ。早急に本部へ戻ってもらう」

「な、どうしーーっ!?」


 イオはその様子のおかしいイクトに怪訝な顔をしたが、彼の瞳を見て理解する。

 普段青色の目、光を発していた筈の瞳が、赤い光へと変化していた。その現象は見た事は無かったが、その色合いと雰囲気で察する。


「まさかっ!ごふぁっ!?」


 イオが何かに気づいたと同時、イクトによる蹴りを受けまたもや左側に滑る様にして吹き飛ぶ。


「クソッ、バーニングバースト!」


 すると、その先でイオは歯嚙みしながらも、皆を守り切るため攻撃を放つ。が、ナノマシンで作り上げられた体には通用せず、それを分散させて避けたのち、イオの目の前で再構築させイクトは蹴りを入れる。


「ぐはっ!」


 回転をしながら飛ばされるイオ。この状況は相当マズいと。脳内で呟くイオだったが、カエデ達がこの場に居ないことだけが救いであると。ホッと息を吐く。が、しかし。


「っ!」


 いや待てよ、と。イオは目つきを変える。先程の親が追ってきていたらどうするのだ。途端に焦りがイオを襲う。ならばここで攻防戦を繰り返していたら逆に危険なのでは無いかと、イオはイクトを見据える。

 赤い双眸。この話し方や風貌。それは恐らく、強制操作システムによるものだとイオは理解していた。即ち、怪しい行動が親にバレ、ログデータを抜き取られたイクトは、そのメモリーを見られ自身の意思で勝手な行動をしたことがバレてしまったのだ。それによって、イクトは"改善"されてしまうだろう。イオの時と、同じく。

 だが、そんな事をしなくとももっと安易な方法で親の思う存在に戦闘員を変更してくれるものが存在する。それが、強制操作システム。

 イオもそれを見たのは今回が初めてではあるものの、噂程度には聞いていた。それは同じくメモリー型をしており、それをログデータを入れる挿入口に差し込むと、強制的にその戦闘員を望んだデータに改ざんする事が可能な代物である。そんな危険なものが本当にあった事も驚きだが、それを使ってしまう程大事となっている事にも驚くイオ。だが。


「クッ」


 イオは目の前のイクトの攻撃を防ぎ、攻撃を放ちながら考える。本当に、それだけだろうか、と。

 今のイクトを前にした時から感じている。この頭ではないところで湧き上がる感覚は一体なんだろうかと、イオは悩む。胸の辺りが締め付けられる様な、そんな感覚。イオがその感覚に頭を悩ませた、その直後。


「ガハッ!」


 イオとした事が、気を抜いてしまったがために、またもや腕を巨大な塊へと変更したイクトに殴られ、吹き飛ばされてしまう。


「グハッ!ガハッ!」


 それに、またもやいくつもの物を突き破りながら叩きつけられた。その先は。


「イッ、イオ!?大丈夫!?」

「何っ!?」


 先程の場所。いや、、僅かに違う場所であった。先程よりも少し手前の感覚だ。即ち、カエデは飛ばされたイオを追って走っていた最中だったのだろう。そこに、イオは運悪く吹き飛ばされてしまったという事である。


「駄目だっ!カエデ!早く逃げーー」

「標的、ロックオン。既に弱っていると判断」

「クソッ!ごはっ!」


 カエデに逃げる事を促したイオだったが、それを遮る様に、背後にはイクトが現れ、拳を握り腕を一つの巨大な鉄球の如く形状にすると、それで殴り抜ける。


「クッ、ごはっ」

「イオ!」


 反射的に防ごうと腕を構えたイオだったが、現在の体で受け止め切れる筈も無く、直接それを喰らう。が、それが下向きに振り下ろす形で放たれたものだったがために、イオは吹き飛ばされる事無く目の前に叩きつけられるだけで済んだ。とは言っても、瓦礫を突き破る際のダメージが減っただけだが。


「なかなかしぶといな」


 イクトは僅かに首を傾げイオを見下ろす。どうやら、イクトは機能停止をさせてから運ぼうと考えている様だ。確かに、その方が効率的ではあるのだが。

 そんな、相手を褒め称えながら、立ちあがろうとするものの、大きくバランスを崩し、その場で倒れる。


「イオ!」

「駄目、、だっ、来たら、」

「そこに居るのは、もう一つの標的」

「「!」」


 倒れ込むイオとカエデは、同時に目を見開く。やはりそうか、と。イオは歯を食いしばる。

 ログデータを見られているため、イオだけで無く、共に過ごすレプテリヤの存在もバレているのだ。そして、その中で親達は思っただろう。そこにヒト型が、居ると。

 先程のガースとの会話は聞かれていなかったため、親にはカエデは未だヒト型レプテリヤだと認識されているだろう。故に、貴重なサンプルだとされ、回収される可能性が高いとイオは踏んでいたが、やはり最悪な予想が当たってしまった様だと。イオは拳を握り締める。

 と、そんな中、イクトはカエデに向かって足を進め、イオを追い越した。刹那。


「そこのお前も回収する」

「えっ!?きゃっ!?」


 カエデは慌てて逃げようとしたものの、イクトが腕にナノマシンを集合させて伸ばし、先程イオに対して行った様に取り込む形で掴む。


「やっ、めっ、て!」

「やめろ!カエデをっ!カエデを離せっ!」


 イオの叫びにすら反応せずにイクトはカエデを握りつける。回収するとの言葉から、危害を加えるつもりは無さそうではあるが、どんどんナノマシンに取り込まれていくカエデを前に、イオは耐えきれず、ただ声を荒げた。と、刹那。


