第6話「ヒマラヤユキノシタ」

 イオは、初期型で、No.10では無い。

 そんな、No.190が放った衝撃的な一言に、カエデは目の色を変えた。


「...ど、どういう、事ですか、?」

「そのままの意味ッスよ。先輩が、一番最初に造られたんス」

「...な、なら、なんでNo.10にする必要があったんですか!?」


 カエデは、自分が無知である事に焦りと憤りを感じながら、その話にしがみつく様に前のめりになる。


「それは、、造り替えたからッスよ。一回」

「え?」

「先輩は、初めての成功体。No.1だった。でも、それには不備が多すぎたんスよ」

「ふ、、不備、?」


 カエデが聞き返すと、No.190は少し悩んだ素振りを見せたのち


「これは、、ちょっと昔話になるんスけどね」


 と前置きをすると、あの日の事を語り始めた。


          ☆


 今日の様な明るい日。初期型である1から4のチームは監視を行なっていた。

 勿論、カサブランカの防衛である。

 今程レプテリヤが増殖していなかったが故に、四体の戦闘員のみでも対応が出来る程であり、基本的には監視を行いながら雑談をするなんて日が続いていた。だが、そんなある日。


「っ!なんか、今まで見た事ないやつが近づいて来てるぞ!?」

「...レプテリヤ、か?」

「だが、、大き過ぎる」


 そう。そんな四体という心許ないチームの前に、大型のレプテリヤが現れたのだ。

 初めてであった。少なくとも、一番大きなレプテリヤは、その時代では今の中型レベルであった。

 故に。

 その部隊はなす術もなかった。


「...分かった。俺が囮になるから、No.1、3、4は、本部へデータの送信をしてくれ」

「待てっ!なんでそんなっ」

「それなら、リーダーであるNo.1。俺に囮をやらせればいいだろ!?」

「そんな事したら、みんなをまとめられる俺らのリーダー。No.1が、居なくなるだろ?」

「そ、そんな、」

「No.1は、俺らにとってナンバーワンな存在でなければいけないんだ。それが、俺達にはお前しかいない」

「待てよっ!そんな事したらっ、No.2はどうなってーー」


 結果的に。その部隊の副リーダーであったNo.2は犠牲となり、身を挺してカサブランカからレプテリヤを遠ざける事に成功した。

 だが、それからというもの、それを皆は乗り越える事が出来ずに過ごした。

 監視の際の会話も減った。喧嘩こそ無かったが、皆思い詰めた様に表情を暗くし、いつも険しい表情で、苦しい様子で、使命を全うした。

 が、そんなある日。


「本当に、、お前達は、これでいいと思うか、?」

「「え?」」


 ある戦闘員が、疑問を口にした。

 そう。隊長のNo.1である。


「こんな、、親のためだとか言って、、親は俺らに何かしてくれたのか?」

「いや、、だって、住むところも燃料も、与えてくださってるだろ」

「それは俺らを働かせるためだ」

「「!」」

「違うか?俺らは命懸けで命令を遵守してる。使命を全うしている。それなのに、報酬があまりにも比例していないと思わないか?」


 No.1だけが。声を上げたのだ。疑問を、戦闘員に課せられた使命の理不尽さを。そして、唯一彼は戦闘員を、仲間だと。友と呼んだのだ。


「俺は、こんなの耐えきれない。お前達も、同じ気持ちなのは分かる。でも、俺はみんなみたいに大人になれないんだ」

「...No.1、」

「俺は、大切な仲間を失って、それが耐えきれない。このままこの状態だったら、いずれまた、お前達も。俺の大切な仲間が、また居なくなるかもしれない。それが、、いやなんだ」


 必死に、No.1はチームのメンバーに声を上げた。だが、それでも。皆を突き動かす事は出来なかった。それは、皆が冷たいからでは無いというのも、理解していた。

 それ故に、荷物の運搬中、No.1は一人で施設内を放浪し、親の情報を掴もうとした。

 それを、毎日。繰り返し行っていた。

 親の目を盗んでは、日々、疑問に思ってはいけないと言われてきたその情報を得るため、必死にカサブランカ内を捜索した。

 そんな日が続く中、新たな戦闘員が生まれた。

 No.5。親からは、新たな戦闘員であると同時に、No.2の役割を担う代わりの存在だと伝えられた。そんな、突然現れた存在と、共に戦えるわけがないと。命を預けられるわけがないと。

 チームの皆は乗り気では無かった。


「よっ、よろしくっ、お願いします!」

「...ああ、よろしく、」


 No.5は、No.1には新たな戦闘員では無く、新たな犠牲者にしか見えなかった。どうして、こんな場所に居なければならないのだろう。どうして、犠牲者を出さなければならないのだろう。

 次第にNo.1は何も行っていない親への不満や怒りが募り始めた。

 それから、僅か一週間後の事であった。


「マズい。大型だ」


 絶望の色を見せながら、No.3は目を凝らしそれを見据え、振り返って促した。それに同じく表情を険しくする1と4。対する5は、何を焦っているのかは不明だったが、その様子から何か危険なものを感じる。


「お、大型って、、そんなにヤバいんですか?」

「っ!」


 No.5のそんな一言に、No.1は目を剥く。あの時の事を、知らされていないのかと。

 No.1は、No.2の事を話すべきかと悩んだものの、今はそんな不安になる事を言うべきでは無いと首を振り、目つきを変えて大型に向き直る。と。


「来てしまったものは仕方がない」


 と呟いたのち、視線はそのままでNo.5に放つ。


「...俺らは、あいつに悩まされていたんだ」

「な、悩まされてた、?」

「ああ。でも、それも今日で終わりにしよう」

「「っ!ま、まさか」」


 No.1の一言に、3と4は怪訝な表情でNo.1を見据える。と、それに無言で力強く頷いたのち、背中からジェットを出して大型に飛び立った。


「ここで、完全に駆除する」

「「クッ」」


 その対応に、初めこそ歯嚙みし目を逸らした一同だったものの、直ぐに改めて同じく飛び立つ。


「しゃあないっ。リーダーの言葉なら仕方ないな」

「ああ。絶対、No.2の仇は取ってやる」


 No.3と4が短く放ち飛び出す中、No.5はどういう状況なのかを理解できない様子だったものの、その意気込みに流され力強く飛び出した。


「大型だろうが手順は一緒だ。まずは爆散武器で外殻を剥がしながら急所を探す」

「「「了解」」」


 その時代には、まだ分析システムも、独自の通信による伝達も行えなかったため、伝達が行えるようカサブランカの近くでの戦闘を。そして、敵の生態を知るために乱雑に攻撃。それによるレプテリヤの反応を確認しながら、適切な攻撃方を導き出していく。それが、その時代のレプテリヤとの戦闘方法であった。

 だが、それを順に正確に行い、冷静に対処しようとも、今まで中型相手を行ってきたがために、大型には歯が立たなかった。


「クソッ、全然反応を変えないぞ、こいつ」

「恐らく、巨体故に鈍感なんだろう。もう少しコアに近づかないと、守ろうとする動きすらしなさそうだ」

「こんなんっ、四体で相手出来るのかよっ!?」


 No.3が愚痴を零し、No.1は冷静に放つ。そして、No.4が焦りを感じる中、No.5は無言でレプテリヤに対応していた。

 No.5の攻撃方法は、僅かに技術が進歩しているからかバリエーションが豊富になっており、時限式の攻撃や追尾弾。目眩しなども行えた。

 それを踏まえ、No.1は考えた。それを応用して、対抗できないかと。

 そのためNo.1は、しばらくの間思考のみに集中し攻撃を一時中断し。皆がレプテリヤの駆除に当たる光景を眺めながら、決断を下した。


「っ!...これならっ」


 その打開策を伝えるべく、一同に移動しながら耳打ちする。

 その内容というのは、皆が集中的に攻撃し、No.5が目眩しを行い援護。そして、残りの三体が集団で一撃を放ち体に穴を開け、そこに一体の戦闘員がNo.5の時限式徹甲榴弾を身につけ潜入し直接攻撃する。というものだった。

