第2話「イベリス」

 干からびた土が一面剥き出した、この戦場のど真ん中で。ヒト型レプテリヤだと思われていたそれは、笑顔を浮かべる。


「助けてくれてありがとね!」

「...助けたつもりは無いが、」


 疑問を投げかけるよりも前に、ヒト型が感謝を述べ、それに反応する。その返答に、どこか優しい顔をして笑顔を浮かべるヒト型に、No.10は口を開く。


「にしても、お前、本当に一体なんなんだ?レプテリヤでは無ければ、俺とも違うんだろ?」


 その直球に放つ問いに、ヒト型も首を捻って唸る。


「うーん、、さっきの変なのも、貴方も、私とは違うみたいだし、、確かになんなんだろ、、私って、」


 どうやら自身でも存在を認識していないようだ。その事実に、No.10は思わずため息を吐く。


ーだが、まぁいいか。本部に連れて行けば、何かは分かるだろうし、俺には関係の無い事だー


 No.10は、そう自分に言い聞かせる。自分の使命はレプテリヤの駆除。それ以外の事は、他の方々に任せればいいという事。

 そう考えたNo.10は、気持ちを切り替え、ヒト型に詰め寄る。


「恩を着せるつもりは無かったが、そう考えてくれているなら、俺の要望に応じてくれないか?」

「そ、それって、、その、本部について来いって話、?」


 ヒト型の不安げな問いに、No.10は無言で頷く。


「わ、分かった、、私の命の恩人だもん。疑ってばっかりは良く無いよね」


 ヒト型は、微かにそう呟くと、同じく頷き、踵を返すNo.10に続いて足を踏み出そうとする。

 が


「!」


 何故か、その場でヒト型は立ち止まる。


「どうした?」


 足音が途絶えた事に気づいたNo.10は、不審に思い振り返る。


「あ、あれ?」


 対してそう言葉を漏らすヒト型は、尚もその場から動こうとしない。足が竦み、震えているのだ。


「はぁ」


ーやはり駄目か。そう簡単に、知らない場所には着いていかないよなー


 No.10は、そうため息を吐くと「おかしいな」と呟くヒト型に口を開く。


「おい。俺は、お前が何なのかを知りたい。ただそれだけだ。それでも、駄目か?」


 危害を加えようとしていない相手への攻撃は避けたいと、No.10はそう切り出す。だが、未だにヒト型の動く気配は無い。


「はぁ、そうか」


 諦めたように息を吐くNo.10に、ヒト型は冷や汗をかく。


ーど、どうしよう。もしかしたら私、ここで殺されちゃうんじゃ!?さっき来ないなら力尽くでとか言ってたし、どうにかして話題を変えなきゃー


 たらたらと額から透明な液体を流しながら、ヒト型は懸命に時間稼ぎという名の打開策を考える。と、ハッとヒト型は目を開き、恐る恐るそれを放つ。


「そ、その、その代わりというか、」

「ん?なんだ?」


 内容は聞こえなかったものの、何かを発した事に気づいたNo.10はそう聞き返す。と、そのヒト型は落ち着かない雰囲気で、それを提案した。


「代わりに、その、わ、私の、うちに、、来ない、?」


          ☆


 昼下がりの快晴の下、No.10は目の前を歩くヒト型に続く。家に案内すると言われた時には、意図が理解出来ずに困惑しか無かった。うちというものが何かは分からなかったが、何処かの書類の中で拠点や居場所を指す言葉なのは把握していた。

 それ故に、これはチャンスなのでは無いかと、No.10は脳内で呟く。

 うちというものが本当に拠点地を指すのであれば、それは自身の全ての情報を漏らすも同然だろう。今ここで無理矢理本部に連れて行く事は容易ではあったが、そこで居場所を吐くとは言い切れない。

 ならば、この命の恩人という立場を利用させてもらおうじゃないかと。

 No.10は目の前のヒト型に足並みを合わせながら、胸中で呟いた。


ーこいつの住処すみかで情報を得てからでも、本部に届けるのは遅くないだろうー


 勿論、危害を加えてくる場合は早急に対応させてもらうと。そう付け足しながら足を進める。

 と、そんな事を考えたのちーー


「はいっ、着いたよ!」


 そのうちと呼ばれる場所に到着したのだろうか。突如、そのヒト型に声をかけられたNo.10はハッと我に帰る。


「おお、着いたのか」


 反射的にそう返したNo.10は、辺りを見渡し口を開く。


「...こ、ここがそうなのか、?」


 目の前には枯れた雑草が無数に生え、岩や鉄骨が乱立している地であった。勿論、屋根のようなものも無ければ、壁の様な、外敵から自身を守る事の出来るものも無い。

 もしかしたら誘き寄せられていたのでは無いか。そんな疑問が脳内にあったがために、分析システムで周りに居る生体反応を見て居たものの、目の前のヒト型以外には引っかからない。

 これが、本当に拠点地なのだろうかと。No.10は首を捻る。


ーま。まだレプテリヤの住処なんて見た事無い訳だし、これが標準である事は否定出来ないな。いや、そもそもレプテリヤでも無かったかー


 そう息を吐いていると、目の前のヒト型は首を振る。


「違うよ、そっちじゃ無くて」


 そう否定を口にすると、そのヒト型は地面を指差した。


「ん?」


 その先。足元へと視線を下げる。

 と、岩が敷き詰められたそこには、僅かに地面に空いた"穴"が見え隠れしていた。


「っ」


          ☆


「...まさか、拠点が地下にあったとはな」


 岩を退かしながらその穴へと足を踏み込んだNo.10は、その中。テーブルや椅子を始めとした、家具の置かれた一室を目にし呟いた。


「へっへっへ〜、凄いでしょ。荒れた地下室を、私がここまで整地したんだよ」


 手を広げ自慢げに語るヒト型を流しながら、部屋を見渡す。

 確かに、書物を収納する棚や、机があるような立派な一室であるのにも関わらず、辺りには大小様々な岩や石が転がり散らかっているのを見ると、元は荒地であった事も頷ける。

 だが、それならばこの家具は一体どこから得たのだろうかと、疑問に思った直後。まるで心を読んだかの如くタイミングで、ヒト型は口を開いた。


「この家具は、元々ここにあったボロボロになったのを、私が作り直したんだ。つまり、DIYしたんだよ!」

「なんだそれは。新種のシステム言語か?」

「えっ!?知らないの!?常識知らずだなぁ」


 首を傾げながらも、No.10は状況を理解する。元々荒地だった場所の中に、僅かに拠点として使用できるだろう環境の地下を見つけた事により、その場を自身で開拓し住処としたという事だろう。それ以上の情報は理解が出来ないが故に必要の無い情報として処理させてもらう。


