第5話「アッツザクラ」

「ヒト、、型、?」


 カエデは、震えながらもイオの陰に隠れる。それを見つめるそのヒト型は、目を細めた。


「...随分と飼い慣らしている様ですね」

「飼い慣らす、?どういう事だ」


 イオは小さく零しながら、目の前のレプテリヤを観察する。先程と同じく黒いオーラの纏った体と、我々と同じ様な造形。先程のヒト型よりは小さく、腹部の上には膨らみが存在していた。まるで、カエデの様だった。ただ、カエデが太い触角を二本持っているのに対し、そのヒト型は太いものを頭の裏から一本垂らしていた。更に、胸部の膨らみは、カエデよりも盛り上がっており、少し異様に感じた。


「...」

「ん?」


 と、そんな事を考えた矢先、背後のカエデが体を掴む力を強めたのを感じ、イオは振り返る、と。


「そんなんじゃ無い!私はっ、飼い慣らされたとかっ、そういうのじゃ無いの!私は、イオがっ、、イオがっ!」

「...好きだと。そう言いたいのか?」

「っ!」


 カエデが歯嚙みしながら声を上げる中、ポソリと。ヒト型が零し、カエデは目を見開く。


「な、なんだ、?好き、とは、?」

「...う、うぅ」


 何か話せない用語なのだろうか。イオはそれが極秘な重要単語である事を察知し目の色を変える。


「貴方には、分からないんじゃないですかね」

「...随分と流暢に喋るんだな。ヒト型は」

「グレスが低脳なだけよ」

「グレス、?」


 挑発に挑発で返しながら会話をする中、突如放たれたその名にイオは首を傾げる。


「さっきのやつ」

「ああ、あのヒト型レプテリヤのことか」


 呆れたように付け足すそのヒト型に、イオは淡々と返す。そんな会話をする中、イオは密かに分析を行う。どうやら、ヒト型で間違いない様だ。そして、コアの位置はーー


「っ!?」

「?...どうされました?」


 疑問を放つヒト型に、イオは怪訝な表情を浮かべる。


「...イオ、?どうしたの、?」

「...こいつ、、コアが全身にある」

「え!?」


 拳を握りしめ、イオは歯軋りする。

 マズい。今の状態では戦闘は不可能。故に、イオは一撃で仕留めようと、腕に力を込めていたのだが、どうやらそれは無駄となってしまった様だ。


「...今の状態では一撃しか撃てない。一撃で体全部を破壊するのは不可能だ」

「う、嘘、」


 カエデは、力無く口にした。既に、イオは限界である。更には、目の前のヒト型には隙が感じられない。先程のグレスと呼ばれたレプテリヤの時の様にはいかないだろう。そんな事実に身構える一同に、そのヒト型は突如口を開く。


「そう、私のコアは一つじゃ無い。とは言っても、コアが一つの生命体よりも小さいだけ。でもその代わり、その内の一つが壊されても害は無いわ」

「...余裕そうだな」


 淡々と自分の情報を漏らすヒト型に、イオは声のトーンを落として放つ。すると。


「逆にどこに危険を感じればいいんですか?どうせ排除するのですから、情報を与えても良いじゃないですか」


 またもや相手を侮辱する様な態度と言葉に、二人はそれを睨みつける。と、それに続けて、そのヒト型は名乗る。


「ちなみに、私の名前はラミリス。自分を殺す相手の名前くらいは覚えておきなさい」

「名前、、やはり、レプテリヤは個々を区別するのにその個体名を大切にするんだな」

「あら。貴方には名前が無いんですか?では先程のイオというのは」

「私がつけたの」

「...」


 ラミリスが告げる中、カエデが突如睨む様な形相で割って入る。


「そうですか。どうりで」

「正式名称はレプテリヤ対抗兵器、戦闘員ナンバーテン。10の読み方を変換させただけだ」

「だけって!...まあ、そ、そうだけど?」


 イオの発言に、カエデは前に踏み出し声を上げる。その様子に呆れた様な息を吐くと、ラミリスは足を踏み出す。


「クッ」


 それにイオは後退り、カエデは更に後ろに隠れる。すると。


「どうやら、思った以上に関係を深めてしまった様ですね。フレア」

「え、」

「なっ」


 カエデを見据え放ったそれに、カエデとイオは口を揃えて漏らす。


ーフレア、?それが、こいつの本当の名称なのか、?ー


 イオは怪訝な表情を浮かべ、レプテリヤ内で認知されているであろうカエデの別名に、そう考察を行いながら二人を交互に見据えた。


「だ、、誰の、こと、?」

「貴方様のことですよ。フレア」

「私は、カエデ!記憶はないけど、、名前は絶対に忘れる筈無い!だって、、だって、なんだか、それを意識してた、気がするから、」


 カエデの必死に絞り出す様な声と言葉に、イオとラミリスは首を傾げる。だが、少し間を開けたのち、ラミリスは決断した様に顔を上げ、軽いため息を吐いた。


「まあ、どうせ失くした記憶は戻れば修復してくれるでしょう。そのためにはまず」


 ラミリスはそこまでを放つと、イオに向かっていた足を再開させて目つきを変えた。


「貴方を排除しなければなりませんね」

「奇遇だな。俺の使命も、お前らの駆除だ」


 イオもまた、ラミリスに返す様にニヤリと微笑みそう放つと、背後のカエデを守る様に体を大きく張って左腕を構えた。


「いくらコアが多量に存在していようと、範囲攻撃なら」


 イオはそう前置きすると、こちらに跳び上がったラミリスに照準を合わせて放った。


「バーニングブーストッ」


 それを口にすると共に、ラミリスの体には腕から発射された小型のミサイルが撃ち込まれる。すると、ラミリスが目の前に迫ったと同時。


「ガッ」


 ラミリスの体は突如として燃え上がり、全身が炎上した。それを確認したのち、イオは燃え移らないよう大きく跳躍し後退った後にそれを見据える。が、しかし。


「!」

「えっ」


 先程まで燃えていた筈だ。

 ほんの数秒前のラミリスは、全身が燃え上がっていた。筈だというのに。

 イオがそれを確認し後退るその間で、その炎はーー


 ーー鎮火していた。


「コアごと燃やすおつもりでしたかぁ」


 そう、イオの眼前には。首を回して、何事も無かったかの様に立つラミリスの姿があった。


「そんな炎じゃコアは燃やせませんよ」

「ど、どういう、事だ、?」


 険しい表情を浮かべるイオと、驚愕の表情を浮かべながらそれを読み解こうと奮闘するカエデ。

 だが、それを考える暇は与えぬという様に、ラミリスは高く跳躍し、またもや重力を利用し強大な一撃を狙う。がしかし、それを受けるわけにはいかないと。イオはまたもや左腕を構えて放った。


「インパクト」

「う」


 その圧力弾には、流石に新型のヒト型も対抗できなかった様で、向かっていた筈のラミリスは同じ軌道を戻る様にして吹き飛んだ。


「今だ、今のうちにーー」

「逃げるのは禁止ですよ」

「っ!?」


 イオが背後に振り返り、カエデにそう促そうとした、その瞬間。

 吹き飛ばした筈のラミリスは、イオの真後ろで呟いた。


「イオッ!?」

「クソッ」


 ラミリスの目的はカエデである。それを思い出し、イオはジェットシステムを起動し空中に逃げ出す。

 と、それを見上げて口を噤むラミリスは、少しの間を開けたのち、小さく零した。


「空中戦は苦手なのですけどね」


 と、その一言を残したのち、ラミリスはーー


 ーー一瞬にして空中のイオの背後をとった。


「貴方だって、空を飛ぶ力は既に残されていないでしょうに。どうしてわざわざ自分の首を絞める様な真似をされたのでしょう?」

「何っ!?」


ー馬鹿なっ、早すぎるっー


「ごはっ!」


 イオはそれに気づき目を剥いた。が、その時には既に。

 ラミリスの背から生えた、触角の様なそれがイオの背に突き刺され、放り投げられた。だが、それでは時間稼ぎにもならないと対抗する様に、イオは空中でジェットを使用し回転して威力を止めると、腕を構えてその中からバルカンを出現させた。


