たとえ枯れても、戦場でもう一度。

加藤裕也

第1話「ハーデンベルギア」

 見渡す限り一面、ヒビの入った土が剥き出すこの星。そんな場所に、たった一つだけ大きく聳え建つ。

 高性能コンピュータシステム。次世代AIが搭載された、大規模施設。

 『カサブランカ』

 全ての機能が、そのAIによって管理されており、戦闘員が報告書等を伝達する際もこの管理システムを使用している。

 そんな施設の通路を、ダンボールを手に持ちながら歩く人物。真っ黒な軍服に身を包み、手には白い手袋。オレンジ色の瞳に、浅い黄色で、センター分けの髪の彼。戦闘員こと、No.10。

 我々戦闘員の使命は、この施設、カサブランカを防衛する事であり、それ故に生まれてきた。

 通路を歩くNo.10は、ふと窓に目をやり息を吐いた。

 窓の向こう、そこに広がる光景は、とても栄えているとは言えなかった。いや、寧ろその逆である。

 地面は剥き出しで、崩壊した建物らしきもの。何かに使われていたであろう、LEDが搭載されていた痕跡のある筒状のもの。そして、建物を支えていたのか、その意味も分からない鉄の棒などが、生命を感じない地面に突き刺さり、乱立していた。

 そこに現れる存在『レプテリヤ』。我々の使命であるカサブランカの防衛。それは、カサブランカに攻めてくる謎の未確認生物。『レプテリヤ』から、この施設を護る事の意であり、主な作業はそれの駆除である。

 と、そう心中で使命を繰り返す最中、横切った部屋の中から小さく「親」の会話が漏れる。


「ヒト型が、近づいていますね」

「前回のやつは小さかっただけに弱々しかったからなんとかなったが、今回はどうだろうな」

「前回とは違い、現在はハイブリッドが居ります。たとえ強大な奴が来ようと、なんとかなるでしょう」

「前みたいな小さいやつはどうする?回収してもらうか?」

「その方が得策でしょう」


 窓の外の荒れ果てた風景を眺めていたNo.10の耳に、聞いて良いのか定かでは無い会話が、無意識に入ってくる。

 そう、親同士の会話は、普段戦闘員が聞いてはいけない。それが我々、戦闘員の掟であり、決まり事である。

 ならば、と。その会話の意味については考えない事が吉だと悟ったNo.10は、何事も無かったかの如く足を進める。

 すると、そんな事を考えている内に、目的の場所へと到達したNo.10は、手に持ったダンボールを棚へと乗せる。


「No.10。番号1682番。配達完了いたしました」

「ご苦労。十分の休憩を取ったのち、次は三番倉庫に七番倉庫の、2382から2394までのものを頼むよ」

「はい。かしこまりました」


 作業はレプテリヤの駆除である。とは言ったが、基本的な仕事内容は、施設内の使用物等の配送である。現在、No.10と要件だけを告げる短い会話をした人物。それが「親」と呼ばれる存在である。

 文字通り、我々を生んだもの達であり、親の言う事に従うのが我々の生きる意味だ。

 先程、親からは十分の休憩をと言われたが、正直その命令が一番困る。

 一つの理由は、「休憩」とは、一体何をすればいいのか明確では無いが故に、それを考える時間を有する、という点である。ならば寧ろ、そんな無駄な十分を過ごすのであれば、次の作業に取り組みたいところではあるのだが、「休憩をしろ」。それが、親の命令である。

 それを再認識したNo.10は、渋々休憩室に足を運ぶ。

 休憩室は割と広く、戦闘員の半分の人数が入れる程の大きさである。

 内装は他の場所と同じく、無機質な電子機器が敷き詰められたような壁や天井をしているが、部屋には無数の机と、それぞれに椅子が二つ三つ置かれている。


ー移動時間に三分を使用した。七番倉庫にはおよそ四分。即ち、俺の休憩時間は実質三分といったところかー


 そんな計算を施しながら、悶々と休憩室の席に座る。が。


「お前さぁ、卵って知ってるか?なんか、そういうのがあるみたいだぜ」

「なんだ卵って」

「分からんが、なんか美味いものなんじゃね?」

「美味いってなんだ」

「書類に書いてあったんだ。そういう感情が存在するらしいぞ!?」

「昨日眠れたか?」

「いやぁ、やっぱ眠れんよ」

「だよなぁ」


 そう、これが、休憩をしろという命令が困る二つ目の理由。


ーうるさいー


 戦闘員の数は、約何百を超える。それが、休憩をしにこの一つの場に集まるのだ。いくら時間を分けていようとも多いのには変わりはない。故に、うるさい事この上無い。

 我々の使命は、親の命令を受けてそれをこなす事だというのに、無駄な私語が多過ぎる。どうしてもっと作業に役立つ会話をしないのか、その方が効率的だというものだろう。

 そんな事を心中で繰り返す内に、僅かな休憩時間である三分間が、終わりを告げる。


ー結局、何もする事が出来なかった。一体、休憩とは何をするための時間なのだろうかー


 息を零して、No.10が立ち上がると、真っ直ぐに七番倉庫へと向かった。


          ☆


 数分後、No.10は三番倉庫の前にできた長蛇の列の最後尾に、またもやダンボールを、今度は荷台に乗せて、それを手に立っていた。


「No.85。番号3542から3554を届けに参りました」


 その列の先頭を歩く戦闘員が、倉庫の前に存在する部屋の隣。壁に直接備え付けられている認証装置のようなものに顔を映して許可を得たのち、倉庫へと足を踏み入れる。

 そう、三番倉庫は極めて貴重なものを扱っていると聞いている。更には、"父"の部屋に最も近い倉庫でもある。

 故に、一度父に許可を得てからで無いと入れない仕組みになっているのだ。

 そのせいか、このような列が毎度の様に出来てしまうのが現状である。作業の効率化を考えるのであれば、何か対策をした方が良いのでは無いかとも思える。

 ちなみに、皆が倉庫に入る前に許可を得るため顔認証を行なっている部屋。この、開くことのない部屋こそが、その父の部屋である。

 そのため、自身を含めた戦闘員皆が、いつも以上に肩が硬直しているように見えた。

 だが、対する父本人は顔は愚か、声すら発する事なく、機材のモニターにチェックマークが現れるかどうかで承認か不承認かを区別している。

 と、そうこうしている内に、最後尾だった筈のNo.10の後ろには他の戦闘員が集まり、目の前に並ぶ戦闘員の数は二、三名程度となっていた。


ーいよいよ俺の番か。今度は"あんなこと"にはならない様にしなきゃなー


 一度呼吸を整え、自身が先頭だと確認したのち、ゆっくりとあの部屋の隣に備え付けられたモニターに顔を映し、口を開く。


「No.10。番号2382から2394を届けに参りました」


ー...大丈夫か?ー


 恐る恐る、内心そう思いながら、要件を口にする。と

 僅かな沈黙ののち、そのモニターには、チェックマークが映り、青色の画面が緑色へと変化する。その光景に、ホッと胸を撫で下ろしたのち、ゆっくりと倉庫へと荷台を押して向かう。

