第7話「ハツユキソウ」

「今日から君はもち太郎だよ!」

「...」

「...」

「...キュ?」


 無言の時が流れる中、小さくレプテリヤが首を傾げると、その矢先。グゥ〜っと。カエデの腹の音が響いた。


「...燃料が足りないんじゃないか?」

「それどういう意味!?」


 カエデが声を上げ振り返ると、イオはジト目で見据える。


「いや、、なにか納得していない様子だが?」

「う、」


 それをつけられたレプテリヤもそうだが、カエデ自身が、何故その様な名にしたのか分からないといった様子だ。恐らく、その場の雰囲気と、その時に浮かんだ単語をそのまま名称として与えてしまった結果だろう。と、イオは息を吐く。カエデらしくないと。


「いつもはもう少し考えて、何か意味のある名にしてないか?」

「な、何!?もち太郎君が何も考えてないって言いたいの!?」

「ああ。そういう事だ」

「う、」


 そんな事ないと返される予想していたカエデは、キッパリとそう告げられ口を噤む。


「まず、もちとは何だ?太郎というものも理解出来ない」

「そ、それは、、た、確かに、、何でだろ」


 首を傾げるカエデに、イオは嘆息した。やはり納得していないでは無いかと。対するカエデもまた、目の前のレプテリヤを見据え思考を巡らす。

 もちもちとした様子では無く、強いて言うなれば体はゴツゴツとしている。だが、毛はふさふさで、可愛く名付けるならばふわふわやもこもこなどであり、もちもちという単語は湧いてこない。だが、それでも尚、それ以外が浮かばない。


「キュキュ!」

「えっ、」


 そんな悩むカエデに対し、そのレプテリヤは甲高い可愛らしい声を上げ、駆け寄る。どうやら、それが自身に付けられた名であると理解した様だ。


「...い、、いいの、?これで、」

「キュウ!」


 まるで、その名前がいいと言う様に、タイミングよく声を上げては顔を擦り付けた。その光景に、イオはやれやれと息を浅く吐くと、ほんのりと薄ら笑う。


「いいんじゃないか?名付けられたそれ自体も、喜んでいる様子だしな」

「そ、、そう、かな、?イ、イオは、それでいい、?」


 恐る恐るカエデは振り返り投げかける。自分自身で名付けた名である。それなのにも関わらず、ここまで確認をするなんて事は本当に珍しかった。普段ならば、半ば強引に納得させる程であり、カエデ本人も自信に溢れた表情で胸を張っている筈だろう。だが、今のカエデはどうだろうか。

 不安げに。まだ不満がある様子で、顎に手をやり思考を巡らせていた。

 勿論、イオもまた納得は出来なかった。もちの意味も分からなければ、太郎という存在にも理解が追いついていない。だが、それでもイオもまた、口元が綻ぶのを感じた。理由は相変わらず分からなかったが、追求しない事にした。

 余計な事を考えないのが、戦闘員だからだ。


          ☆


 もち太郎。そんな、なんの接点もない名をレプテリヤに贈呈してから、一週間以上の時が経った。初めは慣れていなかったその名も、時が経つに連れ理解し始め、いつの間にか耳に馴染み始めていた。これは、イオのみならず、そのレプテリヤも、カエデもまた同じであった。

 だが、そんな事はどうでもいい。そう思う程に、産まれて間もないレプテリヤと共に過ごすのがハードだった。

 まず、言う事を聞かない。カエデも大概だが、それ以上である。それは、言葉が分からないのだから仕方がないのかもしれないが、一週間も経ってくると憤りを感じ始める。また、カエデの様に食事というものは摂らない様だったが、直ぐに口にものを入れる性質があるらしく、書物の多いカエデの地下室では、一瞬たりとも目が離せない存在となった。更に、イオ自身も行なっている事ではあるが、戦闘や日頃の生活によって付いてしまった汚れを落とすために、体を洗う行為。カエデはしているのか不明だったが、それをこのもち太郎にも行わなくてはいけないのだ。

 正直、もち太郎と共同生活を始めてからというもの、まだまだ不満点は挙げられる。いや、というよりも話したいくらいだ。だが、その苦労もまた楽しいのだと。カエデは笑顔で返した。

 それを話している最中であっても、背後では書物を噛もうとしているレプテリヤが視界に入っているのだが。


「はぁ、疲れるな、」


 大きく息を吐く。レプテリヤを家に連れて来てからというもの、イオの修理もままならなくなり、毎日メンテナンスを行っていた今までとは打って変わって、一週間に二度行えれば良い方だと感じる日程になっていた。これはマズいと、イオは目を逸らす。だが、このレプテリヤを家に連れて行こうと最初に提案し、促したのは他でもない、イオなのだ。

 だからこそ、この生活を諦めようとも言い出せないわけで。


「あー!もう!分かった!」

「キ、、キュウ?」


 元気に暴れるもち太郎に向かって、カエデは声を上げる。その声によって我に返ったイオと、焦った様に体を縮こませるもち太郎。そんな一同に向かって、カエデは強くそれを提案した。


「じゃあ、今日は散歩に行こう!」

「....え?」「....キュ?」


          ☆


 カエデはいつもの様に準備を行うと、探索をする時の様に入り口へと向き直った。


「おい、いいのか?本当に」


 そんなカエデの後ろ姿に、イオは小さく声をかける。


「うん。大丈夫だよ、、きっと」

「なんか最後に不安になる単語が聞こえたな」


 もち太郎を連れて来てからは、以前の様に外へ探索に行く事は行わなくなっていた。勿論、レプテリヤを引きつける可能性があり、危険だと判断したからである。既にカエデというレプテリヤを惹きつける存在が居るというのに、もち太郎と共にとなったら尚更である。

 故に、イオはおすすめ出来ないと首を振った。


「でも、、たまには、いいじゃん、」

「ん?」

「ね?」「キュウ〜」


 どうやらレプテリヤ同士であるからか感覚が同じらしい。ジト目を向けるイオに、カエデに続いてもち太郎までもが目をウルウルと潤して見つめる。その行為の意味は分からなかったが、何か思うところがある。これが、懇願の表情という事か。相手のことが良く分かっている。


「はぁ、、どうなっても知らないぞ」

「「っ!」」


 頭に手をやりながら、イオは息を吐いてそう決断する。仕方がない。今日だけだと、自身に言い聞かせ、イオは立ち上がった。


「やったぁ!やったねもち太郎!」「キュ〜〜〜ッ!」


 お互いに喜ぶ一同を横切り、イオは入り口まで足を進めると、振り返る。


「なら早くするぞ。暗くなると問題だからな」

「え〜、別にそんな直ぐに暗くならないのに〜。ねー、もち太郎?」

「キュウ!」


ーはぁ。なんだか、気に障るやつが増えたなー


 笑顔で会話の様な事をする一行に、イオは頭を押さえ嘆息すると、真剣な表情で続ける。


「違う。もしまたレプテリヤに遭遇した時に、戦闘が長引くかもしれないだろ?それに、、もち太郎もどうなるか分からないしな、」

「...え、縁起でもない事言わないでよ、」

「縁起、?それは、良くは分からないが、考えておかなければ駄目だろ。考えたく無くとも、その、最悪を」


 イオの言葉に表情を曇らせるカエデに対し、淡々と続けたのち、入り口へと向かうもち太郎に目をやる。


ー連れて来たのは、、やはり間違いだったかー


 イオは一度そんな事を考えたのち、浅い息を吐いて口を開く。


「とりあえず、ほら。行くんだろ?」

「...う、うん、」


 イオの言葉で悪いものを想像したのか、カエデは先程とは打って変わって暗い表情と声音で返すと、同じく入り口に向かった。


「よし」


 そんな短い単語と共に、イオは出入り口の戸を開け足を踏み出す。

 この選択は正しかったのだろうか。言い出したのにも関わらず、カエデはそんな事が脳を過った。最近は悩んでばかりである。全ての選択が、イオの過去やこの世界を知れば知る程重くなり、行動全てに、疑問を抱く様になっていった。だが、それでも、と。カエデはそれを振り払って、笑顔を作った。それが、逃げでしか無くとも。