「その秘密っ、見させてもらうぞ」


 イオは何かを察したのか、ラミリスのその速度及び攻撃が通らない秘訣を露わにさせるために攻撃を行った。

 バラバラと、射撃音とそれが地面や瓦礫に撃ち込まれた轟音の数々と共に、イオは腕を必死に維持しながらラミリスに撃ち込み続ける。

 その後、それを終えたイオは息を吐いた、が。刹那。


「まだ少し元気はあるみたいね」

「っ」


 目の前にラミリスが現れ、首を掴まれたのち思いっきり地面に叩きつけられる。


「ごはっ!」

「イオ!」


 思わずその現場に、カエデは駆け足で向かう。


「...く、来るなっ、いくらレプテリヤが攻撃出来ないと言っても、ここに居たら巻き込まれるぞ、」

「ごめんね、、もっと早くに駆けつけてたら、イオを、受け止められたのに、」


 カエデが表情を曇らせて放つと、それを耳にしたイオは「いや、それは無理だと思うが」と内心で呟いた。すると、その対面にラミリスがゆっくりと降下して現れる。


「随分と、力が強いな、、お前、一体、」

「どう?力の差が分かりました?今の貴方じゃ、私には敵いませんという事ですよ」


 原理を発見出来なかったイオは、ラミリスのその言葉に歯嚙みする。が、しかし。


「私、分かった」


 突如。静まり返った秩序無き美しい花畑に、カエデの小さくも可憐な。その場に咲く花の如し声が呟かれる。


「何、?」


 それに、思わずイオは振り返り問う。


「...貴方、体、、液体なんでしょ?」

「は、?」

「フッ」


 唐突なカエデの的外れな発言に、イオは思わず声を漏らしたがしかし。対するラミリスは鼻で笑う。


「な、何言って、」

「そう。私の体は液状で出来てるの」

「は?」


 イオは、先程のラミリスの笑いが失笑であると想像していたがために、またもや声を上げる。どうやら、カエデの見解は正しかった様だ。それを見破った当人は胸を張り笑みを浮かべていた。


「コアが全身にあるのもそのせい。私は細かな物質が集合して出来ている。だから何度攻撃を放とうともそれは私の体を突き抜け再生する事で無かった事にし、コアを破壊しようとも、他のコアがまた分離して数を維持し続ける」

「そ、それって」

「勝ち目がない?そうね。だから言ったでしょ?敵いませんって」


 その話を受け、イオは俯き歯嚙みする。と、思われたが。


「それがなんだ。俺の使命はお前らの一斉駆除。それを成し遂げられないところでどうって事はない。俺がそこまでの存在だったというだけだ」

「へ、」


 イオは笑みを浮かべていた。それを見据えたカエデの表情からは、笑顔が消えていった。


「そう。なかなか根性はあるようですね。それでは、楽しく行きましょう」

「いつまで笑ってられるか勝負だな」


 イオとラミリスは同じく微笑み構える。と、その後。


「ブレイク」

「フッ、愚かな」


 イオは負傷した体を使うわけにはいかないという様に、背中から分離した浮遊パーツを空中に出し、そこから光線の如し一撃を放った。

 だが、それすらも貫通し、ラミリスはそのままこちらへ向かう。


「チッ、動揺すらしない、、バケモンかよ」


 イオは愚痴をこぼしながらも笑みを絶やさず空中へ逃げ、その先から地上のラミリスに。


「インパクトッ」


 ラミリスの体を覆う程のインパクトを放った。インパクトは、コアを破壊する時に使用されるものであり、その威力は体を大きく損失させずに放てる中で最も強大だと言えるだろう。故に、それを全身に受ける一撃を放ったのだ。

 コアは全て破壊されている筈だろう。だが、それは普通のレプテリヤであった場合の話である。


「まだまだね」


 それにも涼しい顔で、ラミリスは地上からイオに手を伸ばす。その腕は突如液状化し、それが空中のイオにまで伸びて彼を取り込む様に掴む。


「なっ」


 イオが思わず声を漏らすと、次の瞬間。

 触手に捕まれた時の如く遠くへ吹き飛ばされる。


「イオッ!」


 それに声を上げるカエデだったが。


「貴方っ、イオになんでーーえっ!?」


 その後それを行った本人であるラミリスに振り返ると、そこには。

 ラミリスの姿が既にどこにも存在していなかった。


「嘘、」

「クッ、、」


 絶望を露わにしながら呟くカエデに対して、イオは飛ばされた先で火花が散る体を必死に起こしながら言葉を漏らした。だが、そんなイオの目の前に。


「!」


 地面を水分となって移動してきたであろうラミリスが突如眼前に現れ、一度腹に殴りを入れたのち、またもやその腕の中に取り込んで放り投げる。


「ぐはっ」


 がしかし。今度は放り投げられ空中に居たイオに手を伸ばし、腕の中に入れた矢先。

 ラミリスの体が液状となりイオを掴んだ腕へと、まるで彼に引き寄せられるかの様に水分が集まる。

 と、その集まった水分はラミリスの形へと戻り、イオの目の前に現れると同時に頭突きをする。


「がはっ」

「フッ」


 それを受けたイオは同じく吹き飛ぶがしかし、腕でがっちりと掴んで。いや、取り込んでいたために、吹き飛ばされたとしてもまたラミリスの元へと引き寄せられる。


「ぐはっ」


 ラミリスを中心として、イオは何度も殴られては吹き飛び、そのままラミリスへと戻されては殴られる。を繰り返していた。


「はぁっ、はっ!イオッ!」

「ぐはっ」


 その場に駆けつけたカエデは、声を上げた。と、思われた次の瞬間。


「クッ、うっ、やめてぇぇぇぇぇぇぇっ!」

「「っ」」


 拾ってきたイオの右腕を、僅かに火傷の痕が存在する両手でがっしりと掴み、必死にレプテリヤに発砲し続ける。


「馬鹿ね」

「お、おい!こいつにはっ、効かないんだっ!お前に勝てるわけがない!早く逃げーー」

「駄目っ!絶対、絶対助けるから!」

「っ」


 カエデがそう叫ぶと同時に、右腕の中を弄り「それ」を起動する。


「バーニングバーストッ!」

「なっ」


 カエデがそれを叫ぶと共に、イオは同じものが発せられているのを確認し目を剥く。


「クッ」


 それに、珍しく反応を見せたラミリスの、その僅かな隙を突き、イオはその場からジェットシステムを使用して逃げ出す。


「くっ、うっ!うああああああああああああっ!」


 突如、その場で声を荒げたのは、ラミリス。ではなく、カエデの方であった。


「馬鹿か!?お前、それは使用者の俺でもオーバーヒートする可能性があって問題視してるんだぞ!?それが、、お前みたいな貧弱な身体で使用したら、タダで済むわけないだろ!?」