 が、その時、ウィーンという音と共に。開く筈の無い父の部屋の扉がーー

 開かれた。


「っ!?」


 ビクッと。反射的に体を震わせ振り返るNo.10。


ーまっ、またかー


 そう、以前にもこの様に、開ける事が許されていない特別な部屋を、開けてしまったのだ。

 すると、カサブランカ内には警報が流れ、この施設を照らす青白い蛍光は、途端に真っ赤に変化した。


「あ、いや」


 その場で佇み、手を挙げる。こういう時は、言い訳及び弁護もしない方が得策である。

 と、すぐさま親が、凄い形相でNo.10に駆け寄る。


「..っ、はぁ、、お前、またか」

「すみません。私自身、疑わしい行動をしたつもりは無いのですが」

「はぁ、だろうな。んっん!で?今日は何をしたんだ?」


 No.10のボディチェックを行いながら、親は咳払いをして、呆れたように問いかける。


「はい。現在、十分の休憩を取ったのち、三番倉庫に、七番倉庫の2382から2394までのものを運ぶようにと命令を受けたため、こちらの三番倉庫に入室するための許可を頂いていた最中です」

「それで?また許可を取ろうと認証チェックをしただけでドアが開いたと?」

「はい」


 親の質問に、全てを包み隠さず明かしたNo.10。だったが、対する親はそれを受け、何やら俯いて震えた。と、思った次の瞬間。


「それだけでこんな事になるはずが無いだろう!ここは絶対に開けてはいけない大切な部屋なんだ!...はぁ。次からここの倉庫に荷物を運ぶ場合は、このモニターの前に、荷物を置いていくように」

「はい」


 別段何かを行ったわけでは無いのだが、何やらお叱りを受けてしまったようだ。と、親はそれだけを告げると、諦めたように息を吐いてその場を後にした。すると。


「プッ、クフフッ」

「?」


 何やら背後から吹き出す声が耳に入り、No.10は不思議そうに、それが発せられた方向へと振り返る。


「あ、プッ、フフッ、、あ、いや、すいません。でも、先輩この間やったばっかりじゃないっスか。一体っ、今度はどんな手を使ったんスか?凝りないっスね」


 振り返ったNo.10の視線の先。彼の背後には、No.10の後輩であるNo.190が、綻びそうになる顔を無理矢理正して、そう疑問を投げかける。

 青黒い、ツンツンとしたパーマが特徴的な彼は、No.190。

 正直、彼はNo.10にとって苦手な部類である。この軽い性格、私語が多い点。そして、普段真面目に責務を全うしない点だ。

 ハイブリッドだというのに、どうしてその力を発揮しないのかと、No.10は彼に対して呆れとも取れるため息を吐いて口を開く。


「俺が聞きたいくらいだ。他の戦闘員と違う事はしていないと思うんだけどな」

「それでも、バレちゃうもんっスよ」

「だから何もしてないって言ってるだろ」


 事実を伝えるNo.10に、ニヤニヤとしながら返すNo.190。そんな彼に、いつも以上の苛立ちを感じながら、荷物を倉庫の前に置く。

 と、刹那

 またもやカサブランカ内には警報が流れ、施設一帯は真っ赤に染まる。


「まっ、またなんかやったんスか!?」

「...いや、違う。これは」

『ーーレプテリヤ出現。レプテリヤ出現。戦闘員No.5〜No.50までは至急三番口前に集まるようにーー』


 施設内アナウンスと共に、カサブランカ内に多く設置されたモニターには、その標的となるレプテリヤの映像が映し出される。


「えぇ〜!僕また留守番っスかぁ!?」

「今回は人数をあまり要さないみたいだな。恐らく、大した相手では無いんだろう。後の荷物は頼んだ。行ってくる」


 その必要人数と、モニターに映されたレプテリヤの姿を見て、No.10はそう息を吐くと、No.190にそれだけを言い残し来た道を戻った。


「いってらっしゃーい!」


 それに笑顔で手を振るNo.190に憤りを感じながら軽くため息を吐くと、No.10は三番口前に向かって走り出した。


          ☆


 残酷な程綺麗な蒼穹の空の下。集まるよう告げられたNo.5からNo.50までの戦闘員が縦横に並び、隊長の命令に耳を傾けていた。


「今回の相手は中型レプテリヤ一体。ランクはせいぜい中級くらいだろう。今回はハイブリッド無しの戦隊となるが、もしランクの昇格、及び長期戦になる場合は、速やかに親の方へ報告する様に」

「「「はい」」」


 隊長の後押しに、一同は声と態度で返すと、彼の。


「それでは、健闘を祈る」


 という合図ことばと同時に、その場の一同全員が、足を踏み出した。



 大小様々な鉄の塊や岩の数々が乱立する地に、縦35〜40メートル。横50メートル程で、四つの足と、それと均等になるように上へと対極に伸びる触覚。大きく開かれた口には鋭い牙がいくつも生え、その中には薄らと瞳のようなものが写っている。そんな、まるで誰かの落書きの如く、規則性のない幾つもの線で埋めつけられた様な見た目の体をもつ中型レプテリヤが、怒りをぶつけているのか、地面に向かって何度も足を押し付けていた。


「おぉ〜、なんかお怒りみたいだねぇ」

「そんなところに何もいないよ〜」


 レプテリヤの元に到着するや否や、それを視界に収めたと同時に一同は声を上げる。

 No.5から50の戦闘員が集まっては居るものの、その間のナンバーには欠けが生じているため、五十名が集まっている訳ではないのだ。

 そのため、数に限りがあるというのに、と。その様子に、思わずNo.10はため息を吐く。到着したら速やかに報告、対応。それが基本であるというのに、私語を慎むという考えに至らない者達しかいないのか、と。