 勿論、その作戦の肝である侵入隊員はNo.1が受け持つ事となった。その結果はーー


「よしっ、俺に撃ってくれ」

「で、でもっ」

「いいから。絶対成功してみせる」


 No.1が時限式徹甲榴弾を自身の体に付けてレプテリヤの核に向かった、その時。


「っ!?なっ」


 目の前にはコア。では無く、肉塊が詰まっていた。


ー馬鹿なっ、再生が早すぎるっ!?ー


 これではコアへの直接攻撃は不可能。そう思われた、そんな矢先。


「No.1。その時限式徹甲榴弾。取れるよな?」

「えっ」

「俺に、付けろ」


 隣に突如現れたのは、No.3の姿だった。

 それに驚愕し一度は目を瞬かせたものの、直ぐにハッとしNo.3を凝視する。その体には、既に。無理言って付けてもらったであろう時限式徹甲榴弾が、無数に付いていた。


「っ!まさか」


 それ故に、理解する。No.3は、自身に無数の徹甲榴弾を付け、No.1に付けられた片方の爆破で肉塊を取り除き、その後に付けられた爆弾で時間を調整してコアを破壊する。という作戦だったのだ。


「何考えてるんだ!?」

「もうこれしか無い。これなら、俺が壊れても、そのまま重力でコアまで落下し、それによって必然的に徹甲榴弾がコアに到達する」

「なら、それは俺がやる。俺がリーダーだぞ!?お前が背負う必要はーー」

「いや、駄目だ」

「っ」


 声を荒げるNo.1の言葉を遮ったその発言は。以前と同じ、尊敬の言葉であった。


「No.1は居なくなるわけにはいかない。俺達の、ナンバーワンは。お前じゃないと意味ないんだ。俺は、嬉しかったよ。No.1が、仲間だと言ってくれて。No.2が破壊された時、本気で悩み悲しんでくれて。そして、俺達には出来ない。親への不満を、言動だけじゃ無くて行動で起こしてくれて。だから、お前は戦い続けてくれ、無力な俺らの分まで。頼む。...なんか、押し付ける様な真似して悪いな。でも、少なくとも俺よりは、消えちゃいけないんだ。No.1は。俺らのナンバーワンは、お前しか、居ないから」

「やめろっ!やめろぉぉっ!」


 無理矢理爆弾を取って肉塊に向かうNo.3の背中に、No.1はそう声を上げた。

 その後、No.1は爆破の衝撃によってレプテリヤの中から弾き出され、軽傷で済んだものの、僅かな損壊が見受けられた。だが、そんなもの、どうだって良かった。

 周りの皆は目を見開き、ただその爆破したレプテリヤの姿を見つめていた。そして、対するNo.3はーー

 ーー奇跡的に再起動したものの、修理をしても腕や肩の損傷が激しく、今までの様な攻撃は行えないと告げられた。

 それでも尚、No.3は戦場に駆り出された。


「...よお。...なんか、かっこ、つかねぇな、、こんなん。一番だせぇじゃんか」


 苦笑いで、No.3は無理矢理付けられただろう新たな腕で頭に手をやりながらNo.1と再会を果たす。それに、今にも崩れ落ちそうになりながらも、No.1はそんな事ないと首を振ったのち、頭を下げた。


「それよりも、、すまなかった。俺の作戦で、こんな、事に」

「いや、いいんだ。無理言ったのは俺の方だよ」


 そうは言ったものの、No.3は戦場おもてぶたいに出る事は無くなった。その時の記憶によって。というよりかは、戦えなくなったのだ。体自体も。

 それからというもの、その部隊は皆が衝突し始めた。


「No.1!なんで、、なんで平気なフリしてるんですか!?」

「...仕方ないだろ、、俺が、しっかりしないと」

「しっかりって、、貴方のせいで。貴方のその作戦のせいでNo.3は戦えなくなったんじゃないんですか?」


 No.5には、自分の新機能。大勢のものを助けるために備え付けられた技術で、No.3を復帰不可能とさせた事に憤りを表した。

 対するNo.4は、No.3の気持ちは強く理解していたものの、その悔しさはNo.5と同じ。いや、寧ろ強かったがために、何を言うでも無く口を噤んでいた。

 そんな最悪な状態の中、続け様に大型のレプテリヤが現れた。

 勿論、今までと同様力は強大で、現在の三体では歯が立たなかった。故にーー

 ーー親は、負傷しているNo.3を派遣した。


「よ、、よぉ、久々の戦場だな、、ドキドキ、するよ」

「「「!?」」」


 その場の皆は、目を疑った事だろう。確かに力不足なのは認めるが、戦える状態で無いNo.3を無理に戦わせるなど、いくら親でも認められなかった。だが、そんな事を口に出せるはずも無く、一同は目を逸らし、ただ唇を噛んだ。すると、そんな中。

 ただ一人。No.1だけは、その疑問を、理不尽である怒りを。大声で口にした。


「何考えてんだよ!?親は!」


 No.1の親に対する不信感は、既に限界を越えていた。が、対するNo.3は尚も首を横に振り、こんな状態でも役に立てる事が幸福だと言い張った。


「ナ、、No.3、」


 悔しそうに歯嚙みするNo.1に、No.3は優しく、宥める様に肩に手をやり微笑んだ。

 そのため、早く片付けようと。その部隊は一斉に大型のレプテリヤに向かった。以前と同じく、皆は大型相手に苦戦し、攻撃を受けて部分的な破損を負うものも多かった。

 それに、絶望を見せ、全滅を覚悟した。だが、そんな中でも、No.3は諦めなかった。大きな攻撃が行えない体である筈なのに、攻撃の手を緩めず、果敢に向かっていった。

 そんな姿に突き動かされ、皆もまたレプテリヤに全力で向かった。が、それでも尚、レプテリヤの駆除は成し遂げられなかった。

 そこで、いつも作戦を思いつく我らがリーダー。No.1を頼りに、No.3と4は詰め寄った。


「なぁ?何か無いのか?前みたいな、作戦は」

「俺達はなんでもやるぜ。大丈夫。前に一度拾った命だ。こいつを駆除出来るなら、修理された甲斐があったってもんだ」


 No.4と3は口々にNo.1の考えを求めた。が、No.1には、何も思い浮かばなかった。いや、それは嘘だったのだろう。思いついたそれを、言えなかっただけで。


「...」

「あるんだな?」


 No.3に詰め寄られる。だが、それに対しても目を逸らし、No.1は口にする事はしなかった。そんな様子に、No.3と4は察する。

 そう、それは、また犠牲者が出てしまうものだという事に。


「なんでもいい。やるかは聞いてから決める。だから、とりあえず話してくれないか?」


 そんな皆の言葉に背中を押され、No.1はその作戦を口にし始めた。

 No.5の火力と皆の火力を合わせれば、表面を削りながら皮膚を抉り、コアまでの穴を開け一撃を喰らわせられると。そういう仮説であった。それを行うには、皆が一斉に。それも連続で長時間放ち続けなければならないという点が問題である。そしてーー

 ーーレプテリヤを足止めし続けるものが、一名必要である、と。

 故に、No.1は歯を食いしばる。レプテリヤを止めるものはその攻撃の衝撃を、間近で受け続ける事になるのだ。更には、それを撃ち続けるものの方の体も、限界を越えなくてはならない。全員が辛い、ただ苦しいだけの作戦なのだ。