 イオは、焦りとも取れる表情を浮かべ、カエデの元へと降下する。その先に居たカエデの両腕は、肘のあたりまで火傷を負っており、握っていた腕は破壊されていた。


「はぁ、はぁっ、だって、、イオを、助けたかったから、」

「だからっ、それがどうしてなんだと聞いてるんだ!お前は、レプテリヤからは攻撃されないし、俺を助ける義務なんてない。それなのに、、どうしてそこまでして」

「嫌だから、」

「え、?」


 カエデがいつにも増して表情を曇らせて、真剣に呟く姿を見据え、イオは目を開いた。


「...イオが、居なくなっちゃうのは嫌なの、、イオにとっては、壊れちゃうのは、そんなに大きな事じゃ無くて、当たり前のことなのかもしれないけど、、でも、私は嫌」

「...」

「離れたくない、、イオが、、好き、だから、」

「好き、?」

「理由は、、ちょっと、なんだか難しくて言葉にしづらいけど、、凄く大切だと思ってるの。イオの事」

「好き、、とはなんだ?」


 イオは、そのままの感情を口にしていた。何を思うでも無く、ただいつもと同じく淡々と、ただ分からない単語を聞き返すそれと、変わらなかった。だが。


「好きって、、分からないの、?」

「ああ。さっきも言っていたな、、レプテリヤによる共通言語か?あまり、俺には話せない様なーー」

「なら」

「え?」

「なら、、なんで、そんな顔してるの?」


 カエデがそう涙目で放つ先の、イオの表情は。

 どこか悲しそうに。寂しそうに、それでいて嬉しい様な。なんだか、以前と同じく、今にも目から液体が溢れ出そうな、そんな表情を浮かべていた。


「...え?」

「イオッ」

「っ」


 イオの裾を引っ張り、カエデは詰め寄って伝える。


「お願い、、絶対、一人で消えないでっ」

「っ!」


 イオは、ハッと。突如世界の彩度が上がった様な感覚と共に、目を見開いた。が、そんな二人に。


「残念ですが、おあつい時間はおしまいですよ」

「へっ!?」


 カエデは、突如そんな言葉を背後から受け動揺に体を震わせた。


ーえぇ、、レ、レプテリヤさんに、、気を遣わせちゃったみたい、ー


 カエデは、それを認識すると共に顔が熱くなっていくのを感じる。と、対するラミリスは足を踏み出す。


「おあついのは、先程の攻撃もですね。私が液体である事を理解して、熱を使用してきましたか」

「っ、、そ、そう、、どういう物質によって出来てるのかは不明だけど、液体なら少なくとも蒸発させる事は不可能ではないと思ったから、」


 目つきを変えて、近づくラミリスに対し退きながらそう攻撃理由を口にした。それを耳にしたイオは、そういう事かと。先程ラミリスが動揺を見せた理由を理解しカエデを見据える。


ーこいつ、、やっぱりー


 イオが目の色を変えて、カエデの背を見つめると。ラミリスが続ける。


「なるほど。でも、少し弱過ぎたみたいですね。もう少し高温で無いと、私は溶かせませんよ」


 やはり、コアを包んでいるだけあり、普通の液体とは性質が異なっている様だ。まるで溶かした鉄の塊を纏っている様な。そんな感覚である。そうカエデは理解し、歯を食いしばる。


「おい、早く逃げろ。俺は、このままもし本当に敵わなくとも駆除するまで戦い続ける。それが俺であり俺の使命だからな」


 イオは息を吐きながら立ち上がり、目の前で庇う様に立つカエデに逃げるよう促す。がしかし。

 対するカエデは、一歩たりとも動こうとはしない。


「な、なんで逃げないんだ!?ここに居たら、巻き込まれる!...いや、連れてかれるんだぞ!?」


 必死に叫ぶイオに、ラミリスは「どうせ捕まえますが」と呟き目を逸らす。だがしかし、尚もカエデは動かない。


「...なんで、」

「いや」

「え、?」

「いやだって、言ったでしょ?」


 カエデは、ラミリスに体を向けたまま続けた。


「イオは、大切だから。居なくなってほしくないの。絶対、私が動ける内は、出来ることを精一杯やって、イオを守るから」

「っ」


 カエデの、背しか見えなかったが力強く声を上げる姿に、イオはハッと目を見開いた。すると。


「えっ」


 瞬間、イオはラミリスとカエデの間に割って入る。


「やる気になっても同じですよ」

「そうかなっ!?」


 イオはそう掛け声の如く放つと共に、飛行システムを起動し、ジェットを使用してラミリスに突進する。


「高温ならいけるんだろ!?なら、これならどうだっ!?」

「っ!?やめてっ!イオ!」


 イオは、ラミリスを掴んだまま空中へと滑空し、空高くへ持って行く。と、その後。


「俺の、全力だ。オーバーブースト」

「やめーー」


 カエデが叫ぶ声を掻き消す様に、イオによる一撃で空中で爆発が起こる。


「イオッ」


 その後、宙からゆっくりと落ちるイオを見据え、カエデが着地点へと足を運ぶ。と。


「クッ!?う、うあああぁぁぁぁぁっ!」


 カエデは、自分よりも重いイオを全身で受け止め、声を上げる。それによる体の負担は大きかった。だが。


「...お前、」

「はぁ、はっ、イ、イオ、、無事、だった、」


 どうやら、イオはまだ生きて。いや、原型を留めていた。幸いな事に頼みの綱である左腕は現在も付いたままであり、基盤が剥き出しで大量の血が噴き出しているものの、声音や表情から、無事である事が伺えた。

 だが、それよりも、守った事によるカエデの負傷に、イオは表情を曇らせる。と、そんな二人にもお構いなく、ラミリスは跳躍してこちらに向かう。


「クソッ!させるかよ!」


 イオは背中から、またもや分離した部品が浮遊し、そこから何度もミサイルを放つ。


「クソッ!クソッ!」


 それでも尚ゆっくりと向かうラミリスに、イオの顔からは既に余裕は無くなり、歪ませていた。


「どうやら、私の勝ちの様ですね。戦闘でも、勝負でも。笑顔はどうしたんですか?」

「クソッ!」


 イオは、尚も。何度も何度もミサイルを放ち続ける。

 嫌だ。失いたくない。居なくなって欲しくない。だが、それよりもーー


「クソッ!クソォォォォォォォッ!」

「イオ、」

「クソッ、なんでっ、こんなところで、終わりたく、」


 イオは歯嚙みしながら、そう小声で呟く。

 そう。消えたくないのは、カエデだけでは無かったのだ。


「終わってたまるかよ!」


 イオは叫び腕からバルカンを出しラミリスに撃ち込む。だが。


「滑稽ですね」

「ごふっ」


 瞬間で。イオの目の前に液状化して現れたラミリスは、彼に殴りを入れ吹き飛ばす。


「さぁ、一緒に帰りましょう。フレア」

「知らないっ!フレアなんて、、知らない!」

「安心してください。記憶は取り戻させます。今は分からなくても、直ぐに思い出せまーー」

「そいつはフレアじゃないっ!カエデだぁぁぁっ!」

「っ!?」

「っ!?...イオ、?」


 カエデに詰め寄るラミリスに、イオは必死な形相で、またもやミサイルを撃ち込む。そんなイオに、カエデは振り返ると共に顔を赤くし、今にも崩れてしまいそうな表情を浮かべる。がしかし、それにもラミリスは平然としていた。

 だが、今度のは。


「ただのミサイルじゃ無いぞ」

「おや」


 火薬を大量に含んだ、撃ち込まれ起動すると共に発火を伴う、炎に特化した新技。イオは、それを瞬時に入れ替え、生み出したのだ。


「イオ、」

「大丈夫だ。お前は、俺が先に見つけた」


 そう目つきを変えるイオは、既にカエデと共に過ごし始めた理由を見失い始めていた。そんな出来損ないの戦闘員に、カエデが駆け寄る。

 が。


「こんなもので私が燃え尽きるとでも?」

「「っ!?」」


 一瞬で。カエデの背後に現れたラミリスに、二名は目を剥き見据える。

 マズい。

 イオがそう歯を食いしばった。その目の前に。


「ん!」

「なっ」


 カエデが割って入る。駄目だ。このままでは、カエデが。イオはそう弱々しく思いながら既にボロボロな手を伸ばす。だが、そんなイオの対抗も虚しく、カエデを飲み込む様にラミリスが腕を液状化し、先に伸ばす。


「駄目だ、、やめてくれ、」


 イオが、何を思うでもなくそう口にした。すると次の瞬間。


「「「!?」」」


 イオの背後から、無数の巨大な棘の様なものが現れてはラミリスに突き刺さり、その後。


「え?」

「何、?」


 突如それが謎の破裂を起こし、ラミリスが吹き飛んだ。


「え、、だ、、誰、?」


 カエデが、それに続いて近づく足音を聞きつけ、イオの背後に目を向ける。

 と、そこには。


「っ!あ、貴方はっ」

「久しぶりッス!」

「...No.190」


 そこに居たのは、いつもの様にニヤニヤと微笑みながら頭に手をやるだらしない戦闘員。No.190だった。


「いやぁ、なんかやばいのと戦ってません?ボロボロじゃないッスか!」

「...遅かったな、、何やってたんだ?」

「え?遅いって、、あ!ああ、えぇ〜っと、」

「まさか忘れていたのか!?」


 動揺を見せるNo.190に、イオが声を荒げる。以前、本部への通達のため帰還したはずである。それなのに、何の進展も無く顔を出すとは。イオは思わず怒りを通り越した呆れによるジト目を向ける。