 No.10は呆れたようにカサブランカの通信システムに接続する。


「こちら中型対応中、No.10。相手は四足歩行の蟲型。見たところ、敵は一体しか発見出来ていません」

『ご苦労、蟲型は目が無数に存在している個体も多い。戦闘員の増援を希望する場合は早急に連絡するように』

「了解」


 通信システムは、報告書作成などとは違い、カサブランカ内のものとは違う独自の回線を使用しているため、早急な接続が可能となっている。

 No.10は小さく本拠地に報告を行うと、嫌々ながらに作戦を促した。


「相手は蟲型レプテリヤ。そして中型だ。全員で一斉に囲って、身動きを取れないようにするぞ」

「「「了解」」」


 No.10の発言に同意の声を上げ、およそ四十五名の戦闘員が一斉にーー

 背中から四つのジェットエンジンが飛び出し、飛躍する。

 滑空を行いながら、皆はレプテリヤの分析を始める。視界に収めたレプテリヤをターゲティング、マークをする事により、分析システムが発動し、その個体の情報を瞬時に取得する事ができる。これもまた、戦闘員に備え付けられているシステムの一つだ。


「捕食系では無さそうだね」

「それは極めて稀なやつだからな」

「っと、やつのコアは腹にあるみたいだ」

「四足歩行の腹は中々ガードが硬い。隙を作らないと厳しいか」

「それじゃっ、これならどうかなっ!?」


 それぞれがレプテリヤに向かいながら会話を交わしたのち、そのうちの一名が手首の関節を曲げて開くと、「内側」からドリルの様なものが飛び出し、それで外殻を削ろうと試みる。が。


「ググッ」

「うわっ、やっぱ効かないかぁ」

「外側は甲殻で覆われてる。目以外の場所に攻撃する場合は、結構重い一撃が必要になるぞ」

「結構重め、、ねっ。なら、あれっきゃ無いでしょ!」


 そう一名が声を上げると、それが合図かのように周りの戦闘員は頷いてレプテリヤを囲むように移動する。


「「プラズマ」」


 レプテリヤを囲んだ戦闘員が同時に地に手を着いて放つと、一斉に電流を流し、標的の動きを鈍らせる。


「ギャァァゥェァゥォェェェァゥッ!」

「ちょーっと大人しくしててねぇ」

「特攻隊No.30から35!頼むぜっ!」

「「「「「「任せろ」」」」」」


 地にプラズマを放ちながら、戦闘員の一名が特攻隊と呼ばれた六名を放つと同時。それを見越していたかのように皆の背後から飛躍して現れる。


「メテオ」

「グェァァァアィァァィァァィィィッ!」


 No.32がレプテリヤの右側半分に手の平を見せ呟いた次の瞬間。手からは目に見えない圧力のようなものを発し、レプテリヤは真上からの圧力の反動により、それを受けていない左側が浮き上がりひっくり返る。


「今だ」

「「「チェーンメタル」」」


 それを目の当たりにしNo.32が呟くと、続いてNo.30、33、35がそう声を放ち両手から鎖を放つ。


「グィィィィィィィィィィィィィィィッ!」


 先端が刃物となっているそれは、見事にレプテリヤを貫通し、三名の戦闘員が三角形になって放つ事により固定される。


「あとは仕上げだな。ジェット、ブレス」

「ジェット、ブレス」


 更に残りのNo.31、34が背中のジェットエンジンを増して、前足と後ろ足をそれぞれ破壊する。


「ヂギガィィィィィィィガァァァァァァァッ!」


 そして。


「「「「「「あとは頼んだぞ。バケモノ」」」」」」


 特攻隊やその他の戦闘員が一斉に、レプテリヤの真上の空を見上げそう告げる。と、瞬間。その見上げたくうに、バケモノと呼ばれた戦闘員が一撃を繰り出すと予期出来る体勢で落下する。


 ーーそう、それこそNo.10である。


「了解」


 短くそれだけ返すと、クールな対応からは予想出来ない程の巨大な、まるで大砲のような物が、腹が開かれ現れる。


「じゃあな。ゴミ」


 小声で吐き捨てるように口にしたと同時。

 爆音と大きな爆発。そして、この一帯全てに渡る、強大な爆風。


「「「くっ、う、ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」」」

「ギィィィィィィィィィィィィィィッ、アァァァァァァァァァァッ!」


 硬い皮膚を持つレプテリヤを粉砕する程の一撃を、間近で食らった一同もまた、一緒に声を上げる。

 ジェットストライカー。

 これがNo.10。彼がバケモノと呼ばれた由縁であり、彼のバケモノと呼ばれる性格を作り上げたのもまた、これによる物だった。

 自身のものであるが故に、既のところで跳躍し難を逃れたNo.10は、全てが終わった地に着地し辺りを見渡す。


「...」


 レプテリヤは形も持たないただの塊りへと変わり、距離を取っていた戦闘員以外。即ちレプテリヤにその一撃を放つために固定していた協力した戦闘員も皆、ただの塊りへと姿を変えていた。


「...こちら中型対応No.10。無事、中型レプテリヤ一体の駆除を完了致しました。犠牲者スクラップはおよそ十四体」

『ご苦労。解析して異常が見当たらなかった場合、速やかに後処理を行いカサブランカに帰ってくるように』

「了解しました」


 塊りとなったレプテリヤを分析システムで確認し、コアの破壊を確信したNo.10は、耳に手を当て、通信システムを起動しそう報告をする。

 何も思わなかった。

 これは、辛い思いを振り切っているわけでも、割り切っているのでも無い。

 ーーこれが、いつもの事なのだ。

 本部への報告を終えたNo.10は、通信システムを解除すると、小さく息を吐く。

 やり切った事による安堵でも、犠牲者に対してのやるせない想いの現れでも無い。ただの、ため息を。

 そんな彼に、不満げな表情で近づく一名の戦闘員。今回の部隊唯一の一桁ナンバー、No.5だ。


「お前、容赦なさ過ぎるって。また、、数名スクラップになっただろ」

「そんな物、また新たな戦闘員を増やせばいいだけだろ。破壊されても変わりは勝手に生まれる。それに、俺のあの一撃だけでぶっ飛ぶ方が問題だと思うが」


 僅かに苛立ちを見せながら放つNo.5に、No.10はやれやれと目を瞑り、横切ろうとする。が。


「...っ!ふざっけんなよ!なんで、、なんでだよっ!そんなんじゃ無かっただろ、、お前の。...お前のせいで、、No.3と4は壊されたんだ!お前のっ、その性格のせいで!」


 感情を抑えられなくなったのか、No.5はNo.10の胸倉を掴み、過去の事例を引き合いに出す。感情なんてものは、不要だというのに。と、それに顔色一つ変えずに、淡々と返す。