「クッ、、う、うぅっ、、イオ、、ごめんねっ!コードッ!14106。アクセス。刀に変更!」


 カエデが振り絞った様な声で放つと瞬間。


「うおっ!?」


 イオの体から幾つものナノマシンが分解し現れ、それが集合し刀になったのち、回転しながらカエデの元へ向かった。それによりーー


「何っ」

「クッ!」


 カエデを掴んでいたイクトのナノマシンを斬り刻み、間を横切る形で刀が通過すると、カエデの右手に握られる。


「っと!」


 それによりイクトから離れたカエデは、未だ彼のナノマシンが体を覆い尽くした状態のまま、その刀を上に投げて口にする。


「ナノマシン。装着」


 呟くと共に覆われたカエデの体に。僅かに開いた隙間から入り込んでは装着する。と、そののち。


「ナノマシンッ。分散!」


 カエデが力を込め放つと、同時に装着されたイオのナノマシンが分散し、イクトのものを飛ばす形で弾ける。


「標的の攻撃法を確認。標的のレベルを一段階上昇」


 カエデが分散したナノマシンをまたもや元に戻し、腕に着ける光景を見つめ、イクトは淡々と呟く。すると、その後。


「故にこちらも、レベルを一段階解放します」

「「っ!?」」


 これはまだ序の口という事だろうか。カエデとイオは目を剥き構える。と、イクトは腕をサーベル型にし、背中のナノマシンを分散させて以前の様に自律型のマシンに変換する。


「っ!?」


 それと同時に、音よりも速く目の前に現れたイクトの攻撃を防ぐ様に、カエデは腕に着いたナノマシンを変形させて盾を作る。がしかし。


「カエデッ!背後だ!」

「!」


 対するイクトの分離したナノマシンが、それぞれレーザーを構えながらカエデの背後に近づく。


「ううっ!させない!インパクト!」

「っ」


 カエデは腕の盾をアーマーに戻したのち、インパクトを放って一度イクトを押し出したのち、振り返る。


「ナノマシン。分散、及びレーザー対応!」


 カエデの声に反応し、腕のナノマシンは分離し、合計四つの塊となりイクトのナノマシンに同じくレーザーで対応する。と、対するカエデは成す術なく、その場を一度離れようとするものの、イクトは両手をサーベル状にし、それを伸ばす事で追い詰める。


「うっ!?」

「カエデ!?」


 既のところで避けたカエデだったものの、それが足に掠り、太腿を削る。


「うあああっ!?」


 聞いた事のない声で痛みを叫び崩れ落ちるカエデ。この状況にマズい、と。イオはナノマシンが無くなったことにより更に悪化した体を必死に起こしながら、辺りを見渡す。何か無いか。ここで策も無しに突っ込んで行っても、きっと止める事など出来ないだろう。未だに今のイクトをイクトとして見つめると手が震える。だが、今はそれでは無いと。僅かに見せる隙。癖。それぞれを見極めようと集中するがしかし。


「うああぁっ!?」

「っ!」


 カエデはまたもや声を荒げ倒れ込む。次は足の付け根の様だ。なんとか接続部分や、神経が通っていると思われる場所は避けられた様だが、立っていられる状況では無いだろう。それに焦りを覚え、頭を悩ませるイオ。このままでは回収されてしまう。そう考えた瞬間。


「う、嘘っ」


 とうとうイクトのナノマシンへの対応に耐えきれなくなったイオのナノマシンが崩れ、それがカエデを狙う。と、思われたが、そのナノマシンは持ち主であるイクトの周りへ戻っては浮遊し、彼は口を開いた。


「手間をかけさせたな。これで終わりにしてやる」

「「!」」


 それに絶望するイオとカエデ。周りのナノマシンからレーザーが放たれ、それがイクトの腕に集合。そこから更に腕から発射されるレーザーが合わさり、カエデの元へそれを放とうとした。が、その矢先ーー


「ギュウゥゥゥゥゥ!」

「!?」

「「もち太郎!?」」


 背後からイクトの腕を噛みちぎるもち太郎を前に、イオとカエデは声を上げる。どうやら、飛ばされたイオを追う際、足の遅いカエデよりも先に突っ走ってしまったのだろう。置いていかれたカエデの元にイオが戻された事により、逸れてしまったのだと予想できる。そんなもち太郎が我々を認識し戻って来てくれたのだ。


「ありがとう、、もち太郎、」


 カエデは思わず感極まって目に液体を浮かべるがしかし、これではもち太郎が危ないと。一瞬ではあったが作ってくれた隙を見逃すわけにはいかないとイオはジェットを起動しカエデを回収すると、そのままもち太郎をも回収しその場に放った。