 そんな悩んでばかりの皆は、はしゃぐもち太郎を見据え、微笑みながら追いかけるのだった。


          ☆


「きゃっ!だ、駄目だよ!そんなの食べちゃ!」

「キュ?」

「キュ〜じゃなーい!だめっ!」


 外を歩き始めてからまだ十分も経っていないというのに、既に苦労が絶えなかった。それは、心配していたレプテリヤとの遭遇。では無く、もち太郎の世話であった。

 数歩歩いては留まり、瓦礫に紛れた小さな破片や枯れ果てた植物を口に入れようとしそれを止め、興奮し走り回る内に瓦礫にぶつかるなどといったハプニングが、一分の内に二、三回起こっていた。


「はぁ、、これじゃあ近場でも大変だな」


 イオは心底疲れた様な表情で、額に手をやり深く息を吐く。が、対するカエデはもち太郎を抱えながら振り返り笑みを浮かべる。


「そうだねぇ。でも、これが楽しいんだよ」

「...またそれか、、楽しい?この世話が?」

「そう!大変だけど、こうして一歩ずつ進んでるこの道が、楽しいの!」


 そう告げたのち、それと同時に腕の中から飛び出すもち太郎に、慌ててカエデは追いかける。その姿を後ろから見つめながら、イオは目を細める。


ー楽しい、?楽しいというものは、感じた事は無いが、、どういうものが楽しいという感覚なのかは分かる。...だが、これが楽しい、?そうなのか、?ー


 イオは、カエデの言葉の意味に頭を悩ませる。元はと言えばレプテリヤの方が付いて来ており、イオが了承をした事によって共同生活が始まったのだ。つまり裏を返せば。

 カエデがそれを望んでいたかどうかも不明なのだ。

 カエデは全てを大切にする様な存在である。イオに対しても居なくなって欲しくないと声を上げ、相手がレプテリヤである際でも、駆除をする事に対して憤りを感じていた。そんな存在が、レプテリヤと共に過ごす事で、更に情が入ってしまうのでは無いだろうか。既に理解していたはずである。レプテリヤをカエデと共に過ごさせるリスクというものを。

 だが、何処かで甘く見ていたのかも知れない。


「...その時は、」


 イオは怪訝な表情で考える。もし、レプテリヤへ感情移入し、自身と重ねてしまったが故に記憶を取り戻したその時を。イオは、その時。今のイオならどんな選択をするのか。それを必死に考えた。


「...カエデ、」


 思わず遠くでレプテリヤと戯れるそれの名を口にしていた。と、その時。


「ねぇ!イオ!安全そうなところ見つけたよ!せっかくだし、遊ばない?」


 カエデが声を上げ呼び、イオはそれを振り払う。考えても考えてもその答えは出てこなかった。だが、ただカエデが居なくなるのは少し静かになるなと。そんな曖昧な思いだけが、イオの頭を過った。

 そんな事に思考を巡らせながら、カエデの発言に頷き駆け寄る。すると、緑色の植物が一面を埋める、そんな場所に出た。


「おお、以前の花の場所の様だが、、色が統一されているな、、これは確か、」

「うん!これが草だよ!」

「ん?植物と、前は言っていなかったか?」

「そうそう!植物っていうものの中の分類!花と草があるの!ここは花みたいに鮮やかな色の花弁を持たない、一色のものが、一面に生えた草原ってところだよ!まあ、違う色のものもあるけど、今回は無さそうだね」


 カエデの解説を耳にしながら、その草原というものを見渡す。それはとても広くて、爽やかで、花とは違う魅力が存在していた。


「どう?これも気に入ってくれた?」

「...ああ。秩序も規則性も無い花の方がやはり新鮮味があり美しいと思うが、この全てが統一された美しき集合体にもまた、それにしか無いものが感じられるな」

「ね!いいでしょ〜!まあ、でも花には負けちゃったかぁ、、残念!」


 カエデがそこまで言うと、ふとイオの方へと振り向く。その時のイオの顔は、ただ目の前の草原に目が釘付けになっているもので、何も不思議な事は無かったのだが。不思議と、目が離せなかった。


「...ん?どうした?」

「い、いやっ!全然!なんでも、、気に入ってくれて良かった」


 少し顔を赤く染めながら、カエデはそう仕切り直すと、イオの方が口を開く。


「それで?ここで何をするんだ?」

「あ!そうだっ」

「忘れてたのか?」

「あー、別にそういうわけじゃ無いけど、」


 カエデの反応に、絶対忘れていたな。と胸中で呟きながら、美しき草原の中を飛び跳ねるもち太郎に目をやる。


「残念ながら遊び道具は無いから、駆けっこでもしよっか?」

「遊び道具、?とはなんだ?」

「あー、えっと、、一番有名なのは、フリスビーとか?愛犬にはマスターさせたいよね!」


 口角を上げ目つきを変えるカエデに、イオは息を浅く吐く。


「おい、フリスビーだとか愛犬とか。知らない単語ばかりを使用して話を進めるな。俺に分かる様に説明してくれ」

「あ、ああ、あはは、ごめんごめん」


 カエデは苦笑いをして頭に手をやると、改める様にして続ける。


「フリスビーっていうのは、薄くて、丸くて、円盤の様な形をしてて、その造形が上手く空気の流れに乗ってくれる様設計されてるために、一度投げたら、大きく回って返ってくる。そういうものなんだけど、、分かった?」

「全く分からなかったが」

「あ、ですよね、」


 キッパリと口を挟まれ、カエデは口を尖らせ俯く。すると、少しの間ののち、考えがまとまったのか、顔を上げイオを見据えて付け足す。


「えーっと、円盤を投げて、それを取らせる遊びって言えば分かりやすいかな?」

「取らせる?」

「そう!円盤を私とかイオとかが投げて、それをもち太郎がキャッチするっていうやつなんだけど、」


 カエデは顔色を窺いながらそう説明すると、イオはそれをまとめて返す。


「つまり、投げたものを取らせる遊びって解釈でいいんだな?」

「うん!まあ、その言い方だと良くないから、投げたものをもち太郎が取るって言った方がいいかな!」

「なら、別に円盤で無くても良くないか?」

「確かに、」


 イオの的確な発言に、カエデは不覚にも賛同する。以前に本で読んだものだが、確かに他にも円盤では無く、球体のボールというものを投げていた事もあった。即ち、投げられるものであればあまり指定はないのだろうか、と。カエデは悩みながらそう結論づけ、頷く。


「そうだね。無理に円盤じゃ無くても、球体でもいいし四角いものでも、、あ、でも尖ってたら怪我しちゃうかな?」


 カエデがそんな事を呟く中、対するイオは腕を外し、何やら中の物をいじり始める。


「って、えっ!?ど、どうしたの!?」

「...いや、、ほら。これならどうだ?」

「えっ」


 イオが腕の中から、備え付けられていた球体のものを取り出し突き出す。


「こ、、これって、もしかして、」

「ああ。爆弾だ」

「えぇ!?駄目だよ!娯楽である遊びゲームが、血飛沫たっぷりのデスゲームになっちゃうよ!」


 カエデが慌てて声を上げると、イオはジト目を向け息を吐いて返す。


「...ゲーム。ってものは分からないが、、だから爆発しないように改造してるんだろう?」

「えっ、、改造出来るの、?っていうか、、改造してくれるの、?」

「ん?それをやるんじゃ無いのか?その、フリスビーってやつを。今から」

「あ、う、うん、そうだけど」


 カエデは、今までのイオからは聞けないであろう言葉に呆気に取られながら、返事を返す。すると、イオはほんのり微笑んで、改造が終わったのかその丸い爆発物。だったものを持ち上げる。


