吐露

 「ん…」

 目を覚ますと、俺はベットで横になっていた。

 「お、目を覚ましたか!良かった…」

 「先生…」

 どうやら、俺が目を覚ますまで顧問が看てくれていたらしい。

 「すいません…」

 「いや、お前が謝る必要はない。あの時、俺も一緒に行ってれば良かったと後悔している。すまなかったな」

 「…すいません、本当に」

 ありがとうございます、先生…。

 「そんな事より、お前が倒れた時いち早く助け、目を覚ますまでの間ずっと付き添ってくれていた人がいる」

 「え、先生が看ててくれたんじゃ…」

 乾いていたはずの汗が、またぶり返してくるのが分かった。

 「俺は部活が終わって、さっき来たところだ。ずっと付き添ってくれてたのは…」

 カーテンが開き、その人物が姿を現す。

 「蓮、おはよう」

 「っ…」

 理恵…。

 その少女の心からの安堵を示したような笑顔は、飛び火して俺にまで安心感を与えてくれるのと同時に、それだけでは対処しようが無いほど、俺の胸の奥底をジリジリと焦がすような激痛を伴わせた。

 「おっと、俺はお邪魔かな?とりあえず、親御さんが来るまでしっかり安静にしてるんだぞ。佐々木、頼んだ」

 「分かりました」

 顧問は俺たちの間柄を誤解してるのか、保健室を出る際、俺にだけ見えるようにグッと親指を立てて去っていった。

 「蓮、本当に大丈夫なの?何があったの?」

 「何もない…」

 今の俺に、優しくしないでくれ。

 「何もないわけ無い!寝てる時、すっごくうなされてたし、寝汗も酷かったんだから!」

 理恵は怒ったように、いや、実際怒りながら、理恵の目から見える俺がどれだけ酷い状態だったか説明していた。

 「お前には…関係無い」

 その言葉を言って、更に眩暈がした。

 「関係無いって…何?」

 理恵は、ショックを受けたようた様子だった。

 傷付かないでくれ。

 傷付いた姿、見せないでくれ。

 「なんで、って…」

 俺は、掛ける事が見つからなかった。

 いや、実際には何て言えば良いのか、理恵にとって何が一番良い言葉なのか、安心させる事ができる言葉がなんなのか、知っていた。

 だって、それはいつも話しているような言葉を、そのまま投げ掛ければ良いだけだから。

 でも、今は見つけることが出来なかった。

 だって、俺に耐えられそうな言葉が無かったから。

 「私と蓮って…そんな浅い関係なの?辛くて苦しんでる時に、寄り添ってあげる事すら出来ないほど、薄っぺらい関係だったの?」

 やめてくれ…頼むから。

 俺とお前の関係は…一人と一人から、一人と、二人のうちの一人に変わったんだから…。

 「理恵には、本当に関係無いんだ…。ただ、寝不足の体調悪い状態で無理して部活行って、それで症状が悪化しただけなんだ…そうだ、ただの体調不良なんだよ」

 「じゃあ、なんで最初からそう説明してくれなかったの?なんで、私とは関係無いって、強調するの?」

 「…」

 今、理恵にかけられる言葉が、本当に出てきてくれないんだ…。

 だから、そんなに俺の逃げ道を塞がないでくれよ。

 「…蓮」

 「何も…関係無いんだよ。心配しないでいい…」

 「私、恋人が出来んだ」

 「っ!」

 理恵は、元から強く決意を固めていたのか、しっかりした口調で語り始める。

 聞きたくなかったのに…な。

 「バスケ部の先輩で、私から好きになったの」

 痛い。

 「この前、色んな学年混ぜて合同の授業があったでしょ?あそこで私、発表する時ミスしちゃって…そんな時、優しく助けてくれたの」

 苦しい。

 「私、そうやって誰かに助けてもらう事ってあんまり無くて…その時から、色々連絡取るようになって、ある日元気無いなって話聞いてみたら、彼女と別れたって…だから勇気を振り絞って、私なりに色んな努力したんだよ」

 助けて。

 「髪型変えたし、化粧の仕方も、香水だったりも…そんな知識無かったのに、恥ずかしかったけど、無理矢理だったけど、それでも頑張ったんだよ?」

 助けてくれる人なんて、もういない。

 「それで、先輩の相談に乗ってる時、ずっと元カノの事引きずってる様子で…勇気付けたいからってこじ付け告白して、無理矢理付き合…」

 「出て行ってくれ」

 「…え?」

 俺は必死に表情を押し殺していたが、やがて耐え切れられなくなり、そっぽを向いた状態で理恵を拒絶した。

 「お願いだ…出て行ってくれ」

 「でも、蓮…!」

 理恵は強引に俺と顔を向け合った。

 「…頼むよ、お願いだよ…なんで、なんで聞いてくれないんだ、よ…理恵ぇ…」

 俺は、苦し紛れにくしゃくしゃの顔を、手で強引に押し隠した。

 「っ!…ごめん」

 理恵は、保健室を出る際、扉を開けてから何か言い出そうとしたのか少し固まっていたが、去っていった。

 今思うと、理恵があそこまで事細かく経緯を説明しようとしたのは、俺のためだ。

 理恵は、俺が理恵の事で傷付いたって分かってたから、分かってしまったから、分かってくれたから、その責任を取ろうと、話さなくても誰も咎めない、誰も責めないの事を…部外者であるはずの俺に、話したんだ。

 理恵は、やっぱり強い子だ。

 俺は。

 「ぁ…ぅっ…く…うぅ……うぁ」

 うずくまって、泣いていただけだった。

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