「あ、でも、手からミサイルとか出てたし、、君って、、なんなの?」


 顎と思われる場所に手を添え、考える仕草をしながらヒト型は問う。


ー敵だと判断しかねるだけで、安心出来る相手じゃ無い。ここは、少し強引でも嘘の情報を話すかー


 と、その疑問を受けたNo.10は口を開く。


「俺は、この世界を操る陰の覇者だ。お前と同じく地下の深層に暮らしている」

「ヘェ〜っ!凄い!」


 少し情報を濃くしすぎた様にも思えるが、なんだか喜んでもらえた様だ。そうやって何を思うでも無く信用してくれる方がこちらとしても助かる。

 そうNo.10は心中で呟き頷いた。

 が、先程の表情や言動が嘘だったかの如く、ヒト型は直ぐに息を吐く。


「...て、そんな訳ないでしょ。まず、大体この間あの気持ち悪い奴出て来た時に言ってたでしょ?あの、あれ〜。あの、、あ、そう!中型の処理を完了いたしました〜ってやつ!」

「なっ!」


 不覚だった。普段会話の通じない相手と戦っており、あの場で処理する前提であったため、ヒト型の前で堂々と本部への通信を行なってしまっていた。

 それに気づき、表情を取り繕いながらも焦りを感じるNo.10の前で、ヒト型は尚も続ける。


「それに〜、あと、こんな事も言ってたよね?こちらNo.10っ。とか、、至急、戦員を向かわせてください!とか?」


 通信機能は故障し、分析システムは起動していないのにも関わらず、目の前がerrorという文字と真っ赤に染まっていくのを感じた。

 どうやら、もう言い逃れは出来ない様だ。


「ねぇ、どうなの?言葉の流れから考えて、多分貴方は特殊部隊とか、軍人さんとかの部類で、戦員をって言ってたって事は、一人で見回りでもしてたのかな?」


 どうやら、侮っていた様だ。このヒト型は、レプテリヤであるか否かという以前に、頭がキレる生き物の様だ。あの一度のみの発言を記憶し、それをここまで分析出来る知能を持ち合わせいる。目の前の生き物は、我々よりも文明が栄えているのかもしれない。


「ねぇ〜。どうなの〜?ナンバーテンさーん?」

「クッ」


 既にプランAを遂行する事は不可能だと感じたNo.10は、一度息を吐いて「分かった」と呟くと、仕切り直すためにも、"いつもの様に"。

 No.10は脚を合わせ、姿勢を正し、手の指を伸ばした状態で右腕を曲げ、顔の高さまで上げた。


「私は、No.10。使命の元レプテリヤを駆除する戦闘員だ」

「わっ!敬礼カッコいい!本当の軍人の方みたい、、いや、本当の方か」


 軍人。という単語が先程から乱発されているが、またもやヒト型特有の言語であるのだろう。意味は相変わらず理解出来ない。


「これで満足か?」

「ム、上から目線だなぁ。でも、正直でよろしい!あ、そしたら、私の自己紹介がまだだったね」


 ヒト型はそう放つと、数歩前に進み、こちらに振り返って告げる。


「私の名前はカエデ。私は〜、、えーと、記憶喪失な、、とっ、とにかくっ!ここに住んでますっ!」


 そう笑ってヒト型は脚を合わせて敬礼をする。その姿を、無言で眺めていると、ヒト型ははにかむ。


「真似してみちゃった!」


 何故か頰を赤らめ放つヒト型に、No.10は疑問点を口にする。


「その、さっきの、名前っていうのはなんだ?」

「えっ!名前も知らないの!?」


 驚愕を見せるヒト型に、首を傾げる。


「ま、まあ、、戦闘員だし、、さっきの戦い的にロボットみたいだったし、、知らないのも納得出来る、、かな?」

「何をぶつぶつ言ってるんだ?」

「あっ!いや、なんでも無くて。えーとね、名前っていうのは」


 No.10に指摘され、手を振ったのち、一呼吸置いてヒト型は優しく微笑む。


「そのものを表した、唯一無二の、とても大切な、素敵な。温かいものなの。...だからっ!これからは私の事、カエデって呼んで!」

「そ、そうか。そういうものなのか」


 漠然とした内容だったが故に、No.10にはいまいち理解し難いものだった。


「そうっ!...って事は、もしかして、ナンバーテンさんは、名前無いの?」

「ああ、そんなものは無い。強いて言えば、その、No.10というのが、個々を認識するために使用しているコード。お前が言う名前のような、、ん?」


 No.10はそこまで放つと、目の前で不機嫌そうに首を振るヒト型が視界に入り、口を噤む。


「どうした?」

「...カエデ」

「あ?」

「カエデって呼んでって、、言ったでしょ」


 どうやら、どうしてもそう呼ばせたい様だ。No.10はやれやれと首に手をやると、改めて言い直す。


「俺の場合はその、No.10っていうのが、カエデの言う名前のようなものだ」


 渋々言い直すNo.10に、カエデは「よろしい」と、にっこり微笑む。するとそののち。


「ん〜、、そうだなぁ。...あっ!じゃあ、私が名前つけてあげるよ!」

「あ、いや、いいよ。そんな」

「遠慮しないで」


 遠慮では無いのだが。と、内心で返す。すると、少し悩んだのち、結論が出たのか、カエデはハッと目を見開く。


「ナンバーテン。No.10。10。イチゼロ。イチオー、、イオッ!イオなんてどう?」


 自身の中で勝手に結論にまで達してしまった様子で、カエデは明るく放つ。半ばどうでもいいと言った感情で、No.10は軽く息を吐き了承をする。


「はは、いいんじゃないか?」

「いいよね!?私才能あるかもっ!誰か最近ご出産した方とか居ないかな!?」


 またまたよく分からない独り言をぼやいているが、対するイオはそのシステムに可能性を感じていた。


「名前か、悪くないな。俺が"イオ"という個別認証可能なコードにし、それで伝達を行えば、戦闘中でのコード報告に時間を要さなくなる」


 戦闘中での交流つうしんの中、ナンバーテンというのは、時間の消耗が激しいだろう。そこを、「イオ」という二文字に厳選する事により、戦闘時の時間ロスを減らせるのでは無いか。そんな事を悶々と考えながら、イオは頷く。


「そうすれば、もっと多く作業ができ、効率がいいな」

「何その考え方、、社蓄なの?」

「何故俺の声が聞こえてる、、まさか、通信システムに不備が、?」


 慌てて、イオは耳に手を当て、異常を確かめる。がしかし。目立った異常は検出されなかった。


「なら、なぜだ、」

「普通に口に出してたよ」


 ジト目を向けるカエデに、イオは息を吐いて頭を押さえる。自身の警戒心の無さに、呆れを感じる。確かに、敵であるイオに住処にまで案内し、一見脳が足りない様に見えるが。先程の記憶力と考察力は本物である。故にイオは、思考を巡らす。