「バーニングバースト」

「無駄な足掻きを」


 イオの攻撃によって辺りが燃え盛り、目の前が炎で覆い尽くされる。その中にも平然と侵入し、その場を抜けたイクトだったが。

 そこに、既にイオ達の姿は無かった。


「...逃げたか。また無駄な事を」


 息を吐くイクトは、踵を返し、辺りを見渡しそんな独り言を呟いた。


「そう遠くには行ってないな。...なら問題ない」


          ☆


「はぁ、、はっ、はぁ、」

「クッ、、ソ、なんとか、逃げられたか」


 イオはバチバチと体から火花を散らしながら呻き声の様なものを上げた。


「でも、、逃げられるとは思えないよね、」


 それに、カエデもまた表情を曇らせ俯いた。そんな我々に心配し、咽喉を鳴らすもち太郎を、カエデは無言で撫でながら小さく口にした。


「...あれ、、イクト、だよね、」

「あ、、ああ。そう、だな」


 カエデもまた同じ感覚なのだろう。イオと同様、もち太郎を撫でる手は震えていた。


「...嘘、、だよね、」

「...」

「戦闘員って、、みんな似てるだけだよね、」

「...違う」

「ただ少しイクトに似た、新たな戦闘員とかじゃ、」

「違う」


 カエデが苦しそうな表情で上げる声を遮る様に、イオは食い気味でそれを答える。


「...あれはイクトだ。間違いない。あそこまで似ている戦闘員は居ない。しかも、あれは似ているのレベルでは無いからな」


 それを答えるイオの表情も、とても苦しそうだった。そのため、カエデは声を荒げる事は出来なかった。


「...なんで、、なんでなの、?」

「...恐らく、親に見つかったんだろう、、俺らと共にいた事を怪しまれてデータを取られ、そこから、、また、」

「ハッキングされたってこと、?」

「いや、、そう言うよりかは改善されたと言った方がいいか」

「...前の、、イオみたいに、?」


 胸の辺りが苦しい。理由も分からなければ原理も分からなかったが、お腹の奥がキリキリと痛む。それをカエデも経験しているのだろう。もち太郎を撫でる方とは反対の手で、胸の辺りを押さえていた。


「...俺の時は完全に造り替えられたからな、、時間も無いし、恐らく新たなメモリーを入れられたと考えるのが妥当だ」

「つまり、、もう私達の事覚えてないって事、?」


 カエデは、瞳から大粒の液体を零し声を震わせる。それを見ると何故だが苦しくて。切なくて、イオもまた同じ気持ちになった。そこまでを呟くと、沈黙が訪れた。もち太郎も負傷しており、いつも程元気は無かった。恐らく、理由は負傷だけでは無いだろうが。

 すると少し時間を開けたのち、カエデは息を吐いて続けた。


「それよりも、、それよりもさ、、なんで、?なんでイクトなの、?どうして、、私達を捕まえに来るのが、、よりにもよって、」


 拳を膝の上で握るカエデに、言葉が見つからなかった。確かに我々を狙うのにイクトである必要は無い。というよりも、ハイブリッドな戦闘員はまだまだ存在する。その戦闘員を集めてやって来た方が、効率は良いと考えられるが。イオは自身が追われる身であるのにも関わらず、戦闘員側の思考をしてしまった事に首を振る。

 それを踏まえても、やはりそこは不可解だと。イオが悩みながらカエデの横に置かれた塊に目をやる。


「...持ってこれたのか、」

「え、?あ、うん。これ?...そうそう。私が一度アクセスしたら、解除するまで追尾する様出来てるから。そうだ、、ごめんね。イオにつけてないといけないのに、」


 それは、ナノマシンの集合体であった。先程の土壇場では、置いていってしまう可能性も大きかったが、どうやら大丈夫だった様だ、と。イオがホッと息を吐いた。それも束の間。


「っ!危ない!カエデ!」

「えっ」


 突如、我々の方へ巨大なレーザーが向かって来ている事に気づいたイオは、促すと共に反射的にナノマシンに手を添え盾へと変更させた。


「だ、、大丈夫か、?カエデ、」

「う、、うん、、大、丈夫」

「キュゥ、?」


 どうやら皆無事の様だと。イオが振り向きながら息を吐く。と、その後。


「ターゲット発見。ナノマシンは耐久性が低くなっている。直ちに回収する」

「馬鹿な、、早すぎるっ」


 イオが歯嚙みし目の色を変える。それと同時にカエデもイオの服を掴みながら呟く。


「も、もしかして、、ナノマシンを伝って、?」

「なっ!?そ、そうかっ」


 カエデの一言に、イオは目を見開く。そう。このナノマシン。改造はしたものの、元々はイクトのものである。故に、それがGPSの様な役割を果たしているのでは無いかと。一同は理解する。カエデの言う様に、一度アクセスしたら追尾する。それを、もしイクトと共にイオの修理をしている際に話していたのだとすれば。


ー親にもその情報がいっているー


 更に、もし仮にカエデがアクセス解除をしたところで、イオの体の補強のためにそれを着ける事となるだろう。そのため、どう足掻いても逃げられないという事だ。そのためにイクトに対応させたのか、と。イオは全ての不可解な点が解消される。だが、その手の震えや胸の痛みが、解消される事は無かった。


「ここで終わりだ。大人しくしろ」

「大人しく、、出来るかよ、ごはっ」

「イオ!」


 ナノマシンの盾を剣へと変換して立ち上がろうとしたものの、既に体は言うことは聞かずに、口からは血が溢れ出す。それに駆け寄り声を上げたカエデは、鋭い目つきで立ち上がると、ナノマシンに手をやり放つ。