「あ、あ〜、そ、そんな事もあったッスねぇ、、ってか、今はあいつッスよ!ヒト型ヒト型!」


 そう話を逸らすと、No.190はわざとらしい様子でラミリスを指差す。

 と、そののち、僅かに前に出たNo.190はカエデに向かってしゃがみ込み、耳打ちした。


「...ところで、どうッスか?進展は」

「っ!?あ、ええ、と、、その、手を、、繋ごうと、してる、状態で、」

「ん?手を繋ぐと何かあるんスか?」


 カエデの発言にNo.190は首を傾げる。そうだ。話が通じるため忘れがちだが、彼もまた戦闘員なのである。その様な心理が理解できるわけではないのだ。カエデはそんな事を思いながら言葉を渋っていると、そこに割って入る様にしてイオが現れる。


「...どうだ?いけそうか?」

「えっ、あ、あ〜、あいつッスね。どれどれ、、っ!?」


 No.190はそう促されて慌てて分析を行うと、その結果を目に驚愕の表情を浮かべる。


「コアの位置ヤバないッスか!?」

「ああ。あいつはヒト型の特大級レプテリヤ。いや、あるいはそれ以上の実力だ。更に、能力は液状化」

「液状化!?」

「ああ。俺もこんな個体は初めてだが、実際に体を液状にして移動及び攻撃を放ってくる。だから攻撃は貫通するし、それで取り込まれる事もある」

「うっわぁ、それは厄介ッスねぇ」


 イオの解説に、No.190はお互いにラミリスの方を向いたまま会話を交わす。だが、その後一呼吸置いたのち、No.190は右腕を横に出して構える。するとーー


「でもっ、似た様な事なら僕だって出来るッスよ。なんせ前よりパワーアップしてきたんスから!」


 No.190の叫びと共に、腕が突如形を変えて、つるぎのような形状となる。


「なんだそれは、?」

「実はこの一ヶ月強の時間でアップグレードしてたんスよ。題して」


 No.190はそこまで言うと、反対の腕も前に構え、腕の形をまるで液体の様に変化させると、時期にそれは盾のようなものになる。


「全身ナノマシン計画ッス!」

「...ナノマシン?マイクロマシンよりも更にミクロな機械物質の集合体という事か?」

「そッス!まあ、具体的な話になると難しいんスけど、とりあえずそう思ってくれれば」


 No.190はそうはにかみ、イオは無表情のままラミリスの姿を捉える。と、その一行いっこうは同時に構え、戦闘体勢へと移る。


「どうッスか?カッコいいッスよね?」

「まだ機能を確かめられていない」

「え〜っ!見た目の感想も欲しいッスよぉ!」


 ニヤニヤとして放たれたそれに、イオは真顔で答えると、No.190は残念そうに声を上げた。それを後ろで見ていたカエデは、少し間を開けたのち口を開く。


「その、、凄くカッコいいです!」

「おぉっ!分かってるねぇ!ほら、こういうのッスよ!こういうの!」


 No.190がカエデの言葉に表情を明るくしてイオに伝えると、そんな皆に続ける。


「会う度にアップグレードされてるなんて、まるで有名ヒーロー洋画みたいで、、カッコいいです!」

「ん?お、おお!あ、ありがとう?」


 カエデの付け足された一言により、No.190は訳が分からず首を傾げる。だが、その矢先。


「来るぞ」

「っ!ういッス」


 吹き飛ばされた先から、歩いて戻って来たラミリスに、一同は目の色を変える。


「何だかもう一人増えてしまったみたいですね。しかも、パワーアップされている点を考えると、こちらの方が不利かもしれません」


 ラミリスの言葉に、No.190はフッと鼻を鳴らす。


「お目がいいッスねぇ、レプテリヤさん。でも僕に見つかったらもう駄目ッスよ〜。僕らの目的はレプテリヤの駆除ッスかーー」

「だが」

「「っ!?」」


 No.190が言い終わる前に挟まれたラミリスの一言に、カエデと共に目を見開く。すると、ラミリスは睨みつける様な凛々しい目つきで、それを付け足した。


「私には劣る」

「「!」」

「来るぞ」


 カエデとNo.190が動揺を見せると同時に、イオはそう残し空へと飛躍する。と、同時にラミリスはNo.190に液状化した手を伸ばし、それを阻止するためにもイオが空中から放つ。


「させるか。サーチバースト」


 肩からミサイルの発射口が開き、ホーミング型徹甲榴弾を飛ばす。それと共に。


「随分な自信ッスねぇ!」


 No.190もまた、直進型ミサイルを飛ばす。だがしかし、伸ばす手に放ったそれを避ける様にして、腕にその周りだけが穴が空いてミサイルが通過する。


「なるほど。そういう感じッスかぁ」


 だが、そののち、イオが放ったサーチバーストがラミリスに到達する。と、それもまた通過させるために液状化を利用して貫通させようとするがしかし。


「ん」

「弾けろ」


 イオの小声と共に、そのミサイルはラミリスの中で停止し、爆破を起こす。

 それにより爆散した隙を狙い、No.190は腕を変形させてビームサーベルを作り、斬りつけようとする。がしかし。


「ッス!」

「なっ」


 No.190が斬りつけたその時には既に、爆発し散ったはずの部分は修復し、ラミリスは同じ様に立っていた。


「おぉ、、早いッスね」


 だが、それだけで無く、その体は液状化されていた筈だというのに鋼の如く頑丈であり、金属を焼き切ることの出来るNo.190の剣を受け止めていた。


「どうも」

「グフッ」


 No.190の引きつった笑みで放たれた褒め言葉を、無表情で返すや否や、ラミリスは殴りを入れた。だが。


「っと、こっちもッスよ!」

「!?」


 No.190もまた拳を避ける様にして体に穴を開けその後。


「ッス!」

「ブッ」


 ラミリスに殴りを入れると同時にナノマシンを破裂させる形で分散し、それによる圧力で軽く吹き飛ぶ。


「っと。...なるほど、先程のあれはそれによるものでしたか」

「そうッスねぇ〜」


 イオを助けた際の、ラミリスに対しての一撃。あの時も、今以上の衝撃により吹き飛ばされていた。原理は同じなのだろう。だが、ここで一つイオは顎に手をやり考える。

 確かに先程より爆破威力は無かったものの、大した差は無かった様に感じる。故に、イオを助けた際の方が吹き飛ばされていたのは、不意を突いたから。更には初使用であったからの二つが挙げられるであろう。

 即ち、イオは理解する。


「おい、No.190。あまり手の内を見せるべきではないぞ。こいつ、、一回目はわざと受けて調整度合いを測ってる」

「えぇ!?そうなんスか!?レプテリヤも日々進化してるンスねぇ、、ってか、それだったらこんな大声で話さない方がいいんじゃないッスか!?」


 空中に浮遊しながら放つイオに、大声で返すNo.190。どちらにせよ、ラミリスの耳に届いてしまう事は避けられないだろう。


「...それが分かっても何も変わりませんよ」

「また、実力が違うとでも言うのか?」

「はい」

「じゃあ、その実力差、見させてもらうッスよ!」


 と、そのNo.190の一言と同時に、イオはジェットを起動して、残り僅かな燃料を使い切るが如く勢いでラミリスを囲む様に浮遊する。


「タイムブレスト」

「レーザースラッシュ」


 二体が同時に放つと、それぞれイオが時限式起爆小型弾を放ち、No.190がレーザービームでラミリスの体自体を斬り刻む。

 だが。


「っ!グフッ」

「なっ、ガハッ」


 イオとNo.190は、それぞれ時限式起爆弾による爆発で舞った煙の中から伸ばされた液状のそれに掴まれる。がしかし、No.190は僅かに動揺を見せたものの、直ぐにそこから抜け出し逆にその液体を伝って目の前に現れる。