 それを、苦し紛れに笑いながら、No.1は冗談の如く、あくまで一つの案である事を強調して放つ。すると。


「でも、それならいけそうだな」

「ああ。No.5は火力も、俺ら初期型よりも高くなってる。だから、可能性は高いな」

「お、、おい、何言ってんだよ、、俺は、ただ言っただけでーー」

「いつまでも悩んでるだけじゃ仕方ないだろ?なら、思いついたもん、一つずつやりまくった方がいいだろうが!」


 ニッと笑みを浮かべ、No.3と4はレプテリヤに間合いを詰める。そんな、まるでレプテリヤを足止めしに、我先にと向かう姿に。No.1は慌てて追いかけた。


「待てっ!やるなら俺が足止めをする!お前達は攻撃を頼んだ!」


 No.1は、すれ違い様にそう放つと、鎖を肩から一本出し、それを手で握ると、レプテリヤの脚に巻き付け固定する。

 が。


「クッ、うおあっ!?」

「No.1!?」


 レプテリヤは獣型であり、四足歩行である。故に、一体による鎖で行えるのは、せいぜい右の前後の脚だけの固定であり、それによってバランスを崩したレプテリヤの体重に耐えきれず、No.1は吹き飛ばされてしまった。その光景に、やはり二体でないと足止めは不可能だと察した一同は、この作戦を中止ーー


 ーーする事は無かった。


「!?」

「「チェーンメタル!」」


 No.1が吹き飛ばされたのを確認したNo.3と4の二体は、それをカバーする様に鎖をレプテリヤに巻き付け、二体故に足止めに成功した。


「っ!?No.3!?4!?」

「お前らっ!?何やってーー」


 その突然の行動に、No.1のみならずNo.5も声を上げる。そんな二体に。いや、近くにいたNo.1に。

 彼にしか聞こえないくらいの声量で、No.3は放った。


「悪いな。俺、こんな体だからよ。連続で攻撃する事、もう出来ねーんだ。だから、俺を含めた三体でも、二体でも変わらねーと思うんだよな」

「そんな事っ、」

「正直、初期型の俺らの中ではお前が一番火力高いんだぜ、No.1。お前なら、今のNo.3と、俺を合わせた二体分の力が出せると思う」


 弱々しく放つNo.1に、遮る様にしてNo.4は割って入ると、次の瞬間。


「ギャイィィィィィィ!!」

「やべっ、なんか元気出て来たぞこいつ!?」

「早めにやらないとやばそうだね」


 レプテリヤの咆哮に一同はそう促すと、No.1はゆっくり立ち上がりながら険しい表情を浮かべ悩む。が。


「早くやれぇっ!No.1!お前しかいないんだ!」

「!」


 No.1は悩んだ。レプテリヤを駆除するのは我々の使命である。だが、それを行って何になるというのだろうか。それは、親を守るためであり、仲間を消す事に繋がる。ならば、そんな事、やめてしまえばいいだろう。No.1は、そんな思いが脳を過った。だが、No.3と4の必死の形相に、体は勝手に。

 No.5の元へと向かっていた。


「えっ!?何考えてるんですか!?そんな事したら」


 先程のNo.1と同じ様な事を話すNo.5に、半ば強引に、無理矢理それをやらせるよう声を上げると、その二体は。

 No.3と4も近くに居るレプテリヤに向かって、何度も。何度も腕が引きちぎれる程の攻撃をし続けた。大型故に、同じ部分に向かって何度も。

 結果的に、今回も大型のレプテリヤを駆除する事に成功した。だが、今回も、No.1は取り残されてしまった。

 No.3と4の後始末を、No.1ははらわたが煮え返りそうになりながらも行った。その相手はレプテリヤや親。では無く、自分自身に。

 それからというもの、No.5とは会話を交わす事はほとんど無くなった。その間、大したレプテリヤが攻めて来なかったのは、不幸中の幸いだった。故に、その間の戦闘員は荷物の運搬を始めとした雑用を多く行っていた。

 そのためNo.1は、これをチャンスだと思い、不信感を解消するべく親の情報を得ようとカサブランカ内を探索していた。

 するとそんな中、ふと一つの部屋に辿り着き、"それ"を目撃した。

 それは戦闘員の構造についてやレプテリヤの性質。レプテリヤとの関係や、親の存在。詳しい事が記された書類が山の様に存在していた。それを高速記憶機能を駆使して暗記をすると、No.1は職務に戻りながらそれを確認していた。

 それを繰り返す内に、カサブランカの存在やこの組織の事を、少し理解し始めていた。親は、我々戦闘員を造り出した存在であり、戦闘員はそれらを守るためだけに用意された存在である事など。No.1が知りたかった事が、次々と明らかになっていった。

 だが、そんなある日の事である。

 No.1は、親の情報を得てしまったからか、はたまた破壊された戦闘員の代わりになってもらうためか。アップグレードという形で、親に回収され造り直された。

 激しく反対をした。だが、No.1が反抗を繰り返せば繰り返す程、親達はアップグレードという名の改良が必要だと口を揃えた。何度も逃げ出そうと試みた。だが、カサブランカのシステムと繋がっている以上、逃げる事は不可能。遠くに行けば、命の保証はない。結局、No.1の抵抗虚しく、親達に連れられ、無理矢理アップグレード部屋改造室へと入れられた。

 そこから、No.1は初期型の意味を持つ1に、バージョンアップした事を記すためか。はたまた、記憶がリセットされ0となった事の証明か、1の後に0を付け足し、彼はNo.10となった。

 それから戻ったNo.10はとても従順で、親に対する不信感は勿論、反発もしなければ、必要な事以外は何も考えない。本当の、ロボットの様な存在になったという。


「そ、その、、す、すみませんでした、、No.3と4の事で、その時はおかしくなってたんです。確かに、No.1の作戦は乱暴で、犠牲者を出す様な結果になりがちですけど、、でも、No.1が居ない間、考えたんです。貴方が居なければ、みんな、破壊されていたんじゃ無いかって、、だから、その」


 バージョンアップから帰ったNo.10の前には、No.5が駆けつけた。どうやら、あの時の事を考え直し、仲直りを試みているのだろう。だが、対するNo.10はーー


 ーー首を傾げた。


「No.3と4って、、何言ってるんだ。あれは当人の力不足が招いた結果だろう」

「え、?」

「破壊されたものをいちいち覚えていたらこの先何も出来ないぞ?俺らは戦闘員。破壊されても仕方のない存在だ。それを長々と考えるのは、効率が悪い」

「何、、言ってんです、、か?」

「後、俺はNo.1では無い。先程のアップグレードによってNo.10になった。これからはそう呼べ」


 淡々と放つNo.10に、No.5は怒りを露わにした。それからは言わずもがな。関係は崩れ、No.10となった事によりNo.5はタメ口になり、その間を埋めるためにNo.6から9が配属された。

 そこからは更に戦闘員が増え、新機能を試すかの様に段々とハイブリッド戦闘員も増え始めていた。

 それにより、今に至ったのだ。


          ☆


「...記憶を消された。そうは言っても、きっとどこかで覚えていたと思うんスよね。先輩の仲間想いは、記憶回路だけじゃ無くて、もっと、いろんなところで感じていた事だと思うッスから」


 どこか寂しそうに話すNo.190に、カエデはただ頷くのみで、何を言うでもなく聞き入れた。


「でも、耐えきれなかったんだと思うんス」

「耐え、、きれなかった?」

「そうッス。どこかで覚えていたのに、記憶を消された事に乗っかって、忘れたフリをしたんじゃ無いッスかね。...まあ、消された事によっての方が大きいとは思うッスけど」