「イオは休んでて。ここは、私がなんとかする」

「待てっ、、戦闘員でも無いお前が、、戦えるはずが、」


 今も尚、カエデの足には赤黒い血が溢れ出ていた。足を踏み出す度に痛そうな顔をし、声が漏れ出る。そんな様子で、敵うはずがないと。イオは必死に止めるがしかし。カエデは覚悟を決めた表情で口にした。


「ナノマシン。サーベルへ変形。残りでレッグへ変換」


 カエデが放つと共に腕に剣が握られ、足には傷口を塞ぐ様にして装備がされる。


「もち太郎。少しだけ、、いける?」

「キュゥ!」

「よぉしっ!いくよ!」


 カエデはそう叫ぶと、剣を構え踏み出す。そんな姿にやれやれと息を吐くと、イクトは分散したナノマシンを向かわせる。が。


「ギュウゥ!」

「えっ」「何っ!?」


 突如もち太郎から二本の触角の様なものが更に生え、それが僅かに伸びてナノマシンを突き刺す。その、予想外の進化にカエデすらも声を漏らしながら、見据えると。対するイクトは無言のまま腕に同じく剣を作り向かう。


「うっ!」


 剣術などもってのほか、やった事のないカエデはただ振る事が精一杯だという表情で攻撃を防ぐ。続けて背中からレーザーを出すイクトに、カエデは盾に変形して防ぐと、それが今度は腕に装着されて拳を腹に打ち込む。


「おうらっ!」


 そのまま、インパクトを放ちダメージを与える。そう考え、手を開いたが、瞬間。


「!」


 目の前の、イクトの顔を見て手が緩まる。


「かはっ!」

「カエデ!」


 その一瞬の油断故に、カエデは蹴り飛ばされる。


「や、、やっぱり、、出来ないよぉ、」


 カエデは震えた声で呟きながら、倒れたまま仰向けになる。そんなカエデに近づくイクトは、更に分散させたナノマシンでカエデを囲む。


「う、、くっ」


 だが、このままでは自身が負けてしまうと。カエデは力を振り絞って立ち上がり、口を開く。


「ナノマシン。分散。自律式レーザー防御システム起動!」


 それを言うと同時に腕のナノマシンは分散し周りを囲むイクトのナノマシンに同じく対応する。それに対し、また同じ事だとイクトは近づくがしかし。


「そしてっ、残りのナノマシン!ブレイクネイルへ変更!」

「っ」


 カエデが声を上げると、足に固定されていたナノマシンが集合し、両手の爪を伸ばし強化する。


「私に剣は難しかったからね!」


 カエデはそう微笑み告げると、片腕の剣で対抗するイクトに両手で接近戦を行う。そんなカエデの背後を狙い、分散したナノマシンは標準を合わせレーザーカッターを放つ。がしかし、カエデの分離したナノマシンが防御壁を生成しそれを防ぐ。対する反対方向ではもう一つのナノマシンが狙うが、それもまたカエデのものが先にレーザーを放ち防ぐ。


「クッ」


 やはり剣よりも速度の上がった爪での攻撃の方が通り易く、カエデの接近攻撃に押され始まるイクト。だが、それが本命では無いというように、イクトの背後に浮かぶナノマシンがパワーを溜め狙いを定める。


「っ!マズいッ!」


 それにイオが立ち上がろうとした、その時。


「ギュィッ!」


 もち太郎が、周りの全てのナノマシンを無数の触角を伸ばして破壊する。


「っ」


 それに驚き振り向いたイクトの隙を突き、カエデは攻撃の速度を速める。


「クッ」


 これで終わりだと言う様に、カエデは右手の爪をアーマーに変えて、更には背後のナノマシンからレーザーを受け、それを合わせた一撃を放とうとする。

 が。


「うっ」


 またしても。目の前に居るのがあの時と変わらない表情のイクトである事に目を剥き、手が震える。攻撃なんて、出来っこないと。


「油断したな」

「がはっ!」「カエデ!」


 カエデはその一瞬の隙を使って蹴られ、そのまま襲い掛かられる。それに反射的に左手の爪でイクトの腕を斬りつけたがしかし。


「えっ」


 カエデの爪が僅かに削れ、擦り減り、それが消えてなくなる。いや、正確には。


「まさかっ、吸収されーーごはあっ!」


 カエデはそれに気づいたものの、瞬間に殴られ、地面に倒れ込む。


「ギュィッ!?ガッ!ガイッ!?」


 それに慌てて振り返ったもち太郎もまた、その隙を突かれ、新たに生み出された自律式のナノマシンにレーザーを撃ち込まれる。


「もち太郎!」

「相手の心配をする暇は無いぞ」

「!」


 もち太郎に声を荒げるカエデに、イクトは無情にも手を前に出すと、背中からナノマシンの塊をいくつか出し、そこから出されるレーザーを一点集中させたのち、全機能を含めた一撃を放つ。


