第2話


『ウィンディリア』はその名前の通りに豊かな自然と植物に恵まれた島でもあり、歴史は未だ謎に包まれていることが多い。

いや殆どわかっていないといっても過言ではないかもしれない。

エルフ達の研究も芳しくないらしく、調査隊を派遣してもほぼ行方不明になるらしい。

(確かにこれは難易度が高いな……)

僕は苔に覆われた倒木をどかしながらそう思った。

実際に島を歩いて分かったが船から見た以上の大密林で、そこにいる植物がどれ1つとっても僕の見たことのないものだらけだ。

(まあ、木とか草なんかは魔法かなんかで変質させられてんだろうけど……)

まるでどこかの映画のワンシーンのようだ。

もしこれが本当に映画の撮影なら、今ごろ本国のスタジオでは名だたる天才監督があくせくとカットをかけているんだろうな……。


「おいりーく。『しせん』ってしってるか」

唐突に膝丈ほどの小人が声をかけてきた。

彼は『ドヴェルグ』と呼ばれる種族で、鍛冶や工芸などの技術に秀でている上にエルフと並ぶ知能の種族で、この島の案内係として財閥に雇われたらしい。

今回は冒険者1人につきドヴェルグも1人付き添っている(流石財閥の資金力)ので今は2人きりでの探索だ。

ちなみに、名前はセイ。

「いや、知らないが……不老の魔導杖に関係しているものなのかそれ?」

「いや。おれたちはしせんのてがかりがほしい」

そういうと彼は地面から拾ったボロボロの骨のようなものを僕に突き付けてきた。

いや違う、これは人骨だ。

「これが『しせん』のてがかりになるはずなんだ」

セイはそれだけいうと、急に立ち止まって僕に手招きした。

「どうした?」

「あれ。みてみろよ」

ドヴェルグが指さした方向を見ると、そこには倒れた木々に絡まる植物が見えた。

いや、あれは植物じゃないな?苔か?

「あれは『スリグ』じゃないかな」

僕らの横から不意に現れたのは先ほど出会ったエルフだった。

こいつフィールドワーク派なのかよ、アクティブだな。

「スグリって、なんだいエステラ?」

僕は素直にそう聞いた。

分からないものは聞くのが大事だと、そう学府で教わったからな。

「スグリじゃなくてスリグ。周りの環境の影響を受けて育つ、この島にしかないカビの一種だね」

ふむ。なるほど、とセイは納得したようにうなずく。

何がなるほどなんだよあのカビそんな危険なのかい?

「逆に聞くけど、この島に入ってから昆虫でもなんでもよいから動く生物を見つけたかい?」

・・・そういえば、見かけていない。

「この島は多様性があるように見えて全くない。大木しか生えていない。理由は知らないけどそれにはおそらくあのカビが関わってると思うよ。」

と、いうことは、あのコケというかカビをうかつに触ってしまうと...

「私たちは異物と見做されて攻撃されるかもね。」

ちなみに、最近の研究では植物にも聴覚はあるって発表があるからカビにも五感に近いものがあってもおかしくないよ。

そう続けたエステラの忠告を聞いて体内からカビが生えて死んでいる野生動物を思い出した。

単一の植物しか生えていないのなら、冒険者という生物、いや異物を招き入れるのは環境を破壊してしまうことに直結してしまう。

だからこそ、あのカビが生えてるのか?免疫として?


確かに特異な環境だけど、この島を管轄して定期的に冒険者を送る理由はなんなんだろう。


「うわあぁぁぁぁぁぁ!!」

突然、遥か前方から野太い叫び声が僕らの所まで聞こえてきた。

(……くそが)

僕は心の中で悪態をつきながら声と、倒木から離れるように走り出した。

何故なら風もないのに胞子が舞い、声のほうに流れていくのを目の端にとらえてしまったからだ。

「な、なんだこれ、ゲホゴホッ、ゴホッ」

さっきの嫌な想像も振り払うように、僕はセイと同じ方向に全力で走った。

エステラがついてきているかは確認しなかった。


あっという間に陽が落ちてきてしまった。

僕らは焚き木を集めて火を囲みながら一休みすることにした。

「ねえねえリークさん」

隣に座ってきたエステラが話しかけてきた。

流石フィールド派の研究者、離れても引きはがされずについてきた。

「どうした?」

「貴方はドヴェルグとは交流しないの?」

(そういえばこのエルフはさっきもドヴェルグと一緒に行動してなかったな)