「よし。これでもう大丈夫だ」

「ほ、、ほんと、?」

「信用がないな」

「いやだって怖いじゃん!」


 カエデは、イオから手渡しされそうになった爆弾を、慌てて返しながら声を上げる。すると、少しの間それを見つめると、イオは草原の方向へと向き直って続ける。


「ならもち太郎に試させよう」

「えっ!?」

「もち太郎」

「キュッ!」

「ほら、取れ!」

「キュゥーッ!」

「やっ、駄目っ!」


 イオが掛け声をかけその爆弾を投げると、本能が働いたのか、もち太郎はそれを追いかけ、跳躍し空中でキャッチする。それにカエデは止めようと前に足を踏み出したがしかし。既に間に合わないと察したのか、ギュッと目を瞑り、拳を握りしめ俯く。だが。


「...ん?って、あれ、?」

「キュ〜ッ!」

「ほら。問題無かっただろ?」

「...は、はぁ〜〜〜っ、、良かったぁ、、爆発したらどうしようかと思った、」


 カエデは何事も無かったその光景に安堵し崩れ落ちると、イオが詰め寄る。


「...で?ここからどうするんだ?取らせた後にどうするのか聞いてないが、まさかこれで終わりじゃ無いよな、?」


 イオは、恐る恐る疑問を投げかける。が、それが当たってしまった様で、カエデは「うん、そうだけど」と首を傾げ放つ。


「...何が面白いんだ?」


 本当の言葉が溢れた様に感じた。何を考えるでも無く、心底呆れた様に。


「嘘嘘!これで終わりじゃ無いよ!それをこっちに持って帰ってきてもらって、それをまた投げて取ってきてもらうの!」

「...」

「...?」

「...いや変わらなく無いか?」


 カエデが笑顔で立ち上がり、とても凄い発明を口にするかの様に、大袈裟に話すそれに、イオは肩を落とした。


「いやいやっ、これ結構楽しいんだよ?」

「...」

「あ、信じてないなぁ。もう!とりあえずやるよ!もち太郎!それこっちに持ってきて!」

「キュキュ!」


 この一週間以上もの時間の中で、カエデはもち太郎と意思疎通が出来る様になっていた様だ。これは、長い時を共にする事による成果なのか。はたまた、レプテリヤ同士であるからだろうか。

 イオは小難しい事を考えながら、こちらに向かうもち太郎と、それを手を広げ待つカエデを交互に見据える。


「キュー!」

「わぁ!偉いねぇ〜っ!ちゃんと持って来て、偉いぞー!じゃあ、また投げるから取ってきてね!」

「キュッ!」

「それっ!」


 そんな一連の行動をぼんやりと見つめながら、イオは目を細める。


「...それは、いじめか?」

「違うよ!もち太郎楽しんでるでしょ!?ならいじめとは言いませーん!」

「...こうして過ちは犯されるのか」

「なっ!?ち、ちょっと!そんな単語どこで覚えたの!?お母さんに言ってみなさい!」

「誰だお母さんとは」

「いいからっ!」


 意味不明な事を放つカエデは、どうやら驚いている様子で、焦りの表情も見て取れた。イオの口からいじめを始めとした、今まで言うはずのない。いや、まず知る由もないいくつかの言葉が、最近増えている様に思える。


「...いや、その、本を読んだんだ」

「え?」

「流石に長い間あそこに居るんだぞ?書物を読んで無いとやっていられないだろ」

「そ、、そっか」


 と、カエデはまたもや驚いたような表情を浮かべながら、小さく零す。その表情の中には、どこか悩みのようなものが見て取れた。やはり、考えている事はお互い同じなのだろう。そうイオが脳内で思った、その矢先。


「ギュ〜っ!」

「ん?」

「あっ、ご、ごめん!す、凄いねっ!凄いよ!」


 どうやら、キャッチする瞬間を見逃していたらしく、それに対してもち太郎は不満げに唸る。故に慌てて拍手をするカエデだったが、もち太郎の機嫌は直らなかった。


「う、うぅ、、どうしよ、悪い事しちゃった、」

「...」


 その様子に項垂れるカエデ。それを、イオは横目で見つめると、そののち。

 大きく声を上げる。


「おい!もち太郎!」

「キュゥ?」

「まだまだだな。だから目を逸らされてしまうんだぞ?」

「ギュゥゥゥ」


 言葉は伝わらない。言語が伝わる筈が無い。それなのにも関わらず、イオの声かけにもち太郎は、まるで聞こえているかの様な反応を返す。


「ちょっ、ちょっとイオ!何言ってるの!?もっと機嫌悪くなっちゃーー」

「だから、次は俺が相手だ。俺のを取れるか?」

「「!」」


 慌てて耳打ちするカエデの言葉を遮って、イオは胸を張りそう放つ。すると、もち太郎もまた火がついたのか、目つきを変えてその爆弾だったものを咥えながらこちらに持ってくる。


「よし。準備はいいか?」

「キュ!」

「えっ!?」


 イオは、突如腕を関節部分から外して開き、その中に元爆発物を入れる。


「ちょ、ちょっと!まさかーー」

「ああ!そのまさかだ。行くぞもち太郎!」

「ギュ!」

「取ってこい!」


 イオはそう叫ぶと同時に、腕からミサイルの如く、それを発射した。


「...イオ、、これの方がいじめじゃない、?」

「ん?変わらなく無いか?」

「はぁ、、大小関係ないって事、?なんか、深い様な浅い様な、」


 イオが首を傾げる中、カエデはため息を吐く。するとその瞬間、イオはハッと目の色を変えて足を踏み出す。


「ちょっと待てよ、?もし、そうなら、マズイ!」

「えっ!?ど、どうしたの!?」


 突然走り出すイオに、驚愕しながらも追いかけるカエデ。


「あれは、火が付かなければ爆発しないよう改良した爆弾だった。つまり、俺の腕から発射したとなると、」

「えっ!?まさか、摩擦で僅かな熱を帯びる事によって、」

「そうだ!それをもち太郎が噛んだりしたら、その瞬間ーー」


 カエデの返しに、イオが付け足そうとした、その時。


「キュゥ!」

「あ、やばーー」


 もち太郎が爆弾を口でキャッチし、その場が爆破した。


「ごあぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「イオォォォォォォッ!もち太郎ぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 カエデの目の前でイオを巻き添えにして爆破が起こった。それを、ただ目の前で腕を構え、防ぐ事しか出来ないカエデだった。


          ☆


「爆破規模が小さくて助かったな、」

「キュゥ!」

「...はぁ、ほんと心配したんだからね!もうそんな危険物で遊ぶのは禁止!」

「キュ〜〜、」

「キューじゃない!駄目っ!」


 爆破が起きてから数分後、改造によって爆風のみであった爆弾故に、大した怪我にはならなかったイオともち太郎は互いに安堵を零した。だが、対するカエデは怒りを露わにしながら、そう声を上げた。


「もう、、もち太郎ほんと大丈夫、?イオなんかが本気出したから、こんなになっちゃって、」

「...俺のせいか、?」

「そうでしょ!」

「すまない」


 カエデは「もう!」と鼻を鳴らしながら、もち太郎を抱き上げ怪我が無いか確認をする。


「レプテリヤは軽傷であれば再生する。そんなに必死になって確認しなくても問題無いぞ」

「駄目!再生とか関係ない!傷があったら痛いでしょ!」

「え、?」


 カエデの放ったそれに、イオは目を見開く。


「分かる?まず、レプテリヤとか以前に、この子は大切な存在なの。だから、私が治療する。イオの時と同じだよ?赤の他人とか、戦闘員だったとか、そんなの関係無い。私にとって大切だから守るし、一緒に居るし、支えるの」