「無駄ッスよ!」


 No.190は目の前のラミリスにバーストをかけた殴りを入れるものの、その程度では爆散も蒸発すらせずに、受け止められる。


「クゥッ!?」

「なるほど」

「えっ、ああっ!?」


 その事実に目を剥くNo.190に、ラミリスが小さく一言呟くと、そののち。反対の手で取り込んでいたイオをNo.190に打ち付ける形で激突させる。


「ゴハッ」

「グフッ」


 二人はそれによりその場に倒れ込む。その姿を見下ろしながら、ラミリスは確信する。


「どうやら、貴方。No.190、と言いましたね。先程の私の中を辿っての移動。貴方は水分の中でも対応したナノテクノロジーである事が伺えます。そしてまた、それは意図した時で無いと作動しない。即ち、現在の様な予想外のタイミングでは対応出来ないと。そういうことですね」

「...クッ」


 的確な考察をし放つラミリスに、No.190は驚いた様に目を見開き、イオが歯嚙みする。と、そんな一同にラミリスは一度微笑むと。


「それだけ分かれば十分です」


 と呟き、目つきを変えた。


「「っ!?」」

「もう、貴方達は私には勝てない」


 それを告げると、ラミリスは全方向に液状となった体を分散させてイオ達を襲う。


「マズいっ」


 イオはそれを理解し瞬時に飛躍したものの、足先が切断される。


「クソッ」

「マズいッスね、、これ、柔らかそうに見えてレーザーカッター並ッスよ」


 No.190もまた驚愕を口にしながら体を変形させてそれを避ける。と、対するイオは、ラミリスの液体に追尾され、空中で後ろに下がりそれを通過させようとする。が、瞬間。


「へっ」

「っ!?しまったっ」


 カエデの真上だったが故に、勢い余って向かう液体が、カエデに向かっていた。それを察し、イオはカエデの前に着地し、庇う様にしてそれを受けようとする。


「っ!?駄目だよっ!イオッ!」

「いくらサーチ能力があろうとも、俺が移動してもあの軌道はお前に当たる!ここは俺が受けるしか無い」


 歯嚙みして、イオは覚悟を決める。が。


「っとぉ!」

「「!」」


 カエデとイオの更に前に。No.190が、まるでラミリスの様に移動して現れると、左腕を大きく変形させて盾を生み出しそれを防ぐ。


「させないッスよ!」


 No.190は続けてそう放つと反対の腕を分解させて三つの塊をラミリスの周りに飛ばす。


「これは、!」


 ラミリスが少し目を開くと、その塊から光線が放たれる。


「ク」


 それは不規則で、乱発する事により、ラミリスはそれを体で受ける。だが、それもまた体を貫通してしまう。


「...た、助かった、」

「いいんスよ。大事なサンプルッスもんね」

「サ、サンプル、?どれがだ?」

「!」


 No.190の何気ない一言に、イオは首を傾げる。それを耳にしたNo.190は、ハッと目を剥いた。すると。


「こんなのは足止めにもなりませんね」

「おっ、ス!」


 光線から抜け出し、No.190の前にラミリスが現れる。と、先程防いだ盾を分散させてラミリスを弾き飛ばし、殴りを入れる。

 それを液状化せず受けたラミリスを前に、殴りを入れたNo.190の腕に盾を分散させた破片がくっつきインパクトを放つ。


「グッ」


 がしかし、それにも吹き飛ぶだけのラミリスに対し、No.190は続けて現在腕にくっついたそれを分散させ、更に反対の腕からも分離した塊を放つ。


「おらおらおらっ!どうッスかぁ!これはぁ!」


 放たれた塊はラミリスの周りを浮遊し、同じく光線を放ちながら追い詰める。それと同時進行でNo.190が蹴りを入れると、その瞬間。一部の塊から放たれた光線が腕に直撃し、ラミリスの腕が切断される。


「な」

「ちょっと危なくなって来たんじゃないんスかぁ!?」


 No.190は蹴りにより後退ったラミリスに、背中から更に六つ程塊を分離させてそこからレーザーを放つ。と、思われたが、それはラミリスに向かう事は無く、六つのレーザーはーー


 ーーNo.190の腕先に集められた。


「コアが多いなら全部破壊すればいいんスよ!」


 と、それが集められたNo.190の腕には、いつの間にかナノマシンが集結しており、次の瞬間。


「ビッグインパクトッ!」

「クッ」「うぅっ!?」


 その強大な一撃故に、その場には目を開けていられない程の閃光が覆い尽くす。それに、イオとカエデはギュッと目を瞑り衝撃に耐えたのち、ゆっくりと目を開く。


「...どうだ、?」

「ふぅ、、こんなもんッスかねぇ。いくらコアが多くても、全壊させればーー」

「こんなもの。は、こちらの台詞ですね」

「「「!?」」」


 No.190の言葉を遮って、背後から水分が集まってラミリスが生み出される。


「...ですから、液状化すればこんなもの直ぐに避けられます。トリッキーな動きや予測の出来ない攻撃。バリエーションの多さや攻撃量。それに関してはNo.190。貴方の方が上ですが、一撃の威力に関してはイオの方が上ですね。それに、攻撃の熱量もイオの方が上です」

「...だ、駄目、ッスか、」


 ラミリスの言葉に、露骨に残念そうにするNo.190。だが、その気持ちは別の意味では同じだと。イオが肩を叩き前に出る。


「仕方ない。俺が行くから、No.190は援護にーー」

「いえ。イオが上だと言ったのはあくまでNo.190と比べた時の話です。貴方が。いえ、貴方達が私に敵うとは到底思えませんが」

「ハッ、言ってくれるな。なら、俺らを全滅させてみろよ!」


 イオは淡々と放つラミリスに挑発的に口角を上げると、上空に飛躍してホーミング型ミサイルを放つ。だが、同じく液状化し、それを通過させる。と、それを目にしたNo.190は、突如。


「分かったッスよ!これでっ!」


 そう声を上げたのち、腕にナノマシンを集めラミリスに直接殴る。だが。


「なっ!?」


 ラミリスの体は液状化せずに、そのままの形で受けていた。


「...遅いですね。気づくのが。まさか、未だに気づいていないとは思いませんでしたよ」

「クッ」


 ラミリスの冷静な発言に、No.190は歯嚙みする。その意図が理解出来ずに、イオは首を傾げ割って入る。


「...ど、どういう事だ?」

「ナノマシンッスよ」

「まさか、そこから理解してなかったなんて、」


 お互いに理解していない様子に、ラミリスはため息を吐く。すると、そこからナノマシンを分散させた勢いでラミリスを弾き飛ばすと、またもや分裂させて攻撃を続ける。そんなNo.190の代わりを務める様に、イオに対してカエデが歩み寄る。


「...イオ、、つまり、あの後輩さんは体となってるナノマシンをラミリスさんの体の中に侵入させて、内側からコアを破壊しようとしてたんじゃない、、かな」

「っ!て、、事は、それを理解して」


 イオは、目を剥いてラミリスの方へ振り返る。すると、その答えに微笑んでラミリスは頷く。


「ご名答。流石ですね」

「クッ、相手は、そっちじゃ無いッスよぉ!」


 カエデを見つめるラミリスに、No.190は怒りを露わにして追撃を行う。がしかし。


「いえ。私からすれば相手は貴方でもありませんよ」

「っ!?」


 突如液状化して遠距離攻撃を行なっていたNo.190の目の前に現れると、腹に殴りを入れる。


「ぐふぁっ!」


 それにより軽く吹き飛ばされたNo.190を差し置いて、ラミリスはカエデに解説を続けた。


「そう。私は私の液状化した水分の中をNo.190のナノマシンが伝って来たのを見て、その時から既に」


 ラミリスはそこまで告げると、間を開けNo.190に近づくととどめを刺す様な双眸で告げる。


「私の体にナノマシンが侵入しない様にしました」

「「「っ!?」」」


 その事実に、一同は驚愕の表情を浮かべる。


「侵入しない様にって、、そんな事が出来るのか、?」

「ええ。私に害を及ぼす物質であると認識させれば、この中に入れる事はありません」


 本当だろうか。確かに、先程からNo.190の近距離。即ち、ナノマシンが触れる攻撃には全て液状化せずに受け止めていた。だが、それは意図的に対応させているものなのでは無いだろうか。イオは、そう察し、目つきを変える。