「何っ!?」


 先程のカエデの攻撃をそのまま返された事により、イオは立ち上がる。回収するつもりだというのに、あれ程の火力。カエデの体はもたないと。


「っ!ナノマシンッ、全集合!盾に変形して!」


 だが、カエデもまた声を荒げナノマシンを自身に集結させると、それを盾にし両手で防ぐ。


「グッ!う、、うぅ!」


 踏ん張り、力を込め、必死に耐える。


「うっ!うぅ!うああぁぁぁぁぁぁぁぁーーーー!」


 腕から圧力で血が噴き出す。歯嚙みし強く踏み込んでそれをただ耐え続ける。その姿が見ていられなくて。イオは自身の状態すら忘れ勢いよく立ち上がると、走り出す。


「うっ!?うぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!もうっ!駄目っ!」


 カエデが掠れた声でそれを放った。その次の瞬間、それに合わせる様にしてーー


「「っ!」」


 ナノマシンが砕け、盾が破壊された。

 マズい。カエデが目を剥き、死を覚悟した。その時。


「クッ!」

「っ!イオ!」


 イオが前に割って入り、その高電圧レーザービームを腕で受け。

 吸収する。


「うぅっ!?うおぉぉぉぉぉぉ!」


 踏ん張り、それを吸収する。その姿に、イオに吸収のシステムをつけた事を思い出しカエデはハッと目を見開く。


「グッ!?う、うぅ!」


 その圧力及び力が強すぎるからか、イオは未だ吸収しきれず、踏ん張った足がゆっくりと押し出される。と、それを抑える様に、イオの後ろから抱きしめ、カエデもまた踏ん張る。


「ん!」

「っ!カエデ」

「みんなでなら、いけるよ!」

「ああ!そうだな!」


 ニッと歯を見せ笑い、イオが声を上げたのち。


「「うおぉぉぉぉーーっ!」」


 吸収したそれを、そのままイクトに返した。


「何っ」


 それに声を漏らしたイクトだったが、それを避ける事は出来ずに大きく爆発した。その煙の中、イオはもち太郎とカエデを回収し、またもや遠くへ逃げる。


「イッ!イクトは大丈夫なの!?」

「こんなもんで壊れる程柔じゃない。相手はナノマシンだ。あの一撃も避けてるはずだ」


 飛行しながらそう短く会話をしたのち、イオは数キロ先の廃れた建物の中に逃げ込む。


「はぁ、はぁ、」

「...こ、これからどうしよう、、何か、方法は無いの?」


 カエデは、息を切らしながらも力強く放つ。


「さっき、私達のナノマシンで攻撃した時、それが消えたの」

「何、?」

「多分、吸収されたんだと思う。元はイクトのナノマシンを私にアクセス権限を上書きしたから、、取り込まれたらそれを改ざんされてイクトのものになっちゃうって事、だと思う」

「なら、、さっきバラバラになったナノマシンも、既に上書きされてる可能性が高いな」

「どうしよう、、そうしたら、勝てる可能性が、」


 故に、対抗手段は無くなり、そう長くはもたない現状となってしまった。それにカエデはどう考えても負けてしまう想像しか出来ずに声を震わせる。が。


「あるのには、ある。一応、ナノマシンで出来た戦闘員も同じ戦闘員だ。それを指示する司令部分が存在する。つまりそれこそが戦闘員のコアだ。そこを破壊すれば、」

「何言ってるの?」

「えっ」


 イオが表情を曇らせ呟く中、カエデは声のトーンを落として割り込む。


「そんな事したら、イクト壊れちゃうんでしょ?だったら、そんな事するわけない」

「だが、、もうあの時のNo.190じゃ無いんだぞ、?」

「そんな事無い!イクトはイクトだよ。イオが、今もまだNo.1であるように」

「!」


 イオはカエデの強い言葉に目を剥く。そうか、そうだったのか、と。ずっと絡まっていた何かが綺麗に解けた様に、イオの蟠りが解消された様に感じた。


ーそうだ、俺は知らずのうちにー


 イオが胸中でそう呟くと、その瞬間。カエデは大きな声で遮る。


「ああっ!そうだよ!」

「ん?どうした、?」「キュキュィ!?」


 突然の大声に、イオのみならず、負傷し蹲っていたもち太郎も鳴き声を上げる。


「確か、そのメモリーが原因でこうなってるんでしょ?それなら、それを取っちゃえば良いじゃん!さっきの話的に、挿入口があるんでしょ?」

「ああ、、そうだが、あいつにそこまで近づけるかどうか、、それに、メモリーの取り出し口はその指令部分に存在する。ナノマシンが集合しているNo.190は、それが鎧代わりとなってるから、まずはそれを剥がさないといけない」

「つまり、さっきみたいに全身をナノマシンに戻して攻撃を避ける瞬間しか、狙えないって事ね、」

「そうだ。それに、取り出すには少し時間がかかる。その間、ずっとナノマシンを分離してるとは考えづらい」


 即ち、難易度はかなり高い、無謀な策であると。イオは間接的にカエデに告げる。だが、カエデは諦めようとはせずに考え続ける。その、方法を。その姿に、イオは強く目を瞑り自己嫌悪に陥る。そうだ。カエデの様に、足掻いて足掻かなければ駄目だと。

 何故ならイオもまた。

 イクトを、失いたくは無いから。

 本当は、こうして戦いたくも無いからだ。身体が弱っているのも事実だが、もし万全の状態であろうとも本気を出す事は出来なかっただろう。そんな考えが脳裏にあるのならば、カエデの様に、傷つけないでイクトを取り戻す方法を考えねばと。そう簡単に諦めてはならないと。強く思い直しイオは思考を巡らす。