 倒れるイオから僅かに距離を取り、地面に互いに座って続ける。


「きっと、キツかったと思うんスよね。先輩、先に居なくなったNo.2や3、4の後を、みんなを大切な仲間だと思っていた先輩が託されるのは、あまりにも辛くて、その重荷は、計り知れないッスよ」


 遠くのイオを遠目で見据え、No.190は個体の感想を最後に付け足す。それに、カエデは表情を曇らし頷いたのち、ふと顔を上げ、疑問を投げかける。


「その、、ずっと疑問に思ってたんですけど」

「ん?なんスか?」

「あの、No.190さんは」

「ん?さんって、なんスか?僕はNo.190ッスけど」

「あっ、あー、えと、はい!その、No.190は、イオよりも後輩なんですよね?番号からも、結構後に造られたんだと思うんですけど、、それなのに、なんでそんな事知ってるんですか?」


 No.190の反応により、戦闘員間では名前という概念が無く、故にさん付けの概念も無い事を察し、慌てて修正するカエデ。

 そののちカエデが恐る恐る放った疑問に、No.190は「あー」と目を開き声を上げると、そう続けた。


「言って無かったッスね!まあ、見てれば分かると思うんスけど、僕って結構ヤバくて、"出来損ない''って呼ばれてるんスよね」

「で、、出来損ない、?」


 カエデは、それと何が関係しているのか分からないといった様子で、首を傾げる。


「そッス!まあ、僕は気にしてないんスけど。...先輩見てれば分かると思うッスけど、戦闘員って、本当は何も余計な事は考えちゃ駄目なんスよ。それなのに、僕はこうして自分の思うままに行動してるんス」

「そ、、そう、なんですか、、何だか、そんな環境って、苦しいですね、」


 カエデはそのままの気持ちを口にする。と、No.190は苦笑を浮かべ


「それが普通なんスけどね」


 と呟くと、そのまま続ける。


「それで、僕は本当は駄目な、運搬最中の書類とか、親の管理内のデータをちょっと覗き見したり、一桁型ファーストの戦闘員に話聞いたりして、そこまでは分かったんスよ」


 さらっと放つNo.190に、カエデは引き攣った笑みを返す。


ーそれ、、本当にヤバい事なんじゃー


「それから、先輩を気にかける様になったんス」

「え、?」

「ああ!それだから同情して気にかけた訳じゃないッスよ?ただ、見方が変わったというか、なんというか」


 言葉を濁すNo.190に、カエデはほんのりと薄ら笑って口を開く。


「分かってますよ。私も、、今ので、また見方が変わりましたから」

「...それは、悪い意味で?」

「いい意味です。イオに対するこの想い自体は、変わりません。変わるのは、その度合いで、、もっと、大きくなった、、といいますか」


 今度はカエデが言葉を濁す。その様子に、No.190はこの選択は間違っていなかったと微笑む。すると、対するカエデは真剣な表情となり、イオを見つめる。


「No.190は、、それを。イオの、いや、No.1のそれを、不備によるものだと、思いますか?」

「...!」


 小さく呟かれたそれに、No.190は目を見開くと、そののち。


「君は、、どう思う?」

「私は、戦闘員では無いので、考え方が違うと思いますけど、そんな事は絶対無いです。寧ろ、No.190も同じで、そういう感情、、いや、考えがある方が、正解で、、いや、正解も、また違うというか、、と、とりあえず!無い方が不備があると、私は、思います」


 即ち、戦闘員にとっての不備が必要で、戦闘員にとっての正解には不備があると。カエデはそう考えているのだ。それを、No.190は笑って聞き入れる。


「そうッスよね、、そうッスね!そうッスよ!すんません。僕も、ちょっと頭固くなってたかもしれないッス。ありがとう、君のお陰で、何かに気づけた様な気がするッス」


 ニコッと。満面の笑みでNo.190は、カエデの手を掴んで答えた。それに、最初こそ動揺を見せていたカエデだったが、直ぐに微笑み返し、手を握って来たNo.190を受け入れる。すると、少ししたのち、ふとNo.190は気付いたようにアッと声を上げる。


「そうッスよ!先輩、早く運ばなきゃッスね」

「そ、そうだよっ!早くしないと、手遅れに、、」

「ああ、それは大丈夫ッス。システムが壊れては無いッスから、時間は関係ないッスよ」


 手を振るNo.190に、カエデは「でも、」と呟きながらも、イオの方へ向かう背中を見つめる。


「心配なら、僕が運ぶッスよ?」

「えっ、悪いですよっ!な、No.190にも、任務があるんですよね?こっちに来たのも、、それで、」


 カエデが慌ててそう言うと、No.190はどこか遠い目をして口にした。


「いや、別に任務とかじゃ無かったんスよ」

「えっ」

「その、先輩を置いて来ちゃったんで、どうしてるかなって、思っただけッスよ」


 イオを持ち上げながら、No.190はどこか寂しそうに語る。


「先輩には、言わないでくださいッスよ?」

「え、あ、はい」


 何が始まるのかと、不安も感じながらカエデは返すと、真相を話す。


「その、前に会った時に、先輩には本部に連絡するって言って帰ったんスけど、」


 その後少しの間を開けて、No.190は歩みを進めると共に続ける。


「実は、何も報告してないんスよね。それに、報告しようと思えば、通信システムが故障してないんで、その場で出来たんスけど」

「えっ、そ、それはっ、、その、あの時、私と話したから、ですか?」


 カエデは、こちらにイオを背負い近づく彼に、恐る恐る放つ。


「そッス。君と話してるうちに、君を捕える気が無くなっちゃったんスよね」

「...そ、そう、なんですか?」


 カエデは、なんて返せばいいのか分からないといった様子で、小さく零す。


「だから、先輩もそうなるかもしれないって。今度こそ、、失わない大切な仲間に出会ってほしいって思って、手を引いたんス。このまま帰りも無かったら、ずっと一緒に、静かに暮らしていけると、思ったから」


 確かに、半分は現実にはなっているが、それが本当にイオのためになるのかどうかは、分からなかった。イオは、現在もまだ自身の使命を全うしようとしている。カエデは、レプテリヤを惹きつけてしまうが故に、きっとこれからも戦いから離れる事にはならないだろう。

 もしそんな時がくるとするならば、それはイオが破壊された時か、カエデが回収された時である。そんな未来が待っているのならば、イオとカエデを逃す行動は間違っていたのでは無いだろうかと。カエデは僅かにそう思ってしまう。だが。


「ありがとうございます。絶対、イオを置いては逝きませんから」


 カエデは、それでも尚と。自分のわがままでしか無い想いのまま、笑顔を返した。それに、何を言うでもなくNo.190は笑みを浮かべる。と。


「とりあえず、君と先輩がいつも居る場所を教えてくれるッスか?そこまで運ぶッスよ」

「あ、はい!ありがとうございます!」


 そんな会話を交わしたのち、一同は歩き始めた。


          ☆


「よっと。ここッスか?」

「はい!この地下にあるんです!」


 イオを地面に寝かせて確認をするNo.190に、カエデはニッコリと。イオに見せる様な笑顔で放つ。その表情に、No.190は思わず口元を綻ばす。


「...」

「ん?どうしたんですか?」

「いや、なんだか。笑顔が柔らかくなったなって」

「えっ!?そ、そう、ですか、?っていうか、戦闘員の方にも、そういう表情の変化ってわかるものなんですか?」

「そッスね。一応、表情のパラメータが存在するんで、レプテリヤの情報を捉えるものの一部分として、読み取り機能があるんスよ」


 カエデの疑問に軽く返すNo.190に、「そうなんですか」と興味深そうに頷いた。すると、今度はNo.190の方が口を開く。


「それよりも、地下に居るって凄いッスね!入り口も小さくて、これなら、レプテリヤにも気づかれ無さそうッス!」

「あ、はい。何故だか、分からないんですけど、、気づいたらこの中に居て、外に出ようとしたら何も無かったので、、ここにはまだ食べ物も本もあるし、しばらく中に居たんですけど、」