「...分かった」

「「え?」」


 イオがボロボロな体で立ち上がると、カエデとNo.190は声を漏らす。そんなNo.190に手を差し伸べる様見つめながら、イオはそう提案を口にした。


「本当に全部弾けれんのか、見させてもらおうか」

「っ!うっス!」


 イオの瞳でその意図を読み取り、No.190は力強く頷く。すると、その後同時に飛び上がった。


「No.190の方も飛べるんですね」

「全部見せちゃ面白くないっショ!」


 No.190が空中でラミリスに振り返り放つと、共に。イオは反対からミサイルを飛ばす。すると、それに液状化で対応しようとしたその時。


「行くっスよ!」


 No.190もまた、体からナノマシンを幾つも分解して放つ。が、それは先程の様にビームを放つ訳ではなくーー


 ーーその塊自体が、ラミリスに突進した。

 が。


「はぁ、本当に頭が足りないのですね」


 ラミリスがため息を吐くと共に。イオのミサイルが貫通し、No.190の放った塊は体に激突すると共に地面に叩きつけられた。


「なっ!?」


 No.190が声を漏らす。それに対してイオとカエデは、声こそ出してはいなかったものの、目を剥く。やはり、どの様な手を使ってもナノマシンが侵入する事が拒まれてしまうのだろうか。いや、そんな筈は無いと。

 イオはそんな願望でしか無い意見を押し通す様に、尚も攻撃を続ける。


「...先輩、」

「諦めちゃ、、駄目!」

「っ!」


 イオが攻撃を放つ中、No.190の背後から。

 カエデが、イオのもう片方の腕を持って攻撃をラミリスに放つ。


「おい!何やってる!?もう体は限界の筈だ!?」

「...やだ!」

「「!」」


 必死な形相で攻撃を行うカエデに、イオは空中でそう叫ぶ。すると、対するカエデは同じく声を上げ、一同を黙らせる。


「イオが消えるのは嫌だって、言ったでしょ?」

「...」


 カエデの、先程とは対照的に小さく放たれたそれに、イオは表情を曇らせ目を背けた。すると、そののち。カエデは力強い双眸でNo.190を見つめ、そう続けた。


「私も頑張る。イオも、あんな体で頑張ってる。...後輩さん。だから、諦めちゃ駄目!」

「っ!」


 カエデの力強い言葉に、No.190は目を丸くする。そんな光景に、イオはため息を吐くと、ラミリスに攻撃を続ける。だが、その張本人であるNo.190には届いた様で、カエデの言葉にハッと顔を上げる。と、No.190は微笑んで、またもや体の一部を離別して浮遊させると、レーザーを放ちながらラミリスへ向かわせる。


「元から諦める気無いッスよ!」


 No.190はそう声を上げると続けて腕を剣の様に変形させて、反対の腕にナノマシンを集結させる。


「行くッスよぉ!」


 No.190は飛躍しながら、右腕の剣による近距離戦と、左腕から放つ光圧レーザーを駆使しながら、周りからラミリスを追い詰める部品とイオと共に、集中的に狙う。

 だが、それすらも安易に通り抜け、コアは液状化した体の中で流れる様に移動してそれを避け続ける。


ークソォ〜、、少しでも中に入れれば、ナノマシンを分解して圧力を与え、こいつを内側から弾け飛ばせるんスけどねー


 No.190はレーザーの攻撃と、ナノテクで造られた体で直接の攻撃を繰り返す。そんな中、No.190が頭を悩ませたその時。


「!」


 イオの攻撃を液状化して通過させたラミリスを目にしハッとする。


「先輩!ちょっと、手伝って欲しいッス!」


 何かに気づいたNo.190は、そう前置きをするとイオに向かって飛躍し耳元で告げる。その、作戦と思われる発言に、イオは目の色を変えると、一度頷き同時に戦闘体勢へと移る。

 と、そののちーー


「喰らえッス!」


 No.190がイオの様にガトリングを腕で作り上げ放つ。それと同時に、イオもまた小型ミサイルを何度も撃ち込み、ラミリスがそれを避けた。刹那。


「オラァッ!」

「っ」


 背後から突如、イオが殴りに入る。だが。


「っ!」


 イオの腕は液状化したラミリスの中を貫通していた。それなのにも関わらず。


「な、なんで」


 No.190が声を漏らす。

 それに気づいたラミリスは軽く息を吐き、イオ。いや、No.190に告げる。


「残念でしたね。ですから言ったでしょう?侵入しないようにした。と」


 そう。即ち、イオの腕に、No.190のナノマシンを忍ばせていたのだ。油断したラミリスが液状化することにより、イオの腕と一緒に中へと侵入出来ると考えていたのだが、しかし。

 どうやら、ナノマシンを拒否しているのは本当の様だった。

 通過したのはイオの腕のみであり、そこに含まれていたナノマシンは弾かれていた。


「...」


 イオとNo.190は歯嚙みした。僅かな希望であったそれでさえ、ラミリスに侵入及び攻撃する事は出来なかったのだ。その事実に、無力なイオはその腕を引き抜いた。と、思われたその瞬間。


「これで、終わると思ったか?インパクト」

「!?」


 イオは、ラミリスの体に手を当てたままインパクトを放つ。油断したであろうラミリスの隙を突いた一撃。それ故に、ラミリスの体は大きく弾ける様にして分散し、腹に穴が空いた。

 と、そこに。


「今だっ」


 イオの腕に付いていたナノマシンを、放り込む。液状化したラミリスの体は、再生しようと元に戻るであろう。故に、穴を開けた腹にナノマシンを入れ込むとーー


 ーー自動的に体の中に侵入する事が可能なのだ。


 その作戦に、イオとNo.190。カエデもまた、目を凝らしその結果を観測しようとする。が、しかし。


「なっ!?」「えっ!?」「!?」


 その場の皆が、声を漏らした。そう、ナノマシンを投げ込むよりも前に、ラミリスの体は。

 復活したのだ。


「哀れですね。そこまでやっても敵わない。それが、事実です。発想は面白いですが、そんな一撃では直ぐに回復してしまいますよ」


 尚も涼しい顔をして、ラミリスは目の前で絶望するイオに放つ。


「クソ、、、クソォォォォォォォッ」


 ラミリスの言葉と共に、それが現実であると理解したイオは、声を荒げる。と。


「諦める事ですね」

「がはっ!」


 ラミリスに蹴られ、イオは吹き飛ぶ。そんな様子を、No.190は怪訝な表情で見据えると、そののち。目つきを変えて足を踏み出す。


「それならっ、僕が!」

「はぁ、無様ですね」


 イオの一撃が足りないのならば、No.190ならばと。飛び上がり、光圧光線を放つ。だが、それを液状化して避けたのち、その数メートル先にラミリスは現れ、そこから手を伸ばしNo.190を取り込む。


「グハッ」

「...言った筈ですよ。一撃の威力、重さは、イオの方が上だと」

「クッ」


 淡々と話す中、No.190は分散してラミリスの手中から抜け出す。


「クソ!」


 No.190はいつもの様子など消え、必死な表情で攻撃を続ける。ナノテクで出来たNo.190は破壊される事は決してない。だが、そのせいでラミリスには攻撃が通らない。