ー本当にここはこいつの拠点で、こいつはカエデというのだろうかー


 自身の目論見に気づき、あえて演じている可能性も十分にあり得る。掴みどころの無い相手だけに、気を抜いてしまった。

 俺とした事がと。イオは首を振り、改める。


「いい住処だな。案内してくれたのは嬉しいが、俺の気は変わらない。本部に連行してもらう」


 目の前のカエデと名乗るものは危険だと判断し、イオは命令を口にする。それに、カエデはやはり首を振る。当たり前ではあるが。

 だが、不利なのはこちら側である。中型との戦闘を二回連続で行い、通信システムも分析システムも作動しない。

 ならば、力尽くでとは口では言ったものの、このカエデと名乗るものが力を発揮したら太刀打ちできない可能性が出てくる。


ーやはりここは穏便に済ませ、日を改めて来るのが得策かー


 と、イオの中で結論付け、今はこの拠点が本物であるか、カエデは何者なのかを、上手いこと聞き出す事に専念しようと意識を変える。


「やはりそれは嫌か」

「な、、なんか、嫌、」


 そう目線を逸らすカエデに、怪訝に思いながらもイオは放つ。


「そうしたら、少し、中を見せて貰っても?」

「あ、うん!勿論いいよ〜!じゃんっじゃん見てって!」


 そう笑顔を浮かべるカエデを横目に、イオは快く同意した事に僅かな恐怖を感じながらも、物色を始める。


「...この拠点から、移動する事は無いのか?」

「え、うん。ここは住みやすいし、まだ長くは無いけど、住み慣れてるし。それに、、なんか、ここに居なきゃいけない気がするの」


 カエデの放つ不確定な発言に、イオは少し眉を潜める。だがそののち、住み慣れたという言葉が、ここで過ごしている期間が長く無くとも多かったと。そう示唆していると結びつけたイオは、続けて質問を口にした。


「そうか。住みやすいって言ったな?ここは、、いつから使ってるんだ?」

「えーっと、、うーん。私が目が覚めたのはいち、、に、、二、三か月半くらい前だから、そのくらいかな」

「...目覚めた?」


 書物が並べられた棚から、カエデに振り返ってイオは問う。


「うん。私、それまで何やってたのか覚えてないの」

「!」


 ハッとイオは理解する。この、何も考えていない様子でありながらも核心を突く姿勢は、恐らく記憶が無いのにも関わらず、本来の感覚や鋭さを兼ね備えているという事だろう。

 なんらかの理由で記憶データが破損したと推測される。

 それを思えば、辻褄が合う。だが、やはり、信用に値するとは言えない。

 それすらも演技である可能性は、否めないのだ。


ー確信とは言えないが、ありえない話でも無い。もう少し、詰めてみるかー


 誘導尋問開始と言わんばかりの表情で、心中で呟くと、取り繕って口を開く。


「そうなのか。だが、それなら、カエデという、、名前。というのは、どうして覚えていたんだ?」


 どこかに穴がある。ボロを出すに決まっていると、イオは目つきを変える。が、対するカエデは、特に気にも留めていない様子で「うーん」と零す。


「なんでかは分からないけど、、それだけはなんか覚えてたの。後、何か、青紫色のもの」


ー青紫?ー


「そうか。何かをきっかけに思い出した訳では無いんだな?」


 カエデの発言に疑問を感じながらも、イオはそう返す。それに、カエデは小さく頷くと、少し間を開け驚いた様に顔を上げる。


「え、、あの、もしかして、、私の記憶、取り戻そうとしてくれてるの、?」


 薄ら目に液体を滲ませながら、震えた口で言葉を発する。

 正直、そういう訳では無かったのだが、記憶が無い事が本当であれば本部に連れ帰ってもそれらしき情報は得られないだろう。ならば、結局は取り戻せねばならないのだ。

 自身の、使命のためにも。

 そう考え、イオは頷く。


「ああ。俺は、お前が何なのかを知りたい。そう、言っただろ?」


 いつも通りの淡々とした声ではあったが、その中に、温かみを感じた。

 それに、何故か顔を赤くし、カエデは俯いた。


「あ、、ありがとう、」


 どうしてこんな反応をするのかは不明だったが、やはり演技している様にはとても見えない。


ーやはり、こいつはレプテリヤで、記憶が無いが故にあんな反応を、?ー


 顎に手を当て、イオは考える。

 と、何かに気付いた様に、カエデはハッと顔を上げる。


「あっ!じゃあ、こういうのはどう?私、さっきから助けられてばっかりだから、私が貴方の体を直す!」

「...は?」


 思わず声が漏れてしまった。

 何と言った?こいつは。


「だーかーらっ!私が、貴方の体を、修理メンテナンスしてあげるって言ってるの!」


         ☆


 やはり、カエデは嘘をついていないのだろうか。


『私が|修理(メンテナンス)してあげる!』


 その純粋な言葉に、イオはそう考え直してしまっている。


ーもし、記憶が無いのが本当であれば、記憶を取り戻すのは、、正解なのかー


 目の前のこれが、記憶を取り戻した時。イオという存在は、命の恩人から敵へと急変するのだ。

 いつ記憶が戻るか分からないが故に、いつにも増して不安だった。と、自身が弱気になっている事に気づき、ハッとする。


ーいや、俺とした事が、、俺は、どんな事があろうとも、レプテリヤを駆除するのみ。相手が強大な力を秘めていようとも何も変わらないー


 ただ怖いのは、これ程の大掛かりな行動をして情報を掴めなかった時のみである。と、一度息を吐いて、意識を改める。

 すると


「そろそろ暗くなってきたね」


 入り口である戸を開け、カエデはそう呟いた。


「そうだな」


 内心、早急に本部に帰還したいのだが、その間に逃げられても困る。親が気づき、戦闘員が探索に来る事を願おうと、イオは目を瞑る。

 現在、カエデによる必死の、学習をしながらの修理により、腕の修復作業が行われている真っ最中であった。

 棚に置かれた書物の種類は豊富であり、機械類の修復作業に適したものも存在していた。


「...お前、いつもこんなーー」

「んっん!」

「...」


 イオが本に目を通すカエデに声をかけると同時。言い終わるよりも前に咳で遮られる。すると、カエデは口の辺りを膨らませ、言葉を区切って放つ。


「カ、エ、デ!」

「あ、ああ。その、カエデ。いつもこんな感じで作業してるのか?」

「うん。記憶が無い私は、名前と文字以外の知識は無かったの。そこでこれっ!この地下室に奇跡的に置かれていた本の数々でっ、ある程度の知識は会得したってわけ!」


 えっへんと胸を張るカエデに、部屋の家具を見渡しながら感心の意を見せるイオ。


「これで、ここまでの知識を得たのか」

「えへへ〜、どう?凄いでしょ!」

「...これ程までの知識を得ておいて、記憶は戻らなかったのか?」

「う、」


 ジト目を向けるイオに、カエデは押し黙る。だが、これは好都合だった。あの場で記憶があった場合、自身のみの状態で、通信システムも持ち合わせていないイオは、その存在すら報告出来ずに廃墟されていたところだろう。これまで記憶が戻らなかった事を幸運に思うべきだろうか。