「食べ物ってなんスか!?」

「えっ!?」


 カエデは、予想と違った食いつき方に、動揺を見せる。


「た、食べ物、ですか?え、えぇっと、」


 カエデは悩んだ末、以前イオと交わした会話を思い出しそう言い換える。


「ね、燃料補給の事です!私は、食べ物ってものを摂取しないと、動けない、ので」


 これで良かっただろうかと。カエデは確認しながら小さく呟く。すると。


「へぇ!そうなんスね!やっぱどの生き物にも、燃料は必要ッスよねぇ」


 頷きながら納得する様子に、どうやら大丈夫だった様だと。カエデは安堵の息を吐く。と、僅かな間ののちNo.190はカエデの表情からそれを読み取り、零す。


「...もっと訊くべきところがあったって。そう思ったでしょ?」

「っ」


 カエデは、図星だと言わんばかりの顔で、No.190を見つめる。


「正直君が記憶喪失なのも、どういう生活をしてて、どういう生き物なのかも。気になる事は沢山あるけど、詳しく訊く事はしないッスよ」

「...」

「君がレプテリヤで、記憶が無いからこそそういう性格になってるって事だったとしても、君の言うように、今の君は今の君ッス。君は、今の自分を見失わない様にして欲しいんスよ。先輩と、一緒に居てほしいんス。だから、、昔の事は訊かない。だってそれは、今の君じゃないッスもんね」


 ニッと。No.190は笑顔を浮かべる。それに、カエデもまた優しく微笑んだがしかし。そこには、何か思い詰めた様な、険しいものも表れていた。そんな様子に、No.190は無言のまま空を見上げると、少ししたのち改める様に手を叩き口を開く。


「よしっ!じゃあ、とりあえずそろそろ戻るッスね。任務外での外出は悪目立ちするんで、早めに帰らないとなんスよ」

「えぇっ!?それヤバいじゃ無いですか!?長々と話してて大丈夫だったんですか?」

「んー?どーだろ。まあ、ちょっと怒られても、仕方ないッスねぇ」


 さらっと放つNo.190に、カエデは動揺して声を上げる。確かに、この能天気さは本部から目をつけられても仕方ないだろう。任務外の外出や余計な事を考えるなどの事では無く、もっと根本的に。

 だが、不思議と不安は無かった。No.190なら、なんとかなるだろう。そんな安心感が、彼には存在していた。


「じゃあ、そろそろ帰らなきゃですね。...そ、それで、、どう、するんですか、?私達の事」


 カエデは、恐る恐る問いかける。すると、対するNo.190は大して悩む仕草をせずにそのまま返す。


「んー?別に報告しないッスよ。言ったじゃないッスか!これからを見守りたいって」

「そ、そうじゃ無くて、」


 カエデはそう遮る様に放ったのち、一呼吸置いて続ける。


「イオは、、心配されてるんじゃ無いですか?」

「あー。そッスねぇ。一番一目置かれてるのは先輩ッスから、捜索願いは本部内に大量に出てるッスよ。でもまあ、ここに居ればバレそうにもないッスね。僕でも全然分からなかったッスし」

「いや、、バレるとかじゃ無くて、、帰らなくて、良いのかなって」


 カエデが声を小さくしてぼやくと、No.190は「ああ」と漏らして続けた。


「本当は帰らなきゃいけないし、元々先輩も帰りたがってたッス」

「や、、やっぱり、そうですよね、、そんな事を、私は、」


 イオの力になりたいと。イオを想っているというのに、彼が一番望んでいた帰還を、自分自身が阻止していたのだ。それを、カエデは悟り唇を噛む。だが、と。No.190が割って入る。


「でも、そうじゃないと思うんスよね」

「え?」

「今日、本当はそれも含めて確認しに来たんスよ。先輩が帰りたいって意思があって、本気でそれを望んでたら、僕が本部に報告して戻る様にサポートしようとしてたんス。でも、」

「で、でも、?」

「今日ので確信したッス。先輩は、ここが心地良くなってきてる」

「えっ」


 予想外の言葉に、カエデは素っ頓狂な声を上げる。そんな様子、今まで見せた事が無かった。言葉は勿論、表情にも、そんな様子は出していなかった。故に、ずっとイオは使命を全うするために戻りたいと。そう考えていると思っていたのだが。


「...そ、、そうなんですか、?」

「そッス。多分、先輩はああいう感じッスから、そういう事は言わないだろうし、ムスッとしてて、仕事の事ばかり話してると思うッス」


 うんうんと。カエデは共感の嵐に強く頷く。


「でも、前とは違って、本気で帰りたいって思いが弱くなってたんスよ」

「え、?それって」

「分からないッスか?確実に、君の事を意識し始めてるッス。興味深い新種としての扱いから、一つの個体として」

「ふぇっ!?」


 No.190の真剣に放たれたそれに、カエデは顔を真っ赤にして声を上げる。


ーま、まさか、、本当にっ!?ー


「えっ!?だ、大丈夫ッスか!?」


 湯気が出そうな程赤くなる顔に、No.190は動揺する。


「だ、、大丈夫、です、」


 不安を口にするNo.190に、カエデははにかんで答える。すると、「そうッスか?」と確認をしたのち、そのまま続けた。


「だから、安心して欲しいッス。絶対、確実に距離が狭まってるのは間違いないッスから。先輩に帰りたい気持ちは無いとは言い切れないッスけど、長い目で見たら、確実にこの選択で間違い無いッス」


 No.190はそこまで言うと、小さく


「もう先輩は、辛い戦場には、居て欲しく無いッスから」


 と呟いたのが、僅かながらカエデの耳に届いた。それに、なんと返せばいいのか分からずに、カエデは目を逸らした。どちらの選択が正解かなんて、分からない。カエデには、こちらの選択が正解とは胸を張って言えないだろう。それでも、No.190がその道を応援してくれるのならば、自分勝手でもある理想を叶えるために、頑張らなくてはと。カエデは目つきを変えて誓う。すると、それを読み取ったNo.190は改めて放った。


「じゃあ、そろそろ戻るッスけど、大丈夫ッスか?」

「あ!はい!すみませんっ!引き止めてしまって、」

「いいんスよ。じゃあ、先輩の事、頼んだッスよ。たまに顔は出せると思うッスけど」


 去り際にそう笑うNo.190に、カエデは感謝を述べたのち、真剣な表情で頷く。


「はい。イオの事、任せてください。次に会える時には、もっと仲良くなってるって、、約束、、します、から、」


 後半は確信が無いからか、はたまた違うものを想像したのか、赤面してカエデは声をくぐもらせる。と、それに笑顔で「うッス!」と元気に返したのち、No.190は本部へと歩き出そうとする。がしかし。


「あ」

「え?」


 ふと、立ち止まり、No.190は振り返る。


「その、イオってのは、先輩の事ッスよね?」

「あっ!は、はい!すみません、変な呼び方をしてしまって」

「それってどういう意味ッスか?」


 カエデは、名を知らない戦闘員にどう説明しようかを悩みながら、ゆっくりと口にし始める。


「その、、それは、名前っていう、、こじ、いや、個体を判別する時に言う呼び名ってものなんですけど、、イオはNo.10なので、イチオーでイオって呼んで、、いや、言ってるんです」