「...ジレンマだ、」


 カエデは、その様子に唇を噛む。観察はすれど、打開策は浮かんでこなかった。いや、寧ろ観察すればするほど、ラミリスの強さがより際立ち、勝ち目がないと。そう思わせた。

 カエデの足、手は震えが止まらない。だが、と。カエデは意を決してイオの腕で攻撃を再開する。


「っ!君っ、」

「...いい加減にしてください、フレア。早く戻らないと。心配していますよ。ガース様が」


 呆れた様子でカエデに伝えるラミリスの発言に、イオは眉を潜める。


ーやはり、ガースって奴が親玉である事は変わりなさそうだな、、さっきのヒト型も、そいつの指示だと言っていたー


 イオがゆっくりと体勢を整えながらそう考えると。


「そんなのっ!知らない!」

「!」


 カエデの叫びに、イオはハッとする。今はこんな事を分析している暇などないと。このままでは、カエデが。


「はぁ、、茶番劇は終了です。フレア、貴方をガース様の命により回収いたします」

「「!」」


 一言と共に、ラミリスは突如No.190に向けていた矛先を、カエデへと変更する。


「マズいっ!」


 それに慌ててジェットシステムを起動しカエデの前に割って入ったイオは、ラミリスに殴りを入れ、そのままミサイルを放つ。


「クッ」

「...」


 ゼロ距離での攻撃によって、イオの体には僅かにダメージを負ったがしかし。本当に問題なのは、それでは無い。


「っ!」

「イオッ!」


 イオの腕を取り込む様に、ラミリスの腕が液状化し包んでいた。


「イオをっ!離して!」


 カエデは必死な形相で、イオの腕でラミリスに何度も攻撃を放つものの、それも全て貫通し無効化される。


「クソッ」

「どうやら、イオ。貴方が邪魔な様です。貴方さえいなければ、フレアはここに居続ける理由が無くなります。即ち、フレアの回収はイオを片付けた後にしましょう」

「「「っ!?」」」


 腕を取り込んだまま持ち上げられるイオを始めとし、ラミリスの言葉に一同は驚愕の色を見せた。


「駄目っ!やめてっ!やめてぇぇぇぇっ!」

「先輩はっ、壊させないッスよ!」


 カエデがラミリスを睨みガトリングを続け、その背後からNo.190は高電圧集中ビームを分散させて放ちながら、レーザーカッターで接近戦を行うがしかし。

 どれも避けながら、イオを掴んだまま上空へと上るとーー


「終わりです」

「ごふぁっ!?」


 イオに、殴りを入れたのち、それを腹の中で爆散させ体に直接ダメージを与える。


「がはっ!」

「イオッ!?」「先輩っ!?」

「これは、貴方から学んだ攻撃方ですよ。No.190」

「!」


 外部から攻撃を続ける二人が叫ぶ中、ラミリスはNo.190を見据えそう告げる。No.190の、ナノマシンを爆散させる事で攻撃する手法。それを、そのまま再現してみせたのだ。

 自身の攻撃が、我々の首を絞める結果となった事にNo.190は眉間にシワを寄せる。

 そんな最中でも、未だにイオの腹にはそれが繰り返し放たれる。


「ごはっ!」

「やめろ!」

「がぁはっ!」

「やめてっ!」

「ごばぁっ!?」


 何度も何度もそれを受けながら、イオは懸命に打開策を練る。

 このままでは、きっと我々は全滅する。イオが壊されたその時、カエデは戦意消失するだろう。更には、No.190の攻撃は遮断され、今まで同様駆除出来る程の攻撃を与えられるとは思えない。

 即ち、イオが破壊される。それが意味する事は我々の全滅。レプテリヤの勝利となり、親を含めた我々戦闘員の敗北。つまり絶滅を意味するという事である。

 そんなの、親が許すわけがない。そのために、我々は生まれ、使命を下されていたのだ。それなのにも関わらず、こんな結果なんて、認められる筈が無い。


ーいや、待てよー


 そこまで思うと同時に、イオはそう否定を自身に投げる。いや、違うな、と。

 現在のイオは、絶望し、焦り、慌てている。それは、レプテリヤに負ける事実であることには変わりはないがしかし。

 戦闘員のプライドでも、防衛の失敗でも、レプテリヤの駆除が行えない事に対する恐怖でも無い。それはそうだ。イオとNo.190が破壊されても、まだまだ戦闘員は居るのだから。

 そう、今のイオが、一番思っている事、それはーー


「俺だって、こんなところで、消えたく無いんだよ」

「ん?」


 イオはそれを呟くと同時に、肩からホーミング型小型ミサイルを至近距離で放つ。がしかし、ラミリスの体はその一瞬でさえも液状化し、全てを貫通させる。


「クッ」

「何かを言ってましたが、どうしました?覚悟を決めた顔をした割には、何も変えられていないようですが」

「うるさい。まだ分かんないだろ」


 イオは歯嚙みし、インパクト、プラズマ、バーニング、メテオ、チェーンメタル。様々な方法で脱出及びラミリスの撃退を試みる。がしかし、どれもこれもラミリスには通用せずに、周りで射撃を繰り返すカエデとNo.190もまた、絶望を露わにしていた。


「ごはぁっ!?」


 更には、今もまだ一定のペースで何度もラミリスによる攻撃が向かってくる状況である。

 故に、イオの限界も、既に目の前であった。


ークソッ、、このままじゃ、、本当にっ、何か。何か無いか、こいつを、一瞬でいい。油断させる方法。それさえ見つかれば、それでいい。ほんの僅かな、一瞬だけの、隙ー


 イオは、ノイズばかりの視界で必死にラミリスを捉えながら、思考を巡らせる。何か無いか。そんな事ばかりを思いながら、諦めすら感じ始めた。と、その時。


「っ」


 目の前には、ラミリスの一部分が目に入った。それと同時に、イオは目の色を変える。

 これなら、あるいは、と。

 一か八かだと、イオはその場で覚悟を決め、ラミリスが殴りを中断するその一瞬の時間の中でーー


 ーーラミリスの、胸部にある盛り上がった膨らみの部分に、左手を乗せそれを握った。


「へぇっ!?」

「え?」


 それに、カエデは赤面させ声を上げ、No.190は首を傾げる。対する本人であるラミリスは、一瞬意味が分からずポカンとしていたが、次の瞬間。


「〜〜〜〜〜〜〜っ!?」


 カエデと同じく顔を赤くし、目を見開く。


「っ」


 慌ててイオの腕を離し、胸部を隠す様に腕を組む。その、予想通りの反応に、イオはハッとしたのちニヤリと。口角を上げた。

 その時、イオは飛行システムを起動しラミリスとの距離を維持したのち、腹を開かれたと思われた瞬間。巨大な、まるで大砲のような物が、そこから現れる。


「じゃあな、ゴミ」

「!」

「っ!マズいッスねっ」


 イオが笑ってそう呟いたと同時、No.190はそれを察し、慌ててカエデの回収へと急ぐ。と。


「ジェット、ストライカー」

「なっ」


 対するラミリスは、その間一秒とも満たない速度であり、イオとの距離が間近であったがために、それを直接受ける。


「逃げるッスよっ!」

「へっ!?」


 No.190がカエデに到達し、ナノマシンで包んで飛行しながら、イオから距離を取る。刹那。

 その場一帯には閃光が包み、まるで原爆の如く強大で巨大な爆破が、そこで起こった。


「イオォォォッ!」


 カエデが声を荒げた矢先、イオはその爆撃の中から、ボロボロの状態で落下する。それを目撃したNo.190は、更に速度を上げて受け止めに行くが、しかし。

 イオとの距離が数メートルに迫ったその瞬間。イオは、声を上げた。


「今だっ!No.190!あとは、頼んだ」

「っ!」


 イオの一言で、察する。

 目の色を変えたNo.190は、イオに向かっていた体を、その上空。爆撃による煙の中で蠢く、ラミリスに向かう。

 と。


「!」


 やはりかと。No.190は目を見開く。そこにいたラミリスは、予想通り、液状化する事によって難を逃れていた。がしかし。それ以上に、イオの一撃が大きかったのだ。

 イオはあの一瞬で、僅かな可能性を見出した。前に、ラミリスはカエデの一撃に「もう少し高温で無いと、私は溶かせません」と放った。高温で無いと、再生にかかる時間はほんの僅かだと。そう促したのだ。だが、それはつまり。