 どちらにせよ、記憶を取り戻す前に本部に報告を行い、記憶を取り戻してから捕獲。それが、ベストな作戦だろう。

 タイミングが最も重要となる作戦だ。

 悶々とカエデの処理方法を考える中、当の本人であるカエデは本を閉じて口を開く。


「イオは、今日はどうするの?」

「...」

「ねぇ!イオ!」

「あ、ああ。俺か」


ーそういえばイオと呼ぶ事になったんだったなー


 反応を示さなかったが故に、カエデはまたもや怒ったように頬を膨らませた。内心、めんどくさい奴だなと息を吐く。

 正直、一番関わりたく無い類だ。

 それ以上何も発さないイオに痺れを切らし、カエデは改めて放つ。


「この後どうするか決まってる?」

「ん?いや、今メンテナンス中だからな。撤退するにも戻れんだろう」

「あ、そか、、私のせいか、」


 自身が引き留めてしまっている事にようやっと気づいたカエデはそう唇を尖らす。それに、一度息を吐いたのち、イオは目を逸らして告げる。


「いや、それを受け入れたのは俺の方だ。お前が気にする必要は無い」

「イ、、イオ...」


 イオの返しに、そう声を漏らした。と思ったのち。


「お前じゃ無くてカエデ!」


 と付け足す。


ーああ、、めんどくせー


 叱るように言うカエデに、イオは首に手をやる。するとふと、カエデが何かに気づいたように顔を赤らめる。


「あ、、じ、じゃあ、、今日、ここに泊まってくって、、事、?だよね、」

「ん?泊まる、、とは?」

「と、泊まるっていうのは、その、ここで寝泊りするって事で、」

「ああ、そうだな。俺は今この状態だ。寝るのはここになるだろう」


 イオがさらっと告げると、カエデの顔の赤色がみるみると増していく。その尋常では無い様子に、何かが起こると予想したイオは退く。


「な、なんだっ!?」

「へっ!?そ、そんなっ!何もしないからっ!襲わないよ!」

「そ、そうか、」


 どうやら、記憶が戻ったわけでは無いようだ。だが、だとしたらどういう事だろうか。


「い、一応、、ロボットだけど、男、だよね、?ロ、ロボもそういうのあるんだろうか、、」

「な、なんだよ」


 じーっと見つめるカエデに、イオはジト目で返す。何を言っているのかは不明だったが、害はなさそうなため、安堵する。


ーまさか、向こうにも分析システムのようなものがあるのか、?俺は初期型だから、情報が拡散しようとも大した損害は無いとは思うが、、要注意だなー


 と、イオがそう考える中、カエデは何か結論に至ったのか、息を吐いて目を逸らす。


「い、いいよ、、今日は、泊まって、」

「...」

「な、何、?」


 ドキドキとした様子で、上目遣いをしてこちらを向くカエデに、淡々と伝える。


「いや、泊まらせているのはそっちでは?」

「〜〜〜っ!違っ!違、わないかも、だけどっ!そういうのじゃっ!て、てか、そっちじゃなくてカエデ!」


 またもや怒りを見せるカエデに、イオはなんだか厄介な事になったと。額に手をやった。


          ☆


「そういえば、寝るって概念ロボットにあるの?」


 両腕の修理が完了し、小さな豆電球のみの灯りに照らされた部屋で就寝の準備を始めるカエデは、ふと疑問を口にした。


「ああ、基本的には充電をしながらスリープモードになる事を意味するが、目を瞑り、機能を一時停止する事を考えると寝るのと変わらないんじゃないか?まあ、ハイブリッドは感覚で寝てるという話もあったな。レプテリヤも同じように、そうやって寝ると聞いたが」

「だからっ!私はレプテリヤとかいうのとは違うから!」

「それじゃあ寝方が違うのか?」

「う、、一緒、だけど、」


 そうぼやいて俯くカエデに、イオはハッとする。この質問は問題だっただろうか。レプテリヤだと思い出させる発言は、本部への通達前は控えた方が良いだろう。と、そんな事を考えた矢先、カエデはバッと顔を上げて声を上げる。


「もう!揚げ足取るならもういいっ!寝ちゃうから!」

「ん?お、おお、」

「本当に寝ちゃうからねっ!」


 カエデはそう放つと、奥から出した布に包まって横になりそっぽを向いた。


「...」


ーなんだったんだ?ー


 動揺、というか、意味が分からないといった様子で息を吐くイオは、仕方がないと。豆電球を消し、自身もスリープモードに入るのだった。


「...ね、ねぇ、?」


 そんな、静寂に包まれた、入り口である穴から月の光のみが降り注ぐ部屋の中。カエデは小さく呟く。


「イオ、、イオってば、、も、もう寝たの?」


 確認を口にしても、返事は無い。どうやら、熟睡してしまっている様だ。


「もう!何も無いじゃん!」


 カエデは赤面しそう毛布に包まって叫ぶと、顔を埋めて


「別に、、そういう気があった訳じゃ無いのに、なんだろ、」


 と呟いた。


          ☆


 システムが再開する。時刻は五時という事だ。スケジュールに合わせて構成されているため、スリープシステムは自動的に五時に終了し、再起動するよう設定されているのだ。


「...朝か」


 小さい声で一言目を発すると、周りを見渡す。


ーそういえば、昨日はこいつの住処で過ごしたんだったなー


 昨日の出来事を思い出し、イオは頭に手をやる。が、その時


「!」


 隣で足を棚に置き、左手を体の下に敷いた状態で寝るカエデの姿があった。


ーどうやったらこんな事になるんだ?ー


 動揺混じりにそう思うと、イオはそうでは無いと首を振る。隣でカエデが寝ている。即ち、今が抜け出すチャンスである。その隙に本部への連絡を行い、運が良ければ、カエデが起きる前に戻って来られる可能性もある。