 悩み悩み放ったそれが伝わっているかどうかと。カエデはドキドキとしながらNo.190に目をやる。と。


「ヘぇ〜、それはいいッスね!いやぁ、それずっと気になってたんスよ!是非僕にも、つけてくれないッスか!?その名前ってやつを」

「えっ!?」


 またまた予想外の反応であった。やはり、戦闘員の中でも少し感性が異なっている存在である事は間違いない様だ。いや、戦闘員といっても、イオしか知らないが。


「そ、、そう、ですね、、えーっと、No.190なので、、えーっと、イチキューゼロ、、イクオ、、うーん、なんか変、、ヒクロ、、ヒキュオ、、うーん、」

「な、なんか大変そうッスね、」

「ちょっと待って!」

「あ、はい、」


 悶々としながら小声で漏らすカエデに、No.190が声をかけると、それを遮る。


「イクロ、?うーん、ゼロが、、あっ!ゼロを十の位で十として考えれば、、えーっと、イクジュウ、、いや、イクト。イクト!イクトってどう!?」

「おお!」


 ぱあっと笑顔を浮かべて放つカエデに、No.190もまた笑顔で声を上げる。


「いいッスね!イクト!これからはそう言って欲しいッス!」

「うん!じゃあよろしくね!イクト!」

「おお〜、なんかむず痒いッスね」

「やっぱ私天才かもしれない!誰かの名前つけてあげたいなぁ」


 そんな、意味の分からない事を放ち、話しながら、カエデと"イクト"は、それぞれに足を進めた。


          ☆


 大切なものがあった気がする。今はいない、大切なものが。それを追いかけようとした結果、それを忘れてしまった。いや、忘れようとしていたのかもしれない。まだ、記憶の片隅で、笑う姿がぼんやりと浮かんだりもする。これは、一体なんだっただろうか。

 そんな事に耽りながら、再起動をした視界が、ゆっくりと露わになり意識を取り戻す。

 あれからどれ程の時間が経っただろうか。そんな感想は湧いて来なかった。いつもと同じ天井。電子版の寄せ集めの様な堅苦しい、重い風景。それが、普段であれば再起動と同時に現れた筈だ。

 だが、それなのにも関わらず、そこに映し出されたのはーー


 ーー薄暗く、僅かな暖色の光に照らされた、コンクリートで固められ不器用に造られた天井であった。だが、どこか暖かく、胸の奥が熱くなるのを感じた。オーバーヒートだろうか。そんな不安と共に周りを見渡しながら、起き上がる。


「あれ、、そういえば、ここは、」

「っ!?い、、イオ、?イオだよねっ!?」

「ん?...ここが、、今度見せてくれると言っていた、」


 イオは、データの再ダウンロード及び読み込みを行なっている最中なのか、どこかゆらゆらとしながら、遠い目をしてそう口にする。


「イ、、イオ、?」


 それを、不安げな表情で見据える。これは、一体何だろうか。そんな事を考えた、その矢先。


「あ、、か、カエ、デ、か?」

「っ!イ、イオ!イオだよね!?」

「あ、ああ。そうだ、俺は、、確かレプテリヤの駆除に向かって、、そこでお前に会って、、一緒に居る事になり、」

「そうっ、そうだよっ!イオ!」


 なんだか以前にも見た、目に液体を浮かべ、カエデはイオに奥から駆け寄る。対するイオは、頭を押さえながら、再起動と同時に行われるデータ整理を行いながら思考を巡らす。


「良かった、、よかったぁ、、もう、目、覚ましてくれないのかと思った、」


 大きく安堵し、カエデはイオの目の前で崩れ落ちる。そんな様子に、イオはなんと告げれば良いか分からなかったものの、ただ浮かんだ


「ありがとう」


 という、感謝を放った。


「ううんっ、、良かった、良かったっ!それだけで、十分だよっ」


 目を擦りながら笑みを浮かべるカエデを一瞥したのち、イオは辺りを見渡し、その反応から浮かんだ疑問を口にする。


「あー、えっと、俺は、どのくらい倒れてたんだ?」

「え、?え、えーと、少なくとも二週間くらいは復旧にかかったよ。まだ、戦闘が出来る程修理は出来てないけど、起動してくれて、、本当に良かった、」


 またもやカエデは感極まり、震え始める。即ち、一度破壊されたイオを、カエデがまたもや修理したという事だ。その事実に、イオもまた感じるものがある。

 どうして、ここまで力になってくれるのか、納得しかけていた自分を振り払い、これが異常な状況である事を再認識する。


「...」


 どうして助けてくれたんだ、と。そんな言葉を言いかけて、口を噤んだ。目の前で崩れるカエデの姿に、それを訊くべきでは無いと、考えるよりも前に察したのだ。その代わり。


「お前が、、一人で修理したのか、?」


 確信を得るべくイオはそう別な問いを放つ。


「そうだよっ!...ま、まぁ、ちょっと、手を借りたけど」


 と、カエデは胸を張ってそう声を上げると、少し声を小さくして付け足す。


「そう、なのか。その手を借りたってのは、一体誰にーーっ!?」


 イオは、そう呟きながら立ち上がる。すると、その異変に気づき、目を見開く。


「な、なんだ、これは」


 体が、軽い。と、言うよりは、更に機能アップした様な。バージョンアップした後の様な、そんな見る世界が変わったと共に身体に合わないこの感覚。無駄な部品を取り除いたような違和感。これは、まさか。


「何か、、また付け足したか?」

「あ、うん。その、、それが、手伝ってもらったってやつ。実は、イクトに手伝ってもらって、」

「ん?イクト、?とは?」


 カエデが話す中、イオは聞き慣れないそれに眉間にシワを寄せた。


「あ、ああ〜っ、それは、No.190の事で、最後のゼロを十の桁に見立てて、」

「お前、あいつにもそれ付けたのか?」

「いやぁ、褒めても駄目だよ〜。私、こう見えてガード固いんだからぁ」

「褒めてないが、」


 頭に手をやり顔を僅かに赤くするカエデに、イオはジト目を向ける。カエデの話によると、イクト。No.190の協力によりイオの体を直す事が出来たのだという。それを耳にし、イオは理解する。


ー通りで、身体のあちこちに物質が挟まった様な感覚なわけだー


 つまり、イクトのナノマシンで体内修理を行いながら、破損した機能を補っているということである。


「ちなみにっ!イオの言う通りアップグレードも出来てるよっ!イオの体にもナノマシンが入ってるから、もしもの時はそれで生成する事も可能にっ!」

「自慢してるつもりか?」

「ううんっ!こういう通販みたいなノリやってみたかったの!真似してみちゃった!」

「なんだそれは」


 懐かしさすら感じるやり取りをカエデと交わす。昨日までカエデと話していたというのに、随分と前のことの様に思える。それ程の期間、スリープ状態。いや、シャットダウンしていたのだろう。


「...」

「どうしたの、?や、やっぱりアップグレード勝手にやっちゃったの怒ってる、?」


 恐る恐る、イオに上目遣いで訊くカエデに目を逸らし表情を曇らす。


「いや、、ただ、」


 やはり、その疑問は拭えきれずに、イオは僅かに零す。


「なんで、、ここまでするのかって、」

「えっ」

「...感謝してる。ここまでしてくれるなんて、思ってなかったからな。でも、、ここまでを、、なんでお前がやってくれるんだ?なんで、俺なんかに対してやってくれるんだ?」


 疑問に思っている点は、今も昔も変わらない。最初からずっと、イオはカエデに不信感しか抱いていなかった。それでも、イオは前とは違った意味での疑問に。そしてカエデは、イオの放ったそれを前とは違った背景を考え、それぞれはお互いを見つめ合った。