 が、その時。


「発見。直ちに対応する」

「「「!」」」


 イクトが背後から現れ、我々を含めた地面にインパクトを放つ。


「キャッ!?」「ギュィッ!?」


 それを既のところで避けながら一同を抱えたイオは、跳躍し後退りながら声を上げた。


「な?ピンピンしてるだろ?」

「良かった、」


 カエデが安堵の息を零すと、イオがジェットを起動し飛び上がる。


「カエデ!ここは俺が対応する!だから、その間に策を考えてくれないか?」

「えっ!?で、でもっ、そんな体でっ」

「ああ。だから、なるべく早めに頼む。みんなでなら、いけるんだろ?」


 イオの笑顔で放たれたそれに、カエデもまた笑顔を浮かべると、元気よく頷く。と、それに不満を感じたのか、もち太郎が割って入る。


「キュキュィ!」

「もち太郎もいけるのか?」

「キュウ!」

「そうか。そうだな、、もち太郎も、みんなのうちの一つだ。なら、一緒に止めよう。"みんな"の力で」

「キュウ!」


 イオが放つと、もち太郎も同時に飛び上がり放つ。


「そっちのレプテリヤは要らない。ここで駆除する」

「「!」」


 イクトもまたそう呟くと、身体のナノマシンを分解して六つの自律式のマシンにする。だが、やはり全てのマシンを分離するはずも無く、一番重要な指令部分は隠れたままであった。


「させるかよ」

「ギュィ!」


 イオともち太郎は、それぞれ鎖を四本。手脚触角を六本伸ばして、自律式のマシンから放たれるレーザーを防ぎ攻撃しながらイクトに向かう。


「目をっ、覚せ!No.190!」


 イオが叫び、ブーストをかけた殴りを入れる。がしかし、それもまたナノテクで造られた剣によって防がれ、イオは弾かれる。


「No.190。お前はっ、そんな奴じゃない!」


 イオは訴えかけながら、肩や腕から追尾型のミサイルを飛ばしイクトの周りを飛行する。だが。


「何を言っている」

「ごはっ」


 イクトはそれを盾で防いだのち、そのままイオに接近して、目の前でその盾を分散させ攻撃する。


「クッ!?がはっ!」


 イオの破壊された身体の傷からナノマシンが入り込み、内部から攻撃される。が、error表記が眼前を覆い尽くしながらも、イオは必死にイクトを見据えて殴り、そのままプラズマを放つ。


「何っ」

「No.190!忘れたのか?強制的に操作されているだけで、本当はどこかで覚えてるんじゃっ、ないのか!?」


 イオは電流により僅かに反応が遅れたイクトに蹴りを入れる。プラズマのおかげか、蹴りが身体に到達する事が出来た。


「俺の様に、見て見ぬふりをしてるだけなんじゃ無いのか!?」

「単純な」


 イオは、既に自身の体にダメージを受けるような攻撃が出来なかったために、インパクトやバーニングバースト。ジェットストライカー等は使用出来ずに居た。故に、単純な攻撃の繰り返しとなり、それを見切られ、イクトはナノテクの体を利用して全てを避ける。だが、イオは手を緩めるどころか、更に真剣な顔つきで続ける。


「お前はそんな奴じゃ無い!お前はっ、いっつもウザくて、余計な事ばかりする。カエデが言うには、お節介というらしいな。そんな自己満足でしか無い興味という要らぬ感情を、俺に押し付け、付き纏っていたのがお前だ!」

「何を言っている」


 声を上げるイオに、冷静に目を細め放つと、更に身体から分解したマシンを放ち、レーザーを放つ。


「ごあっ!?」


 その突如として現れた無数のマシンに対応出来る筈も無く、イオはその一つのレーザーに撃たれ高度を下げる。


「終わりだ。回収する」


 イクトは弱っているイオに、まるでとどめだと言う様に、先程と同じく背中から四つのナノマシンを分離し、そこからレーザーを手に集めて放つ。そんな強大な一撃を、そんなに連発されたらたまったものでは無いと。イオは引きつった笑みを浮かべる。

 これは逃げられない。ここまでだろうか。そんな弱気な考えが脳を過った、その時。


「ギュィ!」

「っ!もち太郎!?」


 もち太郎が前に割って入り、それを食い止める。こんな小さな、小型のレプテリヤ一体で。それを見据え、イオは「いや、違うな」と脳内で呟く。確かに見た目は小型のレプテリヤである。だが、ヒト型に出会い、カエデに出会い、もち太郎に出会って理解した。レプテリヤには強い感情がある。今のイオの様に、カエデの様に。大切なものを守るために、小型は想いだけで特大級になる。

 そんな姿に勇気づけられたイオは、未だに入り込んだナノマシンのせいで視界が妨げられながらも体勢を整える。と。


「また邪魔が入ったか。お前は駆除対象だ。手加減はしない」


 イクトは呟くと、またもや同じ一撃を放とうとする。先程のものだけでもち太郎は限界である。そのため目を剥いたもち太郎、だったが。


「させるか」


 イオがそれを阻止するべく、先程の一撃を受け止めるもち太郎の下から、鎖をイクトに向かわせ脚に絡み付ける。


「!」


 と、そのまま持ち上げ、瓦礫の山に放り投げる。掴んだことを気づかせる前に投げた筈なのだが、反射的に動いたのか、イクトは体をナノマシンに変換しそこから逃れた。だが、それによって溜めていた一撃は無効となったと。イオはそのまま、もち太郎の受け止めているレーザーを"吸収"して、そのままイクトに返す。