 そう考えたイオは、ゆっくりと出口へと向かう。だが

 ギシッと。

 地上に出るための階段が軋み、音が響き渡る。


「!」

「い、イオ、?もう起きてるの、?早いね、、ふぁ〜」


 口を大きく開けて息を吐き出しながら、カエデは起き上がる。それに、イオは落胆する。


ークッ、仕方がない。もう少し本部側からの応援を待とう。もう少しだー


 そう自身の中で思うようにし、こちらの出来る事を行い始める。


「起きたのか」

「随分早いね。イオはいつもこんなに早いの?」

「ああ。俺はレプテリヤとかとは違って、自動的に起きるように設定されているからな。このくらい早くないと務まらない」


 カエデの問いに、イオは淡々と返す。


「そうなんだ、」


 どうやら、いまいち頭に入っていない様子だ。この状況ならば行けるのではないか。イオは意を決して階段を登る。

 と。


「行かないでっ!」


 袖を掴まれ、カエデはそう声を上げる。


「...」


 それに、驚いたように振り返るイオ。それは、何故かカエデも同じ様だった。


ーやはり俺をわざとここに留めてるのか、?ー


 それならばマズいと。内心で思うものの、今の自分ではどうする事もできない。少なくとも、修理メンテナンスの方は出鱈目では無いため、それが終わってからでも遅くは無いだろうと。イオはため息を吐いて戻る。


「分かった。分かったから離してくれ」

「え、う、うん」


 カエデを押し退いて戻ると、空気を変えようとしたのかふと提案を口にする。


「あ、じ、じゃあ!その、ご飯っ!ご飯にしない?」

「ご飯、?とはなんだ?」


 本棚に向かうイオは、その発言に対し振り返る。


「あっ、そっか、ロボットだもんね、食べないか、」

「ん?ああ、捕食の事か。まさか、お前は捕食系なのか?」

「え?捕食系って何、?って、あとカエデね!」


 またもやレプテリヤを彷彿とさせる内容の話をしてしまった事に首を振りながら、めんどくさい事を言っているカエデを無視させてもらう。


「じゃあ私食べちゃうね!」

「ああ」


 短い会話を交わしたのち、カエデは箱に入った死骸を持ち上げる。その中にはどうやら氷の様なものも入っており、それで保存環境を整えているのだろう。

 と、カエデは火を起こして、その死骸を炙り始める。


「それも本の知識なのか?」


 ふと、疑問に思った思った事を口にする。それに、カエデは頷き顔を上げる。


「確かに、たまに記憶が無くなる前の事を体で覚えてて、感覚で出来る事もあるけど、これは本で学んだんだよ!」


 自信気に微笑むカエデに、イオは「そうか」と返す。すると、カエデは続ける。


「それより、イオは何か、、充電とか、ガソリンとか、そういうの大丈夫なの?」


 それを言われ、ハッとする。

 忘れていたと。

 イオは慌てて服を脱ぐ。


「へっ!?な、何してるのっ!?」


 その行動に、カエデは何故か赤面し、手で顔を隠す。


「え?あ、ああ。その、お前の言ってた燃料に関してはまだ大丈夫なんだが」


 と、そう放ってイオはーー


 自身の腹部を開いた。


「えぇぇぇぇぇっ!」

「...そんなに驚くか?」

「そ、そりゃあ!ぐ、グロ注意だよぉ、」


 目を剥くカエデに、イオは逆に動揺し返す。我々戦闘員は日常茶飯事ではあるが、どうやらレプテリヤには耐性がないらしい。

 腹や手が開く事は無いため当たり前ではあるのだが。

 と、そんな思いを巡らせながら、「それ」を取り出す。


「な、、何、?それ」


 手で顔を隠しているのにも関わらず、指を開き、顔を覆う意味を成していない状態で、カエデは興味津々に疑問を投げかける。


「ん?ああ、これか、、これは、爆弾だ」

「えぇっ!?」


 適当に言ったのだが、どうやら信じ込んでしまったらしい。カエデは距離を取り、息を切らしている。純粋な面が逆に心配になる。だが、これは好都合だ。凶器を所持している事を認識させ、服従させればと。そう考えた矢先。


「って、どう見ても爆弾に見えないけど、、それ、バッテリー?」

「っ」


 何処で得た情報だ、と。イオは息を飲む。自身の修理を行える資料が本棚に入っていたのだから、注意すべきだった。詮索され、迂闊に辻褄の合わない、寧ろ自分の首を絞める様な情報を吐く前に、事実を述べなければと。イオは無理矢理口角を上げる。


「ハハ、ほんの冗談だ。いや、毎朝バッテリーを取り替えなきゃいけなくてな。まあ、長く使用すると膨張して、発火して爆破する面を考えると爆弾はあながち間違ってないが」

「へぇ〜、、って、そのバッテリーの替えはあるの?」

「長期戦や、遠征を行える様、合計で二つ程積んである。もう片方が無くなったら終わりだな」


ーま、その前にお前を確保するつもりだがー


 そう胸中で後付けし、腹を閉じる。

 そんなイオに、カエデは「そう、なんだ」と小さく呟き視線を逸らした。


「罪悪感を抱いているなら帰らせてほしいのだが」

「えっ!?あ、う、うぅ、ごめんなさい」


 イオの言葉は図星だった様で、カエデは俯く。だが、それ以上カエデは何かを言う事はしなかった。そんな姿に、イオはまたもや脳内で呟く。


ーどちらにしても、まだ帰ることは出来ないがー


 すると、慌てて話題を変えようとしたのか、カエデはあっと目を見開き冷や汗混じりに話題を振る。


「そっ!そういえばっ、昨日は寝られた?」


 そう話を逸らしたものの、それを放ったのち、カエデはハッと何かに気づき小さく付け足す。


「あ、でも、ロボットだからそういう概念無いかな、?」


 思わず口走った事に、またもや唇を窄ませながら、カエデは問う。が、イオはほんのり微笑む仕草を見せる。


「いや、あくまでその状態はスリープモードであり、シャットダウンしてるわけじゃ無いから、気が散る時はある」

「あっ、そうなの?そ、それじゃあ、もしかして、いつもと違う場所だし、気が散っちゃった?」


 無邪気に、だがどこか不安そうに上目遣いで疑問を放つ。


「いや、久しぶりに安眠出来たよ。ありがとう」

「そっか!良かった!」


 その返答に、カエデはパァッと表情を明るくして返す。レプテリヤは寝る事に関してそこまで配慮しているのかと。相手を気にする姿に、これが本当のものであるかを疑うと同時に、本当であった時の異常性を感じる。