「俺のせい?あれは完全に当人の力不足だろ」

「違う!お前のその突っ走る性格のせいで、、No.3はお前を庇って、」

「別にその時はまだ起動していたと思うが」

「その後のお前の無茶な砲撃のせいで、、その風圧で、No.3のトドメを指して、No.4も道連れにしたんだろ!?」

「知るか。風圧にも耐えられない初期型だ。寧ろリサイクルされて、正解だったんじゃないか?」

「っ!お前ぇぇぇぇぇぇっ!」


 No.10の対応に、No.5は声を荒げ殴ろうと拳を振り上げる。がしかし、その拳を構えた、僅かな隙に、No.10はNo.5を蹴り付ける。


「ごはっ!」


 それを受け、空気を吐き出し蹲るNo.5を見下す様に眺めながら、No.10は小さく。


「はぁ、これだから一桁は。あと、隊員をまとめるのも、部隊で一番歴の長い一桁の役割だ。真面目にやれ」


 と呟き、他の戦闘員の元へと向かう。


「後処理班、レプテリヤの死骸を頼む」

「はい。分析の結果、目立った特徴が無かったため、既に実行中です」

「流石だ」


 レプテリヤの後始末は、後処理班と呼ばれるメンバーに託される。分析を行い、変異体であるかの確認及び、改造等の跡の有無。更にはコアを複数持つ個体で無いかの確認をし、それを踏まえて粉々に砕き回収する。それが、彼らの担当である。

 そして、目の前でNo.10に報告を行なっているのが、その中の班長である。

 数分後、後処理を終えた一同は、その確認を行なったのち、一斉にカサブランカへと引き返して行く。

 これが、戦闘員の役目であり、使命である。

 本部に居る場合は、施設内の物流を主に行い、警告が鳴ればたちまち外へ向かいレプテリヤの駆除。

 自分もいつかは戦闘に負け、破壊される日が来るのだろうか。そんな事を考えるなんてことは無かった。何故ならーー


「お前とは二度と同じ部隊にはならない」

「勝手にしろ。それを決めるのはお前でも俺でも無い」


 ーーそう。全てを決めるのは、親だからだ。


 そんな思いに老けていると、背後からまたもやNo.5が歯嚙みしてそれだけを伝えたのち、皆と同じくカサブランカへと足早に戻って行った。


「...」


 その後ろ姿に、小さく息を吐く。この部隊は、どうしてここまで私語が多いのだろうかと。ため息しか出ない。

 そんな小さな不満を抱きながら、首に手をやり最後尾となったNo.10は、戦闘員の後をゆっくりと歩いた。

 が、その瞬間。


「!」


 背後から物音と同時に気配を感じた。辺りは瓦礫が散乱しているため、どこかにレプテリヤが隠れていたとしても気づかない可能性が高いだろう。透視スコープ機能が備え付けられている高性能型が、今回部隊に居なかったため、それは十分に有り得ると、No.10はゆっくりと背後へと振り返る。

 と、そこには。


「な、、なんだ」


 見たことも無い見た目をしたものが立っていた。

 自身と比べても尚小さい体、通常の小型よりも更に小型と言えるだろう。更に、丸みを帯びた体と、腹と思われる場所の僅か上部に膨らみが確認出来る。そして、見た事の無い外皮の色、いや、これは服だろうか、我々の戦闘服のようなものを纏っている。更に、恐らく頭だと思われる場所に、獣型によく見られる毛が見られ、長い触覚が二本下に垂れており、体を縮こませて、僅かに震えている。


ーなんだ、何かを放つつもりか、?ー


 震える体に縮こまる様子。恐らく、開くと同時に何か攻撃を放つと予想したNo.10は、跳躍して後退る。

 が、何もしてくる様子は無い。向こうも様子を伺っているのだろうか。それなら、先手必勝だと、No.10は分析システムを起動しコアを探す。が、しかし。


「!」


 error.

 目の前には、赤文字でそれだけが表示された。


ーなんだこれは、、もしかして新種か、?だとしたら、直ぐに本部にー


「っ!」


 心中でそう無理矢理焦る自分を正して、今度は通信システムを起動しようと思ったその時。

 脳裏に、一つそれが過った。


『ヒト型が、近づいていますね』

『前回のやつは小さかっただけに弱々しかったから』

『前みたいな小さいやつは回収してもらうか?』

『その方が得策でしょう』


 そう、今朝、休憩前に耳にしたあの会話。恐らくこれがそのヒト型というものなのだろう。ヒトというものが何かは分からなかったが、小さいやつと言われていたため、可能性は高い。

 どの"状態"で回収を行えばいいのか不明なため、一度通信システムで本部に話を通す事にしたNo.10は耳に手を当てる。

 と、その時。


「な、、何、、してるの?」

「っっ!?」


 ヒト型のレプテリヤのそれに、思わず目を剥き、自分とした事が、十メートル程の後退りをしてしまった。まさか話せるのか、と。

 レプテリヤにも意思疎通の方法は、何かしらあると踏んでいたが、まさか我々と同じ言語で会話が出来るとは思わなかった。


「お前、話が出来るのか」

「ん、」


 小さく首を縦に振るそれに、No.10は確信する。これは、"生きたまま"回収するべき存在であると。

 それを確信したNo.10は、腕と思われるものを掴み、カサブランカに同行しようと足を踏み出す。が、対するレプテリヤの方は足を動かそうとはせず、動く気配が無い。


「ど、どこに行くの、?」


 不安げに呟くレプテリヤに、頭を掻いて一度深呼吸をし、告げる。


「楽しいとこだ。連れて行ってやるからついて来い」


 嘘を言うのはあまり腑に落ちないのだが、相手はレプテリヤである。そう自分に言い聞かせ、この際仕方ないと割り切る。が、しかし。

 対するレプテリヤは尚も足を動かそうとはせず、逆に、「それ」は何故かこちらにジト目を向けていた。


「な、なんだ?」

「誘い方下手すぎ!今時誘拐犯でもそんな事言わないよ」

「なんだそれは」


 意味の分からない単語が一つ現れたが、どうやらこちらの意図を読み取られてしまったらしい。ならば、仕方がない。


「なら、力尽くで連れていくしかーー」


 No.10が痺れを切らして強行手段へと移行しようとした、刹那。

 轟音と共に、二人の背後からーー

 巨大なレプテリヤが現れた。


「へっ、、な、何、、これ、」

「っ!」


 瓦礫の山を砕いて現れたそのレプテリヤは、それと同時に何か細長いもので、No.10を弾く。


「クソッ、いい時にっ、、助けが来たか」


 それにより吹き飛ばされたNo.10は、バランスを崩しながらも足で着地し、レプテリヤに目をやる。

 相手は、先程と同じく中型の蟲型ではあったものの、今回のそれは。

 六足歩行型だった。

 同じく規則性の無い線の集合体でレイヤードされた皮膚に、無数の目。がしかし。先程のものとは違い、背から四本の触角が伸び、それを鞭のように動かしている。どうやらそのレプテリヤの触角は、ただの物体認識のためのものでは無いらしい。即ち、"十二本の手足"があるようなものだ。