「そうだよね、、あんなところに居たんだもん。それは、、分からなくなっちゃうよね。使えなくなったら、処分しなきゃって、、そんな考えになっちゃうよね、」

「...」


 カエデのたまに見せるそのいつもとはかけ離れた雰囲気。それとその言葉が、イオの事を見透かされている様な感覚がして。それにイオはたまらず目を泳がせた。


「でも、、でもね。破棄したら、何もかも無くなっちゃうんだよ」

「何、?」

「また造ればいいじゃ無いの。それを見た時に浮かぶ感覚。そのひと、、いや、それぞれの個体が発する言葉。...そして何より、、それまでの経験と、、記憶」


 カエデはイオに一歩近づき続ける。


「それが、全部無くなっちゃうの。そんなの、全然良くないよ」

「そ、それは、」

「ここの本にも書いてあるの。生きていく上で、、いや、活動するにあたって、一番大切なのは記憶と経験。一度起こった事を、辛い事でも見ないフリをしないで、それと向き合って、考えを改めるから、新たな難所だって乗り越えられる。全てのことがいつもいつも初めてだったら、、効率が悪いとイオも思わない?」

「っ」


 カエデの、真っ直ぐ見据えるその姿に、イオは動揺から体を僅かに震わす。


「今まで、生き物は何度も何度も危機に直面したの。イオ達戦闘員だってそう。次から次へと。止まることのない時間の中で、解決しても解決しても消える事がない難題が、繰り返し繰り返されていくの。それを、乗り越えられるのは、周りのみんなと、今までの記憶。今まで乗り越えた記憶が意識になって、今を乗り越えるの。前の出来事を参考にして、失敗が多くあるからこそ、今を進む事ができるの。だから、消えていい記憶なんてないし、消えていい事なんてない」

「お前、」

「一人で乗り越えられなくてもみんなが居るでしょ。時間を共にした、"仲間"が」

「仲、、間、」


 イオは目を剥き、今まで見たことがない様な、戦闘員では無くイオという個体の顔を見せた。


「仲間だって、共に居た記憶がないと、何も分からない。仲間だって思いすら、消えちゃうんだよ」

「...」


 カエデもまた、何故それを放っているか分からなかった。どうしてここまで必死になっているのか。それを問われた筈だというのに、カエデは更に必死になって言葉を繋げていた。

 自分でも、分からなかった。イオと、もっと長く一緒に居たい。出来るなら、ずっと。でも、それは果たしてイオにとっていい事なのだろうか。このまま、お互いに記憶のないもの同士が記憶から逃げ続け、大切なものを忘れて過ごす。それが幸せなのかもしれない。だが、必ずしもそれが正解では無く、求めているものではないのだ。


「だから、私は本気で助けるし、何度だって直すよ。イオと一緒に居た記憶、大切にしたいから」

「...そう、か、」


 目を逸らし、イオはそう頷く。もう既に理解しているのでは無いか。イクトの放ったそれが脳を過り、カエデは唇を噛む。

 イオは既に、あの時の事も。大切だと言っていた仲間の事も、そして、カエデがイオを直す理由も。なんと無く、分かっていたのかもしれない。だが、それから逃げ続けていたのだろう。自分は、戦闘員なのだから、と。


「...」

「...」


 その場に、緊張と共に沈黙が流れる。無言の時間。まるで、世界が無呼吸になったかの様な、静かだがどこか重々しい、息が詰まる環境。お互いに、同じように悩んでいたのだ。迷っていたのだ。どれが、正解なのかと。


「え、、えと、」


 そんな空気を変えるべく、カエデはふと口を開く。


「そうだっ!体は、どう?戦闘は無理でも、再起動出来たって事は結構直ってると思うけど、、変なとことか、ない?」

「ん?あ、ああ。そうだな、、別に、変なところは無い。強いて言うならナノマシンの感覚が新鮮でむず痒いな」

「ふふふ〜、くすぐったいでしょ〜」


 そう笑うカエデの笑顔はどこかぎこちなく、それに応えるイオもまた、微笑む顔は強張っていた。

 こんな状態が、ずっと続くのだろうか。いや、ずっと続いて欲しい。そんな思いが、どこかに存在しているが、それはただの逃げなのでは無いだろうか。要らない記憶を、要らないままにして、今を進む。それは、一見素敵なものに見えるがしかし。本当の事実から、辛い現実から逃げているだけでは無いか。

 お互いがお互いにそれを考えながら、いつもと同じ日が来るようにと、イオとカエデは再起動前と変わらない日常を送ったのだった。


          ☆


 イオが再起動してから、約二ヶ月が経った。この地下部屋にはそれを知る術は無く、イオの内部システムにも、時間以外の表記がなされていなかった。それは、先天的なものか、後天的なものかは不明だったが。

 故に、一同は日時の経過を、月の満ち欠けや空を見上げる事でしか把握出来なかったがために、想定された日時のみしか言えなかった。


「行けそう?」

「ああ、問題無い」


 あれから長い時間が経過し、イオの体は通常にまで回復した。そのため、本日から再開しようというのだ。外出し情報を集めるという名目で遊ぶという、カエデの提案を。

 カエデもまた、このままでは駄目だと。どこかでそう思っているのだろう。この地下に閉じ籠り、無くした記憶を無くしたまま、我々しか居ないこの小さな世界で生きていく。そんな幻想は、捨てなくてはいけないと。そう考えたからこそ、記憶を思い出すヒントとなる外へと足を踏み出すのだ。それは、イオもカエデも、お互いの記憶がその対象である。

 カエデの提案に頷き、地下を抜け出し足を踏み出す。本日は残酷な程の快晴で、この瓦礫や鉄骨等が突き刺さる美しいコントラストに、更にそれを引き立たせるハイライトを加えている。


「...」

「行こっか」


 カエデは、小さく口にし先を歩く。そんな後ろ姿を見据え、イオは目を逸らす。記憶を取り戻し、もしカエデがレプテリヤであった場合、駆除しなければならないのだろうか。イオの記憶が戻ったら、駆除しないのだろうか。どちらであっても、イオは震えた。自分では無くなる。そんな気がした。どっちにしてもだ。

 そんな事を巡らせながら歩く事数分。すると、突如カエデは「あっ」と声を上げた。


「ん?どうした?」


 覗き込むイオに、カエデは慌てて口を手で塞いだ。


「んー?」


 目を細め、口を噤むカエデに近づくイオに、顔を赤くしながら首を横に振る。その反応に、何かがあると察したイオは、カエデの目線の先に視線を移し、そこに向かってズンズンと足を進ませた。

 そこには瓦礫の山があり、それを退かしたそこにあったのは。いや、居たのはーー


 ーー三十センチ程の獣型レプテリヤだった。


「あ」

「う、うぅ、」


 目を丸くするイオに、カエデは表情を曇らせ俯く。これは、以前にも見たレプテリヤである。そのレプテリヤを駆除した事によりカエデが激怒した時に見た、赤ん坊の様なレプテリヤ。それと、同じ種類であった。


「キュルルルッ」


 近づくイオに、小さい体を更に縮こませて震えながら退く。どうやら、恐怖している様だ。イオの姿に。


「や、やめてっ!」


 そんなレプテリヤの前に、カエデが手を前に出してイオを止めるように割って入る。その姿に、レプテリヤは震えたまま尻餅をつき、カエデの背を見つめる。


「キュ、」

「イ、、イオ、」


 訴えかける様な目をしたカエデに、イオは肩に手を置き。


「キャッ」


 カエデを横に退かす。


「やめっ」


 カエデが叫ぶ中、イオはレプテリヤの目の前にまで歩いて行き、しゃがみ込むと、瞬間。


「キュッ!?」

「やっ!?」

「...フッ」


 それに耐えきれず目を強く瞑ったカエデが、ゆっくりと目を開く、と。そこには。


「え、?」

「これで、いいんだったか?」


 イオはレプテリヤの背中や首元を不器用に摩りながら、カエデに振り返る。

 その光景に、カエデは動揺から目を見開き、僅かに時が止まった様に固まる。


「あ、う、うん、え、?」

「な、なんだ、?何か違ったか?」


 少し焦った様に、イオはレプテリヤから手を離しカエデに放つ。だが、それを見据えたカエデは、目に液体を潤ませながら、一度目を擦ると、赤くなる顔を手で叩いて笑顔を作る。