「クッ」


 それをまたもや既のところで避けると、今度はイオが直接殴りを入れる。


「ぐふぁっ!この、、No.10め!」

「違う!お前はそんな事は言わない。思い出せ。俺を。皆を。自分を!ずっと、俺のことを嫌というほど先輩と呼び、名をつけられ喜んでいたNo.190、、いや、イクト、だろ!?」

「グッ」


 イオは、既に対策されている殴りをこれでもかと続けながら声を荒げる。


「お前は、ハイブリッド戦闘員。出来損ないと呼ばれた。だが、それが今の俺を作り上げたっ」

「うるさい!」

「ぐはっ!?」


 イオと同じく、僅かに声に力が入り始めたイクトに殴り返される。そんな様子を、そわそわと見つめるカエデは、小さく呟く。


「イオッ、、ど、どうしよっ、は、早く、考えないとっ、」


 居ても立っても居られない様子で、カエデは上空の皆を追いながら悩む。ナノマシンを全て使わせる作戦を考えていたが、今の様子を見るとそれは不可能である。必ずと言って良いほど、一番大切な指令部分はナノマシンを分解せずに守っている。即ち、ナノマシンをあちらの意図で無くす事は無謀なのである。ならば、可能性があるのは。


「ナノマシンを、、こっちのものに出来れば、、っ!」


 その瞬間、カエデはハッとそれに気づき、目の色を変え走り出す。必死で、全力で戦うイオともち太郎に負けじと、本気で。


「はぁ!はっ!イッ、イオ!」

「イクト!お前はそう呼ばれる事を喜ぶ、異例の戦闘員だった!それがウザかったが、俺にはーー」

「うる、さい!」

「ごふぁっ!?」

「キュィ!」


 カエデが空中のイオを見据えながら走る中、彼はイクトにサーベル型の腕で肩を攻撃され打ち落とされる。


「イオッ!」

「クッ!う、うっ!」


 地に激突する間近で、イオは力を込め足で着地する。と、カエデに弱々しい笑みを浮かべ向き直る。


「ど、、どうした、?まさか、何か思いついたのか、?」

「うん!そのまさか。ナノマシンを、こっちで制御出来ればいいの」

「いやいや、、簡単に言うが」

「最後まで聞いて」


 ジト目でツッコむイオに、カエデは続けて放つ。


「ナノマシンは、向こうの権限だった。私のナノマシンも吸収されたし、あっちの力の方が強いんだと思う。だから、制御を乗っ取る方法。つまりハッキングは難しい」


 カエデはそこまで言うと、少し間を開け告げる。


「だけど、もし。相手のナノマシン自体が狂えば、どうなると思う?」

「何、?」


 声のトーンを落として放つカエデに、イオは眉を顰め聞き返す。と、カエデは少し目を逸らしながら呟く。


「私達の思い通りにはいかない。暴走して、逆に強化されちゃう可能性もある。でも、もし暴走した場合、システムの管理が難しくなり、それを外す選択をする可能性が高いの」

「...つまり、ナノマシンだけを暴走させれば、暴走していない指令部分がそれを有害なものと判断して離別させるって事か、?」

「あくまで可能性の話だけど」


 カエデは、いつもの作戦を考える時と同じ様に、真剣な表情で告げる。


「だが、それをどうやって、」

「一つ、あるでしょ?イオがずっと使ってなかったある機能が」

「使ってなかったって、、っ!まさかっ」


 ハッと目を開くイオに、カエデは自信ありげに頷く。あの時、カエデが吸収のシステムと共に付けてくれたという"もう一つ"の機能。


「分かった」


 イオは使った事も無ければ確信もないそれに、笑顔で頷き飛び上がる。


「喰らえっ!チェーンメタルッ!」

「っ」


 もち太郎と交戦していたイクトに、イオは鎖を巻き付けプラズマを放つがしかし、それもまた分解する事により流れ、逆に背中を変形して伸ばしたナノマシンでできた鎖に巻き付けられる。


「クソッ」


 イオは声を漏らしたのち、そのまま持ち上げられては錆びた建物に何度も擦り付ける様にぶつけられ、そのまま中にイクトのインパクトによって吹き飛ばされる。


「がはっ!」

「イオ!?」「キュウ!」


 パラパラと。その建物だったものが崩れる中、イオは起き上がる。


「まだ起きるか。No.10。そこまでする理由は何だ」

「ハッ!それを教えてくれたのは、お前らだろ!」


 イオがそう強気の笑みで飛び上がったのち、イクトの隙を作るため、残された僅かな機能で交戦し続ける。空に浮かぶイクトに、イオもまた飛躍し、ナノマシンの鎖を、レプテリヤの触角の如く鎖で対抗し、既に残り三発程になってしまったミサイルを撃ちながら、殴りながら。その骨組みだけとなった建物を射線から隠れる盾に使いながら対応していく。


「何故だ。何故お前は」

「言っただろ?俺は、お前らに教えてもらった。カエデに、暖かさと切なさの混じったこの感覚を。もち太郎に、優しさと守る事の意識が混じったこの感情を。そして、、イクトに、本部という鳥籠の外の美しさを」