 そうNo.10は瞬時にレプテリヤの分析を行い、こちらに伸ばした触角を跳躍して避けながら、通信システムを起動する。


「こちら、中型の処理を完了いたしました、No.10。処理後、新たな中型が現れたため、現在対応中。また、見たことのない個体を発見。至急、戦員を向かわせてください」

『...』

「ん?」


 耳に手を当て、感覚を研ぎ澄ませるものの、無線の向こうから聞こえてくるのはノイズばかりである。


「こちら、中型の処理を完了いたしました、No.10。新たな中型が現れました。至急、戦員を向かわせてください」


 もう一度、通信システムを使用し伝えるものの、同じく聞こえてくるのはノイズのみである。故に、理解する。


ーまさか、さっきのでー


 そう、先程の触角で弾かれた際、打ち所が悪く、通信システムに異常をきたしたのだろう。

 それを察したNo.10は、小さく歯嚙みしながら更に後退る。


ークソ、少々厳しいな。ヒト型は危害を加えないと想定したとしても、中型相手に一名。これは異例だー


 だが、このまま引き下がるわけにもいかない。ヒト型の存在は、直ちに本部に知らせるべきだろうが、今帰還したら中型を引きつける可能性もあるーー

 レプテリヤの攻撃を交わしながら、奮闘する事数秒。すると、結論が出たのか、No.10は目つきを変えて頷き、突如飛行システムを起動し、足裏が開いてジェット噴射で飛躍する。


「グガァ?」


 間の抜けた声を発するレプテリヤの頭上を飛び越え、No.10は背後を取る。


「ここで駆除する」


 そう放つと同時に、手を前に出す。すると、腕の肘関節の部分から手先までが綺麗に割れ、それが開いたかと思うと、中からガトリングが現れる。と


「グギィィ!?」


 こちらが一体であろうが、相手に足が六本付いていようが、蟲型である事には変わりはない。背後から足を狙い、ジワジワと身動きの取れない状態にしたのち、腹にあるコアを撃つ。脳内プランは完璧である。

 が、しかし。


「グギァァァァァァァァァっ!」

「!」


 どうやら、流石のNo.10でも、一体ではレプテリヤにとって豆鉄砲程度の感覚しか与えられず、叫びを上げた瞬間、振り返るようにして触角を使用しNo.10を弾く。

 No.10は、戦闘員初の、攻撃力に特化した存在。火力にのみ力を入れ、生み出されたと聞いている。即ち、一体で数十名の戦闘員の力を発することが出来る、のだが。

 それとは対照的にーー

 ーー防御力が著しく低い。


「がはっ!」


 触角で吹き飛ばされたNo.10は、その勢いのまま、鉄骨のみとなった、大きな建造物の中に叩きつけられる。

 先程の通信システムの故障もそうだが、彼の外装は脆い作りになっている。内部に組み込まれた兵器の数々を、瞬時に表に出すため、軽量化する必要があったのだ。そのため、普通の戦闘員であれば、これ程までの勢いで飛ばされたが故に、既に戦闘を諦め、帰還する道を選ぶだろう。

 だが、それがNo.10ならば別だ。


「フッ、おもしれぇな」


 各種にヒビが入り、腕の部分、僅かに回路が剥き出しになっているこの状況で、彼は、笑った。

 そう笑って放つと同時、No.10は背後の鉄骨に足を乗せ、噴射の勢いを増して大きく蹴った。


「ぐが?」

「インパクト」


 と、刹那。レプテリヤがこちらに気づいた時には既に手遅れ。

 No.10の腕はレプテリヤの足に当てられ、次の瞬間。

 爆破を起こした。


「グガァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!」


 足の一本を粉砕されたレプテリヤは、もがくようにして叫ぶ。それに目を向けたまま、跳躍し、距離を取ると、No.10は「ふぅ」と息を吐く。


ー爆発物の、ゼロ距離発射は、俺の腕にもダメージが入るから、極力控えたいんだけどなー


 だが、目の前で白い煙を口、と思われる場所から吹き出すレプテリヤの、その足はまだ五本も残っている。バランスを崩せれば良いため、残り三本程度を破壊すれば良いのだが、こちらが保っていられるだろうか。

 レプテリヤを見据えながら、自身の分析を行い、爆発技は残り二回程度だという事を悟る。

 足一本分、足りないのだ。それ以前に、コアの破壊にも使用するため、足の破壊に使えるのは残り一回という事になる。


「クッ」


 思わず歯を食いしばる。と、そんな事を考えていた矢先、No.10の眼前には、レプテリヤの触角が左右に二本ずつ現れる。


「っ!」


 息を飲み、慌ててジェットエンジンを背から出すと、それを避けるように飛躍し滑空する。


ーこっちも厄介だなー


 それを避けながら、分析システムを使用し、触角の動きのパターンを読み取る。上手く飛んで絡ませたいところだが、そう簡単にはいかないだろう。大型ならば、まだ可能性はあったかもしれないが、相手は中型の蟲型。目は至る所にある。

 高度を下げ、足元を滑るように飛び、足を左手から飛び出すバルカンで少しずつ削るも、どうやら手応えは無い。


ー仕方ない。やってみるかー


 周りを飛び回り、急所を探すも、見つからないが故に、No.10は未だ行っていない技に可能性を賭ける。そう目つきを変え上手くレプテリヤの顔の下に回り込むとーー


「バーストカッター」


 バスっと。鈍い音と共に、No.10は足裏から放つジェット噴射と、背から吹き出すジェットエンジンを多用し、巨大な刃物を足から出して勢い良く蹴り上げる。


「グギィィィィィィィィィィィィィッ!」


 上手い事命中したようだが。致命傷にはなっていない様子である。


ーやっぱり、顔と口にある目の半分の機能を劣らせる程度しか効果は無い、かー


 場所は正確だったがために、No.10は少し表情を曇らせる。


「仕方ない」


 すると、No.10はそれだけ呟き、今度は高く高度を上げて手足を広げる。


ー固定、してみるかー


 ダメ元だと言わんばかりに息を吐いたのち、口を開く。


「チェーンメタル」


 声を零すと共に、No.10の背中からは四方向に鎖を放つ。No.10にも、一応と言わんばかりに備え付けられているが、特攻隊と比べて、強度は低く、鋭さも足りない。更に、同時に出せる数は最大四本までである。