「いや、そういうわけではないけれど、まだ彼の名前も聞いていない」

僕がそういうと彼女は少し怪訝そうな顔をした。

「そうなんだ……ドヴェルグさん。あなたの名前は?」

「おれは『セイ』だ。でもよ、エルフのねえちゃん、おれたちといっしょのひつようあるのか?スグはどこだ?」

たしかに、彼女についていたドヴェルグ(スグという名らしい)はどこにいったのだろう。

「急にいなくなっちゃったのよ。島の中層にさしかかる付近で。」

エステラは少し悲し気な顔をしてそう答えた。

セイはそれを聞いて、眉をひそめた。


「それで。貴方たちドヴェルグ一族はなぜこの仕事を引き受けたの」

エステラはセイに向き直って聞いた。

「おれたちはしせんをさがしてるんだ」

「つまり、この島シセンがあると?」

エステラの質問にセイは大きく頷いた。

なんなんだ、しせんって。

「ねえ、リークさん、私とくまない?」

「いや。遠慮するよ、エルフはどうも好きになれない」

僕は冷たく彼女にそう返した。

なんか嫌な予感がする。

彼女は少しがっかりしたような顔をしたが特にそれ以上絡んでくることはなかった。

まあ、面倒だからその方が助かるが……。


その後はエルフとドヴェルグの情報交換が始まった。

結局「しせん」の話は出なかったがおそらく「死線」つまりスリルのことだろう。

そうなればあの骨=死ぬこと、つまりそれほどのスリルを求めているのだと理解できる。

その他見てきた植物についてや、環境、杖や魔導や魔法(何が違うんだ?)について星明かりが一番綺麗な時間になってもまだ語り合っていたが僕は特に口を挟まなかった。

どうせ数日で探索も終わるだろうと思っていたからだ。

この島には今数十人の冒険者がいる、手がかりなんてすぐ見つかるだろう。

(しかしエルフと話すなんて……)

僕は焚火の薪をくべながらそう思った。

(それにしても……)

ちらり、と焚火に照らされたエステラの横顔を見たが

「ん?どうかした?」

「いや、なんでもないよ」

(まあ、どうでもいいや)

僕は考えることをやめ、黙って焚火を見つめていた。


僕はいつの間にか眠りに落ちていたらしい。焚火の火がだいぶ小さくなっているのに気が付いた。

(まずいな……このまま寝てしまったらまた夢を見るかもしれない)

そう思い薪をくべようとした時、微かに見える暗闇の中から誰かがこちらにゆっくりと歩いてきた。

「……セイか?」

「やあ、『不老』の魔導杖を見つけにきたというのは君か」


暗闇から現れた影は僕の真横まで来るとそう声をかけてきた。

「誰だ?」

僕は暗闇の中の男に問いかけた。

「俺は『ウィンディリア』だ」

男はそう答えると僕の横に座り焚火に枝をくべた。

顔全体を覆う犬の仮面が明るく照らされた。

(というか、いつの間に3人とも寝てたんだ?)

いくら生物がいないとは言え、森の中で寝るのは最悪の結末を招いているのと同じことだ。

ああ、だから今「ウィンデリア」が来たのか。


「そう警戒するなよ『弾かれ者』さん」

「あんた……僕のことを知っているのか?」

「ああ。君は今この島で最も噂になっている人物だ」


いつ俺が弾かれたことがばれた?

それよりも「この島で噂になっている?」とはどういう意味だ?

船に乗っていた冒険者が全員俺のことを探しているのか?


僕は起き抜けの頭で必死に思考をめぐらすが、その間にも男は焚火の火をつつきながら話を続ける。


「君の目的は『不老の魔導杖』だろう?」

「まあ、そうだが……」

僕は素っ気なくそう答えた。

(こいつもあれが欲しいのか……)

「ああ、確かにあれは魅力的な魔導具だ。是非とも手に入れたい」

しかし困ったことになったな、と彼は言ったが僕にはその真意が分からなかった。

僕がそう聞くと男は少し考えるようなそぶりをして言った。

「『君のような』冒険家たちが後をたたないらしくてな」


仮面を被った彼はそういって、また焚火に薪をくべた。

少し大きめの木だったので火の勢いは一瞬下がったが、次第にぱちぱちと音を出しながら大きく燃え始めた。


「少し手を貸してほしい。見返りは出すよ」

仮面の彼は焚火から目を離さずにこう続けた。

「豪華な男の情報はどうだい?」

「豪華な男?」

「ああ、『魔導杖』の情報を探ろうとしている冒険者には大抵、その男について調べさせているんだが」

豪華...なんだ、コヨーテ一族のことか。

あの一族は確かにかかわらない方がよいな。


「とりあえず、考えさせてくれ。明るくなるまでには結論をだすよ」


仮面の彼はこちらを見ながらじっと見て動かなかったが、やがてまた焚火のほうを向いて

「そうか」

とだけ返して、さらに大きめの薪を追加した。

今度は火の勢いは衰えなかった。

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