「...何故、だ、?」

「大切だから!」


 カエデは、頭の良い存在である。イオでも驚く計算式を素早く生成しては行い、解を導く事が出来、普段はその素振りを見せないが、たまに的確で繊細な言葉を上手く放っている印象である。だが、現在はどうだろうか。いつもの様に、単純な言葉を放っている。それなのに対し、その表情は真剣で。だが言葉は簡単で。

 だからこそ、イオは目を逸らした。

 なんと説明すれば良いか分からない考えが、頭に。いや、もっと他の。全身に湧き上がってくる様な感覚だった。

 まだ、イオには分からない事だらけであった。

 だが、この感覚は特別なものだと。それだけは理解できた。


「よしっ!これで大丈夫だねっ!」


 数分後、カエデはもち太郎の状態を確認し終わったのか、そう仕切り直す様に声を上げると共に腕から解放した。


「キュ!」

「あー!ちょっと!まだ傷が無くなったわけじゃ無いんだから、遠くに行っちゃ駄目だよ〜」


 ため息を吐きながら、カエデは元気に走り出すもち太郎に声を上げる。その光景を、ぼんやりと眺めていたイオに気づくと、カエデはこちらに振り返る。


「何、?」

「いや、なんでも」


 そんな短い掛け合いを最後に、その場には沈黙が訪れた。大きな、どこまで続いているか分からない程の草原に、爽やかな軽い風によって上がる、草の擦れる音。遠くで元気に声を上げるもち太郎。決して音の無い空間では無かったのだが、それでもカエデの声が無いだけで、極端に静かに感じた。すると、そんな事を考えていたイオに対し、小さくカエデは、視線をもち太郎へと向けたまま口にする。


「ありがとう」


 小さく呟かれたそれは、たったの一言だった。それに続く言葉は無ければ、その前に話していたわけでも無い。一言で、完結しているのだ。故に、イオもまたもち太郎へと視線を向けながら、疑問を返す。


「...何がだ?俺は何もやったつもりはないが」


 イオは至って平然と返す。すると、それにカエデは次の瞬間から無言になり、またもや沈黙が訪れた。答えが返ってこないがために、イオは隣のカエデへと視線を移動させる。

 するとそこに居たカエデは、遠い目をして、何かに耽っている様子だった。


「...ごめんね、、イオ。私、わがままで」

「...わがまま、?」

「自分勝手で、、自分の事しか考えてないって事。私は、、ずっと私自身の事しか考えてなかったのかも知れない、」


 突然発せられたそれに、一度は困惑したがしかし。直ぐにそれを察して真剣な表情へと変化する。


「...確かに、そうかもな」


 きっと、カエデもイオも、変わらないのだ。お互いに、同じ事を考え、同じような事で悩み、苦しんでいるのだ。だからこそイオは、そのままの考えを口にする事にした。


「お前は、俺の事を考えてくれている。だがそれは、自分の事しか考えていないからに繋がる」

「そう、だよね。やっぱり、、最低だよ、私」


 イオの一言に、カエデは視線を逸らして俯く。だが、と。イオは一度カエデの肩に手をやり横切ると、数歩先で振り返り真剣な瞳と、自信に溢れる様子で口角を上げ、続けた。


「でも、自分勝手なんだったら、最後までそれを貫け。自分勝手な自分で居続けろ。途中で過ちに気づき、迷い、道を変える事の方が、何十倍も自分勝手だ」

「っ!」


 カエデが目を剥き、その瞳には潤いを感じた。対するイオもまた、真剣な表情の中には葛藤の末の覚悟が見て取れた。


ーうん、、そうだ、、そうだよね、イオー


 カエデは胸中でそれを思うと共に、潤った瞳を細めてイオに視線を送る。その道を選ぶんだね、と。

 そんな言葉を開かない口で放つと、刹那。


「キュゥ!」

「わっ!ど、どうしたの〜!もち太郎〜」


 もち太郎がどうやらついて来ない我々を不審に思ったのか、カエデの元へ戻ると、飛びつく。


「...フッ」


 そんな姿に、イオは思わず笑みを溢す。


「ちょっと!何笑ってるの?」

「悪い悪い。別に、変な意味じゃ無いぞ」

「も〜、」


 イオが冗談めかして笑うと、カエデは声を小さくしながらもち太郎を持ち上げる。と、そんな矢先。


「キュッ!」

「わっ!?」

「ん?」


 突如としてもち太郎が飛び出し、イオの方へと移ろうとする。それによってバランスを崩したカエデは、その方向であるーー


 ーーイオの方へと倒れ込んだ。


「わぁぁっ!?」

「ちょっ!?なっ!?」


 それには流石に対応出来ずに、イオはカエデに押し倒される形で倒れ込んだ。


「キュ?」

「キュじゃ無いぞ。危ないだろ」

「あっ」

「ん?」


 何が起こったか分からないといった様子で首を傾げるもち太郎に、僅かに憤りを見せながら、イオはジト目を向ける。と、対するカエデは何かに驚いた様に、顔を赤らめ声を上げた。

 その、カエデの見ていた視線の方向。イオがそれを追いその先に目を向けると、そこには。

 イオの手と、カエデの手が触れ合っていた。


「...?どうした?」

「へっ!?あ、いやっ、その、、」


 カエデは慌てた様子だったが、イオにはその理由が分からずに首を傾げる。どうしてそんな大袈裟な反応をするのだろうか。理由は分からなかったが、これによるものだろうと察したイオは手を退けようとする。

 がしかし。


「ん、?お、おい、」

「ん、、」

「は、離してくれないと戻れないぞ?」


 対するカエデは、その手を離そうとはしなかった。がっしりと、絶対に失わないと言うかの如く、懸命に。


「おい、」

「ありがとう。...イオ」

「何?」


 俯き、表情は見て取れなかった。またもや一言で終わらされた感謝の言葉に、イオは頭を悩ませた。この状況に、この状態に、その言葉に。だが、ただ言える事があるとすれば、その下を向いたままのカエデの耳は、真っ赤になっていた。


「だ、、大丈夫か、?」

「好き、、」

「え?」


 心配を口にするイオを遮って。しっかりとした声で。だが、いつもとは違った、真剣な話をする時の声音。でも無く、それに僅かに震えと息の混じった声で、カエデは絞り出す様に放った。が、それを伝え終わると同時に、顔を上げイオの顔を見据えた、そんな矢先。


「あ、あーっ!え、えと、もち太郎ー、好きだよー!」


 カエデは突如いつもの様子に戻り、慌てた様子で手を離したのち、もち太郎を持ち上げ笑顔を作った。


「な、なんだったんだ、?」


 その突然の行動に、イオは頭に手をやり悩む。好き。その単語は、以前にラミリスとの交戦の際にも放たれた単語であった。あれから書物を漁り、その単語の意味を調べたのだが、結局それの感覚というものが分かる事は無かった。故に、イオは悩む。


ーどういうことだ、?カエデはもち太郎が好きなのか?ー


 理解しようと奮闘するイオの視線を背中で受けながら、カエデはもち太郎を抱っこしながら顔を赤らめる。


ーど、どどどっ、どうしよっ!?言っちゃった、、言うつもり無かったのに、、どうして、なんでこんな時に言っちゃうの私の馬鹿っ!こ、これはノーカンだよねっ!?も、もっと顔見てちゃんと言わなきゃだよねっ!?て、ていうかっ!その前に何ちゃっかり手握っちゃってるのぉ〜っ!?ま、まだ普通のやつだから良かったけど、、も、もし、こ、恋人とのあれ、だったらー