「ギィィィィィィィィィィィィっ!?」


 そのため、現在五本もの足を持つレプテリヤには無力。軽々と足を動かし、触角を振り回し、見事に鎖を断ち切ってみせる。


「これも駄目か」


 爆発技は、なるべくコアの破壊に全てを注ぎたいと、No.10はジェットを活用し、レプテリヤの周りを飛んで甲殻を削っていく。


ー時間はかかるが、ガトリングをし続ければなんとかなるかー


 ほんの僅かに、外側の殻が砕け、小さな破片が飛び散るのを目視し、「それ」を確信する。

 が、そんな事を思った矢先。


「っ!」


ーマズいー


 飛び回るNo.10の目の前に、二本の触角が現れる。背後から狙う、残り二本の触角に意識が集中していたために、気がつかなかった。


「クソッ!」


 必死の抵抗だった。ジェットエンジンを活用しようとも、腕のガトリングや足の刃物を使用しようとも、これは逃れられる代物では無かった。そのためにNo.10は今ーー

 手から、ミサイルを飛ばした。


「グウェェェッッ!?」

「クッ!」


 爆破により漂う煙の中から、反対の腕で顔を隠して、煙を裂く様にしてNo.10は抜け出す。と、No.10は飛行しながら、二回目の爆発物系統の攻撃をした事に歯嚙みする。

 自身に被害の及ぶ距離であるならば、ゼロ距離で無かろうが関係はないのだ。

 即ち、残り一回。

 確かに、爆発物のゼロ距離射撃は三回までとは言ったものの、三回目の攻撃を自身にも受けたら、既に活動停止リコールが訪れるだろう。つまり、相討ちになる、ということだ。

 極力、それは避けたい状況だった。レプテリヤ共々活動停止となってしまった場合、人型を捉え損なうという結果に結びつくためだ。


ーコア破壊は遠くから狙いたいところだが、流石に厳しいな。いや、それ以前の問題かー


 No.10は心中でそう呻くと、あまり気乗りしない様子ではあったものの、仕方がないと。息を吐いて割り切り、中型レプテリヤに標準を合わせて飛躍していた彼は、瞬間向きを変える。

 そう、体を向けたその先は、先程本部へ連れて行こうとした「それ」。

 ヒト型のレプテリヤだった。

 即ち、目の前のレプテリヤの駆除よりも、人型レプテリヤの回収を優先するという事だ。

 が。


「なっ!?」


 体及び、視線をそちらに向けたその瞬間。No.10は思わず目を剥き声を漏らす。

 そう。そこには、先程まで縮こまる様にして俯いていた筈のレプテリヤの姿が、何処にも無かったのだ。


ー逃げられたかー


 我ながらしくじったと、No.10は拳を握りしめる。


「!」


 と、それと同時にこちらに向かってきた触角を既のところで避けながら、脳内で分析する。


ーあれは小型だっただけに、まだそう遠くには行ってない筈だ。小型は、生命反応により、反射的に"逃げる"よりも、"隠れる"事を優先するはず。...いや、待てよ。だが、ヒト型の生態を完全に把握していない今、あいつがどんな事をしてくるか分からない。もしかすると、足や何かをまだ隠していて、速度は速い可能性もー


 それを思うと瞬間、No.10はまたもや歯軋りして項垂れる。もしそれが本当だったならば、既にヒト型を見つけるのは不可能に近いだろう。このチャンスを逃した事は大きなミスだと、No.10は悔しさから拳を握る力を強める。

 と、刹那ーー


「ギゥアァァァァァァァァァッ!!」

「!?」


 中型レプテリヤの咆哮によって我に帰ったNo.10は、今現在の自身の状況を理解する。

 目を見開いて振り返った先、既に二本もの触角が塊になり、自分の横腹にぶつかろうとしていた。それに気づいたNo.10は「マズい」と、身を捩り避けようとするものの、時すでに遅し。何も対抗出来ずにNo.10はーー

 ーー勢いよく、大きく吹き飛ばされた。


「ぐぅっ!?ガハッ!」


 地に勢い弱まる事無く叩きつけられたNo.10は背中の塗装が剥がれ、既に内部回路が表に剥き出しになっていた。


ークソ。俺とした事が、考え事で作業を疎かにするなんて。マズいな、このままじゃ何も為し得ないまま活動停止リコールする事になるー


 それだけはなんとか避けなければならないと、No.10はゆっくりと立ち上がるが、しかし。


「っ!」


 どうやら、右足のジェット機材が故障してしまった様だ。これ程の損傷だ。寧ろ、左足が無事だという事に驚く。

 だが、これでは宙へ逃げられないが故に、No.10は頭を悩ませる。普段ならば、迷わず攻撃をしているのだが、現在の自身の体を考えると、自分の攻撃によって、自身に損害を与える可能性が高いのだ。


ーどうする、、よく考えろー


 辺りを見渡しながら、次の一手を考える。が、そんな猶予は与えないと言うかの如く、レプテリヤはこちらに向かって近づき、更にその勢いのまま触角を伸ばす。


「っ!マズーー」


 その光景に、思わず声を漏らした。

 その時だった。


「や、やめてぇぇぇぇぇぇっ!」

「え、」

「グギュゥ!?」


 No.10の目の前に、何者かが割って入る。どうやら、救助が来てくれたようだ。良かった、と。No.10は既のところで功を奏した事に、安堵の息を吐く。

 が、しかしそれにより、理解する。


ーいや待て。俺、本部に報告した記憶は、ー


 その事実に疑問に思い、それを確認するべく顔を上げる。だが、そこに居たのは、戦闘員で無ければ、親でも無い。

 そこに居たのは紛れも無い、ヒト型のレプテリヤだった。


「っ!」

「こ、、来ないでっ!やめてっ!あ、あっち行って!」


 そう声を上げるレプテリヤ。その手、と思われる場所には、何やら長い棒状のものを持っている。あれは、施設内の清掃時に見た事がある。確か名称は、モップと呼ばれていた。それを何故今、中型に対して向けているのかは不明だったが、その手と足は何やら小刻みに震え、鳴き声も先程より掠れている様に思えた。だが、そんな多数の不明点よりもと。No.10は目を疑う。

 何故、レプテリヤであるヒト型が、蟲型に対して歯向かっているのだろうかと。

 仲間割れだろうか。いや、だが対する蟲型は恐れを成しているのか、勢いよく向かって来たはずがその場で留まり、放った触角もNo.10を含め、人型を避けるようにして、通過している。それ故に、蟲型に敵対意識は無い様に感じる。ならば、どういうことだろうか。

