門前雀羅

三鹿ショート

門前雀羅

 住宅地であり、近隣の人々の付き合いも多いにも関わらず、彼女の自宅に近付こうとする人間は存在していなかった。

 まるで、彼女の自宅など目に入ることはないというように振る舞うことには、理由が存在している。

 それは、彼女の父親が粗暴な人間だったからだ。

 酒を片手に徘徊し、道端で眠っている姿を目にしたことは一度や二度ではないが、目が合った人間に対しては、老若男女問わず、因縁をつけていたのである。

 千鳥足ゆえに、その場から逃げることは簡単だが、気の弱い人間からすれば恐怖で身が竦んでしまい、第三者の助けが無ければ、ひたすら耐えることしかできなくなってしまうのだ。

 だからこそ、人々は彼女の父親に関わろうとしなくなり、それはやがて、娘である彼女にも適用されるようになった。

 彼女とその父親は、肉体的に虐げられているわけではないが、頼ることができる人間が皆無と化しているのである。

 彼女の父親はそのことを気にしている様子は無いが、学生である彼女は、自身の言動が理由ではないにも関わらず孤独を強いられている状況を、どのように思っているのだろうか。

 そのようなことを考えながらも彼女に近付こうとしないのは、その行為によって、私までもが好奇の目で見られてしまう恐れがあったからである。

 私に出来ることといえば、離れた場所から彼女を見ることくらいだった。


***


 何時しか、彼女が傷だらけの姿を見せるようになった。

 誰もが父親が理由だろうと考えているが、それでも彼女に救いの手を差し伸べることはない。

 そのような行為に及べば、彼女の父親からどのようなことをされてしまうのか、想像しただけで恐ろしくなるからだった。


***


 転校してきた人間が数日で姿を見せることがなくなったことに、誰もが疑問を抱いた。

 同時に、その原因が彼女に存在するのではないかと考えている。

 何故なら、その転校生は事情を知らないために、彼女に接触していたからである。

 その結果、彼女と親しくなり、彼女の自宅へ向かった結果、彼女の父親から暴力を振るわれてしまったことで、心を閉ざし、家から出ることがなくなってしまったのではないか。

 学校の人間のほとんどは、そのように考えている。

 だが、私は違っていた。

 もしかすると、転校生は彼女の身代わりと化したのではないか。

 彼女は父親のあらゆる捌け口と化していたが、転校生を身代わりとすることで、自分は苦痛から逃れることができたのではないか。

 そのように考えたのは、彼女の傷が減っていたからである。

 彼女が暴力を振るわれることがなくなったということは、彼女の代わりの人間を、彼女の父親が得ることができたためではないか。

 その人間というのが、何も知らずに虎口へと誘い込まれた転校生なのではないか。

 そのように考えたが、事実かどうかは不明である。

 そして、それが判明することもないだろう。

 彼女に接触して事実を確認しようなどという物好きなど、この土地には存在していないのだから。


***


 ある夜、私が散歩をしていると、不意に叫び声のようなものが聞こえてきた。

 声が聞こえてきた方向に目をやると、彼女が全速力で走る姿を捉えた。

 健康のための運動だと考えることは出来ないほどの形相だったために、何事かと思っていると、彼女から少し遅れて、叫び声をあげる人間もまた姿を現した。

 その姿を見て、私は目を見開いた。

 その人間とは、姿を消していた転校生だった。

 しかし、それだけでは此処まで驚くことはない。

 その転校生が、顔面や肉体をところどころ赤く染め、下着姿で片手に刃物を持ち、もう片方の手では、人間の頭部を掴んでいたからである。

 転校生は刃物を振り回し、涎をまき散らしながら叫び声をあげていたが、私に気が付くことはなく、彼女の跡を追っていった。

 その様子から、私の想像が正しかったのではないかと考えた。

 だが、それが一体、何の自慢となるだろうか。

 私はその場で、然るべき機関へと通報した。

 後日、やはり私の想像が正しかったということが分かったが、だからといって、喜ぶようなことではなかった。


***


 今でも、彼女の自宅は残っている。

 しかし、誰も手入れをすることがないために、今では野生動物や虫たちの住処と化していた。

 それでも彼女の自宅を処分しようとしないのは、おそらく近隣の人間たちが彼女の自宅を目にするたびに、無関心を貫いたことを自省するためなのだろう。

 彼女の父親をなんとかしていれば、先日のような事件が起きることはなかったのだ。

 つまり、直接的な罪は彼女の父親や彼女に存在しているのだろうが、間接的には、そのような未来を迎えることを想像することができたにも関わらず放置していた自分たちにも、罪が存在するのである。

 傷だらけの彼女を目にしたとき、私が声をかけていれば、異なる未来を迎えることが出来ただろうか。

 そんなことを思いながら、私は彼女の自宅の前を通り過ぎた。

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門前雀羅 三鹿ショート @mijikashort

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