「〜〜〜〜〜〜っ!?」

「だ、大丈夫か、?なんだか震えてるみたいだが」

「大丈夫!じゃない!」

「おお、、そうか、」


 その後の想像が止まらず、頭から湯気が出る程に赤面したカエデは、それに心配を口にしたイオに振り返ると、そう声を上げた。


「は、はぁ、」


 思わずため息が漏れる。もっとちゃんと。ロマンチックな雰囲気が良かったと。この様な事故によってのものでは無くて。それを思うと、なんだか胸の奥が切なくなった。


「ん?おい、カエデ。ちょっと、そろそろ戻った方がいいかもな」

「ふぇっ!?」


 考えていた内容も相まって、突然名を呼ばれた事に大きく体を震わせ声を上げる。


「どうした、?そんなに警戒しなくても」

「あ、う、うん、そっ、そうだよねっ!で、、どうしたの?急に戻ろうなんて」


 カエデが問うと、イオは草原の奥の方を見据え、真剣な表情を浮かべる。


「近くにレプテリヤの反応がある。それも大群だ。そんなところにもち太郎を連れて行ったらひとたまりも無いだろう」

「えっ!?そ、そうなの!?」


 カエデの動揺に、イオは無言で頷く。以前、イクトと共にイオをアップグレードした際に、レーダーもまた修理、改善しており、周辺のレプテリヤをレーダーが感知する機能を搭載しておいたのだ。ここ最近は平和な日和が続いていたため、カエデはその存在にも忘れかけていた。イクトと共に備え付ける時に同行した身であるというのに。


「そ、それなら、早く戻らないと、だね」


 カエデは、真剣な表情のイオを見据え、それが本当の事であると理解し声を漏らした。と、そののち。


「もち太郎!今日は帰るよー!」

「キュゥ!」

「えっ」「なっ」


 カエデがそう声を上げ促すがしかし、もち太郎はそれを拒否して奥へと足を速める。その反応に驚愕したカエデとイオは、互いに顔を見合い頷くと、もち太郎を回収するべく足を進める。

 だが。


「は、速いっ、、よぉ、」


 やはり相手が獣型のレプテリヤであるがために、もち太郎の速度に追いつく事が出来ないカエデは、そう息を荒げた。それにイオは一度振り返り視線を送ると。


「俺がジェットシステムで追尾する。カエデも十分に危険だ。早く戻ってろ!」


 そう促し飛び立った。


「えっ、、ちょ、、もうっ」


 カエデはその姿を見据えながら、どこか寂しそうな表情を浮かべ目を逸らした。

 対するイオは、地形によって見えなかったもち太郎を見つけようと高度を上げて広く見渡す。

 が、その先には。


「何っ!?」


 大群のレプテリヤを前に、ゆっくりと歩みを進めるもち太郎の姿があった。その相手は、蟲型のレプテリヤであり、約中型と想定される大きさをしている。


「クソッ!」


 同族では無いことから、襲われてしまうのでは無いかと危険を察したイオは、慌てて急降下し回収を試みる。だが、しかし。


「キュ!」


 もち太郎とレプテリヤはすぐそこにまで迫っており、この速度では明らかに追いつく事は出来ないと理解できた。故に、イオは考える。何か方法は無いか、何か辺りに使えそうなものはないか、と。

 だが、一方のもち太郎には、レプテリヤがどんどんと近づき、次の瞬間。


「ガハァァ」

「っ!?」


 目の前の蟲型が大きく口を開けた。あれは、レプテリヤの中で行われる事であり、相手の情報を得るために、群れの中に居ないレプテリヤに一度噛みつき、どのような種類のレプテリヤであるか。どんな構造をしているかを判別するためのものである。だが、それはあくまで成熟したレプテリヤにである。この様なまだ幼いレプテリヤに噛みついたりでもしたら、それはコアの破壊を意味する。