「ぜっ、全然違うよっ!そんなんじゃ嫌われちゃうよ〜」


 笑顔で、冗談めかして話すカエデの目には、未だ水分が見て取れた。それに、イオはほんのりと笑みを浮かべて聞き入れると、優しい声で返す。


「そうか、、なら、教えてくれないか、?嫌われるのは困るからな」

「え〜っ、どうしよっかなぁ、、っ!」

「ん?」


 カエデが震えた声で笑うと、その瞬間。イオの足元を見据え目を見開く。対するイオも足の感触によってそちらを振り返る。と、そこには。


「キュルルル、?」

「おっ」

「あっ!」


 その小さなレプテリヤが、イオの脚に体を擦り付けていた。それに、思わずイオは口角を上げ、カエデに向き直る。


「どうやら、その必要は無かったみたいだな」

「え、えぇーっ、私の方が上手いもん。きっと私がやったら私の方に懐くよ!」


 勝負だと言わんばかりの表情でイオに指を指し告げると、カエデはレプテリヤの元にしゃがみ込んで慣れた手つきであやしていく。


「キュ〜」

「ほらぁ!私の時の方が気持ち良さそうだよ〜」

「分かった分かった。じゃあ、教えてくれ。その上手いやり方ってやつを」

「むっ、上から目線だなぁ。でも、いいよっ!特別に教えてあげる!」


 その日は、遠くへ探索へ行く事も忘れ、赤ん坊のレプテリヤと時を共にした。カエデと教え合い、勝負を繰り返すうちに結構な時間が過ぎていた様だ。それ故に。


「う、」

「な、なんの音だ、?」

「わ、、私の、お腹、」

「は、腹の事か、?」


 突如、聞いたことのない震えた低音が聞こえ、イオは目を丸くする。すると、カエデは何故か顔を少し赤くし腹を押さえて頷いた。


「...お腹、減ると鳴るの、」

「腹が減る、?とは?幾つも存在するのか?」

「あ、違う。あの、、そう!燃料が少なくなってくると、こうやって補給するようにって警告音が鳴るの」

「なるほど」


 イオは、納得した様に頷く。


「ならば、早く帰らなきゃな。いつも地下でやってる、、ものを口に詰めるあれをしなきゃいけないんだろ?」

「そう、だけど、、もっと違う言い方ないの?」


 カエデはジト目を向けながらそれを放つと、立ち上がる。


「じ、じゃあ、私達、行くね。絶対、、死なないで、」


 カエデは、そうレプテリヤに挨拶を残すと、手を振ってイオと共にその場を後にした。

 が、しかし。


「キュ〜、」

「えっ」「ん?」


 数分歩いた筈だというのに、背後からは変わらずレプテリヤの鳴き声が聞こえ、カエデとイオは振り返る。


「何、?」


 そこには、先程のレプテリヤが一定の距離を保って追いかけて来ていた。その光景にイオが怪訝そうに見つめ声を漏らす。と。


「や、ヤバいよ、、ちょっと懐き過ぎちゃったみたい、」


 カエデが小声で耳打ちすると、イオは目つきを変える。このままでは、住処にまでレプテリヤが付いてきてしまう事になり、地下に入れなかった場合、その前で待つだろう。そうなった時、他のレプテリヤにバレるのも時間の問題となる。それだけは避けたいと。そう思いながらも、カエデはそれを口にする事が出来ない。もし、そんな促しをしてしまったら、イオなら必ずーー


「よし」


 と、そんな事を考えている最中、イオは小さく呟き足を踏み出す。


「っ!」


 それに、カエデは止めようと同じく足を踏み出すものの、住処にまでついて来た場合を考え、これは仕方のない事だと自身に言い聞かせながら先程同様目を強く瞑る。

 と、その瞬間。


「こいつも、一緒に連れて行けばいいんじゃないか?」

「えっ」


 イオの予想外の一言に、カエデが素っ頓狂な声で目を開くと、そこにはレプテリヤの前でしゃがみ撫でる姿があった。


「分析システムで確認した結果、情報を伝達する機能は無さそうだ。鳴き声が遠くまで音波として放たれている個体でも無さそうだし、触角もない事から、音波を受け取るタイプでも無さそうだ。連れて行っても問題無いだろう」

「えっ、、だ、だって、」


 淡々と理由を話すイオに対し、カエデは動揺にそれだけしか返せなかった。そんなカエデにも、イオは続ける。


「もし突然暴れ出したら、その時は俺が止めるさ。俺は元から、お前が記憶を取り戻した時はそれを止める様にって考えてたからな」

「そう、、だったんだ、」


 優しく放ち、立ち上がるイオに、カエデはそう、思った事をそのまま口にする。


「前に、言ってただろ?レプテリヤだと思うなら、どうして私はそうしないのかって。だから、このレプテリヤも、お前と同じで過ごす事にしてもいいと思った」

「っ」

「お前は、どう思う?」

「...」

「過ごすのは、反対か?カエデ」

「っ」


 カエデは、目を見開いて少し考える素振りを見せたのち、悩む様に空中を見据え、一度浅い息を吐くとイオを見据える。


「も〜、、ずるいよ。イオ、」

「そ、それは、、どっちだ?」

「いいって事!」


 恐る恐る聞き返すイオに、カエデは声を上げそれを遮ったのち、踵を返す。その後ろ姿から見えるカエデの耳は、いつもより赤く見えた。


「...フッ」


 その姿に思わず微笑む、と。


「何笑ってるの!?行くよっ、お腹、減ったんだから」


 と、カエデは声を上げ、歩き始める。それに、イオよりも先にレプテリヤが駆けつけ、足元で顔を擦り付ける。


「キュ〜」

「...ありがとう。助けられたのは、いっつも私の方だよ、」


 カエデは、レプテリヤを撫でながら、小さく感謝を口にした。それは、目の前のレプテリヤは勿論、もっと多くのものに対してにも感じた。そんなカエデに、イオはゆっくりと近づき、隣でしゃがみ込む。


「それで?どうするんだ?」

「ひゃっ!?へ、へ!?な、なな、何がっ!?」


 数センチという距離に、突如イオが現れた事に二つの意味で驚くと、慌てて聞き返す。


「ん?何って、えーっと、なんて言ったか、、ああ。名前、、名前だ」

「えっ」


 またもや予想外の言葉に、カエデは目を剥く。そんな反応に、イオは何かを間違ったかと、頭に手をやる。


「あ、何か違かったか?」

「え、ううん、、そうじゃ、無いけど、」

「それなら、カエデがつけた方がいい。いつもつけ慣れてるだろうし、お前が教えてくれた事だからな」

「う、うん、」


 驚きのあまり声に出来ないカエデに、イオは首を傾げる。


「つけたく無いのか?」

「いやっ、そういうことじゃ無くてっ!」

「...じゃあ、つけてあげてくれ。そのものを表した、唯一無二の、とても大切で素敵な。温かいもの。なんだろ?」

「っ」


 カエデはまたもや目から水滴を溢れさせながら、俯いて「ズルイよ」と、またもや零すと、顔を上げてそのレプテリヤを見据え笑顔を作った。


「うん!今日から君は、もち太郎だよ!」


「...」

「...」

「...え?」

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