 そう思考を巡らしながら、自身の体を開いて点検をする。これは、毎朝のルーティンなのだ。そんな姿を見ながら、カエデは自分のお腹をペタペタと触る。


「どうした?」

「へっ!?べ、別に、、真似、してみちゃっただけ」

「...」

「...え、?」

「...あっそ」

「えぇっ!?ちょっ、ちょっと雑過ぎない!?面倒くさい彼女をあしらう時みたいだよ!?」


 ほんのり顔を赤らめ声を上げるカエデに、イオはため息を吐きながら、席を立つ。


「彼女とかいうのは意味が分からないが、面倒くさいのは一致してるぞ」

「えっ、えぇ!?そ、そんな風に思ってたの!?」


 うるさい声から逃げる様に、イオは本棚を物色する。カエデはこの場所でゼロからこれ程までの情報を得ていたのだ。カエデが記憶を取り戻さなかった点と、先程のレプテリヤを前に恐怖を覚えていた点を考えると、レプテリヤの情報はこの本棚には無い事が予想できるが、何か手がかりになるものがあればと、イオは一冊の本を取り出し開く。

 その様子に口を噤んだカエデは、少しの間イオを眺めたのち、小さく呟く。


「ねぇ、その、本には驚かないの?」

「ん?ああ、本部で紙媒体のものは目にするからな」


 イオはその本に視線を落としたまま返す。それに、カエデは首を傾げる。


「でも、イオはロボットなんでしょ?なら、紙を使わなくても通信で伝達出来るんじゃないの?ほら、デジタル化が進んでるわけだし、イオみたいなロボットが作業する場なら、今時紙なんて使わないんじゃ」


 カエデの質問に、イオは少し間を開けて放つ。


「ああ。確かに、他の戦闘員はそうしてるみたいだが、俺だけは報告書等を用紙で提出している」

「えっ、なんで?ハブられてるの?」

「ハブる?いや、ずっとそうだからな。何も疑問に思わなかった」


 イオの返しに、カエデは「そう、なんだ」と口を尖らせる。と、その後イオは読んだ本を戻して、新たな本を開きながら「それよりも」と。続ける。


「そんな事より、これ、全部お前が書いたのか?」

「カ〜エ〜デ!」

「はぁ、、で、カエデが書いたのか?」


 イオは、本の白紙の部分にメモ書きの様に書かれた計算式を指差し口にする。


「うん!そうだよ。っていうか、読むの早くない!?もう一冊読んじゃったの!?」


 カエデは元気に返したのち、イオの背後に置かれた本を見ながら驚愕を口にする。


「まあ、俺には分析システムが備わってるからな。活字は一瞬でスキャン出来る。というか、それよりも、これは何かの本を読んで解いたものか?」


 本に目を通しながら話すイオに、カエデは首を振る。


「これはねー、なんか、数学の本があって、その解答を書いた感じ。だから、見ながらっていうのはその通りだけど、解くのは自力だよっ!」


 えっへんと。胸を張る様にして親指を突き出すカエデに、イオは目の色を変える。


「まさか、これ一人で?なんの解説も読まずに?」

「え、?う、うん。そうだね、、なんか、勘で?かな」

「っ」


 勘というのは不明だったが、予想通りだった様だ。これは凄いものを見てしまったと。イオは本に目を向けながら震える。これ程までの知識量と演算能力。我々戦闘員が集まったとしても難しいものだ。それを、どのくらいの時間を要したかは不明だが一人で、解ききったのだ。

 これは、記憶のみの問題では無いと。イオは本を閉じて棚に戻すと、勢いよく振り返る。


「悪いが気が変わった。強引にでも本部へーー」


 イオがカエデに腕を掴もうと、ズカズカと足を進めた。と、同時。


「えっ、あぁっ!?やばっ!」


 カエデは火を通し過ぎたがために真っ黒に変化した死骸に気づき、慌てて取ろうとするがしかし。


「あっっつ!」


 カエデは慌てて素手で持ち上げたが故に体を震わせ声を上げる。それと共に。


「っ!」


 対するイオも、カエデに向かう際に岩に足を躓かせ、バランスを崩す。


「えっ、へっ!?」


 故に。


「クッ、、俺とした事が、」


 そう呟いた瞬間、認識する。手に、柔らかい感触を覚えている事に。


「へ、えぇっ、えぇ、〜〜〜〜っ!」

「?」


 どうやら、カエデの胸の辺りにある、盛り上がった部分に手を置いていた様だ。

 予想外だ。これが、柔らかいものだったとは。ここまで近くでレプテリヤ観察し、触れる事は無いだろう。そう考えたイオは続け様に他の場所にも手を伸ばすが。


「変態っ!」


 頰に、鋭い痛みが走る。どうやら、カエデに殴られた様だ。


「っ!マズいっ!」


 触れた事で記憶を取り戻したかと。イオは戦闘体勢に入ったカエデと同じく退き、戦闘システムを始動する。

 だが。


「〜〜〜っ!」


 何やら先程触れた胸部を腕で隠す様に組み、体を退けている。


ー向こうも様子を伺ってるのか、?ー


 分析システムが機能しないがために、イオは動揺を見せる。と


「...何、?」

「...え、」

「...なんか言えば、?」

ー何かとはなんだ、?ー


 イオは理解し難い状況に、首を傾げる。

 その様子では、記憶を取り戻した訳では無いのかと。イオは僅かに足を踏み出す。


「...記憶が戻った、、訳じゃ無いのか?」

「えっ、」


 何故かイオよりも驚愕し、動揺してカエデは声を漏らす。だが反応を見る限り、そういう事では無さそうだった。


「どうやら戻って無いみたいだな」

「う、、うぅ、、なんか、ちょっと、、あと少し、な、何か、、」

「思い出せそうなのか?」

「ああっもう!話しかけないでよ!分かんなくなっちゃったじゃん!くしゃみと一緒!」

「あ、ああ、悪い、」


 最後に放たれた単語の意味は理解出来なかったが、どうやら後少しで思い出せそうだった様だ。一体何が引き金になったのかは不明だが。


「ていうか、話逸らさないでよ。その、、セクハラしといて、」

「なんだ?セクハラとは」

「う、、はぁ、」


 どうやら、話しても意味がないと感じたのか、息を吐くカエデ。

 と、思われたが、直ぐに顔を上げて続きを放つ。


「そんな会って間もない乙女の胸を触ったら駄目なんだよっ!...別に、し、親密になったら良いとかじゃ無いけど、」

「...は、はぁ」


 やはり、独特の単語を使う様だ。乙女というものが何かは分からないが、レプテリヤの中で胸部を触るのは禁止されているのだろう。そう自身の中で結論付け、イオは吐息の様な返事と共に頷く。