 そのため、イオはその光景に焦りを見せる。


ーマズいっ!?考えている暇はないっ、、だが、このままではー


 イオが手を伸ばしながら、懸命にジェットブーストを行うと、その矢先。


「っとぉ!」

「!」


 突如、何者かが高速で横切り、次の瞬間にはもち太郎はそこに存在しなかった。


「な、なんだ、?」


 恐る恐る、"それ"が向かった先。イオ、自身の真上を見据える。と、そこには。


「危なかったッスねぇ!ギリギリだったッスよ〜」

「な、No.190、」


 そう。いつも通りの軽い言葉と共に現れた、No.190の姿があった。


「うッス!この間ぶりッス!」

「あっ!はぁ、はっ、イ、イクト!はぁ、もち太郎っ、助けてくれたの!?」

「そッスよ!もち太郎には感謝してもらわないと困るッスねぇ」


 イクトが挨拶をすると同時に、奥から追いついたカエデが走って現れ、互いに言葉を交わす。


「ああ、そういえばイクトと名付けたんだったな」

「あっ、先輩にも話したんスか?」

「そうそうっ、やっぱりみんなに呼んでもらった方がいいでしょ〜?」

「そッスね!」

「俺は呼ばないが」

「「えぇ!」」


 中身の無い会話をする中で、イオは怪訝な表情で口を開く。


「それよりも、なんで助けたんだ?」

「えっ、マズかったッスか?」

「何、言ってるの?」


 イクトとカエデが険しい表情で返すと、イオはそういう意味では無いと首を振り、続ける。


「違う。レプテリヤを見たら駆除を優先するはずだろう。何故戦闘員であるお前が、事情を知らないのに助けたんだ?」

「あ、、確かに」


 イオがイクトに責め寄ると、カエデもまた気づいたように目を見開く。すると、イクトは少し言いづらそうに頭に手をやりながら口にする。


「あー、えっと、実は、ちょっと前から居たんスよね、」

「えっ!?」「はっ!?」

「その、入れる雰囲気じゃ無かったから入んなかったんスけど、、なんだかレプテリヤをもち太郎って呼んで仲良くしてたんで、助けた方がいいかなと」


 それを言葉を選ぶ仕草をしながら話すイクトに、カエデとイオは驚愕の表情を浮かべながら声を漏らした。すると。


「どっ、どどっ、どこからっ、見てたの!?」

「ふふ〜、どこッスかねぇ」

「〜〜〜〜〜っ!」


 カエデが顔を赤くし放つと、イクトは意地悪に笑いながら言葉を濁す。その反応によって察したカエデは、声にならない声を上げ、更に顔を赤くした。

 その状況に追いついていないイオが、首を傾げ疑問を放とうとした直後、イクトは普段と変わらない笑みで提案する。


「とりあえず、場所変えるッスか。ほら、そろそろやばいッスよ」

「「え?」」


 イクトに流されるまま、指を指された方向に目をやると、そこには先程の大群が標的を変え向かう姿があった。


「ひゃぇ!?」

「あ、ああ。変えた方が良さそうだな」


 それに声を上げるカエデとは対照的に、冷静に返すイオだった。


          ☆


「ここまで来れば大丈夫そうッスね」


 ひとまずレプテリヤの大群から逃れる事に成功したイクトは、ため息混じりに零した。


「と、とりあえず、良かった、、ありがとうイクト!」

「いやぁ、いいんスよ!丁度僕が居て良かったッス!」


 安堵と共に感謝を告げるカエデに、イクトは照れくさそうに頭に手をやった。

 ここは先程の草原から少し離れた花畑であり、以前とは違った、色とりどりの花弁が綺麗に一面を彩る場所であった。


「ほら、もち太郎〜、命を救ってくれたんだよ〜」

「感謝してくれていいんスよ〜」

「キュ」

「なっ」


 どうやら、もち太郎には嫌われているらしい。イクトが近づくと、逃げる様にカエデの腕の中に隠れた。命を救った身であるというのに、不憫である。


「な、なんでッスかぁ、」

「フッ、よく分かってるな、もち太郎は」

「先輩!?酷いッスよぉ」

「安心しろもち太郎。こいつはもう予定があって戻るらしいからな」

「キュゥ!」

「いや勝手に帰る事にしないでくださいッスよ!てか、お前もなんスか!?キュゥキュゥってぇ!」


 イクトの様子にイオは微笑みながらもち太郎に寄って放つ。その姿が暖かく、面白く。カエデは思わず口元を綻ばせた。


「お前汚いんじゃ無いか?前にメンテしたのはいつだ?」

「僕はメンテナンスしないッス!するのはアップグレードだけ。その時に外装も手入れするんで大丈夫ッスよ!」

「これは嫌われても仕方ないな」

「なんでッスか!?先輩だってあれからメンテナンスなんてしてないッスよね!?」

「そ、、それは、、私が、」


 イオの発言に声を上げるイクト。そんな会話に、カエデは少し赤面した状態で割って入る。


「えっ、君にやらせてるんスか!?先輩は!?」

「ああ。全身を診てもらってるぞ」

「やっ、その言い方やめてっ!ちょ、それはっ!」

「ん?何か問題か?既にレプテリヤであるお前に助けられてるんだ。それにNo.190は知ってるわけだし。その事実を隠す方が、失礼だと思うが、」

「そ、そうじゃ無くて、、とにかくっ、駄目だよぉ!」


 何故か更に顔を赤くし、カエデは声を上げる。その様子に、イクトはほんのりと微笑むと、次の瞬間。


「あー、もー分かったッス!そんなに嫌なら、気に入るまで付きっきりで遊ぶッスよ!」

「キュッ!?キュゥゥゥッ!」

「おい、あまりにも可哀想だぞ」

「その言い方僕の方が可哀想じゃないッスか!?」


 突然の提案にイオが淡々と放つと、イクトがそれにツッコミながらカエデの元へと近づき耳打ちする。


「タイミングは、作ったッスよ」

「へっ!?」

「いつから見てたかは、言わないッスけどね」


 その一言だけを告げると、イクトは優しく微笑みながらもち太郎を連れてその場を後にする。その、恐らく先程の会話を聞いていたであろうイクトの行動に、カエデは焦りを見せる。


ーイクト、す、鋭い、、ー


 唇を噛んでそう心で思うカエデは、背後に近づくイオに振り返る。


「はぁ、相変わらず勝手だな、No.190は」

「ほ、ほんとだよねっ!で、でも、そのお陰で助かったわけだしっ!結果的に良しっ!...かな?」


 呆れ混じりに放つイオに、カエデもまた引き攣った笑みで話を合わせる。対するイオは、イクトの後ろ姿を見据えながら、目を細める。


ーあいつ、、本当に本部に連絡したのか、?それにしては対応が遅れ過ぎてる気がするがー


 イオは、そんなことを考えると同時にハッと目を見開く。何を考えているのだ、と。いや、これが正解であり、本来の考え方なのだ。だが、おかしい。それが元々のイオであり、カエデとも本部へ連行するために過ごしてきた筈だというのに。それが、今ではそれこそが虚言であり、もっとこの日常が続いて欲しいと願うこの思いこそが、本当の自身の考えであると錯覚している。

 カエデを捕獲するために本部に動いてもらわなくては困る。そう考えることは決して悪い事では無ければ、戦闘員としては当然の事。なのだが、目の前で俯き髪の毛なるものをいじるカエデを見据えると、何故かそれが悪い事だと感じ、強く罪悪感を覚える。


「え、えっと、その、今日は晴れてて良かったね!」

「ん?ああ、そうだな。晴れというのはどこからが晴れと分類されるかは見ただけでは判断しかねるが、」

「いっ、いいの!そういうのは!」

「あ、ああ、悪い」


 いつも一緒に居る筈である。地下で共に過ごし始めてどれ程の月日が流れた事だろう。長かったが、あっという間の時間だった。だがそれなのにも関わらず、こうして二人きりである事を意識するだけで、どうしてこうも話が下手になってしまうのだろうか。カエデは赤くなり続ける顔を軽く叩きながら、イオに向き直る。


「イオ、、いつも、ありがとう」

「感謝はもう今日だけで三度も受けてるぞ?俺はそこまでの事をしたか、?」


 いつもの様なお堅い返事だったものの、そこにはどこか自身に対する不安の色が見て取れた。


「ううん。私にとっては、十分過ぎるくらい、イオには色々な事してもらってるから」

「...だが、俺が居なくてもお前はレプテリヤに駆除される心配は無いだろ?俺は戦闘員で、他の戦闘員から護っているわけでも無ければ、最初は狙っていた身だぞ?」


 イオはそれを放ったのち、悩んだ。最初はと口走ってしまったが、実際はどうだろうかと。未だに尚、カエデを捕獲しようと、たまに脳をよぎることがある。それは、悪い事では無いのだが。


「違うよ。それもそうだし、それよりも。私しか居なくて、辛くて、悲しくて。何より寂しかったの」

「え、?」

「あの地下室で、私は目覚めたの。だけど、記憶も無くて、どうしたらいいか分からなくて。外を少し覗いてもなんだか何も無くて、私しか居ないんじゃ無いかって、、不安になって。だからずっとあそこに篭って読書をする事しか出来なかった。記憶はないけど知識だけはついて、、何もかもがどうでも良くなっていったの」


 聞かされることが無かったカエデの心境を耳にし、イオは目の色を変える。


「幸い、水、、ああっ!えっと」

「空から降る水分だろ?どれくらい一緒に居ると思ってるんだ。もうそれくらい分かる」

「あ、ああ!うん!そっか、そうだよね、、そう。それで、あそこは幸い水だけは出たから、そこで私がいつもしてる燃料の補充とか、その、イオには、見せない様にしてるけど、体を洗ったりとかしてたの、」

「そんな事してたのか。...というより、あそこから出てたのは空からの水分と同じものだったんだな」

「雨と同じでは無いけど、」

「雨とはなんだ?」

「そっちは覚えてないの!?」

「はは、嘘だ。空から水分が降る現象だろ?いつも雨だったもんな」


 体を洗う。それは、イオにとってはメンテナンス内で行なっている事であり、地下に来てからは水分を含ませた布で拭く程度であった。もち太郎にもカエデは手慣れた様子で行っている事から察してはいたものの、やはりそうなのかと。目を見開きながらも納得する。それを踏まえて考えると、今まで水に触れてはいけないのにどうやってメンテナンスを行ってきたのか、謎である。


「そう。それで、なんだかいつも同じ生活で。苦しくなってきて。もう辞めたいなって、思ってた。そんな時だった。外で凄い音が聞こえて、久しぶりに出てみたの。...そしたらそこで、」


 カエデはそこまで言うと、一呼吸置いてイオに手を出し付け足した。


「イオ。大切な貴方に出会えたの」

「...そう、だったのか」


 イオはあの時の記憶を思い返しながら、カエデの目線で想像をする。何も知らなかったのだ。そこにイオの様な戦闘員が現れたかと思ったら、次にレプテリヤが現れ、酷く混乱した事だろう。


「ねぇ、イオ。私、あの時出会ったのがイオで本当に良かった」

「な、何故だ?俺じゃ無くても、他にも俺の様な戦闘員は沢山いるぞ?」

「でも、イオが良かったの。他の戦闘員だったら、もうとっくに私駆除されてたんじゃ無いかな?」


 カエデは微笑んで、冗談の様に放つ。それに、イオは目を逸らしながらもしっかりと伝える。


「俺だって、、そのつもりだったんだ」

「えっ」

「俺は、、お前を回収する予定だった」


 困惑した様子で怪訝な顔をするカエデに、イオは拳を握りしめながら、振り絞る様にして告げる。


「お前は重要なサンプルになるから、、ここで駆除せずに、回収しようと思った。だが、本部に連絡しようとしたら、通信システムが使えなくなっててな。...それで、、俺は本部が動くまで見張りをしようと考えてただけなんだ」