「何、?」


 僅かに眉を上げるイクト。イクトというその名で、理解できる時点でやはりどこか感じるものがあるのだろうと。イオは攻撃の手は緩める事なく続ける。


「だからこそ、俺は思い出した。一番大切な事を。そして、それが俺にとってどれ程大きいものかをっ」

「何のっ!話だ!」


 いつまでも埒の明かないそれに、イクトは憤りを見せながらそう叫ぶと、またもや別離したナノマシンのレーザーを手に集め始める。


「話していても無駄だ。お前は破壊回収リコールする。もう一度改善リサイクルされろ」

「っ」


 その光景にマズいと。イオが目を剥いた、その瞬間。


「キュィ!」

「!」


 もち太郎が、背後から触角を伸ばし捕まえる。


「何っ」


 それに珍しく動揺しながらもち太郎を振り払ったその瞬間、イオはよくやったと言うように口角を上げてイクトを、地面に向かってーー


「インッ!パクト!」


 一番の力を振り絞り、衝撃を与えた。


「ぐがっ!?」


 それには反応出来ずに、そのまま地面に落下し激突する。すると、それに負けじと急降下してイクトの目の前に現れたイオは、叫ぶ。


「戻って来い!お前はっ、ウザくて、出来損ないと呼ばれたが、俺の目を覚ましてくれた、俺にとってーー」


 そう。イオがずっと胸の辺りで感じていたこの感覚。そのざわめき。ここまでしてイクトを守ってこの場を収めようとする理由。何度も考え、これまでの全てを思い返して理解したそれを。今、直接放つ。


「俺にとって大切な仲間で、消えて欲しくはない、たった一つの後輩だ!」

「!」


 その叫びと同時に、イオは。カエデにアップグレードされた際に付けられた、新たな機能。X線の放出を、行う。


「ぐがっ!?ああっ!?ああああ!」

「クッ!頑張れっ、イクト!」

「想定外のエラーが発生しました。想定外のエラーが発生しました。異常を検出します。検出中。検出中。検出中。発見しました。直ちにアクセスを解除します」


 イオが悶えるイクトを押さえながら、声を上げる中、ふと声がシステムによるものに変更され、そう呟いたのち体が弾ける。


「クッ!?」


 それを腕で防いだのち、イオはゆっくりと開眼しそれを見据える。


「来たっ!出来たぞ!」


 X戦を使用してのシステム暴走は成功した様で、目の前のイクト。だったものは、現在は既に指令部分のみの状態となっていた。


「これならっ」


 イオが声を上げ、メモリーを取り出そうと、取り出し口を開く。

 が、刹那。


「イオッ!危ない!」

「えっ!?」


 突如背後から走り、現れたカエデが、声を荒げるそれに気づき振り返る。と、そこには暴走したであろうナノマシンが、自律してイオに照準を合わせている様子が映し出されていた。


「クソッ!?」


 予想通りである。暴走したナノマシンが何を仕出かすかは不明だったのだから、こんな事になっても仕方があるまい。だが、それに対応出来る程、イオの体は正常では無かった。

 慌てて指令部分の取り出し口に手を出す。早く出てくれと。何度も胸中で叫ぶ。このままでは、レーザーがイオを直撃する以前に、イクトにまでそれが及んでしまうと。


「頼むっ!早くっ!早くしてくれっ!」


 そう叫ぶが、それよりも先にレーザーが撃たれる。それを反射的に避ける様に、イオがイクトを抱え少し右にズレた。

 が、その時。


「っ」


 自身とした事が、と。イオは目を疑う。何と、イクトの背後にも、ナノマシンの個体が存在していたのだ。それと同時に、それもまたレーザーを放つ。


「クソッ」


 飛行システムを起動するには気づくのが遅すぎた。それにイオは歯嚙みする。

 と、刹那。


「ギ、グッ!」

「っ!」


 指令部分だけとなったイクトだったものが、イオを庇う様に覆い被さり、そのレーザーを。

 受けた。


「えっ」「なっ」


 カエデとイオは、ただただ唖然とし目を見開く。こんな事が。こんな事があって良いのかと。


「せせせ、せん、ぱい、、と、とど、、いたっす、よ、、せんぱっ、いがっ、そう、おもて、くれて、、うれしかっ、、たす。ほんと、、あざっ、、す、」

「い、イクト!?」

「せんぱいは、、あのこと、、かえでと、いっしょに、、いて、あげてくださいっ、す、、ぼくは、、せんぱいのそんなすがたを、みれて、、なまえをも、らって、よんでもらえて、、しあわせだった、す」

「っ!イクト!?イクト!?」


 イクトがそう途切れ途切れになりながら、機械の如く話すと、それが終わると共に空中のナノマシンも止まり地面に落ちる。

 それ故に、理解する。


「あ、ああ、、あああっ!イクト!?イクト!」

「えっ、、イクト、?へ、、嘘、大丈夫、、大丈夫だよねっ、!?ねぇ!イクトッ!?」


 声を荒げるイオと、その突然の出来事に力無く膝をつくカエデは、現実だとは思いたく無いその光景に、嗚咽を漏らし、ただのガラクタの塊となったそれをギュッと抱きしめ言葉無き声を。ただ零した。

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