 まさか、No.10は自身の獲物だと、蟲型に教え込んでいるのだろうか。だとしたら、相当悪状況である。


ーなんとか仲間割れしている最中に逃げ出したいが、このヒト型を逃すわけにはいかない。俺がギリギリまで時間稼ぎをして、本部が異変を感じこちらに向かうのを待つしか手はないかー


 現在自分の出来る最大限の対応を考え、No.10はゆっくりと立ち上がろうとする。だが、それと同時に、そのヒト型がふと口を開く。


「だ、大丈夫っ、ですから!」

「?」


 何を言っているのだろうかと、No.10は首を傾げる。それは、自身の体に問題は無いと報告しているのだろうか。はたまた、No.10に心配するなと促しているのだろうか。

 だが、どちらにせよ、それは異常である。そう怪訝に思ったNo.10は訝しげに問う。


「一体何故それを俺に伝える?そんな事をせずとも、直ぐにそいつと協力して俺を壊せばいいだろう。レプテリヤ同士だろう?」


 不思議に思う点があり過ぎるがために、反射的にレプテリヤ相手に疑問を投げかけてしまった。我ながら、何を言っているのだろうかと、No.10はそれを口にしたのち頭を抱える。敵対している相手に、自身を狙わせる様な発言をするなんて、正気の沙汰では無い。

 私情によって、任務に気象をきたす発言をした事に、拳を握りしめるがしかし。対するそのヒト型レプテリヤは、不思議そうな表情で振り返った。


「れ、、レプテリヤ、?って何、?」

「え」


 思わず声が漏れた。だが、よく考えてみればそうである。レプテリヤが、自身をレプテリヤと名乗っているわけでは無いだろうし、異星のコミュニケーション手段があるのならば、それは尚更だろう。そう脳内で結論付けたNo.10は、一度軽く息を吐くと、続ける。


「いや、何でもない。仲間割れを続けてくれ」


 そう立ち上がると同時に発すると、それを耳にしたヒト型レプテリヤは、驚愕の表情を浮かべる。


「なっ、仲間割れ!?こんなキモいのとっ、そんなっ仲間なわけないでしょ!」

「...何、?」


 見栄を張っているのだろうか。仲間割れをしている最中ならば、可能性は高いだろう。だが、そのヒト型の浮かべる顔は、どうやらそれを彷彿とさせるものとは違かった。それ故に、No.10は更に頭を悩ませる。

 目の前のこの生物はレプテリヤとは違う、更に別の異生物だというのだろうか。だが、だとしたら目の前で攻撃を止めたレプテリヤの意図は一体...更に上位の生物だとでも言うのだろうか。


ーだが、、その肝心のヒト型に、俺に対しての敵意は感じないがー


 それが不気味に感じたNo.10だったが、考えていても仕方が無いと。そう割り切り、思考を切り替える。


「そうか。だったら、俺と協力してくれないか?」


 先程同様、いくら相手がレプテリヤであれど、騙す様な真似をするには気が乗らなかった。がしかし、既に他の方法は残されていないと。No.10は渋々頭に手をやり、自身の思う優しい声音を、出来る限りの力で放つ。勿論、No.10の口調は淡々としたままだった。が

 ヒト型の背後から見下ろすかたちで問うNo.10に、対する「それ」は少し目を見開き、何かを思う表情で僅かに固まった。

 その様子に、察する。どうやら優しい言い方なんてものは出来ていなかったようだ。そう項垂れていると、ふとそのレプテリヤは我に帰り笑みを浮かべる。


「そ、そうだね」


 そう放ったのち、小さく「なんだったんだろ、今の」と呟いたのが聞こえたが、意味不明な発言に毎度反応するわけにもいかないので、No.10は「ああ」と頷く。すると、そのヒト型は疑問を投げかける。


「あなたも倒そうとしてるの、?」

「倒す?まあ、押し倒しコアを破壊する点で言えばそうだが」


 No.10がそう返すと、ヒト型はそっかと元気に頷き。


「じゃあ一緒に倒そう!」


 と声をかけた。すると、対する蟲型は何やら蹲り、警戒している様だった。その姿が、何故だかは分からないが愛おしいと感じた様子のヒト型は鳴き声を僅かに高くさせて小さく放つ。


「え、も、もしかしてキモいって言ったの気にしちゃったのかな、?ご、ごめんねっ、そういうわけじゃ無くて、、も、もしかしてこの子本当はいい子なんじゃ、?でも、さっき暴れてたし、、うーん」


 ヒト型は、また訳の分からない言葉をぶつぶつと発していたが、それとは対照的にNo.10は危険を察知し振り返る。

 僅かに聞こえた、風を切る音。ヒト型の背後にいる蟲型の触角が、僅かに奇抜な動きをしているのが目の隅で見えていたが故に、瞬時に理解した。

 そう、目の前のヒト型を避ける様にして、背後に触角を回り込ませ、No.10を狙っていたのだ。


「っ」


 反射的に、No.10は左にズレる。無意識で行ったそれに、自身でハッとする。背後にはヒト型が居たのだ。即ち、No.10が避けた事によりそれに向かうという事である。


ーマズいっ!ヒト型に危害を加えられるわけにはっー


 が、焦ったのも僅か一瞬。目の前にまで差し迫っていた触角は、勢いもあり軌道を変える事は出来なかったのだろう。ヒト型の前で、またもやピタリと動きを止めた。それにより、確信する。