「...そう、なんだ、」


 カエデは、それを聞き俯く。無理もない。今まで一緒に居たものが、ずっと演技で、使命のために一緒に居たのだと知れば、誰だって辛いだろう。その反応に、イオは歯嚙みした。すると。


「でも、しなかったでしょ」

「えっ」


 カエデはふとそんな事を口にすると、イオに近づいて普段の元気な笑顔では無く、優しい、いや。美しい笑顔を、イオに向ける。


「イオは、いつでも私を本部に連れて行けた。最初は確かに、そういう理由だったかもしれないけど、本部に私を連れて行く事なんていくらでも出来たのにそれをしなかった。...だから、私はイオと出会えて良かった」

「...そんな、事、」

「私楽しかったんだ。イオが来てくれて。なんだか、飽き飽きしてた地下の部屋が、色を取り戻した様に、鮮やかに見えたの。それは、ただ寂しかった私の、話し相手が出来たからじゃ、ないと思うの。きっとそれは、他の戦闘員ではならなくて、、イオだから。イオだったから、変わった事だと思うの」


 そんなわけがない。イオは胸中でそう返しながら、唇を噛む。カエデが言うほど、イオ自身は、素敵な存在では無い。そう考えていた。だが、そんなイオを差し置いて、カエデは更に近づき、真っ赤になった顔と瞳で見据え、普段とは違う目つき、声音でそれを放つ。


「イオ。...その、私は、貴方の事が、好きです」

「...っ」


 先程と同じ言葉だったが、何かが違く感じた。それにイオは目を見開き、それと同時に起こった風によって、舞い上がった花弁で彩り、髪を靡かせたカエデは、今にも崩れそうな表情で続けた。


「あの、、えっと、私とっ、いや、違うな、、イオには、なんて言えば、」


 カエデは迷いながら手をいじって呟く。話す事は決まっていた。告げる事も、言葉も、全て決めていた。だがしかし、その時になって気づいたのだ。

 イオにその言葉は分かってもらえないと。


「え、えと、、その、だから、」

「だ、大丈夫か、?」

「大丈夫!」

「そ、そうか、」


 イオが恐る恐る聞くと、カエデは声を上げ、改める様にして告げる。


「イオ!」

「お、おう」

「私と、、これからも、、いや、これからずっと、、一緒に居てくれませんか、?」


 カエデは、まるでお願いしますと願うように、手を前に出し目を強く瞑る。と、その光景に、イオは固まる。どう返せばいいのだろうか、と。これは、一種の誓いであると。イオもまた理解した。だが、カエデの様な美しい解釈では無かった。

 ずっと一緒。それは、もう本部との関わりを断つということに繋がるのだ。相手は記憶を失くしていようともレプテリヤである。そんなものと一緒に居るなんて事は、戦闘員を辞める事に繋がるのだ。

 故に、直ぐに答えは出せずにいた。


「...」

「ん、」


 カエデは、今も尚手を出し続けている。だが、その姿を見据え、イオは目を逸らした。と、その時。


「キュキュゥゥゥ!」

「なっ!?お、おお、どうしたどうしたっ」

「へっ!?あっ!もち太郎!?」


 突如、走って来たもち太郎が現れ、イオに飛びつき声を上げた。それに続いて、遠くからイクトが息を荒げ現れる。


「はぁっ、はぁ、、あぁぁーっ!ちょっとぉ、、めっちゃいいとこだったじゃないッスかぁ!何やってんスかもち太郎ぉ!」


 もち太郎を追いかけて来たであろうイクトは、そう残念そうに声を上げると、膝に手をつき崩れ落ちた。


「どういう事だ。もち太郎に何かしてないだろうな?」

「してないッスよぉ!なんでそこまで嫌がるんスかぁ?」

「フッ、No.190のあしらい方を理解してるな。将来有望だぞもち太郎」

「キュゥ!」


 もち太郎とイオが笑い合い話す中、イクトは息を吐きながらカエデに耳打ちした。


「ご、ごめんッス。もう少しだったんスけど、」

「いえいえ!いいんです。その、、私も、まだちょっと違うなって、思ったんで」

「そ、そうッスか、?」

「はい。それに、、言いたい事は、言えたので。ありがとう、イクト」


 そう放つカエデは、どこか遠い目をしていた。そう。先程の好きという一言では、何かが足りなかったのだ。それは、"付き合ってください"の言葉がイオに通じないからではなく、それ以前に。好きという言葉に疑問を抱いた。好きという言葉は、様々な事に使える。現段階で、もち太郎にも同じ事を言っているのだ。そこで、カエデは悩んだ。

 イオに対しての好きは、それと同等なのだろうか、と。

 なんだか胸の奥がモヤモヤとした。イオから返事が無かったのもそうだが、自分自身に。

 カエデはそんな自身への不満を感じながらも、笑顔をつくった。


「ほらほら〜っ、勝手に走っていっちゃ駄目だよ〜、もち太郎〜」

「全く、No.190は何がしたかったんだろうな」

「キュキュ!」

「ウザいよなあいつ」

「キュキュ!」

「よく出来た」

「駄目だよっ!仲良くしなきゃ!」


 カエデとイオ。それに囲まれて幸せそうに声を上げるもち太郎。そんな、新たなかたちを見据え、イクトは表情を曇らせ、どこか寂しそうな顔をしながらも、微笑みを浮かべたのだった。


           ☆


 もち太郎の初散歩から更に数週間が経った。あの日は、その後イクトも本部に戻らなくては問題だと話し、それぞれ帰還した。あれからも何度かもち太郎の散歩をする機会があったが、あれ以来イクトが現れる事も無ければ、カエデもまた、あの時の話をする素振りは見せなかった。


ーやっぱり、俺が返してないから、かー


 イオは、あの日以来いつもの様な反応をするのみで、真剣な話をしなくなったカエデに、どこか罪悪感を覚えていた。あの時、カエデは今までの事や、自身の考えを口に出して告げてくれていたのだというのに、イオは何も返す事が出来なかった。まだ定まっていなくとも、その考え自体を告げれば良かっただろうと。イオは今でも思い返す。


「おはよー」

「ああ、おはよう」

「キュゥゥゥ、」

「あっ、もち太郎も起きたっ!おはよー!」


 だが、こうして普段通りの反応をするカエデには、あの時の返事を切り出す事は出来なかった。それは、まだ後ろめたい思いが、どこかに存在するからであろう。

 更にあの日を境に、カエデとだけの空間になる事は無くなっていた。基本的にはカエデともち太郎、イオで過ごしており、皆で生活を共にする事がほとんどとなっていた。故に、それもあってか、なかなかその時の話をする機会というものが見つけられないでいた。

 本当にこれでいいのか。そんな事を思いながらも、イオはこの、戦闘員である自身以外は、両方とも敵であり、駆除対象であるレプテリヤという異様な空間に笑顔を浮かべていた。

 そんな最中の出来事であった。

 一週間に二回ほど、あれからもち太郎の散歩をする事を決めており、その際には必ずイオが、事前に単体で外の様子を確認しに行っている。それを、今日も変わらず、行おうとしていた。


「それじゃあ、俺はこの付近三キロ以内にレプテリヤが居ないか巡回に行ってくる」

「うん!いつもありがとう。絶対、無事に帰って来てね、」


 地下室の出入り口に向かいながらイオが振り返り放つと、カエデは不安そうに表情を曇らせて口にした。


「ああ。そう言って、一度も出会でくわした事は無いがな」

「あ!駄目だよ。そうやって油断してる時が、一番危ないんだから!」

「はいはい、行ってきます」


 カエデが指摘する中、イオは微笑んで返すと、地下室を後にした。

 いつも通り、飛行しながらレーダーを起動し、辺りにレプテリヤが居ないかを凝視する。普段は近場のみの確認だったのだが、今回は天気も良い事から、少し遠出をしようと話をしており、地下室から三キロ以上離れた範囲を飛行していた。