「あっ、分かってないなぁ!?」


 カエデが少し頰を膨らませて怒りを露わにするものの、それどころでは無いと。イオはふと思い出し、口を開く。


「いや、それどころじゃ無い。さっきの演算能力は異常だ。悪いが本部に来てもらうぞ」

「えっ、、そ、それって」


 不安げに呟くカエデに、イオは真剣な表情で促した。


「ああ。ここに寝るというのも、共に話すのもこれまでだ。大人しく同行してもらうぞ」


          ☆


 ガラガラと瓦礫を退かしながら、カエデに案内された道を戻る一行。前を突き進むイオとは対照的に、カエデは寂しそうな表情を浮かべていた。


「...」

「…ちゃんと付いて来られてるか?」

「…う、うん。そ、それにしても、昨日案内したばっかりなのに、凄いね、、帰り道覚えてるの?」

「記憶システムが充実してるからな。レプテリヤと違って」


 と、口ではそう放つものの、ついて来ている様子を装ってはいるが、恐らくカエデも同じく覚えているだろう。やはり、早急に本部へ連行しなければと。イオは足を早める。

 が、その瞬間。


「ギィィィィィィッ!!」

「「っ!」」


ーレプテリヤ!?ー


 小型のレプテリヤが数体現れる。俺とした事がと。イオは歯嚙みする。

 カエデはレプテリヤである以前に、レプテリヤを引き寄せる存在である事を忘れていた。この調子でレプテリヤが出現し続ければ、自身の体がもたないだろうと。イオは考えるがしかし。


ー俺の使命はレプテリヤの駆除だー


 そう目つきを変えて腕からガトリングを出現させる。


「キャッ!」

「ギヤァァァァァァッ!」


 ガトリングを、レプテリヤの群勢を避けながら打ち込む。


ークソッ、数が多いなー


 空中に飛躍しながら、イオはそう歯を食いしばる。のでは無く、寧ろーー


 笑みを浮かべた。


「全部、消すっ」


 そう呟くイオに、カエデが眉間にシワを寄せると同時。ジェット噴射を利用し、レプテリヤの口から放たれる液体を避ける。


ーあれは、、胃液か。こいつらはまた蟲型。獲物を胃酸で溶かしてから葬るタイプかー


 分析システムを始動し、コアの場所を確認する。その後


「お前ら小型相手には今の俺で十分だ。全部爆ぜろ。サーチスパイラル」


 そう声を上げると、イオの肩からは発射装置が現れ、そこから追尾型ミサイルが放たれる。


「「ギャィィィッ!!」」


 一体。

 また一体と。

 イオは平然と。いや、寧ろ楽しむ様に全てを駆除する。

 その姿に、ただカエデは唖然としていた。どこか胸騒ぎと虚しさを感じながら。


「っと。悪い、手間をかけた」

「う、ううん、、大丈夫、」

「?」


 その、どこか元気の無いカエデの姿に、僅かに首を傾げたイオだったが、次の瞬間ーー


「キュルルルルル?」

「「?」」


 背後から音が発せられた事に気づき、イオのみならず、カエデも共に振り返る。

 と、そこには。

 とても小さな。

 小型、よりも更に小さいレプテリヤが、瓦礫の陰に隠れて震えていた。


「わっ、可愛い〜!」


 突如として、カエデの顔に笑顔が戻る。その昂る感情のまま、カエデはパタパタとそのレプテリヤに近づく。

 待て。と、危険である可能性が否めないため止めようとしたイオだったが、分析が完了しその個体の詳細を理解したため口を噤む。

 そう、その小型より更に小さいカエデ。よりも小さい、三十センチ程の獣型レプテリヤは。

 見ての通り、産まれたばかりの、赤ん坊だった。


「怖くないよ〜。よしよし〜」


 わしゃわしゃと、怖がるレプテリヤに優しい言葉をかけながら、慣れた手つきであやすカエデ。

 首元を優しく触られたレプテリヤは、その意思が伝わった様に優しい目つきへと変化し、気持ち良さそうに声を漏らした。


「クゥゥ〜」

「おお!この子慣れてるみたい!それとも、私が上手いのかな?」


 満面の笑みで、カエデはそのレプテリヤを撫でる。まるで愛情が破裂した様に。

 そんな微笑ましい光景に、イオはゆっくりと近づく。


「イオもどう?いきなり頭じゃ無くて、背中とか、首元とか触ってあげると気持ち良さそうにするよ!ほらっ、ふわふわで可愛いよ〜。あっ、でも、イオ嫌われそうだね〜、そんな雰囲気するし。いまーー」


 笑いながら、イオを茶化す様に放つカエデが、言い終わるよりも前に。


「ギャイッ!?!?!?」

「へ、」


 バシュッ。という音と共に。

 その、先程まで目の前にいた可愛らしい容姿のレプテリヤが、まるで原型のない、塊へと。青緑の液体を噴き散らしながら爆散する。

 イオが蹴り上げたのだ。その、小型レプテリヤに致命傷を与えられる程の、脚で。


「...」

「...なんで、」

「...俺の任務はレプテリヤの駆除だ。それをただ実行しただけだ」

「なんでよ!?」


 真っ当な理由を述べたはずなのだが、カエデは声を荒げる。


「なんで殺しちゃうの!?なんでっ!?別に悪い事してないじゃん!なんでよっ!なんで何もしてないのに殺すの!?」


 イオの硬い腹を必死で殴りながら、カエデは声を上げる。


「...だから、理由はさっき話しただろ。任務だからだ。レプテリヤを駆除し、カサブランカを防衛する。それが本来の俺の使命であり、生まれた理由なんだ」

「っ!だ、だったら、私も殺せばいいじゃん!」


 カエデの唐突な発言に、イオは目を丸くする。


「私だってレプテリヤだと認識されてるんでしょ!?本当はそうなんでしょ!?だったら殺しなよ!イオの任務とかいうのが、そんなに大切なんだったら、さっさと全うしなよ!」

「...」


 そんな事が出来たらとっくにしていると。イオは内心で呟く。本来であれば、出会った時には既に駆除していただろう。だが、親達の会話から、ヒト型の需要は高く、重要なものである事は容易に理解出来た。

 だからこそ、駆除は出来なかったのだ。

 我々戦闘員の一日の記憶は、記憶データとして保存されており、そのログを提出しなければならないのだ。その日何があったのか、何を為し得たのか、逆に何を行ってしまったのかなど。事細かに伝達されるのだ。

 故に、カエデという重要な資源を前にし、何の成果も得られず駆除したとすれば、恐らく大きな失態だろう。父の部屋の件もあり、既にイオは本部内で、悪い意味で名前が広まっている。これ以上失態を犯すわけにはいかないのだ。