 不可能では無いと。そういう意味である。

 ラミリスの再生に、いつも以上に。ほんの少しでも時間がかかれば、そうすればと。イオは思い立った。そして、それを行った理由は。


「終わりッスよ!」

「!」


 煙の中に突撃したNo.190に、それを目にしたラミリスは目を剥く。そんなラミリスの体は、イオのジェットストライカーにより腹に空いた穴を、塞いでいる最中であった。

 後少しで、再生してしまう。そんなタイミングであった。

 だが、その一瞬で。小さなラミリスの空いた空間からーー


 ーーNo.190の腕を突っ込み、ナノマシンを分散させた。


「クッ」


 初めて、ラミリスは恐怖の色をみせた。そんなラミリスの顔を見据えたのち、No.190は。

 ニヤリと微笑み、まるでイオの様に放った。


「僕らの勝ちッスね」

「うぅっ!?ば、馬鹿っ、なっ!?」


 震えるラミリス。体の中で暴れ、コアを一つずつ破壊するナノマシンにより、ラミリスは歯嚙みし悶える。と、それが数秒続いたのち。


「ありえないぃぃぃっ!」


 ラミリスは、そんな叫びを残して、体が弾け飛んだ。まるで、本物の液体の様に。


「...ふぅ、、お、終わった、ッスね、」


 息を吐いて、No.190は額に手をやる。するとその後、何かを思い出した様に声を漏らすと、高度を下げる。


「せっ、先輩!」


 慌てて降下したNo.190は、それを見て目を見開く。

 そこには、イオを腕を破壊する覚悟で受け止める、カエデの姿があった。


「くっ、、くぅ、うぅっ!」

「...君、」


 怪訝な表情を浮かべ、No.190はカエデに向かう。対するカエデの腕は、以前から見られた焼かれた痕だけでなく、イオを受け止めたものだろう。赤く腫れた様子も見受けられた。


「はぁっ、はぁ、、か、、勝て、、た、?」

「ウッス!やってきたッスよ」

「はぁぁっ、、よ、良かったぁ、」


 カエデは大きく息を吐くと、イオを優しく寝かせ倒れ込んだ。


「おおっと、、大丈夫、ッスか?」

「はぁ、ははっ、、はぁ、だ、大丈夫、では、無いかも、です」


 力無く笑うカエデに、No.190は軽く息を吐いて詰め寄る。


「ちょっと、傷、見せて」

「えっ」


 No.190は突如カエデの腕を掴むと、焼かれた痕の中で、血が噴き出す負傷部分を見つけ、そこに手をやった。


「いっ!?」

「?どうしたんスか?」

「い、、痛い、」

「痛い、、やっぱ、苦しいんスね、」


 No.190は、苦しそうに呟くカエデに表情を曇らせたのち、手を離す。


「え、、な、何、したの?」

「消毒と冷却。それと、体内に数量のナノマシンを入れさせてもらったッス」

「えぇっ!?な、なんでっ!?こ、怖い怖いっ!何、もしかして、GPS付けるDV彼氏とやってる事一緒!?貴方ヤンデレだったんですか!?」

「え?ヤンデレ?DV、?ち、ちょっと分からないッスけど、GPSは付いてないッスよ。勿論、悪影響も無いッス。ただ、破壊された細胞の代わりになる、医療型ナノマシンを補助として与えただけッスよ」

「えっ」


 No.190の訂正に、カエデはあっと顔を上げ傷口に目をやり口を尖らす。


「...そ、そう、だったんですね、」


 またもや顔を赤くするカエデに、No.190は口を開く。


「ほ、ほんとに大丈夫ッスか?なんだか、傷が広がった様に見えるンスけど、」

「あっ、こ、この赤いのは気にしないでくださいっ!傷、では無いのでっ!」


 胸の前で手を振るカエデは、慌ててそう放った。すると、そんなやり取りをしたのち。カエデは少しの間を開け疑問を投げかける。


「その、、ど、どうして、助けてくれたんですか、?」


 恐る恐る。上目遣いで聞くカエデに、No.190は返答を考えているのか押し黙る。と、その後。


「それ、先輩も同じ事思ってるッスよ」

「え、?」

「先輩も、君からどうしてこんなに助けられてるのか分からない。どうして自分なんかを助けるのか。そう、思ってると思うッス」


 少し遠い目をして放つNo.190に、カエデは思い出す様に呟く。


「それ、、前に、似た様な事言ってた、」

「やっぱりッスか?...やっぱ、気になっちゃうんスよ。だって意味分からないッスもん。突然、合法的で効率的な理由無く助けられるなんて事」


 No.190の発言に、カエデは目を逸らし表情を曇らす。


「だから、先輩らしく無い事してると思うンス。いつもだったら、受け入れる性格じゃ無いし、正直に情報を発言する様な事も無いんスよ」

「...そう、なんですか」


 少しNo.190の方へ視線を戻して返すカエデに、「でも」と。No.190は続けた。


「今日分かったッス。先輩と君の会話聞いて。僕の考えは、違かったって」

「え、?」

「先輩も。君の真っ直ぐなその性格に、何か感じてるんスよ。らしく無いのは、動揺してるからで、悪い事。そう思ってたんスけど、その逆で。変わったんスよ。それが、いい事か悪い事かは分からないッスけど」


 No.190は倒れるイオを見つめ、そこまで言うと、顔を上げ何かを呟くカエデに放つ。


「前、ある時期がきたら本人から聞いてって、言ったッスよね?」

「えっ、あ、はい、、そう、ですけど」


 カエデは、先程から脳を過っていたそれを引き合いに出され、動揺を見せながら返す。そう、カエデによってイオが変わった。変わるなんて事は、そう簡単に出来る事でも、起こる事でもない。つまり、カエデとイオの距離が、少しでも縮まった事を表しているのだろう。と。

 それを思うと共に、No.190は口を開く。


「今日、見て分かったッス。多分、もう先輩と君はそれを超えてるんじゃ無いッスかね」

「ふぇっ!?」


 カエデの顔が熱くなる。それ以上。それはもしや、この状態で告白したら、流れでいける可能性があるという事だろうか。カエデは、倒れたイオを一瞥し更に顔を赤らめる。

 だが、そんなカエデを差し置いて、No.190は真剣に付け足す。


「だからこそ、言えないんだと思うんスよ。先輩は、自分の事」

「えっ」


 カエデは、その表情と声音に、目つきを変えて聞き返す。すると、No.190は「だから」と、一度息を吐いて伝える。


「僕から、少し話させて欲しいッス。今日ので、理解した。君には、先輩の事、教えられるし、知っておいた方がいいと思うッスから」


 そんな、覚悟を決めた様な発言に、カエデは生唾を飲み頷く。と、No.190は。


「これは先輩には言わないでくださいよ。僕、殴られるッスから」


 と前置きすると、そう切り出した。


「前、先輩は一人だって言ってたッスよね?」

「え、、あ、はい。そう、でしたね」

「元々は仲間に囲まれてて、今みたいな性格じゃ無かったんスよね」

「えっ、違かった、って、?」


 物思いに耽りながら話すNo.190に、カエデは身を乗り出す。


「うん。なんて言うのかな、今よりも明るかったというか、元気だったんスよ。そん時は。No.2や3、4が周りに居たっすからね」


 No.190のその言葉に、カエデは冷や汗混じりに疑問を感じる。だが、そんなカエデに対し、尚も続ける。


「でも、あの日。No.2を失って、3と4だけのチームになって、少しずつ、狂っていったんス」

「え、」

「それが引き金だったわけじゃないんスけど、そこから、レプテリヤの脅威が大きくなったんス。それから、、ッスかね。先輩が、思い詰める様になったのは、」

「あ、あのっ」

「ん?なんスか?」


 尚も続けるNo.190に、カエデはずっと気になっていた事を放つ。


「あの、イオは、No.2さんと、3や4さんのチーム、だったんですよね?」


 恐る恐る口にするカエデに、No.190は無言で頷く。


「その、イオは、No.10なのに、8さんとか、9さんとか、、そういう方達とは面識が無かったんですか?」


 そう。イオはNo.10である。それなのにも関わらず、チームメンバーは全員2から4と。離れているのだ。ナンバーが近いもの同士がチームになるなんて決まりは無いだろうが、イオだけが離れすぎてはいないかと。カエデは変な疑問を抱いた。

 だが、それに気づいたカエデは、慌てて訂正する。


「あ、いやっ、すみません!べ、別に意味なんて無いですよね!ごめんなさい、ちょっとした事が気になっちゃって、、理系の悪いとこですよね」


 あははと、苦笑いで話すカエデに、対するNo.190は少し驚いた様に。だが、淡々と。一言を返した。


「ああ。そういえば、そこも知らなかったッスね」

「え、?」

「先輩は。No.10は、本当は初期型。No.1、だったんスよ」

「...え、」


 その、予想外の言葉に。カエデは、No.190の背後で僅かに蠢く"液体"にも気づかなかった。

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