 と、刹那。


「っ」


 イオは、それを見据える。

 遠く。遠い先に、薄らと僅かに見える、この荒れ果てた場に不自然に建つ大きなそれ。

 それは他でも無い。我々の本部、カサブランカであった。


「...」


 イオは、何を言うでも無く浮遊したまま動きを止める。

 それを見つめ拳を握りしめるイオ。このまま、本部に戻る事は容易である。以前の様に、カエデが逃げ出す心配も既に無くなったのだ。地下室では、もち太郎と遊ぶカエデが居る。イオは巡回という理由をつけて出て来ているため、探しに来る確率は極めて低い。ならば、今本部に戻ってこの数ヶ月の記録というデータを渡し、説明をすれば。

 親は、カエデの回収に来てくれるだろうと。

 イオは目つきを変える。以前の様に邪魔も入らない。飛行システムならばものの数分で到着する事が可能だろう。地下に居るのはレプテリヤ二体だ。更に片方はヒト型。その居場所を突き止めたとなれば、イオは大きな功績だろう。

 ゆっくりと、イオは降下し地上に足を着き、カサブランカの方角を見つめる。

 このままカサブランカに行くのは簡単だ。

 使命を全うしろ。

 だが、足が動かなかった。

 お前は戦闘員だろ。

 何故かは不明だが、体が震えた。

 本部を、親を裏切るのか。

 首を振り、足を踏み出す。

 お前の任務を、存在価値を思い出せ。

 そうだ。

 お前の役割は親の役に立つ事。裏切るべきなのは、レプテリヤであるカエデの方だ。

 そうだ、俺は。

 イオは、そこまで自問自答を繰り返したのち、ふとーー


 ーーカエデの笑顔が浮かび上がる。


 こんなシステムは無かった筈だというのに、何故か、カエデと過ごした時間が、脳内に映し出される。

 修理をしてくれた時の光景。言い合いをした光景。外に出て初めて山というものを見て、花というものを知り、雨という温度を知って、カエデという温度を知った。あれから、多くのものを知った。知る筈の無かったもの。知る必要が無かったものを、幾つも知る事が出来た。知らない単語も、想いというものも、暖かさも。

 それを知った時に、いつも隣に居たのはカエデだった。

 カエデの表情の数々を思い返し、イオは強く目を瞑る。


「そうだ。そうじゃ無いんだ」


 イオは、僅かにそう漏らし、カサブランカに踵を返す。

 やっと分かった。イオ自身は、何がしたいのか。何を求めていたのか。どうして、こんな事をしているのか。その、全てを。

 "No.10"を、"イオ"にしてくれたカエデの元へ戻り、それを伝えるため、地下室の方向へ強く足を踏み出した。


ー待ってろ、、カエデ。伝えなきゃいけない事が。...いや、返事をしなきゃいけない事が、残ってたもんなー


 イオが強くそれを思いながら飛行システムを起動し飛躍しようとする。

 が、その矢先。


「っ!」


 突如、背後から強く引っ張られ、イオはバランスを崩し倒れ込む。


「ごはっ、ごほっ、、だ、誰だよ、?」


 それを行ったものに、イオは怪訝な表情で振り返る。と、その先には。


「お前が、イオだな」

「っ!?」


 またもや全身が影のような見た目で、真っ赤に染まった双眸。イオと同じ様な輪郭と、顔立ち。そして、触覚らしき頭の上の髪なるものは、サラサラとしており、左に流していた。そう、その容姿。どう見ても、レプテリヤ、ヒト型である。


「お前、」


 立ち上がり、怪訝な表情で戦闘体勢へと移ったのち、僅かに退く。


「イオ。ラミリスから話は聞いている。お前、フレアを匿っているらしいな」

「フレア、、やはり、それがあいつの正式名称なんだな」

「正式名称も何も、フレアはフレアだ。勝手に別名で呼び始めたのはお前らの方だろ」


 息を吐きながら、そのヒト型はイオに近づく。すると、目の前にまで到達したその時、レプテリヤは睨む様にしながら口を開く。


「だが、これで確信した。お前が、イオで間違いなさそうだな」

「そうだと言ったら、どうする?」


 僅かに口角を上げ、イオはブーストを始める。が、そののち、ヒト型はゆっくりと表情を正して放つ。


「遅れたな。俺の名はガース。ただ、話に来ただけだ」

「っ!?」


 その名称に聞き覚えがあり、イオは目の色を変える。ガース、以前ヒト型であるグレスとラミリスが口を揃えて話していた名と一致する。


ーこいつが、、最高権力者、?ー


 イオがガースを見据え、足元から頭の上まで見つめる中、対するそれは、そう続けた。


「別に俺は、お前を殺そうともフレアを殺そうともしない。ただ、フレアを連れ戻しに来ただけだ。あいつを返してくれれば、俺はお前に手出しはしない」

「何、?」


 ガースは手を上げ、敵意はないと証明しながらそう淡々と話す。それに、イオは眉間にシワを寄せ疑いの目で見つめたのち、思考を巡らせる。


「どうだ?フレアは確かにお前にとっては重要な存在かもしれないが、大した情報は得られない。それに対して、今フレアを返してくれれば、お前も殺されず、俺と接触し、俺という存在が居た事と、今から話す俺らの情報を報告出来る。な?どうだ。悪くない取引だろ?」


 ガースは、そうメリットを説明しながら交渉を続ける。そんな姿に、イオは顎に手をやる。

 ここでカエデを渡しても良いだろうか。確かに、我々にとってはメリットが多いかもしれない。きっとここで断り、ガースという、レプテリヤ内で絶対的信頼を置かれている存在を敵に回した結果、力尽くでカエデを回収されかねない。今までは一体ずつの襲撃だったからまだしも、ガースがレプテリヤの大群を用意していた場合、それは敗北を意味する。

 故に、結局結末が同じになるならば、ここで話を合わせ、本部にその事を通達したのち、万全の状態でガースとの戦闘を行った方が良いのでは無いか、と。イオは冷静に分析し、それに辿り着く。だが。

 少し待てよと。イオは唇を噛む。

 本当にそれで良いのか、と。

 カエデを素直に渡し、レプテリヤの住む場所に返しても良いのだろうか。

 本当は、もうとっくに結論は出ていたのだ。先程、カサブランカに背を向けたあの時、既に。

 それを理解しながらも、イオは悩む。そんな一時の感覚で、結論を出してしまっても良いのか、と。後悔する時が、来るかもしれない。先程の様に、イオが敗れ、カエデが連れて行かれるという、最悪な結末になる可能性だってありゆる。冷静に判断しろと、自身に言い聞かせるイオ。

 だったが。


「フッ」

「?」


 ふと、イオは口角を上げて微笑む。

 カエデは、とてつもなく自分勝手であった。だがイオも、同じくどうしようもない自分勝手な存在であった。最初から、自分の事しか考えていなかったのは、イオも同じでは無いか、と。

 そう思い返し、決断を下す。

 自分勝手な行動を行い続けて来た我々。だからこそーー


 ーー自分勝手を、最後まで貫く。


「断る」

「何、?」

「聞こえなかったか。俺は、お前の要求は飲まない。カエデは、連れて行かせない」

「...はぁ、もう少し、話せる存在かと思ってたんだがな」


 呆れた様に息を吐くガースに、イオは目つきを変えて、腕を開き銃口を見せた。そう。

 カエデの言葉を借りるのであれば、もう少しだけわがままで居させてくれ、と。

 イオはそう胸中で呟き、声を上げた。


「俺はNo.10、イオ。お前らレプテリヤの駆除が使命の、ただの戦闘員だ」

「なら、ここで消えろ」


 ガースがそう放つと共に背中から大量の触角を出す。と、同時。イオもまた放つと共に、ミサイルを放つのだった。

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