「殺してよ!さっさと殺して!」

「...悪いが、、それは出来ない」

「なんでよっ!?なんで私は殺せないの!?なんで!?なんでっ、、なんであの子は、、殺しちゃったの、」

「っ!」


 目から透明な液体を流し始めるカエデに、イオは焦りを覚える。

 レプテリヤに感情移入している、と。

 この場でこの状態ならば、本部に着く頃には記憶を取り戻していてもおかしくはないだろう。


ーそんな事になれば、強大な存在。ヒト型のレプテリヤを本部へ運んだ出来損ないしっぱいさくとして俺が廃棄リコールされるー


 カエデの必死の言葉を流しながら、イオは頭を悩ませる。

 連れて行くのはマズイか。

 だが、連れて行かないのも問題ではないか、と。


「ねぇ!聞いてる!?ふざけないで!こっちは命の話をーー」

「分かった」

「え、」

「こうすれば良かったんだ。最初から」


 イオが小さくそう呟いた、次の瞬間。


「なっ、何すんの!?」


 声を荒げるカエデを、ひょいと持ち上げると、燃料に底が見え始めているジェットを起動する。


ー残りが厳しいが、本部までの距離ならなんとかなるだろうー


 そう胸中で呟くと、イオは中型のレプテリヤとの交戦時の様に。カエデを持ったまま飛躍する。


「やめてっ!離してっ!」

「おい。大人しくしろ」


 バタバタと暴れるカエデを、必死で押さえつけながら、イオは滑空する。


「ねぇ!?聞こえないの!?降してって言ってんの!触んないでよ!...ひっ」


 どうやら「下」を見てしまった様で、カエデは息を飲む。


「う、降してっ、、早く!...うぅ、あた、、まが、」


 先程とは対照的に、カエデはイオの服をギュッと掴む。どうやら、強引に連行する事は出来そうだ。後は、燃料と記憶の事さえ注意していれば。

 そうイオは意識を集中させ、目つきを変えた。

 刹那。


「ガハッ!?」

「えっ!?」


 突如。

 下から現れた巨大な「何か」に激突し、イオはバランスを崩す。それにカエデは驚愕の表情を浮かべるものの、対するイオは当たりどころが悪かった様で、そのまま降下し地面にその勢いのまま激突する。


「グハッ」

「キャッ!?」


 そのスピードも相まって、イオは何度も擦るびく様に地面を転がるが、反射的なものなのか。本能的なものなのか、カエデに被害を与えぬようギュッと。守る様に抱え込んでいた。


「ガファッ」


 故に、全てのダメージがイオに与えられ、血を吐き出す。その姿に、思わず苛立ちを感じていた事も忘れ、カエデは声をかける。


「イオ!?イオッ!?大丈夫!?しっかりして!」


 必死に体を揺さぶりながら、カエデは懸命に声かけを行う。だが、イオから言葉は返ってこなかった。


「...嘘、、やだよ、イオ!」


 辺り一面崩壊した地に一人残されたからか、否。もっと感情的な面により、カエデは目に涙を溜めて声を上げる。それでも尚顔を上げないイオに、カエデは息を漏らしながら、恐る恐るイオが"こうなってしまった"元凶である、巨大な「それ」に目を向ける。

 そこには。


「グギャァァァァァァァァァ!」


 巨大な、レプテリヤと思われる生き物が咆哮を放っていた。


「へ、、嘘、でしょ、」


 動物の本能というものだろう。巨大で強大な生き物を前に、カエデは自身が捕食されると。これには及ばないと。脳が、身体が理解をし、勝手に震え死を覚悟する。どうやら、本当に身の危険を感じた時や、死を覚悟した時。体は動かないもののようだ。

 そう、脳内で理解しカエデはイオの手をギュッと握り、同じく目を瞑る。

 と、その時。


「っ」


 ふと、レプテリヤの鳴き声によりシステムが再起動したのか、はたまた使命であるからか。イオは突如として顔を上げ、カエデを見据える。と。


「っ!イ、イオ!イオッ、、よかった、、」


 今にも泣き出しそうに顔をくしゃくしゃにしながら、カエデはイオに抱きつく。

 それに、イオは混乱する。現状の理解が出来ていない上に、先程身体に触れたがために反撃されたのだ。それが、今はどうだろう。自らがイオに抱きついている。理解ができない。

 そう首を捻った直後、イオはこれに至る経緯を思い出し、目を見開く。


「そうだ。俺は何かに激突して、、っ!」


 そう呟き、振り返ると。その先には、カエデの見たレプテリヤの姿があった。四足歩行でありながらも、前足を浮かせて雄叫びを上げている。レプテリヤ特有の、無造作で規則性のない、幾つもの線で埋めつけられた様な皮膚の表面。が、隠れる程の体毛に覆われ、大きく開かれた口内には、鋭く尖り、巨大な歯が。まるで獲物を確実に引きちぎるためかの如く、立派に生え揃っていた。

 こちらを見つめる赤い瞳。鼻から口にかけて、飛び出す形で浮き出ている。

 だが、その何よりも。それの大きさが、尋常では無い。


「そ、そうだっ、、イオ、結構大きいレプテリヤ?が居て、それで、、逃げなきゃって、」


 カエデが震えながらも現状を語る。それを聞き流しながら、イオは分析を行なって青ざめた。


「クソッ、、嘘だろ、こんな時に、」


 息を飲む、その尋常ではない様子のイオに、カエデも同じく畏怖を感じる。と、そんなカエデに教える様に、そのレプテリヤの正体を放つ。


「これは、、獣型だ。さっきのレプテリヤと同じ種類だが似ても似つかない。コイツは」


 そこまで放つと、一呼吸置いてカエデに僅かに振り返り付け足す。


「大型のレプテリヤだ」

「え」


 見た事の無い大きさのレプテリヤに不安の色を見せるカエデ。それと同じく呼吸を荒げるイオだった。が。


「嘘、こんなのが、、イオ。とりあえずここは引き返した方がいいよ。まだ、イオは直った訳じゃ無いし、」


 恐怖を感じながらも的確な判断と発言をするカエデを他所に、イオは一人立ち上がる。


「目の前にレプテリヤが居たら、駆除するのが俺達戦闘員の役目だ」

「だっ、駄目だよ!?今のイオは重傷を負ってるし、さっきの激突でも、、まずその前に修理すら終わってないんだよ、?今は一回逃げて、立て直してからの方が」


 そう声を上げるカエデだったが、イオは耳にも留めずに手袋を弾いた。


「No.10。現在より、大型レプテリヤの駆除に当たります」

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