 これなら、勝てると。


「おい!今だ、行くぞ!」


 そう思うと同時に、ヒト型にそう促し、蟲型へと体の向きを変える。

 尚も威嚇し続ける蟲型を睨みながら、意図を理解していない様子のヒト型をヒョイと持ち上げる。


「へっ!?やっ、えっ、えぇぇぇぇぇぇっ!」

「安心しろ。悪いようにはしない」

「そ、そういう話じゃっ、ひゃっ!?」


 小型に見えるが、レプテリヤである以上重量のあるものだと思っていたNo.10は、軽々と持ち上げる事が出来たヒト型に動揺を見せる。


ーなんだ、?こいつ、、俺より軽いんじゃないか?寧ろ怖いが、今は好都合だー


 軽いが故に、何かを隠しているのではないかと葛藤するNo.10だったが、今は蟲型を駆除し、本部へヒト型を連行する事。それが現在の自身の目的であると。

 No.10はヒト型を持ち上げたと同時に、破壊寸前のジェットを起動し、蟲型にーー

 ヒト型を前に掲げながら、突っ込んだ。


「グギィィィッ⁉︎」

「えええぇぇぇぇぇぇっ!?」


 蟲型及び、その場のレプテリヤ全員が声を上げる。その姿に、No.10は笑みを浮かべる。


「なっ、ななななっ!なんでっ!?はっ!本当は私共々消し去るつもりで!?」

「違う。さっき悪いようにはしないと言っただろう」


 飛行しながらそんな会話を交わした瞬間、背後から。危険を察した蟲型の、触角の攻撃がNo.10を追う。


「後ろから来たか」


 眉間にシワを寄せ小さく吐き捨てると、軌道を変え触角を避ける。


「ひっ、ひぃっ!う、うぅ、あた、ま、が、」


 どこか荒い呼吸で、眉間に手。と思われるものを当てる。どうやら恐怖しているようだ。ヒト型は飛行が出来ないのだろうか。と、そんな事を思った、矢先。


「ここだっ」


 ふと、その瞬間が訪れ、No.10は目の色を変える。蟲型の触角は彼を仕留めるために速度をつけて突き刺し、それを避けた事で生まれた、蟲型レプテリヤのガラ空きになった部分。

 顔に向かって。No.10は突如速度を増して降下する。


「へっ!?えぇぇぇぇぇぇっ!」


 空気抵抗の圧力によってだろうか、ヒト型はそれと同時に鳴き声を上げる。


「グギィィィッ!」


 何かを察したであろう蟲型も、そんな雄叫びを上げるがしかし。既に、手遅れだと。No.10はニヤリと笑い、蟲型の眼前に迫った瞬間にヒト型を左手で抱き抱え、右手を前に出す。

 その瞬間No.10は、勝ちを確信した様に、"それ"を放った。


「ドリル」

「グギッ!?」


 右手首の関節で曲がり、その中から小さめのドリルが現れる。

 No.10のドリルは、それに特化した戦闘員では無いがために、小さなものだった。

 即ち、普通であればレプテリヤには通用しないものだろう。だが、それを放った先は、蟲型レプテリヤの、目だった。


「ギャイィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!」


 目から潜入したドリルは、時期に内部の深層にまで達する。と、それを予測したNo.10は、頃合いだと睨んだ瞬間。


「終わりだ。...インパクト」

「ッ⁉︎⁉︎⁉︎」

「逃げるぞヒト型!」

「えぇっ!?」


 それを放った瞬間、No.10は瞬時にヒト型を抱えたまま、ジェットを使用しレプテリヤと大きく距離を取った。すると。

 次の瞬間、蟲型レプテリヤは、"内側"から大きな圧力と共に、大爆発を起こした。


「んんんんん!」

「クッ」


 その風圧に、ヒト型とNo.10は地に必死でしがみつく。そうする事、およそ三十秒程。


「...終わった、、か」

「...ど、、どうなっちゃったの、?」


 爆風が収まった事を確認したNo.10は、立ち上がりそう口にした。


「ああ、レプテリヤはコアを破壊しないと再生する。だから、唯一皮膚が硬直していない目をドリルで開けて、コアまでのルートを作った。爆発系統の攻撃を、もう俺自身で受けるわけにはいかなかったんだ。お前もレプテリヤなら、分からないか?」

「..そうなんだ、、でも、なんだか可哀想、、そう、思わない、?」


ーはぁ、、相変わらず会話が噛み合わないな。直ちに本部にこいつを連行して、通信システムの復旧に専念しようー


「思わないな。レプテリヤは駆除されるべき対象であり、俺らはそうする事のために生まれた存在だ。そんな情を抱くのは、お前がレプテリヤだからなんじゃ無いのか」


 胸中で愚痴を垂れながら、No.10は淡々と返す。それに、そのヒト型は顔を赤くし、顔の横が膨らんだ状態で声を上げる。


「だからっ!私はあれと一緒じゃ無いって言ってるでしょ!ふんっ!そんな事言うなら、私帰っちゃうから!」


 そう放ち、カサブランカとは逆の方向へと足を進める。そんなヒト型に手を置き、引き戻そうと口を開く。


「お前に拒否権は無い。俺について来てもらう」

「ムッ、...嫌だって言ったら?」

「そしたら、力尽くでもーー」

「「「ギィィィィィィィィィィィィッ!」」」

「「!?」」


 ヒト型の疑問に応答しようとしたその時、小型のレプテリヤが三体ほど、瓦礫の隙間から現れる。


「なっ、またか」


 その姿に目を疑いながらも、早急にコアを破壊する。


「小型で助かったと言ったところか、」

「な、、なん、何、?さっきから、これ、」


 ヒト型は、幾つものレプテリヤを目の当たりにし、顔から血色が引いていく。その様子は、どうやら演技では無さそうだった。


ー本当に、、レプテリヤとは無関係なのか、?こいつはー


 そう僅かに疑問を感じた、次の瞬間。


「「ギャィィィィィィィィィィィィッ!」」

「何っ!?」「へっ!?」


 またもや背後から、小型のレプテリヤが二体ほど現れる。


ーやはりおかしい、、群れを作って襲ってくる生き物では無いはずだ。知識を持った個体が居たのだとしても、責め時は幾らでもあった筈だ。俺が一体だったからか?いや、違う。今までも、何度か単体行動をした経験はあった筈。だとすると、、今回だけ違ったものといえばー


「!」


 次々と現れる小型レプテリヤを、浮遊やフェイントをかけながらコアを破壊する中で、No.10は、そう何かに気づき、結論に辿り着く。


「ギィア!」


 最後の一体を倒したNo.10は、怪訝な表情のまま、顔を上げる。


「な、、何、?これ、、なんなの、?私、、こんなの見るの初めてだし、、まず、、ここに来たのも、、初めて、だし、本当は凄い怖くて、それなのに、でも、でもね、なんだか不思議だけど、貴方が居てくれると安心するの、、私の事、守ってくれたからかな?」


 そんな視線の先で、ヒト型はそう震えながらそう呟く。と、顔を拭う様にしたのち、顔を上げる。

 そんな、だだっ広い、代わり映えしない景色の広がった荒野を背に、それはNo.10の目を見て、笑顔を作る。


「だ、だからありがとう!私の事、助けてくれてっ!」


 そんなヒト型の姿を眺めながら、No.10は表情を険しくさせた。

 そう、今日この日に、変化があったもの。それは、紛れも無い。このヒト型に出会った事だ。


「まさか、、お前は、レプテリヤでは無く、レプテリヤを引き寄せる生物なのか、?」


 分析システムを通しても、決して明らかにならないその生き物の情報。そんなものを前に、No.10は小さく呟いた。


「お前は、一体何なんだ、」


 と。

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